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リアクション
●研究所は? キメラは? そしてあの者たちは?
「君たち、お疲れさま。すぐで申し訳ないが、そのカプセルを持ってこっちに来てくれ。治療の用意は済ませてある」
サルヴィン川を臨む地でキメラと戦い、行動不能になったキメラを回収して『イルミンスール鳥獣研究所』に戻ってきたイレブン・オーヴィル(いれぶん・おーう゛ぃる)とカッティ・スタードロップ(かってぃ・すたーどろっぷ)、ミレイユ・グリシャム(みれいゆ・ぐりしゃむ)とシェイド・クレイン(しぇいど・くれいん)、デューイ・ホプキンス(でゅーい・ほぷきんす)が、彼らを出迎えたディル・ラートスンに導かれて研究所の中を進む。辿り着いた先はいくつかの頑丈な作りの飼育スペース、動物用に用意された診療台と各種設備が据えられていた。
「ディル、こちらの用意は出来ています。ですが、十匹を一度に収容することはできません」
白衣姿のエルミティがディルに報告する。現代日本でも見かけることの多い、生まれたばかりの胎児を収容する保育器を大きくしたような装置は、イレブンたちが持ち帰ったカプセルの数よりも少ない。
「急なことだ、仕方ないね。カプセルが用意出来ただけでもよしというところだ。傷の深いキメラを優先して装置に収容して、比較的傷の浅いキメラは普通のスペースに収容しよう。……君たち、よければキメラの治療を手伝って欲しい。彼らは僕たち人間の何倍も高い治癒力を持っている。でも、治癒の仕方は僕らや動物と大体同じだ。動物や人間に対しての治癒の知識があれば、問題なく行えるよ」
「うん、分かった! ワタシ、頑張るよ!」
「無理は禁物ですよ、ミレイユ。……ディルさん、キメラの食事についてお聞きしたいのですが。よろしければ栄養のつくものを用意してあげたいと思いまして」
ミレイユが頷くその横で、シェイドがキメラの食事について質問する。
「ああ、それについては僕らはあまり関与しない方がいいみたいだ。草食動物の特徴を持っているからなのか、キメラは大体の食物は消化してしまうんだけど、僕らの口にあったように加工された食品を与え過ぎると、消化力が利き過ぎて悪影響を与えてしまうみたいなんだ。……実は最初、ファスとセドがひどくお腹を下したことがあってね、その事に気付いたんだ。だから、キメラには新鮮な生の食物と水を与えておけばいいという結論にしている。君の申し出は有り難く受け取っておくよ。……もしよかったら、僕たちの食事を用意してくれると嬉しいかな。キッチンは自由に使っていいから」
「分かりました。それでは少しお借りします」
シェイドが食材を確認しにキッチンへ赴き、ミレイユとデューイがカプセルから解放されたキメラの中で、比較的傷の浅いキメラの治療を行っていく。
「痛いことしちゃってごめんね。元気になったら、一緒に遊ぼう?」
傷口に癒しの力を施し、外気に触れないように包帯やガーゼで包んでいく。一方、重傷と判断されたキメラは装置に収容され、治療を受けていた。
「……精霊を危険に晒したキメラを助けることは、もしかしたら精霊を裏切っているかもしれない。でも、目の前で傷ついているキメラを見捨てることは、キメラに深く関わってしまった僕にはもう出来ない。これからも、僕に出来るだけのことはしようと思う」
「ディルさん……ここに来る前に、同じ学校の人とかお友達から、「キメラを助けてくれてありがとう」って言葉をいっぱいもらったよ。きっとみんな、キメラが悪い子じゃないって分かってると思う。それは、精霊さんも同じだと、ワタシは思うんだ」
ミレイユの言葉に、ディルが安堵したように息をつく。
「……そうであるなら、嬉しいことだね。さ、次、行こう。少しでも早く、楽にしてあげないとね」
「うん! ……あ、これリアさんの名前が書いてある」
「はは、もう自分のだと決めているのかい? じゃあ、それは僕が担当しておこう」
「よろしくです! ……ワタシも決めておこうかな?」
そうして、全てのキメラの治療が終わり、そしてキッチンから料理を持ってやってきたシェイドは、治療を終えた一体のキメラに寄り添うようにして寝息を立てるミレイユの姿を見つける。
「今日一日、働きづくめでしたものね」
「……休ませてあげよう。君は傍についててくれ、我は何かあった時のために控えていよう」
「ありがとうございます。よければ少し食べていきませんか」
差し出された料理の盛られた皿を受け取って、デューイがその場を後にする。すやすやと寝息を立てるミレイユを、シェイドが微笑ましげに見守っていた。
「ディル、私はここに、鳥獣との共同生活が出来るスペースを作ることを提案したい」
一仕事終えて、皆でゆっくりと食事を摂った後で、イレブンが自らの提案を口にする。第一に未だ謎の部分が多いキメラの生態解明、第二にこれまで生徒を襲うことが多かった――それはキメラ自身の意思でないにしろ――キメラを、もっと一般に触れさせることで植え付けられた恐怖心の解消、さらには生徒や教師のキメラに対する知識向上、研究所の人手不足を解消するため、といった理由がイレブンの口から語られる。
「カプセルとかの古代技術は、一緒に研究ってわけには行かないだろうけど、例えば獣医の技術をみんなで高め合うってことは出来ると思うし、皆が喜んでくれるんじゃないかな? あたし、教導団の衛生科に掛け合ってみるよ?」
カッティの言葉に、ディルがしばらく考え込むように口を閉ざし、やがて納得するように頷いて口を開く。
「……僕は、イルミンスールに随分とお世話になっている。その立場の僕からすれば、教導団を今すぐに信用して協力を願うとは確約できない。イルミンスールにはイルミンスールの、教導団には教導団の思惑があって、両者ともそれに基づいた行動をしているはずだからね。それを僕の一存でどうこう出来るとは到底思えない。……ただ、僕、ディル・ラートスンは、君たちの申し出を有り難く受け取りたいし、君たちの協力に応えたい。……もしかしたら、こういうところから少しずつ、お互いに歩み寄っていくものなのかもしれないね」
ディルの言葉は、イルミンスールと教導団だけに留まらず、六つの学校、今で言えば人間と精霊においても言えることであった。大きな集団で見てしまえば、今すぐに歩み寄ることは難しい。でも、個人と個人が繋がり合い、協力し合うことが出来たなら、それはやがて大きな絆になるかもしれなかった。
「これは僕個人の願いだ。ぜひ、キメラのために力を貸してほしい」
「もちろんだ、私に出来ることなら何でも言ってくれ。……ああそうだ、ここに共同スペースが出来た暁には、『イルゴロウ動物王国』を提唱したい」
「イルゴロウ……不思議な名前ですね。何か由来でもあるのですか?」
「何かね、ゴロウ動物王国とつけると有名になるという法則があるんだって!」
「ははは、なるほど。それでイルミンスールにゴロウ、という寸法か。……いいんじゃないかな。僕が命名するより、君たちが命名してくれた方がより親しみが持てるだろう? そういうところから始めていこう。まあ、書類上の名前としては、仰々しいものを付けておいた方がいいから……『希少種動物保護区』かな。とりあえずは、次の会議で予算を勝ち取れるようにプレゼンの用意をしないとかな」
「そちらはお手伝いします、ディル」
エルミティの申し出にディルが頷く。
キメラを取り巻く環境は少しずつ変わり始めている。
それはひいては、学校間の関係をも変えようとしているのかもしれなかった。
研究所での顛末の最中、イルミンスールでは一つの影が己の目的のため、暗躍を始めていた。
「……今なら行動したところで、俺を止める者はいまい。……本当はこいつを各地に放ってより混乱を広めたかったが、ちっ、邪魔してくれやがって、あの精霊どもめ」
黒衣に身を包んだ男が、懐に隠し持った四つのカプセルを愛おしく撫でる。
「この混乱で、大体の目星はついた。一際強い魔力の波動を感じる場所……あそこか」
男が見定めるのは、ここより遥か上空、エリザベートとアーデルハイトが控える校長室のある場所。ニヤリと口の端を歪めた男が、しかし胸のアクセサリーに反応が出たのを認めて表情を隠す。
(ちっ――)
舌打ちして男がアクセサリーを起動する。やがて男の視界に、二人の人影が映し出される。
「悪しきものでそこら中満ち溢れています……イルミンスールは大丈夫でしょうか」
「生徒たちは勇敢に戦っているようだ。……それよりも我は、急に消えた気配が気になるのだが……」
キメラと戦っていた地からイルミンスールに辿り着いたジーナ・ユキノシタ(じーな・ゆきのした)とガイアス・ミスファーン(がいあす・みすふぁーん)が、それぞれが感じた『敵』の気配の出所を探るべく視線をさ迷わせている。
「リンネ先輩達、大丈夫でしょうか……」
ひとまず敵性の気配が消えたのを確認して、ジーナがぽつりと呟く。
「……あの者なら問題ない。今は、ここが未知の伏撃に合わぬよう、我々で万全を期すべきだ」
ガイアスの言葉に振り向き、とりあえずは納得の表情を見せるジーナ。
(……我の勘に狂いがなければ、あの先にジーナが行くのは非常に危険だ。同族同士の戦いなど、ジーナにはまだ荷が重すぎる。……これはジーナのためでもあるのだ)
ガイアスのその思いを知ってか知らずか、ジーナは視界の先に小さな爆発を見、次いで届く爆音を耳にする。
「ガイアスさん、戦闘が!」
「……うむ、行くか」
飛び出すジーナの後を追いかけ、ガイアスがもう一度辺りを見回して、そして再びジーナの後を追いかける。二人が向かった先では、ルイ・フリード(るい・ふりーど)とリア・リム(りあ・りむ)が忍び寄ってきた『闇の僕』と戦闘を繰り広げていた。
(……どこまで皆の笑顔を奪えば気が済むのですか! 黄昏の瞳は!)
普段は賑やかなイメージの強いルイが、今回は『黄昏の瞳』への怒りとイルミンスールを守る使命感に満ち溢れた表情を浮かべ、魔導書を手にする。呼び出された光が筋となって『闇の僕』を貫き、蒸発するように塵と消える。光を免れた『闇の僕』の一つが、反撃とばかりに自らの身体を変形させて迫る。
(黄昏の瞳の好きなようにさせてなるものか! 下らない思惑、僕が挫いてやる!)
ルイと同様の強い意思を込めた一発が、『闇の僕』の伸ばした身体を撃ち抜き、衝撃に包まれた『闇の僕』の身体がぐにゃりと曲がり、地面に伸びてそのまま動かなくなる。
「私も加勢します!」
そこにジーナとガイアスが合流し、手近にいた『闇の僕』は二人の呼び出した光に包まれて消えていく。
「おお、助かります! ワタシたちは今来たのですが、あの黒いバケモノについて何か知りませんか?」
「我々も今しがた参ったばかりなのだ。何やら良からぬモノというのだけは分かるのだが――」
ルイの問いにガイアスが答えた直後、一行のさらに奥で先ほどより大きな爆発と、爆音が木霊する。
「向こうでも生徒さんが戦っているみたいですね」
「行こう! 僕たちも精霊を守るんだ!」
爆発のした方へ、ルイとリア、ジーナとガイアスが向かっていく。彼らがいなくなったのを見計らって、黒衣の男が姿を現す。
「どうも間が悪いな。ここには不思議な力でも働いているのか? ……フン、下らん、何が世界樹だ――」
「取り込み中悪いが、君は誰だ? その姿、先程も見かけたな。『黄昏の瞳』の手の者か!?」
呟いた黒衣の男の背中に、ララ サーズデイ(らら・さーずでい)の得物が押し当てられる。彼女に続いて、キメラとの戦闘を潜り抜けてきたリリ・スノーウォーカー(りり・すのーうぉーかー)とユリ・アンジートレイニー(ゆり・あんじーとれいにー)がやって来る。
「……まさか、魔力切れとはな。やはり不思議な力でも働いているんだな。……面倒だ、何もかも面倒だ!!」
黒衣の男が身を翻し、斬りかかったララの一撃を避ける。懐からカプセルを掴み地面に投げつければ、二撃目を振り抜こうとしたララの剣を、出現したキメラが噛み付く。
「貴様らはそのキメラの餌にでもなるんだな!!」
言い捨ててエリザベートのところに向かう黒衣の男へ、咄嗟にリリが放った呪文が襲う。
「……外したのだよ。呪文の術式に係っきりだったのは誤算なのだよ」
遠くなる背中を睨んでいたリリは、ユリのあげた声に意識を振り戻す。ララを弾き飛ばしたキメラが、前足を踏ん張って口の奥に炎を蓄えている。
「リリ、どうしましょう!?」
「どうするもこうするもないのだよ。下手に動けば黒コゲなのだよ」
「ヴィオラさんからの連絡もないみたいです〜。やっぱり間に合わないんでしょうか――」
携帯を覗き込んだユリが、返信のないのを確認して気落ちしていると、咆哮をあげたキメラが口を大きく開き、二人を丸焼きに誘うべく炎を吐き出そうとする――。
「響け、悪夢への誘い!」
声が響き、黒色の閃光に撃ち抜かれたキメラが身悶える。
「自分でも驚いているよ。私も……まだ、戦えたのだな」
「そやそや、ねーさんも『聖少女』なんやて? うちらの『家』がピンチいうてる時に、眠ってばかりじゃ困るんよ」
その、懐かしい声を一番に誰のものと理解したユリが、近づいてくる二つの人影に振り向いて、彼女たちの名前を呼ぶ。
「ヴィオラさん! ネラさん!」
「……ただいま、ユリ。連絡を受けてな、どうしようか迷ったが……やはり、心配でな。間に合ってよかった」
「もー、うちがハッパかけんかったら、何時まで経ってもねーさん動かんかったんちゃう!? ちょっとは感謝してほしいわー」
そこには、かつて『聖少女』を巡る激闘を繰り広げ、そしてイルミンスールの生徒と確かな絆を結んだ二人、ヴィオラとネラの姿があった。
「再会を祝して……の場面だが、君たち、力を貸してくれないか。私では抑えるのが手一杯のようでな」
果敢に切り結んでいるララの言葉で、ユリが思い出したようにヴィオラに問いかける。
「どうすればキメラさんの洗脳が解けますか?」
「私が使役していたのと姿形が大分異なるな。……洗脳、でいいのだろうか、操られているキメラをその束縛から解放する方法は、厳密には存在しないのだ。ただ永久に操られているわけではなく、むしろ一時的だから、抵抗力を奪い、行動不能に陥らせるのが最も手っ取り早い」
「けど、あいつすばしっこいからなー。不意打ちももー通じないやろし、手間かかるなー」
二人の言葉を受けて、リリが口を挟む。
「ヴィオラ、力を貸すのだよ。リリの用意した魔法で仕留めるのだよ」
「リリ、そんな言い方ヴィオラさんに失礼ですよ。……ごめんなさいヴィオラさん、改めてワタシからも、リリに協力してくれませんか?」
「ああ、お前たちには世話になった。私でよければ力を貸そう。どうすればいい?」
「リリの肩に手を置いて、力を送ってくれればいいのだよ。術の詠唱はリリがやるから問題ないのだよ」
「じゃ、うちはララの援護したろかな。二人とも、後は任せたでー」
ネラがララを援護すべく向かって行き、そしてヴィオラがリリの肩に両手を置く。
「尊いは穢れ、穢れは尊い。
永遠に清らかなる冥界の処女より生まれし者。
喪裾を翻して来たれ、漆黒の薔薇」
リリの詠唱に応じて、薄紫に輝いていた魔方陣が漆黒に染まっていく。そして完全に漆黒に満ちた瞬間、魔方陣から漆黒が放たれ、ララとネラと戦っていたキメラの後方に落ち、そこで漆黒の球体を形成する。
「二人とも、すぐにその場から離れるんだ!」
「ととと……何や、吸い込まれてまう」
ズルズルと球体に引き寄せられていくネラを抱えて、ララがブースターを稼働させて範囲から逃れる。そしてキメラは球体に引きずり込まれ、キメラを巻き込むように球体が弾ける。視界が晴れた先には、ぐったりとして地面に横たわるキメラの姿があった。
「死んでしまったのでしょうか?」
「……いや、生きてはいる。少なくとも朝までは、まともに動くことは出来んだろうが」
術から解放され、一息ついたヴィオラがユリの問いかけに答えた。
頼れる援軍を得た一行は、去っていった黒衣の男を他の冒険者に任せることにして、自らはイルミンスールの中心部へ駆けていく。
戦いは未だ続いている――。
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