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リアクション
楓がそんなことをしている間も、研究棟の中では《冠》のテストが続けられていた。
「撮影の許可は出したけど、映像その他一切の情報を校外に出さないでちょうだい。あくまでも記録のためよ」
技術科の主任教官楊 明花(やん みんほあ)が、撮影機材のセットや記録用紙の準備を始めたミヒャエル・ゲルデラー博士(みひゃえる・げるでらー)、アマーリエ・ホーエンハイム(あまーりえ・ほーえんはいむ)、ロドリーゴ・ボルジア(ろどりーご・ぼるじあ)に念を押す。
「輝かしい業績ですのに、表に出せないとは残念ですな」
ICレコーダーの動作テストを終えたミヒャエルは、明花に声をかけた。
「別に。自慢をするつもりはないもの」
つまらなさそうに言う明花を見て、ミヒャエルは内心おや、と思った。が、
「再開するわよ!」
考える暇もなく、明花は実験に戻って行く。
「案外、上昇志向のない方なのですね」
アマーリエがミヒャエルに囁く。
「と言うか、研究ができれば何でも良いのだろうな」
それでいて、どんな立ち位置に居れば一番研究がやりやすいかというバランス感覚はあるし、研究の成果と引き換えに予算を引き出す交渉能力もある。周囲のことにまったく目が行っていないわけではないのだ。もっともそれは、『研究ができれば後はどうでも良い』という気持ちの延長線上にあるものなのかも知れないが……。
記録すると言うより監視するような二人の視線を気にする様子もなく、明花は夏野 夢見(なつの・ゆめみ)とパートナーの剣の花嫁アーシャ・クリエック(あーしゃ・くりえっく)、フリッツ・ヴァンジヤード(ふりっつ・ばんじやーど)とパートナーの剣の花嫁アーディー・ウェルンジア(あーでぃー・うぇるんじあ)、青 野武(せい・やぶ)とパートナーの守護天使黒 金烏(こく・きんう)と英霊シラノ・ド・ベルジュラック(しらの・どべるじゅらっく)、プリモ・リボルテック(ぷりも・りぼるてっく)とパートナーの機晶姫ジョーカー・オルジナ(じょーかー・おるじな)らと話をしていた。皆、《冠》の被験者には選ばれなかったが、実験に関わりたいと明花に申し出た生徒たちだ。
「《冠》本体にスイッチはついてないんですよね? ということは、声とか脳波と言うか、精神的なものでコントロールするのでは?」
「音声はありえないわね。量産型機晶姫には、声を出す機能がないから。どういう仕組みかはまだわからないけど、《冠》の側ではなく量産型機晶姫の側で出力のコントロールをしているのじゃないか、と思っているの」
自分の推論を述べる夢見に、明花は反論する。
「お姉さま、お姉さまは《冠》のような道具は見たことないですか?」
夢見はアーシャを見た。
「ごめんなさい、ないと思います……」
アーシャはかぶりを振る。
「出力をコントロールすることさえ出来れば、いろいろと応用が効きそうなのですが……現状のまま使うとしたら、重火器が一番でしょうかな」
顎を撫でながら、フリッツが言う。
「ジャイロコプターとか小型の飛行機とか、乗り物の動力に使えると面白そうなんですけどねー。元々は人型機械の動力供給用なわけですし。実用化されて、《冠》自体も量産できるようになったら、ヒポグリフみたいな生き物を飼いならすより、ずっと効率的かも」
「今のところ、連続して使うことによって、被験者に妙な不具合が起きる様子はないしな」
記録用紙を挟んだクリップボードを鉛筆でぱたぱたと叩きながら難しい顔で唸るプリモに、ジョーカーが言う。大きなものから小さなものまで、色々と夢は果てないようだが、道のりは険しい。
「現時点では、重火器も一発撃ったら使用者は確実に気絶するから、手数が必要な局面では使えないのよね。『SPリチャージ』で回復すると言っても限度があるし、何とか出力を調節する方法を見つけないと」
明花は肩を竦める。
「私たちが今使っている光条兵器につなげてみてはどうでしょう? 光条兵器は使用者がコントロールすることが出来ますよね、もしかしたら……」
夢見が提案したが、
「それは、技術科内でもうやってみたわ。結果は、出力が強すぎて、制御しきれずに暴走。ここの中じゃなかったら大事故になってたわね」
「うわー…………」
明花が示した壁面の修理跡を見て、呆然とするしかなかった。
「あの、そんな状態で、どうやってテストをしているのですか? テストするたびに暴走やら爆発やらが起きていたら、いくらこの研究棟が強固に作られていたとしても、もたないと思うのですが。壊れても翌日にはまた生えて来る、というわけではないですよね?」
アーシャがおそるおそる訊ねる。
「途中でエネルギーを分散させて、並行していろいろな実験……主に、他のエネルギーに変換する実験を行っておるのだよ」
野武が、助手として何やらゴソゴソと実験の準備をしているシラノを示して言った。
「何しろ、実験できる回数が限られておるからな。並行して行えば効率は上がる、危険は減る、と一挙両得!なわけだ」
「分散させることが出来ているなら、大口径で一発ドン、という使い方ではなく、連装式のロケットランチャーのようなものは出来るかも知れませんな」
フリッツの提案に、明花は腕組みをして考え込んだ。
「小分けにしても、発射のタイミングは同じになるから、需要があるかしらねえ」
「水平に扇型に発射しては? 広角射撃と同様の使い方が可能かと思いますが」
フリッツと明花が話し込んでいるところへ、
「準備ができました」
シラノが声をかけて来た。
「楊教官、私も、《冠》のテストに参加してみたいのですが……」
アーディーが、明花の前に進み出る。明花はじろじろとアーディーを見た。
「辞退した生徒が居るから欠員はあるけど……まずはあなたの『適性』を見せてもらうわ」
「私はフリッツのパートナーになったばかりですが、意思の力には自信があります。どんなつらい試験でも耐えてみせます!」
高らかに宣言するアーディーに向かって、明花はかぶりを振った。
「あなた一人の力や気持ちだけではだめなのよ。それに、能力や意思の強さだけではない、もう一つ大切なポイントがあるから」
「それは、何ですか?」
アーディーは身を乗り出す。だが、明花は再び首を横に振る。
「教えられないわ。『回答』を教えてしまったらテストにならないもの。……とりあえず、しばらくここで、二人で雑用でもしていらっしゃい。適性ありと判断できれば、補欠として被験者の一員に加えます」
「ところで、楊教官、《工場》で発見された人型機械は、いつここに持って来てテストするんですか?」
人型機械のテストが始まったら是非とも参加したい!と思っている夢見は、期待に目を輝かせながら明花に訊ねた。
「道路の敷設が終わって《工場》に機材を運び次第、調査のために解体するわ」
計器を覗き込みながら、明花は答える。夢見の悲鳴が作業室に響き渡った。
「えええええええーっ!? 何でですかっ、そのまま使わないんですかっ!?」
「現状では使えないもの。《冠》を制御する方法が見つからなければ、一瞬だけもの凄い力が出て、その後動作不能になるだけよ? それに、一機だけじゃ、戦力として運用するのは難しいし。だから、《冠》を動力元としてきちんと制御する方法と、あれと同じような兵器を量産する可能性を探るために、あれは解体調査するの」
明花は顔を上げ、さも当たり前、という表情で答える。
「うう……もったいない……」
夢見は涙目で明花を見た。だが、明花はそんな夢見をかえりみもせずに、テストの準備が終わるのを待っていた被験者たちに歩み寄った。
「さあ、始めましょうか」
「よし、こちらも始めよう」
ミヒャエルは、マイクのスイッチを入れた。その時、先に筆記で記録を始めていたロドリーゴが遠慮がちにミヒャエルの肩をつついた。
「どうしたのだ」
「その、先程から専門用語が多すぎて、ラテン語や古イタリア語では筆記できないのです。一応、音のまま書き写してはあるのですが、読み返しても理解出来るかどうか……」
ミヒャエルが尋ねると、ロドリーゴは困り顔で答えた。
「……これは、叩いても埃は出なさそうですが……」
試験の様子を撮影していたアマーリエが眉を寄せる。実は三人は、もし記録した内容に不審な点があれば査問委員に報告するつもりで明花に記録を申し出たのだが、
「火のない所に煙を立てて、万一楊教官の機嫌を損ねたら、大変なことになりかねません。プライドは高い方だと思いますから……」
「……とりあえず、記録は続けよう。それで何も出て来なければ仕方があるまい」
ミヒャエルはそう言うしかなかった。
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