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真夏の白昼の夢

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真夏の白昼の夢

リアクション

5)


「訊くべきことは、たくさんありますからね」
 トマス・ファーニナル(とます・ふぁーになる)は、厳粛な面持ちで、机越しにアステラ・ヴァンシと向かい合っていた。
 ここは、教導団の事務所である。
 『なんでもあり』を謳歌しようと鼻歌交じりに出てきたアステラをとっ捕まえて、ここまで連行してきたのだ。
「ずいぶん情熱的なお誘いだったねぇ。……で、これ、解いてくれない?」
 肩をすくめて、アステラは先ほどかけられた縄を目で示す。
「駄目です。秩序を守るものとして、貴方を見過ごすわけにいはいきません」
 混乱の収拾そのものは、おそらく薔薇の学舎で解決がなされるだろう。その後に、情報を渡せるように、アステラの取り調べをしておく必要がある。
「効果の持続時間や、範囲については?」
「んー、カルマくんの力のせいだからねぇ。僕の予測がどれほど役に立つかは……」
「わかる範囲でかまいません」
「……そう? でも、そんなことより、本当は僕に、BLについて教えてほしいんじゃないの?」
 ぴくりとトマスの眉が動く。トマスは未だに、魯粛 子敬(ろしゅく・しけい)の涙ぐましい努力の甲斐もあってか(?)、実際に『ナニ』なのかはわかっていないのだ。
「そのことなら、僕が実践で教えてあげられるよ?」
 アステラの口角がにやりとあがる。その途端、彼のよこしまな願いのせいだろう。取調室のはずの部屋に、ゴージャスな天蓋つきのダブルベッドがどかんと現れた。
「……なるほど、これが夢の効果ってことですね」
 さっそくメモを取ろうとするトマスには、少しの油断があった。たとえ部屋が変化しようと、アステラは縛られている、という安心だ。
 その隙をつかれた。
 アステラの縄が突如消え、伸びた腕が、トマスの肩を掴む。そしてそのまま、ベッドへと押し倒されてしまった。
「……っ」
「油断しちゃった? ……厳しい顔も、可愛いね。崩したくなる」
 低く甘い声で囁き、アステラがトマスの白い頬を指先で撫でる。
「体で教えてあげる。色んな、秘密をね……」
 アステラの顔が近づく。
「トマス坊ちゃん!!!」
 隣の部屋で待機していた子敬が、よからぬ気配を察知し、慌てて部屋に飛び込んで来た――が、教導団少佐という肩書きのトマスだ。そうは甘くない。
「そうですね、洗いざらい、吐いてもらいましょう」
「痛ッ!!」
 アステラの手首を掴むと、あっさりと体の位置を入れ替え、逆にアステラの腕を後ろにねじ上げるようにして背中にのしかかっていた。
「ぎ、ぎぶ!!」
 いつの間にか、ベッドは四角いリングに変貌し、眩しいライトが四方から彼らを照らしている。じたばたとアステラはマットを叩くが、トマスとしては緩める気は毛頭ない。
「トマス坊ちゃま! 油断せずに!」
 子敬がセコンドよろしく、リング脇から声援を送る。
「はい。供述の聞き取りをしてください!」
「こ…こうなったら……」
 アステラが最後の力を振り絞り、なんとかトマスの下から抜け出す。
「ちっ」
 舌打ちをしたトマスとアステラが、再びリングで向かい合った。カーン! と何故かゴングの音まで鳴り響く。
「こうなったら、アステラさんがおっしゃってたように、僕もアステラさんの体に聞きますね」
「望むところだよ、坊や」
 ファイティングポーズのまま、視線だけが激しく火花を散らす。
「ぼーっちゃん! ぼーっちゃん!!」
 子敬の声援もノリノリだ。
「はぁっ!」
 アステラがロープの反動を使い、トマスへと襲いかかる。だがそれを、トマスは容赦ないラリアットで受けた。アステラの上半身が後方に吹っ飛び、勢いのまま背中からマットに沈む。だが、アステラもすぐさまトマスの足にしがみつき、持ち上げた上でボディスラムを狙って来た。
「投げ落とされたーー! しかし、トマス選手、受け身をとりました! そしてすぐ立ち上がり……っ!」
「実況!? 誰ですか!?」
 思わず子敬がツッコムが、試合(?)は止まらない。
「ハァッ!」
 かけ声とともに、トマスの体が跳ね上がった。
「でたーーー!! 見事な、ドロップキック!! 決まったーーー! アステラ選手、マットに沈む! レフェリーがカウントをとり……3、2、1!」
 カンカンカンカン……!! とゴングが鳴り響く。突然あらわれたレフェリーがトマスの手をとると、高々とリングの中央で掲げた。
「だからレフェリーも誰なんですか!!」
 そして、なにがなんだかよくわからないうちに、熱い激闘は幕を閉じたのである。
「そうか! 『BL』って、『バトル・ライフ』の略語だったのか!」
 ……そんな、新たなる誤解を、トマスに残して。




「レモさん…!おひさしぶりですっ」
 相変わらず学舎の中をぐるぐると歩き回っていたレモたちに、そう声をかけてきたのはマユ・ティルエス(まゆ・てぃるえす)だった。
「マユさん! 大丈夫だった?」
「はい。でも、呼雪さんたちとははぐれてしまって……」
「そっか。じゃあ、僕たちと一緒に、カルマを探すのを手伝ってくれるかな」
「もちろんです!」
 マユは大きく頷いて、レモを見上げた。
 知り合ったときは、ほとんど同じ大きさだった二人だが、今はレモのほうが育ってしまったことを、改めて感じる。
(ぼくも早くおおきくなりたいな……)
 大人になれば、少しは呼雪の力になれるのではないか、という思いがマユにはある。呼雪の病気は、今の時点では、治す方法がない。多少の投薬で緩和はされても、完治には及ばないのが現状だった。
(せめて、それなら……)
 マユがそう考えている間に、カールハインツと同じく合流していた東條 梓乃(とうじょう・しの)は、足を止めて話し合っていた。
「けど、このまま闇雲に歩き回ってたって、ラチがあかねぇぞ」
「それも、そうですね……」
 梓乃がメガネの位置をなおしながら、頷く。
「レモ、なにか感じねぇのか?」
「それが、いるのは確かに感じるんだけど、気配が散っちゃってるんだよ。言ってみれば、どこにでもいて、どこにもいない、みたいな」
「なんだそりゃ」
 カールハインツがため息をついたときだった。
「……なにか、音がしません?」
 梓乃の言葉に、皆は一様に耳をすませる。そのときだった。
 ――ピリリリリィ!!
【電車がまいります。次の電車は、各駅停車、保健室行き〜保健室行き〜】
「電車ぁ?」
 目を丸くするうちに、たしかに遙か向こうから、ライトをつけて電車がやってくるのが見えた。
「でも、線路もパンタグラフもないから、電車とはいえないんじゃ……」
 実は電車好きなレモが、どうでもいい感想をもらす間にも、どこからともなくアナウンスが聞こえてくる。
【一線を越えたカップルも、黄色い線の内側でお待ち下さい〜。チェリーボーイは、むしろその線を越えていけ〜】
「なんなんですか、この放送」
 梓乃が赤くなりながら頭をかかえる。さりげなく体をひいたレモに気づいたからかもしれない。
「チェリーボーイって、なんですか?」
 純真無垢な瞳のマユに、カールハインツが「気にするな」と若干ひきつった顔で答えた。
 やがて、がらがらの電車がやってくる。開いたドアから、用心しつつも四人は乗り込んだ。保健室行き、という言葉を信じるならば、一番手っ取り早いはずだ。
「気をつけろよ、なにがあるかわからねぇ」
「くっくっく……」
 てっきり他には誰もいないと思った電車内の、つり革に立つ男が一人。……全裸にマント、赤いマスクのナイスガイ、といったら、薔薇学には一人しかいない。
「変熊さん!?」
 嫌な予感しかしないが、すでに無情にもドアは背後で閉まっていた。
「この保健室行きの列車は学生で混雑するからねぇ……君達も満員電車でのハプニングを期待しているのかい?」
 変熊 仮面(へんくま・かめん)が意味ありげに笑う。
「混雑って、でも、まだすいてるけど……」
「今のところは、ね」
【次は〜、ラグビー部〜ラグビー部〜】
 車掌のアナウンスが響き、走り出した電車が再び減速すると、ゆっくりと停車した。途端。
「わあああっ!!!!」
 開いたドアから一斉になだれ込んできたのは、汗だくブリーフ一丁のガチムチメンズだった。途端に、狭い社内が一杯になる。
「マユさん!」
 もみくちゃにされながら、小柄なマユを咄嗟にレモが抱き上げてガードする。が、ぬるつく男臭さがすさまじい。
「怪我した! 怪我した! オッス! オッス!!」
 しかも何故か、男たちのブリーフには割り箸が通され、きゅっとお尻に力をいれている。
「おおっ! 痴漢はしない、させないという意思表示。何たる紳士諸君!」
 涙を流し、変熊は独り感動に打ち震えている。
「怪我に耐えてよく頑張った! 感動したっ!」
 汗だくの男に抱きつき、おいおいと泣く変熊。
「さぁ、レモくんも一緒に!」
「イヤです」
 ばっさり断りつつ、しかし、この状況では身動きさえとれない。電車が走り出すと、右に左に前に後ろに、やたらと揺れて、どうしたって周囲と密着せざるをえなくなる。
「おい、どうする、レモ」
「次で降りるしかないよ。梓乃さんも、頑張って!」
「は、はい……」
 だが、無情にも。
【次は柔道部〜柔道部〜〜……】
【次は相撲部〜相撲部〜〜……】
 どどどどどっ!!
 電車が止まるたびに、ブリーフ一丁の男達は増えるばかりで、降りるどころか身動きもとれない。
 ムンムンのガチムチ兄貴たちにぎゅうぎゅうに挟まれ、変熊はご満悦な様子だが……。
「第一、どの部でも格好一緒なのはなんでっ!?」
 思わずそうぼやくレモだった。

 一方、その頃。
「カルマを起こすって、どうするんだろ? ……やっぱりあれか? 眠れるお姫様は、王子様の熱いベーゼによって目を覚ます……?」
 遊びに来ていたタシガンで異変に巻き込まれたアキラ・セイルーン(あきら・せいるーん)だったが、あれこれと考えた結果、一つの結論にたどり着いたようだ。
「よっしゃキタァーーーーー俺のハーレムフラグキタァーーーーー!! 灯台もと暗し、俺のハーレムはタングートではなくここにあったんだ! 俺はカルマを起こして、ハーレム王になるー!!」
 どこぞの海賊のようなことを吠えつつ、アキラが握り拳で立ち上がった途端。
「カルマ、男じゃぞ」
 ルシェイメア・フローズン(るしぇいめあ・ふろーずん)が、冷静に指摘する。
「……え?」
 ぐりん、と振り返ったアキラの目が点だ。
「薔薇の学舎に在学なのじゃから、男に決まっておろう。しかし、貴様にそのけがあったとは知らんかったわぃ。これで貴様のいかがわしいアレコレも全て処分できるというものじゃな」
「そ、それはっ!! 頼む勘弁してくれ! …くださいっ!」
「どうするかのう……」
「わーんルーシェぇっ!」
 木で鼻を括るような態度に、アキラは必死で謝りながらも、しかし、ふと考える。
 夢の中なら、つねっても痛くないっていうし。もしかして、痛みはないのでは?
 危険もないと言う話だったし……。
「………ルーシェのバーカ。痛いっ!!」
 すかさず飛んできた拳に吹っ飛ばされ、アキラは夢の中でも痛いものは痛い、と身をもって知ることになった。
「反省などしておらぬようだな」
「ちが、いやだって、夢の中なのに痛いとか詐欺だろ……って、だから痛いからっ!」
 なおも追撃してくるルシェメイアから、四つん這いで逃げだそうとしたときだった。
【電車がまいります〜】
「電車? なんで? ……まぁいいや、乗っちゃえ!」
 ルシェメイアの制裁から逃れようと、深く考えずにアキラも電車に飛び乗った。……そこが、地獄の一丁目とも知らずに。
「ぎゃ、ぎゃああああ!!」
「そいや! そいや! そいや! そいや!」
 電車の中は、祭りの御輿のような熱狂ぶりだ。逞しい肉と肉とがぶつかり合い、すさまじいまでの雄臭が鼻を突く。
「これは何かの間違いで……っ!」
「いいっす! 好きっす!」
 もはや言葉なぞ意味は無い。何故かモテモテになり、筋肉にもみくちゃにされ、アキラの意識が彼岸へと旅立ちかけた。いや、なんならちょっと、見えてた。花畑っぽいのが。
「変熊さん、ちょっと、もう、いい加減にしようっ!」
 レモもそう訴えるが、相変わらずヘブン状態の変熊の耳になぞ、届くはずもない。
「レモさん……」
 マユもさすがに青い顔だ。
(ティモシーがいなくてせめて助かった…のかな)
 梓乃も青い顔ながら、ぼんやりそんなことを考えている。
 そこへ。
【次の停車駅は、告白、告白〜〜】
「……告白?」
 ついに肉体派運動部祭りが終わったのか? と訝るうちに、電車が止まる。すると突然、かきわりのように電車の壁がぱたぱたと外側にむかって倒れ、あらわれたのは……。
 ……ざっぱあああん!!!
 広がる海と、岩場に砕ける白い波頭。そこにずらりと並んだ猫たちは、一様に和太鼓の横でバチを構えていた。その中央にいるのは、誰であろう、にゃんくま 仮面(にゃんくま・かめん)。ひとりマイクをかまえ、渋い表情を浮かべている(猫だけど)。
「な、にこれ」
 ぽかんだ。
 ぽかんとするしかない。
 するとやおら、にゃんくまは言った。
「歌います。カールハインツ慕情」
「はあああ!?」
 合いの手ではなく、つっこんだのはレモとカールハインツの両方だった。
「はっ!」
 デデンデンデン!!!
 大勢の猫たちが、和太鼓と、何故か今まで電車にすし詰めだった男達の尻を打ち鳴らす。なので正確には、デデンパンパンデデンパン!! といったところだ。要らない情報だ。
「オレのぉ〜命ぃ〜は、お前のも〜んだ!」
 デデン!
「…お前のぉ〜乳ぃ〜は、オレが揉〜んだ!」
 ドドドド…カッ!!
 こぶしのきいたにゃんくまの歌声と、絶妙な尻太鼓のリズムが奏でる、絶望的な歌だ。
「アレコレ口にするのは苦手だが〜♪ アレコレ口に入れるのは大得意〜♪」
 ポッとそこでにゃんくまは頬を赤らめ、そして。
「レモきゅん! すきっ! 好きにしちゃってええ!!!」
「な…っ」
 どどど……っと一斉にレモに駆けよる猫と男たち。
「いーかげんに、しろおおおおおお!!!!!!!」
 ……カールハインツが、キレた。
 ずどーーーーん! という音とともに、よくわからない夢パワーでもって、猫と男達を残らず吹っ飛ばす。
「ったく、あいつら……っ」
「あははは、あはははははははっ!!」
 レモだけが、マユを抱えたまま、大爆笑していた。
「レモさんて、案外図太いですよね……」
 梓乃が、感心しきったように呟き、それから。
「あ、でも……保健室、あそこみたいですよ」
「一応、本当に保健室行きではあったんだな」
 肩で息をしつつ、カールハインツは髪をなでつけて呟いた。
 梓乃の言うとおり、気づけば彼らは、保健室の傍の廊下にたっていた。
「じゃあ……行こ、っか……ぶっ、くすくす……」
「レモ、笑いすぎだ」
「だって……大得意じゃ、ないのにねぇ」
 笑うレモに、羞恥に絶句するカールハインツ。そして、必死で聞こえなかったふりをする梓乃と、きょとんと目を丸くしているマユなのだった。

 そして。
「ハーレムは、どうじゃった?」
「……天国が見えた」
「ほほぉ、そうかそうか」
 何故か同じく吹っ飛ばされ、のびているアキラを、ルシェメイアは楽しげに見下ろしたのだった。


「……いない?」
 保健室にほうほうの態でたどり着いたレモたちの前にあったのは、カラのベッドだった。てっきりここにいるとばかり思っていた分、落胆は深い。
「カルマも夢の中でふらふらしてるってことか」
「でも、そしたら、どこを探せばいいんでしょう」
 梓乃が眉根を寄せる。するとそこに、ノックの音が響いた。
「失礼します。皆さんの、声がしたもので」
「レイチェルさん」
 入ってきたのは、レイチェル・ロートランド(れいちぇる・ろーとらんと)だった。
「あの、カルマはここには……」
「そのようですね」
 レイチェルは予想済みだったように頷き、それから、一枚のチラシを差し出した。
「ランダムさんが作ったものですけど、どうぞ」
「コンサート?」
 受け取ったチラシをしげしげと見つめ、レモは首をかしげる。
「ええ。私は、カルマさんが無事たどり着けるように、道を作っているんです」
 レイチェルの背後を見ると、たしかに黄色いレンガでできた矢印が、ぼんやりと地面に光っている。
 よく見れば、ポスターやチラシも、壁に貼られていた。
 『ドイツ語を母国語とする人たち』のコンサートの案内だ。
「カルマさんがこれを見つけて、黄色いレンガの道を辿ってこられるとよいです」
「イエローブリックロードってわけか」
 カールハインツの言葉に、レイチェルは穏やかな笑みを浮かべて頷いた。
「よろしければ是非、皆さんもいらしてください。……カルマさんが見る夢が、楽しいものになって、目覚められるように」
「そうだね。ああ、そうだ。マユも協力してあげたら?」
「僕ですか?」
 レモの提案に、マユは驚いたものの、少し考えたあとに頷いた。
「うん。僕、リュートを弾くね。カルマさんが、好きな曲」
 マユが考えたのは、呼雪のことだった。眠る呼雪が見るものが、せめて良い夢ならいいと何度思ったことだろう。だから、カルマにも。
 楽しい夢が見られるように。その手伝いをしようと、マユは勇気を出して頷いた。