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リアクション
『カゼ』は、数多の敵達に全く気を払わず、虚無の蛇、モルダヴァイトに胴体に手を触れた。
が、その手をすぐさま、弾かれるように離す。
直後、モルダヴァイトの皮膚に銃弾が弾いた。
「ネア! 『カゼ』を蛇から引き離せ!」
咄嗟に、いつもの言葉使いを忘れた。
朱 黎明(しゅ・れいめい)は、反射的に『カゼ』に発砲し、パートナーのネア・メヴァクト(ねあ・めう゛ぁくと)に叫ぶ。
ネアは、既に自身にパワーブレスをかけて強化していたが、思いがけない指示に、慌てて『カゼ』に突撃した。
まるで悪寒のような直感だった。
今迄何度も『カゼ』と対峙してきたからこそ感じ取れた、『カゼ』の動きを見ての、直感。
発砲してから気がついた。
『カゼ』は、”渡し”を使ってセレスタインへ来た。
今この瞬間にでも、”渡し”のシステムで帰ることができるのだ。
モルダヴァイトに手を触れているならば、モルダヴァイトごと、シャンバラの本土へ。
『カゼ』にとって、自分達と戦うことは目的の内に入っていない。
モルダヴァイトを復活させ、シャンバラに送り――送った先で、モルダヴァイトの力を増幅させ、糧とさせる為に、まずシャンバラの魔境化を図ったのだろう。
彼の脳裏には、それしか。
ネアは接近戦を仕掛ける為にウォーハンマーを構え持ちながら、『カゼ』を蛇から離す為にバニッシュを放った。
跳び退く『カゼ』に、クルード・フォルスマイヤー(くるーど・ふぉるすまいやー)もまた、パートナーのユニ・ウェスペルタティア(ゆに・うぇすぺるたてぃあ)と共に立ち向かう。
「『カゼ』……貴様を倒す!」
例えどのような事情があろうとも、他人を巻き込み、滅びをもたらそうなどと、許すことはできない。
絶望に支配され、それによって生み出された存在だというのなら、人間の希望というものを見せてやろうとクルードは思った。
「……絶望を知っても……それを乗り越えた時、人は本当に強くなる……。
俺は、昔全てを失った。
……だが、今また護りたいものができた!
それをお前に奪わせはしない!」
戦場で妹を失い、絶望と憎しみに支配されていたかつての自分。
けれど、この地で出会った沢山の人々、そして何よりも、パートナーのユニとの出会いによって、自分は再び前を向くことができた。
絶望から希望を見出した自分が、絶望に支配されたままの『カゼ』を終わらせてやろう、と。
「クルードさん……」
ユニは、彼の思いに胸を熱くした。
この戦いが終わったら、お礼を言って、自分も同じだと伝えよう。
「でも、私だってクルードさんを守りたいんですよ」
記憶を失っていた自分を護り、一緒にいてくれたクルード。
彼と共に歩み、護る為に、強くなったのだと。
『カゼ』は向かって来る者達を見て、隠し持っていた卵のような物を幾つか取り出した。
「使い魔ね!」
聖地カルセンティンでそれを見ている牧杜 理緒(まきもり・りお)が、咄嗟に呟く。
割れた卵からは、羽根の生えた、黒い悪魔が数体と、巨大な荒鷲が現れた。
「ガーゴイル、と、ガルーダですか」
ただの大鷲ではないと見て、テュティリアナ・トゥリアウォン(てゅてぃりあな・とぅりあうぉん)が攻撃体勢に入る。
理緒はいつも通り、テュティリアナの防御に回った。
オオオオオッッ!!
荒鷲が嘶きを上げる。
「くうっ!」
空気を震わす嘶きは、ビリビリと痛みを伴う振動を与え、クルードやテュティリアナ達は、金縛りにあったように、身体が麻痺して動けなくなった。
彼等に使い魔を放った『カゼ』は、相手を使い魔達に任せて退こうとし、ふと思い出したようにジェイダイトの方を見やった。
護衛でもあったサルファを、ハルカの持つ”アケイシアの種”の奪取に向けたジェイダイトは、完全に無防備な状態だった。
ジェイダイト自身は、あまりそういうことに関心を払わないのか、気にしない様子で、サルファもまた、ジェイダイトの命令を忠実に護ることしかないようで、今はハルカの方にしか注意を向けていない。
それに気付いた『カゼ』が、再び卵を取り出す。
「幾つ持ってるんだ……」
呟きが聞こえたのか、
「これが最後だ」
と答えた『カゼ』は、卵を割る。
中から、ぶわっと黒い霧のようなものが広がった。
霧は広がりながら地面に吸い込まれていき、すぐに、あちこちの地面から、滲み出るように再び現れた。
滲み出て来た黒い霧は霧のままではなく、固まって、ひとつの形を作り出す。
それを見て、コハクは蒼白とした。
それらは、有翼種のヴァルキリーだった。
色は身体も翼も全て漆黒で、意志があるようにも見えず、闇の塊のようだった。
ただそれらが、コハクの知る人達の形をしている、というだけだ。
「……邪霊を死者に憑依させたんですか!」
志位 大地(しい・だいち)が眉を寄せる。
「血も涙も無いことをいたしますのね」
パートナーの出雲 阿国(いずもの・おくに)も、『カゼ』に嫌悪の表情を浮かべて呟く。
文字通り、人間と同じ感情を持たないからこそ、こんな残酷なことができるのだろう。
「……しかし彼等は、コハクさんの知る人達ではありません。倒します」
彼等を駆逐しなくては、ジェイダイトに届かないというのであれば。
「わかっておりますわ」
心得ているかのように、阿国は答える。
演じているのではなく、今のあれが、ジェイダイトの偽り無い本性だというのなら、例え過去の彼がどうあれ、倒さなくてはならないと、大地は冷静に考えていた。
したことの、報いは受けるべきなのだ。
その為の障害ならば、やはりこれらも冷静に、排除して行く。
大地は空から攻撃すべく、小型飛空艇に乗ったが、邪霊達の翼も形だけのものではないらしく、迎え撃つように翼を広げて飛び出した。
「あれが……あれが世界を滅ぼすの!?」
ファティ・クラーヴィス(ふぁてぃ・くらーう゛ぃす)が、モルダヴァイトを見て声を上げた。
「いいえ」
ウィング・ヴォルフリート(うぃんぐ・う゛ぉるふりーと)が答える。
「あんなものが、世界を滅ぼせるわけがありません」
させません、と。
「……そうだね! 絶対に止めてみせる!
滅びの運命なんて、私は認めないよ!」
言い放ち、果敢に蛇に向かおうとするファティに、アンブレス・テオドランド(あんぶれす・ておどらんど)が叫んだ。
「バッカヤロウ! てめえ前に出過ぎだ!」
プリーストなのに、前衛より更に前に出てどうするのか。
「えっ?」
ファティが振り向いた時、
「危ない!!」
アニムス・ポルタ(あにむす・ぽるた)が叫んだ。
落下、といってもいい程の勢いで、蛇の頭が地上に突撃してきた。
地面を抉り取りながら、地面ごと食らって、飲み込む。
「ウィング!!」
アニムスが悲鳴を上げた。
ファティを庇ったウィングが、蛇に飲み込まれてしまったのだ。
蒼白と座り込むファティを、アンブレスが引っ張り出して距離を取る。
「いやあああ、ウィング!」
我に返って、ファティが叫んだ。
「落ちつけ! あいつがこれ位で死ぬか! あいつを助けるぞ!」
言って、ちっ、と舌打ちをする。
護るはずだったのに、最初の攻撃で持っていかれてしまうとは。
「……まあいい。ちったあ歯ごたえのある敵が出てきたってやつだ。
助けだしゃあ万事オッケーさ」
「ア、ア、アニムスのせいですっ……」
おろおろとアニムスが泣き出す。
不幸の星の下に生まれた自分がここにいたせいで、ウィングは呑まれてしまったに違いない。
半泣きのアニムスに、ファティが、
「違うでしょ! 私を庇ったんだから!」
と叫ぶ。
「ていうかそういう話は後! まずはウィングを助けてからよ!」
叱咤され、アニムスは、そうでした、と、涙を拭いた。
蛇の体内は、普通の生き物のような臓物があるのではなかった。
ウィングは、濃い瘴気の中に押し潰され、脳や精神を闇の気に侵食されて、動くことも息をすることも、思考することすらままならなかった。
「……ファ……ティ……」
呟きを最後に、ウィングは意識を手放した。
モルダヴァイトを目にして、メニエス・レイン(めにえす・れいん)は歓喜の笑い声を上げた。
「素敵じゃない!
あの力! 手に入れられたらどんなに素晴らしいかしら!」
「どうする気?」
ロザリアス・レミーナ(ろざりあす・れみーな)が訊ねる。
「勿論! あの力を手に入れるわ。”吸精幻夜”を試してみようと思うの」
「なるほど! あれの血を吸えばすごい力が手に入るってわけね!」
ロザリアスは単純に納得したが、元から吸血鬼であるミストラル・フォーセット(みすとらる・ふぉーせっと)は、そんなに単純に行くものだろうかと思っていた。
更に、恐らく言ってもメニエスは聞かないだろうので言わないが、血を吸う為には、生徒達がウヨウヨしている中に飛び込んで行かなくてはならないのだ。
(いずれにしても、メニエス様をお守りするだけですが)
常に逃げるルートを確保しながら行かなくては、と、思うミストラルの横で、メニエスは蛇に向かってファイアーストームを放ちまくる。
「ああ、あー。帰りも魔力使うから気をつけてね、って言われてたのに……全っ然気にしないで使い切る気満々だよね」
魔法攻撃に気付いて、あそこにメニエスが! などと言う誰かの叫びを聞きながら、ロザリアスがくすくす笑う。
「魔力が切れたらロザが回復してあげてください」
「えー、あたしおねーちゃんにちゅーしまくり?」
わざとらしく、やだなー、と言いながら、ロザリアスは笑った。
「どう? 少しは弱まったかしら!」
吸血分だけ残して魔力を使い切ると、メニエスはミストラルに訊ねる。
「……どうでしょう」
そうは見えない。と直接言わずに、ミストラルは曖昧に答えた。
「じれったいわね! 何て固い相手なの!」
メニエスが飛び出して行き、ミストラルとロザリアスが慌てて後を追う。
もうこうなったら強引に吸血してやれ、ということだ。
「何だかすごい、鬼気迫る勢いっていうか、なりふり構わない感じだね」
高台の岩場から、身を隠してその様子を見物しながら、桐生 円(きりゅう・まどか)が言った。
「円は何かしないのぉ?」
同じように眺めながらオリヴィア・レベンクロン(おりう゛ぃあ・れべんくろん)が問うと、うーん、と円は溜め息を吐いた。
「なーんか、冷めちゃったんだよね。
蛇とかおーさつじいんとかつまんない。
ま、メニエス達すごい頑張っちゃってるし、逃げる時には援護すればいいかなっと」
「なんだー、じゃああっちがピンチにならなきゃ出番なし?」
「あと帰るまでにはマシュと合流しとかないとだけどね」
つまんなーい、とミネルバ・ヴァーリイ(みねるば・う゛ぁーりい)がぶうぶう文句を言う。
「つまらなくても、暫くここで見てようねえ」
ぺちぺちと頬を撫でて言うと、ちぇー、と言ってミネルバはおとなしくなった。
箒に乗って突撃してくるメニエス他2名に気付いた御風 黎次(みかぜ・れいじ)が身を翻す。
思惑が読めない黎次達には、今更味方するのかと思われたメニエスの動きが解らなかったが、走ってくるメニエスにはフレンドリーな雰囲気は欠片もなく、
「邪魔よどきなさいっ!」
と目をぎらつかせて叫ぶメニエスを、そのままに放置しておこうと思うにはあまりに危険だったし今迄の行動があれだった。
「止まりなさい! 何をする気ですか!」
小型飛空艇を繰り出す黎次の背後で、ノエル・ミゼルドリット(のえる・みぜるどりっと)が光条兵器を手に身構える。
「あなた達には関係ないわよ!」
メニエスは箒を迂回させ、爛々と目を輝かせながら、蛇の横に降り立った。
「いったあい!」
かぶりついたメニエスは、悲鳴を上げた。蛇の表皮が硬過ぎて、歯が通らなかったのだ。
やはり無理だったか、と、ミストラルは上空で溜め息を吐き、ロザリアスはけらけらと笑う。
「笑っている場合ではありません」
意味不明ながら、黎次以外の生徒達も、メニエスを取り囲もうとしている。
「全く意味が解らぬが……その辺で終わらせてはどうじゃ」
ルクス・アルトライン(るくす・あるとらいん)が、ランスの先を向けるが、メニエスの耳に入っているのか、全く無視される。
「コハクを狙ってるというわけでもなさそうですが……。
君を放っておくと、後々大変そうだ」
橘恭司が油断無く身構えながらそう言った。
「わかってる! おねーちゃんはやらせないよ!」
ロザリアスと共に、メニエスの隣りに下りて、ミストラルはメニエスの腕を引いた。
「メニエス様、これ以上はいけません。退却します」
「何で! 私はまだ力を手に入れてないわ!
力が! 力が欲しいのよ!」
ミストラルの手すら振り払う勢いで、メニエスは蛇の身体に貼り付く。
「……仕方ありません」
ミストラルは無理矢理メニエスを担ぎ上げたが、
「何すんのよ!」
とメニエスは尚暴れた。
「あーあ、もうぐちゃぐちゃ」
円が立ち上がった。
「行くの?」
「ミストラル1人じゃ大変そう。ちょっと行って手伝ってこようか」
「おーけ!」
ミネルバは嬉々として立ち上がった。
「というわけで手伝いにきたよ〜。
あーあ、すっかり惑わされちゃったね」
はい、どいてーと、軽い口調と共に横薙ぎされたミネルバの剣に、ルクスは飛び退いて、メニエス達から距離をおき、メニエスやミストラルの前に立ちはだかるように、円が箒から下りた。
惑わされたというより、錯乱したと言っても間違いはない状況だったが、固執するメニエスに、円は問答無用で幻覚を見せる魔法をかけた。
「ああっ!?」
味方に攻撃魔法を食らうとは思わなかったのか、がくんとメニエスが動かなくなったのと同時に、オリヴィアが放った毒虫の群れで、黎次達は慌てて後退する。
「じゃーね。ま、それなりに楽しかったよ」
毒虫達が引いた後、既に円やメニエス達は姿を消していた。
恭司は咄嗟に空を見上げたが、飛び去る箒は見えない。
実はオリヴィアによる光学迷彩で身を隠し、地上を走って逃げていたのだった。
円とは別の場所で、ソードオブバジリスクを奪おうとして飛空艇に密航していた、マシュ・ペトリファイア(ましゅ・ぺとりふぁいあ)も、メニエス達の様子を見ていた。
「……やれやれ、こんな化け物が出てくるとはねえ」
しかも、これが解き放たれれば、世界が滅びるのだという。
世界が滅びてしまえば、マシュのパートナーも死ぬということだ。
「これは、敵対している場合ではないかもねえ。
今更彼等の味方をするつもりもないが……」
そしてソードオブバジリスクを諦めるつもりもないのだが。
とりあえず、ここは一旦、一方的に休戦ということにして、勝手に陰から協力することにしよう。
そして全てが終わってから、改めて剣を奪うとする。
岩影を移動しつつ、ばれないように他の生徒達の攻撃に紛れて、蛇に攻撃して行くことに決めた。
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