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リアクション
第3章 《工場》、再び
時間は、サミュエルが樹海から立ちのぼる煙を発見するより、少しさかのぼる。
道路の敷設は樹海の外縁から《工場》へ向かって行われていたが、それと並行して、《工場》付近では、以前に作られたバリケードの一部撤去と壕の埋め戻し作業、そして新設予定のヒポグリフ部隊のための厩舎などの施設を作る作業が行われていた。襲撃を予想して、バリケードや壕を潰すのは最低限にし、バリケードを撤去した部分にはゲートを作ることになっている。まだ道路が開通していないので、作業は基本的に手作業で、生徒の人数も道路の敷設に当たっている人数よりかなり少ない。
「さすがに、爆薬の使用は許可して頂けませんでしたね……」
虎部隊に配属された百合園女学院の冬山 小夜子(ふゆやま・さよこ)は、壕の埋め戻し作業をしている手を止めて、汗をぬぐった。バリケードの撤去作業への参加を希望したが、以前に義勇隊に参加したことがないため、爆薬を持たせることは出来ないと言われてしまった。もっとも、丸太を組んだ柵の上に土を積んで補強した程度のものを、トラックが通れる程度の巾だけ撤去するだけなので、爆薬を持ち出すほどでもない、人力で充分可能な作業なのだが。それに、道路が《工場》に到達するまでに作業を終えれば良いのだから、工期にも余裕がある。
一方、教導団の前田 風次郎(まえだ・ふうじろう)は、工場前のバリケードを撤去する作業に就いていた。
「どーんと破壊除去ってわけには行かなかったか……」
地道にノコギリで丸太を切りながら呟く。身体を動かしたくて、工場警備よりも道路敷設だと思ったが、もう少し派手にやりたかったような気もする。
「これ、運びますね」
そこへ、衛生科の機晶姫ネージュがやって来て、風次郎が先刻切り落とした丸太に手をかけた。
「おいおい、大丈夫か?」
小柄な少女が運べるとは思えない長さの丸太とネージュを見比べて、風次郎は目を見開く。だが、ネージュはひょいと丸太を担ぎ上げた。
「衛生科の仕事がない時は、お手伝いします。こう見えても、機晶姫ですからけっこう力持ちですし」
丸太を担いだまま、ネージュはにっこりと笑う。
「あー、そうだったか。外見があんまり機晶姫って感じじゃないから、どうもなあ」
風次郎は頭を掻いた。制服を着ていると、彼女が機晶姫だということを示すものは、額に露出している、透明の樹脂の中に回路を封じ込めたように見えるパーツしかない。耳は垂れ耳ウサギのようだし、顔や手にも他に機械的に見えるところはなく、ぱっと見は機晶姫と言うより獣人に見える。
「良く言われます。楓は、わたしが比較的新しい型の機晶姫なんだろうって言ってました」
ネージュはにこにこと笑ったが、ふいに表情を曇らせて宙を見た。
「どうした?」
風次郎が尋ねると、ネージュは不安そうに、きょろきょろと視線をさまよわせた。
「……敵か?」
風次郎は身構え、周囲を見る。
「どうしたの!?」
『お世話役』として虎部隊の生徒たちに付き添っていた香取 翔子(かとり・しょうこ)が、二人の様子を見て駆け寄って来る。
「ご、ごめんなさい! 何でもない、……と、思います……」
ネージュは自信なさそうに、もごもごと言う。
「どういうこと? 説明して。何か気になることがあったんでしょう?」
新しく義勇隊に加わった生徒の中に敵が紛れ込んでいるのではないか、と神経を尖らせていた翔子は、思わずきつい口調で詰問した。
「気になるって言っても、多分個人的って言うか、わたししか感じないことで、敵の気配がしたとか、誰かの様子がヘンだとか、そういうのじゃないんです!」
ネージュはぶんぶん首を横に振る。
「なあに、それ。ヘンな電波が送られて来てるとか言わないでよ?」
翔子は苦笑し、ネージュの額のパーツをつつく。だが、ネージュは大真面目にうなずいた。
「感覚的に、それに近いです。すごーく遠くで何か鳴ってるような気がするみたいな……人間で言うと、空耳って言うんですか? ちょっと前から、時々感じることがあって」
「一度、パートナーの深山さんに相談した方がいいんじゃない? 深山さん本人じゃなくても、技術科の教官たちなら原因を突き止められるかもよ」
「そうですね、そうします。すみません、びっくりさせて」
ネージュは風次郎と翔子に向かって、深々と頭を下げた。
「何でもないそうよ」
翔子は、同じ『お世話役』の羽高 魅世瑠(はだか・みせる)とパートナーの剣の花嫁フローレンス・モントゴメリー(ふろーれんす・もんとごめりー)とシャンバラ人ラズ・ヴィシャ(らず・う゛ぃしゃ)、そして牛皮消 アルコリア(いけま・あるこりあ)とパートナーのシーマ・スプレイグ(しーま・すぷれいぐ)とランゴバルト・レーム(らんごばると・れーむ)の元に戻って来た。
「なーんだ。敵かと思った」
魅世瑠が息をついて、肩の力を抜く。
「特に、妙な気配は感じませんわよ?」
『超感覚』を使って周囲をさぐっていたアルコリアが言う。
「一応、テグスを使った鳴子と、鋼線を張って罠を仕掛けてはあるしのう……」
現場の端に座り込んで本を読んでいたランゴバルトが顔を上げた。
「となると、やっぱり、どこか調子が悪いだけなのかしら」
翔子は、ネージュの方を振り向いた。今はもう、風次郎と話しながら普通に作業を続けている。
「そーなんじゃない? でも、何も起こらなさすぎてちょっと退屈になって来たとこだったから、丁度良かったかも」
フローレンスは、『工場』の入口付近で警備をしているイルミンスール魔法学校の高月 芳樹(たかつき・よしき)とパートナーのアメリア・ストークス(あめりあ・すとーくす)、蒼空学園の酒杜 陽一(さかもり・よういち)とパートナーの魔女フリーレ・ヴァイスリート(ふりーれ・ばいすりーと)と剣の花嫁ソラ・ウィンディリア(そら・うぃんでぃりあ)、蒼空学園の神野 永太(じんの・えいた)とパートナーの機晶姫燦式鎮護機 ザイエンデ(さんしきちんごき・ざいえんで)を見た。
「他校生も今のところは不審な動きはないし。何だかちょっと拍子抜けだよ」
「だが、まだ『黒面』は数人残っていたはずだ。再襲撃はあると考えるべきだろう」
『黒面』に利子をつけて借りを返したいと思っているシーマは、腕を組んで注意深く周囲を見回している。
「シーマってば、すっかり『黒面』にご執心なんだから」
アルコリアが面白くなさそうに唇を尖らせる。
「そういえば、残りの『黒面』がどんな素顔なのか、私たちは知らないのよね……」
翔子は他校生たちを見た。
「査問委員長からの情報だと、《冠》のテストを見たいと本校に行って断られた他校生が、こっちへ来ているらしいの。気をつけた方がいいかもね」
「……あの人たち、じーっとこっち見てて、感じ悪いなあ」
視線を感じたアメリア・ストークス(あめりあ・すとーくす)は、パートナーの高月 芳樹(たかつき・よしき)にこそこそと耳打ちをした。
「新しく来た他校生が居るから、警戒してるんだろう。仕方がないよ」
芳樹は肩を竦める。
「すみません、永太たちのせいかも知れません……」
ずっと黙って警備を続けていた神野 永太(じんの・えいた)がぼそりと言った。
「ここへ来る前に《冠》のテストを見たいと本校に頼みに行ったんです。もしかしたら《冠》を狙っているのではないかと疑われているのかも知れません」
「ああ……それじゃあなあ」
芳樹は嘆息した。
「教導団の中でも、関係者以外は研究棟に入れてもらえないし、関係者にも緘口令が出てるって噂だ」
「そうですか……。ここで真面目に任務をこなしていれば、そのうち信用してもらえるでしょうか?」
「教導団の生徒と一緒の部隊にしてもらえる程度にはね」
アメリアが言う。
「でも、教導団の中でも緘口令がしかれてるようなことに関わらせてもらえるようにはなれないんじゃないかしら? 君の場合、ただでさえマイナスから始まっちゃってるし」
「そうですか……」
永太はがっくりと肩を落とす。
その時、木立の向こうで爆発音がした。
「ヒポグリフ用厩舎の方から煙が上がってるよ!!」
近くの木の上から、見張りをしていた魅世瑠のパートナーのコウモリ型獣人アルダト・リリエンタール(あるだと・りりえんたーる)が叫ぶ。生徒たちの間に、にわかに緊張が走った。
「誰か、中に連絡! 半数はここに残って、半数は厩舎へ!」
翔子が指示をしたが、
「ちょっと待って、何か嫌な感じ、する」
ラズが魅世瑠の袖をぐいぐいと引っ張って、それを止めた。
「『女王の加護』に、何か引っかかった?」
魅世瑠が尋ねると、ラズはうなずいた。
「……陽動ではないのかしら。人数を分けるのはまずいかも知れませんわ」
アルコリアが難色を示したが、
「厩舎が火事なら、消火しないわけに行かないでしょう。樹海の木に燃え移ったら大変だし。中の人たちに入口近くまで出てもらって、警戒してもらいましょう」
翔子の言葉に押し切られて、半数が厩舎へ向かい、半数が工場の入口に残ることになった。厩舎へ向かったのは、翔子と魅世瑠たちと芳樹たち、永太たちだ。ジェイコブ・バウアー(じぇいこぶ・ばうあー)とアルコリアたち、陽一たち、そして『光学迷彩』と『隠れ身』を使って広場の入口に潜んでいる百合園女学院のミューレリア・ラングウェイ(みゅーれりあ・らんぐうぇい)がその場に残る。
翔子と魅世瑠たちと芳樹たち、永太たちが駆けつけると、建設中の厩舎は一部分が吹き飛んで炎上しており、建設作業をしていた生徒たちが、ヒポグリフ用の水飲み場から水を汲んで、消火作業に右往左往していた。しかし、水飲み場は湧き水をためて使うもので、消火用水のように一度にたくさんの水が必要となると、水がたまる速度が追いつかない。
「アメリア、氷術だ!」
芳樹とアメリアは、炎上している部分に氷術をぶつけて温度を下げる。その間に他の生徒たちは、被害が拡大しないよう周囲の木を切り倒す。
一方、《工場》の前では。
「お前たち、いいか、絶対に工場の中へ入ってはならない。もし、入ろうとする者がいたらその場で問答無用で射殺するから覚悟しておけ!」
ジェイコブがアサルトカービンをかざし、他校生たちに向かって言い放つ。
「万一中に入れても、中には李委員長をはじめとする風紀委員たちがいる。何より恐ろしいのは、督戦隊の水原 ゆかり(みずはら・ゆかり)という女だ! あいつは本当に職務に忠実で、血も涙もない奴だ。中に入った他校生には、死んだ方がマシだというくらいのひどい拷問をし、背後関係を吐かせようとするに違いない!」
その時、
「……聞こえていますよ」
いったん溶接して封印したものを焼き切って、再び開くようになった《工場》の扉の隙間から、当のゆかり本人が顔をのぞかせた。連絡を受けて、扉のすぐ内側で待機していたのである。
「……こ、このようにだな、大変恐ろしいことになるので、他校生は絶対に扉の中に入らないように!」
ジェイコブは慌ててその場を取り繕う。と、アルコリアがはっと顔を上げた。
「鳴子の音が……!」
生徒たちは身構えた。が、その次の瞬間には、黒い物体が十個ほど、一気に《工場》前の広場を突っ切って、扉へ向かって飛んで来た。
「うわ、な、何!?」
光学迷彩を使って広場の入口に潜んでいたミューレリアは、目にも止まらぬ速さで通り過ぎたものを目を丸くして見送るしかなかった。慌ててバーストダッシュで追いかけるが、追いつける速度ではない。
「な……何ですの、あれは……」
頭上を物凄い勢いで飛ばれて、思わず頭を抱えてしゃがみ込んだ小夜子が呟く。
黒い塊は扉の前で少し速度を落とした。そこで初めて、生徒たちはそれが何であるかはっきりととらえることが出来た。おそらく、非常に高性能な小型飛空艇なのだろう、三角翼の戦闘機を翼面を小さく、小型化したような形で、風防に覆われたシートの中には、『黒面』と同じような黒のボディスーツをつけた人影がある。だが、『黒面』と違って頭部には何もつけていない。男性も女性も居るが、先頭は浅黒い肌に金髪の、おそらくは少年と思われる小柄な人物だ。
「……『黒面』が来たら足元攻めるつもりやったけど、あれ足元ないやん!? てか、『黒面』違うし!!」
てっきり『黒面』が攻撃して来るものと思っていたソラが悲鳴を上げる。
「捕獲どころの話じゃないな……」
陽一が奥歯を噛み締める。襲撃があるなら、来るのは以前に襲撃してきたものたちの残存戦力だとばかり思っていたが、考えてみれば、相手にも戦力を立て直すだけの時間はあったのだ。あるいは、前回襲撃して来た部隊の代わりに新しい部隊が来たのかも知れない。相手は腐っても鏖殺寺院、底の浅い組織ではなかったと言うことだろう。
「迎撃、迎撃だ!」
呆然とする生徒たちに向かってジェイコブが怒鳴った。
「そうだ、雷術!」
フリーレが側面から黒い飛空艇に向けて雷を放つ。
「いやあああああっ!!」
扉の前で念のため検問にあたっていたロイ・シュヴァルツ(ろい・しゅう゛ぁるつ)のパートナーで、雷が嫌いな剣の花嫁エリー・ラケーテン(えりー・らけーてん)が悲鳴を上げて硬直する。
「耐えろ、エリー!」
ロイは慌ててエリーの口を塞いだ。
だが、エリーとロイの努力にも関わらず、飛空艇はあまりこたえていない様子で、旋回していったん距離を取り、再び突っ込みながら翼の下についている機銃を撃ってきた。生徒たちは慌てて、銃撃を避ける。
「……飛行機が落雷で墜落しないのと同じ理屈か……他の魔法は!?」
ジェイコブが唸る。
「敵の動きが早すぎて追い切れません」
ランゴバルトが首を振る。速度が速い分動きが大きく、銃撃を避けていざ反撃、と思った時にはもう魔法が届く範囲に相手が居ないのだ。
「だったら、遅くすればよろしいのですわ。落ちておしまいなさい!」
アルコリアが、敵機が接近して来た時を狙って『奈落の鉄鎖』を使う。だが、敵の速度はほんのわずかに落ちるだけだ。
「先に、あの機銃を沈黙させれば良いのだろう」
シーマが高周波ブレードを構え、果敢にも突っ込んで行く。しかし、飛空艇はあざ笑うかのように高度を取った。
「すぐに応援が来ます! もう少し粘って!」
ゆかりが扉の中から叫んだその時、飛空艇から何か丸いものが射出された。バウンドしながら、扉の隙間の方へ転がってくるそれを見て、ゆかりは青ざめた。
「……手榴弾!?」
慌てて扉を閉めようとするが、大きく重い扉は一人で動かすのが難しい。
「手伝います!」
ロイとエリーが扉に手をかけようとする。
「離れろ!!」
ジェイコブは怒鳴った。が、間に合わなかった。
身体にサンドバッグを叩きつけられたような衝撃が、ゆかりを襲った。次の瞬間には、彼女は扉から離れた床に転がっていた。ロイとエリーは扉の外側で倒れている。
「う……」
肘をついて身体を起こそうとしたゆかりは、さらに第二、第三の爆発が扉をこじ開けるのを見た。
「大丈夫か!」
叫んでいるのは、工場内部で警備にあたっていた風紀委員長の李鵬悠(り ふぉんよう)だ。他にも、幾つもの足音が聞こえる。
「敵が来ますっ……!」
ゆかりは残る力をふりしぼって叫んだ後、意識を失った。それと同時に、黒い怒涛が工場の中に雪崩れ込んできた。
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