蒼空学園へ

イルミンスール魔法学校

校長室

シャンバラ教導団へ

世界を滅ぼす方法(第3回/全6回)

リアクション公開中!

世界を滅ぼす方法(第3回/全6回)

リアクション

 
 
 そんなこんなで、旅支度も整い、一行は再びザンスカールを出発した。
「今度こそ、おじいさんを見付けましょう。
 何、話によれば、妙齢の女性も一緒だとか。
 私の『トレジャーセンス』で一発で発見してあげますよ」
 自信満々な支倉遥に、ハルカは
「大船に乗った気分ですね?」
と笑う。
 人間相手にトレジャーセンスは使えないだろう、とベアトリクス・シュヴァルツバルト(べあとりくす・しゅう゛ぁるつばると)は溜め息をつきかけたが、
「……まあ、確かに遥にしてみれば、『精悍な赤毛の巻毛女性』は、お宝の範疇に入るのであろうよ。
 ……釈然としないものを感じるが」
と、諦めの入った口調で独りごちた。
 いずれにしろ、ヒラニプラでの人探しに遥が役に立つとも思えないので、地道であってもしっかり聞き込みなどをしなくては、と思うベアトリクスである。

「学校案内はお預けですね」
 イルミンスールに行ったら、学校を案内する、と約束していたソアは、それを果たすことが出来ずにザンスカールを出ることが少し残念だったが、楽しみは後にとっておこうと思った。
 今はそれどころではないのだし。
「それにしても、イルミンスールがおじさんの目的地ではなかったのですね……ヒラニプラ方面に逆戻りなんて、どういうことでしょう?」
 まさか本当に孫の存在をすっかり忘れてパラミタ観光に興じてる、なんてことは……と言いかけて、慌てて口を閉じる。
 しかしハルカを見ていると
「……有り得るかも……」
「何がです?」
 結局口に出してしまい、ハルカにきょとんと首を傾げて問われて、
「いえいえ、何でもないです、ないに決まってますっ」
と慌てて首を横に振る。
「えー、えとえと、ハルカ、どう思います?
 おじいさんの不思議な行動に、何か心当たりとか、ありますか?」
 うーん、とハルカは首を傾げた。
「ハルカ、おじいちゃんはてっきりイルミンスールにいるとばっかり思っていたのです」
 それ以外のことは、何も考えていなかったらしい。
 それもハルカらしいかな、と苦笑する。
「ね、それじゃ、何か手掛かりになりそうな、心当たりとか、物とか、何かない?」
 続けて訊ねたのは、鷹谷 ベイキ(たかたに・べいき)だった。
 ソアが訊ねたことは、ほぼベイキの訊ねたかったことと一致していたので、改めて訊くまでもないかな、と思わないでもなかったのだが、一応、念を押す感じで訊ねてみる。
 どんなささいなことでもいいから、何か情報を得られたら、と思ったのだ。
「もの」
 呟いて、首を傾げたハルカは、無意識の手つきで胸に手をやった。
 服の下、”アケイシアの種”がある場所だ。
「……うーん、やっぱりないです」
 自分の手の動きには全く気付いていない様子で、ハルカはそう答えた。
「うん、だったらいいんだ。ありがとう、ごめんね?」
 何だかムリヤリ聞き出すようにして。
「ごめんねはいらないのです」
 礼を言ったベイキに、ふるふると首を横に振って、ハルカは笑った。
「でもぉ、その”種”は、どなたに貰ったのですかぁ? それとも預かったのですかぁ?」
 ふと、歌うのを止めて、それまで会話を聞いていたメイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)が訊ねた。
 首を傾げたハルカは、今度は両手で胸を押さえる。
「貰った……です……? でもハルカ、最初から持ってたです」
「『最初』?」
 眉を顰めたのは、メイベルのパートナー、セシリア・ライトだ。
「最初、って、いつの最初?」
「…………?」
 ハルカは困ったように首を傾げる。
 考えようとして、途方にくれた顔をした。
「その辺でいいじゃないですか。
 ハルカさんはほんとーに何も知らないようですし」
 やんわりと野々が割って入った。
 ハルカが、隠してるのでも、嘘を言っているのでもないことは解る。
 あまり質問責めにするのは可哀想だった。
「そうですねぇ」
 メイベルは、あっさりのんびり引き下がって、
「それでは〜」
と気を取り直してハルカに言った。
「たまにはぁ、馬車ではなく、自転車なんてどうですかぁ?」
 しばらくなだらかな道が続くのは、ザンスカールに来る時で知っている。
 たまには気晴らしに、馬車以外で行くのもいいだろう。
 最もこれまでも、ハルカは道中、しょっちゅう箒や小型飛空艇の2人乗りで進んでいたけれど。
「自転車!」
 ハルカは顔を輝かせた。
「くまさんみたいなのです?」
 ご機嫌で、颯爽と風を切って進んでいる雪国ベアを指差す。
「ううーん、私は人並みの大きさなので〜」
 あそこまで微笑ましく乗ることはできないが。
 ハルカは大喜びで自転車に乗った。
 勿論、独りで運転させると何処に行ってしまうか解ったものではないので、メイベルが運転しての2人乗りだが。


「天が呼ぶ地が呼ぶ人が呼ぶ! 困っているハルカを助けろと俺が呼ぶ!」
「呼んでいません」
 高らかな口上と共に登場した武神 牙竜(たけがみ・がりゅう)に、野々が冷静に微笑んだ。
 おりしも、ハルカは神代 正義(かみしろ・まさよし)によるアツい「続・ヒーロー談義」の真っ最中だった。
 ちなみに有事ではないので正義は仮面無しの普通の格好だが、”ハルカに呼ばれ”て登場した牙竜は『ケンリュウガー』に変身済である。

「ヒーローってのはただ力が強ければいいって物じゃない!
 最も大切なのは心!! 心の強さだ!」
「心ですね!」
 正義の力説に、ハルカはこくこくと頷く。
「そう! 何者にも砕くことのできない不屈の闘志!
 それをヒーロー達は持っているんだ!」
「ふくつですね!」
と、やっていたところに現れた牙竜は、ぴっ! と1枚のカードをハルカに差し出した。
 裏には八卦の紋様、表は白紙のカードである。
「これに、会いたい人の事を書いてみてみな。きっと会えるぜ!」
 びっ、と親指を立てた牙竜の前で、すっ、とハルカの手からカードを抜き取った野々は、既に右手に持っていた裁ちバサミで、じゃっきんじゃっきんと、カードを4つに切った。
「うおああ――!!」
 絶叫する牙竜といつの間にかハルカの隣りに陣取っている牙竜のパートナー、リリィ・シャーロック(りりぃ・しゃーろっく)の声など聞こえないかのように、野々は4枚にしたカードを、ハルカにペンと共に差し出す。
「はい、どうぞ、ハルカさん」
「名前を書くです?」
「お、おう……?」
 戸惑いつつも答えた牙竜の言葉に、はいです! と頷いて、ハルカはそれに、おじいちゃん、おじいちゃん、おじいちゃん、おじいちゃん、と書き入れる。
 野々が、それをハルカの持つお守りの中に入れ、ハルカは嬉しそうにお守りを手に取った。
「これでばっちりおじいちゃんに会えるですね!」
 ……ああ成程、お守りに入れるサイズにしたわけか……、と納得する牙竜に、ハルカがありがとうです! と礼を言い、牙竜はもう一度、びしっ、と親指を立ててそれに答えた。

「そうだハルカちゃん! 今日からお前もヒーローになるんだ!」
 思い立って正義が叫んだ。
「ヒーローです?」
「そうだ! ヒーローになる為には……まずは変身ポーズだな!
 やはりここは有名所からか。こう、左腕を右斜め頭上に突き出してだな」
「そこまでっ!」
 そこへ、野々が割って入った。
「お話に花を咲かせるのは構いませんけど、ハルカさんにさせたいことがあるのでしたら、まず本人に了承を取りませんと」
 ハルカのことだから、自分の意思がどうこうより先に、流されて何でもやってしまいそうだ。
 それもそうだ、と、正義は頷いた。
「どうだハルカ! 君もヒーローにならないか!」
 うーん、とハルカは考えた。

「ハルカ、ヒーローさん大好きですけど、自分が変身するなら、ステッキとかコンパクトとか使うやつがいいです」

「なッ……、何ィ!!!??」
 爆弾発言に、ピシャーン! と正義の背後で雷が落ちた。
 そのアイテムの意味するものは、つまり。

「ま、魔女っ子…………!!!」

 落雷と共に立ち上がっていた正義はがくり、と片膝をつく。
「『機動捜査官ジャスティスハルカ』というネーミングまで考えたというのに……。
 いや! ヒーローはこんなことで屈したりしないぜ!」
「……それにしても、コンパクトとは……」
 傍観していた支倉遥がぽつりと呟く。
 一体いつの時代の魔女っ子ですか、と。

「もう、ハルカってば何て可愛い……!」
 ケンリューガーと共に変身状態で現れたリリィだったが、とっくに仮面を外してハルカと共にお菓子をぱくつきつつ、うっとりと言った。
 妹みたいに可愛い。
 ううん、むしろハルカみたいな娘が欲しい。
 牙竜ってば今は私のことただの相棒としか見てないけど、そんな関係も楽しいけど、いつかは牙竜とハルカみたいな子供と3人で、白い壁で赤い屋根のブランコのある庭付き一戸建てで幸せな家庭を築きたいな……何なら子犬を飼ってもいいわ。
 と、妄想を膨らませて浸るリリィだったが、ふと我に返ると、周囲の視線が何だか痛い。
「……貴公、妄想がダダ漏れであるぞ」
 ぽつ、と、ベアトリクスが呆れた口調で口を開く。
「……えっ、やだ、もしかして全部声に出てたっ!?」
 きゃー! と真っ赤になるリリィを他所に、当の牙竜は内心、リリィとの契約を早まっただろうか……と汗を垂らすのだった。
「パートナーと、結婚、か……」
 一方でベアトリクスも、ひっそりと溜め息をつく。
 ちらりとパートナーの遥を見て、すぐに目を逸らした。
 違う。自分達はそういう関係なのではない、と自らに言い聞かせるように心の中で呟いた。


 そんな騒ぎもどこ吹く風と、昼間は昼寝に徹していた高潮 津波(たかしお・つなみ)が起き出したのは、夕刻も過ぎ、日が翳ってきた頃だった。
 街道沿いには村や町が点在していて、街道を旅するなら普通は、途中の村に逗留して一泊するのが普通だが、なるべく距離を稼ごうとした結果、中途半端なところで、つまり野宿で夜を明かすことになってしまった。
 しかしそんなこともあろうかと、野宿の準備も万端で、津波が起きた時には焚き火の準備も完了している。
 夜間警護の為に、昼間体力の温存をしていたのは、ベイキや、彼のパートナーのガゼル・ガズン(がぜる・がずん)も同様だったが、津波には、もうひとつ別の目的もあったのだ。

 憶えていないにしろ、何らかの要因で抑圧されているにしろ、ハルカの記憶の欠落した部分を、ハルカ本人に問い質すつもりはなかった。
 けれど、寝ている時なら、と思ったのだ。
 寝言などで、何か知り得ることがないだろうかと。

 獣避けの焚き火は(しかし火はモンスター避けにはならないが)最低限の明るさだし、ハルカの寝床までは届かない。
 殆ど暗闇に近い中で、パートナーのナトレア・アトレア(なとれあ・あとれあ)の手を握り、暫くハルカの様子を窺っていたが、ハルカは暗闇の中でもむにゃむにゃと呑気な寝顔が目に見えるようだった。
「思ったのですけれど、こちらの都合よく、知りたい寝言を言ってくれるとは限らないのではないでしょうか?
 ある程度、話してくれるように持っていくことも必要なのではないかと思いますわ」
「それは、そうですが……」
 睡眠下とはいえ、無理矢理記憶を引きずり出すようなことは、躊躇われる。
 それでも、もし取り戻すことができるなら、失われたままでいるよりはいいと思うから。
「……ハルカ? 何か思い出しませんか?
 アナはどうして一緒じゃないの? アナのコト、何か思い出さない?」
 耳元で、囁くように言う。
 うにゃ、とハルカは身じろぎをした。
「……アナさん?」
 漠然と問うよりは、明確な何かを、ひとつに絞った方がいい。
 津波はハルカのパートナー、アナテースのことを訊ねてみる。
 すると、やがてぽつ、とハルカが呟いた。
 ナトレアはすかさずメモの用意をする。
「…………泣かないで、なのです。ハルカ全然怖くないですよ?」
「え?」
 津波は思わず訊き返す。
 その言葉は、いつものハルカの天真爛漫な言葉のようでいて、けれど、とても真摯な響きを持っているように感じた。
 津波とナトレアは顔を見合わせる。
 ハルカはそれっきりストンと黙り込み、深い眠りに陥ってしまったようで、その後は何の寝言も漏らさなかった。

 翌日、津波はハルカに
「アナさんといて、何か怖いことなどありました?」
と訊ねてみたが、ハルカはきょとんと首を傾げる。
「何にもなかったですよ?」
 欠落した記憶を取り戻すには至れなかったらしい。
津波はそうですか、と苦笑して、
「あとはよろしくお願いします」
と、仲間達への報告はナトレアに任せ、朝食を食べ終わると同時に眠りについた。

「僕も寝かせてもらおっかな……」
 夜の後半の不寝番を担当したベイキは、眩しい朝陽に目をシバつかせる。
「パラ実カツアゲ部隊などが近くにいたら、焚き火も格好の目印になるかと思って気を張り詰めていたのだが、何の気配もなかったな」
 ガゼルもあてが外れたように呟く。
「まあ、夜の襲撃がなかったのはよかったよ。
 皆を起こさないですんだもんね」
 気を取り直すようにベイキは笑って、
「最もである」
と、ガゼルも頷いた。