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リアクション
「ふぅん。あれが世界を滅ぼす蛇ねえ」
そそり立つほどの巨大な蛇を見て、それでもクリムリッテ・フォン・ミストリカ(くりむりって・ふぉんみすとりか)は、眉唾ものだわ、と思った。
「あんなもので滅びる世界なら、とっくに10回は滅びてると思うんだけどな〜」
「言えてるわ。この世界には、核弾頭を生身で打ち返す常識外れがいるのよ。
それを知ってたら、こんな蛇に世界を滅ぼせるはずないわ。
全く北斗は、馬鹿だ馬鹿だと思ってたけど……」
呆れた口調で、ベルフェンティータ・フォン・ミストリカ(べるふぇんてぃーた・ふぉんみすとりか)も肩を竦める。
それでも、世界の滅亡を防ごうというパートナーの駿河 北斗(するが・ほくと)に付き合って、ここまで来てしまったわけだが。
「まあいっか。暴れられるなら文句ないしねっ!
ほんとに世界が滅びちゃったら遊べなくなっちゃうし」
瘴気は炎で燃えるかしら、と、笑ったクリムリッテは、げほげほと咳をして胸を押さえた。
「クリム!? どうした」
北斗が振り返る。
「へ、へいき……?」
答える間にも、喉に何かが詰まって、苦痛に顔を歪める。
ベルフェンティータも、両手で頭を押さえてうずくまった。
「おいっ! しっかりしろっ!」
「さっさとこっちに連れて来いっ!」
イリーナが叫んで、振り向いた北斗は、2人を抱えてイリーナの所へ運ぶ。
「蛇の周辺は、特に瘴気が濃いようで、体力の低い者には耐えられないようだな」
イリーナが、2人にヒールをかけながら説明する。
「……ごめんなさい、イリーナ……」
と、イリーナのパートナーのエレーナも、
「ううっ……前回は船酔いで今回は瘴気かよ……いいとこないぜ……」
うわ言のようにうめきながら、強盗 ヘル(ごうとう・へる)も、そして無言でアイン・ディスガイスも、横で同じように真っ青な顔で横たわっていた。
「ああもう! 瘴気はヒールで回復できないのか!?」
やがてヒールを中断して、忌々しげにイリーナが叫んだ。
身体につけられた傷ではない。
身体の内部から、精神を蝕む、毒素に近いものなのだろう。
「負傷者はこちらか!」
クレアとハンスがそこへ合流し、とりあえず回復させた後で、
「暫く安静にしておいた方がよかろう」
とそのまま寝かせておく。
解毒の魔法を使えるのがハンスしかいない上、ハンスの魔力も無限にあるわけではないのだ。
「――くそ」
目眩を感じて、イーオン・アルカヌム(いーおん・あるかぬむ)は舌打ちした。
情けない。瘴気ごときにやられてしまうとは。
「無理をするな、イオ」
パートナーのフェリークス・モルス(ふぇりーくす・もるす)が、イーオンの身を案じて言う。
セルウィー・フォルトゥム(せるうぃー・ふぉるとぅむ)が、イーオンにヒールを施してみて、顔を曇らせて首を横に振った。
「不甲斐ない……」
苦々しい呟きに、
「仕方がない。空気のように瘴気が満ちている。誰も逃げられない」
早いか遅いかだけだ、と、フェリークスが言う。
イリーナのところへ運び込み、
「あとは私達で、何とか」
と、言い残して出て行く。
仕方なく横になりながら、イーオンは考えた。
腹立たしくて、蛇を滅ぼしてやりたかった。
仮にも叡智を司る蛇の形をしていて、世界滅亡など愚かしいことだ。
結局、今回の一連の出来事は、たった1人の人間がもたらした、知慮もない、愚劣で浅はかな、ただの八つあたりだった。
たとえどれだけの苦痛を受けようと、それをどう受け取るかによって、生き方は変わっていったはずだ。
ネフライトは、自分自身に負けた。
そんな人間の愚劣さが許せず、腹立たしく、そんな人間がけしかけた蛇など、消し去ってしまいたかったのに。
「……これを」
地上からの布陣に加わったヴァルフレード・イズルノシア(う゛ぁるふれーど・いずるのしあ)が、ザカコ・グーメルに箒を差し出した。
「ありがとう、使わせてもらいます」
ザカコの礼に、ヴァルフレードは無言で頷いた。
「魔力の回復は任せてよ!
魔法使いまくっても大丈夫なように、しっかりサポートするからねっ」
意気込むエディラント・アッシュワース(えでぃらんと・あっしゅわーす)に水を差すように、
「ま、頼らんでこしたことあらへんけどな」
フィルラント・アッシュワース(ふぃるらんと・あっしゅ)が言う。
「え、何で!?」
「何でもなにも、戦闘しながらほっぺにチューされるとか、緊迫感がないにも程があるやろ」
「うわっ、ひどい!」
氷術ならば効くらしい、というので、フィルラントは蛇に光術を仕掛けてみる。
しかし、氷術で作った巨大な氷の柱――杭のようなもので、蛇を突き刺せないかと思ったのだが、不可能だった。
蛇の表皮は、鱗1枚めくることもできない程で、恐ろしく硬い。
一切の攻撃を受け付けないのだ。
戦うチューリップゆる族、トゥルペ・ロット(とぅるぺ・ろっと)は、機関銃を地面に固定させた。
「イレブンさんを援護するであります。
トゥルペの機関銃が火を吹くであります」
撃ちまくる機関銃の銃弾はしかし、全て蛇の表皮に弾かれてしまう。
「敵は硬すぎるのでありますっ……」
「下からも駄目か!」
夏侯 淵(かこう・えん)も、出来る限り近づいて、蛇の顎下や頭の付け根部分を、諸葛弩で狙い撃ったが、矢は、全て跳ね返ってぼろぼろと落ちる。
上空から蛇の額を狙うルカルカから、蛇の注意を引き付けさせる為に、イレブンはカッティと共に蛇の正面に出た。
蛇が口を開け、瘴気の塊を撃ってくる。
左右に分かれてそれを避け、カッティが光条兵器のメイスで、蛇を殴ったが、壁を殴ったような感触だった。
「光条兵器も効かないの!?」
カッティが叫ぶ。
一方、シルヴァ・アンスウェラー(しるば・あんすうぇらー)は、蛇の居場所から少し離れた高台から、スナイパーライフルのスコープを通して蛇の顔を見ていた。
「さてここからは実験タイムです。
力の集合体である蛇でも、眼球って脆いんでしょうか?」
狙いを定めて、引き金を引く。
「正解はCMの後!」
さて結果は? と、スコープの向こうを凝視すると、蛇の眼球に傷はない。
「あれえ!? 意外だ、目も駄目なんだ!」
何だかんだ言っても結局は目が弱点、というオチかと思ったのに!
「もう、参ったなあ」
シルヴァは1人ブチブチと文句を言った。
蛇は、距離を置いたつもりでいても、蟠っている長い胴体を、急にぐん、と伸ばして来るので油断ならなかった。
「「奈落の鉄槌!」」
ザカコと藍澤黎は、同じ魔法の同時掛けで、蛇の頭を固定させようとする。
ズン、と頭上からの重圧を感じた蛇は、それに抗うどころか、そのまま頭を落下させた。
落下というよりは、自分の頭を投げ付けた、とでも言っていいような勢いである。
ウィングを飲み込んだ時は口を開いていたが、まるで巨岩が地面に叩き付けられるように、頭から地面に激突した。
「うわ!!」
至近距離から攻撃を加えようとしていたラルク・クローディスやイレブン・オーヴィルらが、落下地点から走り出る。
シャアアアア!
蛇は頭を地に伏せたまま、今度は左右に大きく振った。
範囲内にいた者達が、扇状に散らすように払い飛ばされ、蛇は大きく口を開ける。
「瘴気を撃つ気か!」
カルキノス・シュトロエンデ(かるきのす・しゅとろえんで)とエース・ラグランツが、それを防ごうと、同時にバニッシュの魔法を放った。
黒い瘴気の塊と、神聖魔法は、ぶつかり合って互いに消滅する。
「バニッシュは使える!」
よし! とエースが叫ぶ。
「もう一度行きます!」
ザカコがルカルカに合図した。
動きを押さえ付けることは、出来ないかもしれない。
しかし蛇の動きが読めれば、ルカルカであれば、蛇の額に剣を突き立てることくらいできるだろう。
『カゼ』が”核”を埋め込んだ、蛇の額。
そこがルカルカの狙う場所だった。
”核”は蛇の内部に溶けこんで、あそこを掘り返せば”核”が出て来るといった単純なことではないだろうが、だが、『カゼ』が”核”を埋め込むに選んだ、ツボのような場所ではあるはずだ。
あそこを攻撃することで、きっと何らかの影響を与えることはできるはず。
行けるわ、というルカルカからの合図が返って、ザカコ達は再び重力の魔法を蛇に仕掛け、同時に、ルカルカとダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)が、蛇の頭上に飛び降りた。
「モルダヴァイト! これで、終わりよっ!」
渾身の力を込めて、ルカルカは蛇の眉間に剣を突き立てた。
グワッと蛇の頭がのたうつ。
ダリルはルカルカの身体を支えた。
石化が始まり、頭が石化を終え、その下に進もうとしたところで、突然、蛇の頭がもげた。
「何ッ!?」
突然別の方向からバランスを崩されて、当惑したダリルが声を上げる。
頭を失った蛇の胴体が、勢いをつけるように一旦上空に反り、地面に叩き付けて来て、石化した頭部を破壊した。
「きゃああっ!!」
ルカルカとダリルが、一緒に弾き飛ばされる。
「頭を失ったのに、生きてるのか!?」
投げ出されたルカルカに、カルキノス達が向かう。
エースもルカルカを心配したが、蛇の、有り得ない事態に、凝然と目を見開いて固唾を飲んだ。
ぞろりと長い蛇の身体が蠢いて、その先端が持ち上がった。
尻尾が、と思ったその次瞬間、その先にあるものを見てぎょっとする。
そこには、頭があったのだ。
「何、あれ……!? 尻尾も頭なの!?」
「……双頭蛇!?」
青ざめたカッティと、イレブンが呆然と叫んだ。
蛇は、ぐわっと開けた口から、瘴気の塊を撃ち出す。
「そんな……今迄のは全部無駄ってことかよ!」
「……エース」
パートナーのクマラ カールッティケーヤ(くまら・かーるってぃけーや)が、力無い口調でエースを呼ぶ。
「ごめん、オレそろそろ限界かも……」
「クマラ!?」
瘴気に蝕まれ、身体が鉛のように重く、意識を保っているのが辛い。
「しっかりしろ!」
そういうエースの方も、脳内で割れ鐘のように鳴り響き、ズキズキと痛む頭痛に、そろそろ耐えられなくなってきていた。
「く……くそっ!」
ぶれる視界の端で、真っ青になって倒れるカッティを、イレブンが抱き止めていた。
クレア・シュミットが、意識を失い、ころんと横たわるトゥルペ・ロットを回収してイリーナ達の元へ戻った時、ハンスもぐったりと青い顔をしていた。
「大丈夫か!?」
「クレア様……いえ、大丈夫です」
気丈に笑みを浮かべるが、その額には脂汗が浮かんでいる。
(ハンスもか……!)
このままでは、全滅も時間の問題だ。
(どうすれば)
クレアは厳しい表情で、モルダヴァイトを睨み据えた。
全身の痺れと共に目眩を感じて、北斗はがくりと両膝を付いた。
脳が重い。気分が悪くて苛々した。
瘴気に蝕まれた影響が現れはじめたのだ。
「くっそう……!」
俺は、ここまでなのか。
痺れは痛みに変わり始め、うずくまりながらも、顔を上げて蛇を睨みつける。
世界を救う為に、ここまで来たのに。
何度斬り付けても、蛇は全く受け付けなかった。
突然蠢く蛇の身体に弾き飛ばされ、地に転がっても、何度でも立ち上がって、攻撃をし続けた。
それなのに、結局は己の非力さを見せ付けられただけなのか。
結局世界は、こんなにも非情で、どんなに願っても足掻いても、駄目なものは駄目、奇跡など、起きはしない。
「うるさい! それがどうした!」
自らの考えを振り払うように、北斗は叫んだ。
「逃げねえ、諦めねえ! 折れたりしねえ!
世界も仲間も未来も全部守るって決めたんだ!」
立ち上がろうとして転び、
「くそう!」
と拳を握り締める。
こんなところで終わりだなんて、絶対に認めない。
そう、人が戦う「絶望」というのは、いつだって自分自身だ。
そう、思うのに、身体は意志に逆らい、いや、逆らうというよりは、意志と身体を繋ぐものが、まるで断ち切られてしまったようだった。
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