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終わりなき蒼空、涯てることなきフロンティア

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終わりなき蒼空、涯てることなきフロンティア
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リアクション


●forever friends

 忙しさを理由に、疎遠になっている友人はいないだろうか。
 距離が遠のいたことや環境の変化を、連絡を取らない理由にしていないだろうか。
 構築するのに時間がかかっても失うのは早い、それが人間関係であろう。
 人間関係の喪失の多くは、なにか決定的な出来事があったためではなく、特に理由のないままだんだんと希薄になって、やがて溶けるようにして消えてしまうものだ。それはそれで、人生と言えるものかもしれないが。
 しかし少なくともレジーヌ・ベルナディス(れじーぬ・べるなでぃす)小山内 南(おさない・みなみ)の友情に、自然消滅的な終了はないと見ていいだろう。
 あれから数年、互いに忙しくなりなかなか会う機会はなくなっていたが、それでもどんなに忙しくても、ふたりは数ヶ月に一度は近況報告を兼ねて直接会っており、食事や買い物を楽しんでいる。もちろんその場には、レジーヌのパートナーエリーズ・バスティード(えりーず・ばすてぃーど)、南のパートナーカエルの カースケ(かえるの・かーすけ)も同席しており、長く友情をはぐくんでいた。
 もちろんこの関係は、南が七枷 陣(ななかせ・じん)と結婚し、彼とともに暮らすようになってからも変わらない。
 そもそも勢いに任せて陣に告白してしまったその日、南がまっさきに相談した相手はレジーヌだたのだ。あのときレジーヌは、彼女の決意を尊重し、恋の成就を祈ってくれたものだった。
 その後の陣との結婚式では、南の恩師アルツール・ライヘンベルガー(あるつーる・らいへんべるがー)の祝辞に続けて、友人代表としてスピーチまで行っている。なお、あまりに緊張しすぎて、その日壇上でなにを話したか、レジーヌはよく覚えていないという。

 雑誌でたびたび紹介されている人気カフェ。予約席に通され、ふかふかのソファに腰を下ろして買い物袋を籐の籠に入れる。品がいいけれど出しゃばりすぎない程度にととのった内装を眺め、オーガニックコットンのテーブルクロスに触れて、しばしその手触りを楽しんだ。
 注文したのはいずれも、アールグレイとケーキのセットだ。
 さすが評判の店だけあって紅茶の香りはいい。手作りのケーキも、量は多くないけれど贅沢な気持ちになれる逸品だった。
 今日は三か月ぶりの再会ゆえ話題には事欠かない。
 最初はファッションや雑貨のとりとめもないお喋りを楽しんでいたレジーヌたちだったが、やがて話題は南の近況に移っていった。
 南が七枷陣、そのパートナーたちも含めた一家と暮らすようになって、そろそろ新婚とは呼べぬほどの年月が過ぎている。
 そのことも考慮してためらわないではなかったが、レジーヌは思い切って聞いた。
「南ちゃんには……赤ちゃんのご予定はあるんですか?」
 仕事仲間や任務先ではどうしても、聞く側に回ってしまう彼女だが、気の置けない友人の南が相手なのである。もっとも知りたいことをストレートに口にしていた。
「出産、ですよね……」
 南は、ちょっと眉を八の字にした。
「……実は、まだそのことを陣さんと検討したことはないんです。どうしても日々の生活のほうに意識がいっちゃって……」
「でもそろそろ一度、ちゃんと話し合ったほうがいいんじゃないですか?」
「まさにそれを考えてました。でも、そうなると陣さんだけじゃなく、リーズさん真奈さんも交えるべきで、なんだか大掛かりなような……」
「けれど大事なことですから」
「はい、わかってます。レジーヌちゃんに言われて踏ん切りがつきました。今月中……いえ、今週中には話し合いの機会をもちたいです」
 ここでさらに、南は言いにくそうに小声で言った。
「レジーヌちゃんは、赤ちゃん、好きですか?」
「はい。実際育てると大変だとは言われるけど、可愛いのは事実ですし。町中で赤ちゃんを見ると、つい目が向いちゃいます」
「私は……嫌いではないんだけど、産みたいかと言われると、自信がなくて……」
「夜泣きとかが心配?」
「いえそれは、大家族ですしなんとかなるとは思います。ただ、いくら自分の子だといっても、自分とは違う人間と上手くやっていけるのかな、って悩んでしまうんです。しかもその子に親としての責任を持たないといけないのが……負担に思えるのではなく、怖いんです」
 かつてのレジーヌであれば、そこでかける言葉に詰まったことだろう。どう言うべきか考えこんで、結論が出ずじまいになっていたかもしれない。
 しかし、現在のレジーヌは南の親友だ。親友なればこそ、ちゃんと答えるべきだと思っている。
「大丈夫、とは断言できませんし、私も人の親ではないのであくまで想像ですけど……そういう風に怖いと思えるのは、ごく普通の感情かな……って、思います」
 なにが正しくてなにが間違っているかという話ではなく、南は自分に意見を求めているのだとレジーヌは理解していた。だから、迷わず思うところを述べるのである。
「最初から完璧な親なんていないんじゃないでしょうか? 子だけが育っていくわけじゃなくて……つまり、親も子どもとの関係に悩んだり、つまずいたりしながら成長していくものなんだと、私は思います……。南ちゃんも、それくれいに考えておけばいいんじゃないでしょうか……」
「そうですね……なんだか正直に話したおかげでスッとしました。それに、とても説得力があります」
 南がレジーヌに向けているは尊敬のまなざしである。
「どういたしまして……で、でも、なんだか上から目線の言葉に聞こえたんならごめんなさい」
 その言葉が嬉しく、同時に気恥ずかしくもあって、レジーヌはわずかに背を丸めた。
 紅茶を飲み干して南は言った。
「ところで、レジーヌちゃんの恋愛状況は、どうなんですか?」
「え……わ、私、ですか?」

 このときカースケとエリーズは、ザッハトルテとモンブランを仲良く半分こにして分け合いながら和気あいあい、とりとめもない会話で盛り上がっていた。
 話題は流行のものや最近食べた美味しいお菓子、それから……
「あのロボアニメが古典としていまも親しまれとるんはな、単なる続編という作りにせんと、主人公も変えて時代設定も後にしたからであってやね……」
「えー、それ変形メカがいっぱい出てくるからだと思ってたー」
 というようにいつしか、いささかディープな日本のロボットアニメについて語り合っているのであった。
「それとカースケ、あのヒロインの子は、むくわれなくて可哀想だよね……」
「ああ、それそれ! 途中から三回くらいだけ出てきた子にヒロインの座を完璧にもっていかれてしもうてなあ」
「でも劇場版だったら展開違うっていう……」
 とエリーズが言いかけたとき、彼女の耳はレジーヌの、不穏な(?)言葉をキャッチしていたのだった。
 レジーヌは頬を薄く染め、黒髪をいじりながら南に打ち明けたのである。
「い、一応……ちょっと気になる男性なら…………います」
「聞いてないよ!」
 エリーズは思わず立ち上がってしまう。
 そんなエリーズの反応があまりにも突然だったので、カースケは「おわー!」と裏返ってしまった。
「いやはや、ひっくり返ってしもたわ、カエルだけに……」
 などとカースケはんは下手に洒落てみたりするわけだが、エリーズにはそれにツッコんでいる余裕はない。
「それどういうこと!? 初耳なんだけど!」
「え? ……だって今、はじめて言ったから…………」
「むうう……」
 とエリーズは頭から湯気を上げている状態だが、店内の注目を集めていると気づくと腕組みして、
「話を聞こうじゃない」
 どさっとソファに腰を下ろした。
「えっと、その人は……南ちゃんは知らない人だと思うんですが……とても優しくて、けれど男気がある、っていうのか、引っ張ってくれるような感じで……」
 リーズは頬を膨らませて聞いていたが、それで判然としたらしく口を開いた。思い当たる人物が、現在のレジーヌの周囲にいるようだ。
「……ああ、多分あいつのことだ。あいつ、確かに優しくていいヤツだけど……もっというと、他の男たちよりはいいヤツだけど」
「でしょう?」
 レジーヌは、自分が褒められたように喜ぶ。しかしこれを見て、またもエリーズは頬をぷっと膨らませるのである。
「それでもやっぱりダメー! ヤダヤダ! 認めない!」
 とは言っているもののエリーズも、そこまで語気は荒くない。なんとなく、譲歩の余地を残しているようにレジーヌには聞こえるのだった。
「いやあ、なんちゅうか」
 カースケはレジーヌたちと会うときのお気に入りの位置、すなわちエリーズの肩にひょいと登って、しみじみと言うのである。
「変わるものもあれば変わらないものもある、っちゅうことやなあ。オッチャンは、なんだか時の流れを感じてしまうわあ」
「でも、変わったものも、変わらないものも、いいものですよね?」
 という南の言に、「せや!」とカースケは声を上げる。
「私たちいつまでも」
 と南が手を差し出すと、
「変わらず友達でいましょうね」
 レジーヌがその手を握った。
「私も!」
 と手を重ねたエリーズも、むくれていたのに今は、なんとも良い表情なのであった。