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リアクション
●闇の晴れる時
(あっ……止まった……?)
『闇の僕』の動きが、それまでのものより緩慢になったのを、魔法で相手していたケイラ・ジェシータ(けいら・じぇしーた)が見とめる。
「シャンダリアさん! ミサカさん! お願いします!」
すかさずケイラが、『サイフィードの光輝の精霊』シャンダリア、『クリスタリアの氷の精霊』ミサカに呼びかける。
「はい! えっと、この向きなら……大丈夫です、行けます!」
ミサカが、ケイラと一緒に作った氷の壁を、光がちょうど『闇の僕』で一点に収束する位置になるように操作する。ミサカの言葉を受けて、シャンダリアがケイラと合わせるように光を氷の壁に放つ。
「わたくしの光、お受けなさい!」
光は氷の壁で反射し、動きの鈍った『闇の僕』を貫く。集約された光の筋にひとたまりもなく消えていく『闇の僕』を見据え、切り結んでいた御薗井 響子(みそのい・きょうこ)がケイラに呼びかける。
「……動きの鈍った今なら、まとめて倒せるかも。……ケイラ、やってみよう」
響子が持ちかけた提案にケイラが頷いて、詠唱を開始する。響子の掲げた剣にケイラの呼び出した雷が落ち、剣に電撃がほとばしる。それを薙ぐように振り抜けば、数本に分かたれた雷撃が踊るように走り、複数の『闇の僕』を貫いて蒸発させる。
「やりましたね!」
「わたくしたちが力を合わせれば、これくらい容易いことですわ」
「うん、みんなが無事でよかった。……でも、どうして動きが止まったんだろう――」
とりあえずの無事を確認して喜び合う一行の耳に、上空でミーミルと戦い続けていたケイオースの悲鳴とも咆哮とも聞こえる雄叫びが届く。
「マラッタさん、ケイオースさんはどうしちゃったの?」
ケイラが、張った氷の壁に守られるようにして、茅野 菫(ちの・すみれ)の提案に応じてケイオースが元に戻るように祈っていた『ナイフィードの闇黒の精霊』マラッタに問いかける。
「詳しくは分からないけど、ケイオース様を操っていた変な力は消えたみたいだ。だけど、何かおかしい。元に戻る様子が一向に感じられない。一体何が――」
マラッタの疑問を遮るように、近くで悲鳴が生じる。駆け寄った一行の前に、数を増した『闇の僕』が鈍い動きながら這い寄る。先程までとは違う、そして異様な光景に、一部の精霊が恐れおののいていた。
「パビェーダ、決してこやつらを近づかせるでないぞ! わしとおぬしとで何としても食い止めるのだ!」
馬に跨り、かつて武士と呼ばれた者たちが身につけていた甲冑姿の相馬 小次郎(そうま・こじろう)が、魔法を行使して『闇の僕』を打ち払うパビェーダ・フィヴラーリ(ぱびぇーだ・ふぃぶらーり)を激励しながら、自らも刀を振るい、『闇の僕』を打ち払っていく。
(菫は私が守る……この身にかけても!)
長時間に及ぶ戦いは確実に二人の体力と精神力を減じていたが、それでも二人は守るべき者のため、力を振るっていた。
「アナタリアさん!」
パビェーダと小次郎を心配するように見つめていた『ナイフィードの闇黒の精霊』アナタリアが、駆け寄ったケイラに振り向き、感じたことを口にする。
「おそらく、力の供給を絶たれたことで、ケイオース様に力を渡すという役目から、自らが生き残るために力を奪うようになったのでしょう。それは生きとし生けるものとして当然の行為、ですが……」
アナタリアが見上げたそこには、『闇の僕』に取り付かれ苦しむケイオースの姿があった。『闇の僕』はケイオースから精気を奪って生き長らえようとしているのである。
「そんな! このままじゃケイオースさんは――」
「……私たちにできることは、ケイオース様が少しでも楽になるよう、そして、ケイオース様自身の力で脅威を振り払えるよう、祈るだけです。私は、あなたたちを信じています。この想いは、きっとケイオース様にも届くはずです」
「……分かったよ。じゃあ自分は、アナタリアさんを、精霊を護るよ。それが今の自分がしなくちゃいけないこと、友達のためにしてあげられることだと思うから。……あっ、ご、ごめんね、友達だなんて勝手に――」
慌てて訂正しかけたケイラを、アナタリアが制する。
「私も、あなたと一緒にいる精霊も、もうあなたの友達ですわ」
アナタリアの言葉に、マラッタ、シャンダリアにミサカが頷く。
「……うん!」
ケイラが微笑んで、そしてパビェーダと小次郎を援護しに行く。彼らを見送って、アナタリアは他の精霊を先導して祈り続ける菫の傍に身を寄せる。
「こうして手を繋いで、一つになって祈ればきっと届く……そうよね?」
それまで気丈に精霊を指揮していた菫が、ほんの少しだけ、奥底に秘めた不安を表に出してアナタリアに問う。
「ええ、そうよ。祈りましょう……一緒に」
菫が抱える大きな不安を知りつつ、その不安が少しでも解されればいいと願いながら、アナタリアが菫の手を取って瞳を閉じ、祈りを捧げる。
今ここに、最後の戦いが開始されようとしていた――。
「おやおや、こりゃまた過激なことになってきたねえ」
『闇の僕』の手当たり次第の侵食は、校長室も例外ではなかった。他の施設とは比較にならない結界で守られているとはいえ、生物の生存欲求に裏打ちされた『闇の僕』の行動は、先程から絶えず結界を脅かしている。アーデルハイトはまずもって自らとエリザベートの居城を護るため、結界を常に更新し続ける必要に駆られていた。
(闇黒の精霊のことは、やれるところまでミーミルに任せてみようかの。私がここで出て行っても面白くないしの)
片手で、結界を新しくする呪文を行使しながら、もう片方の手で先程生徒の手により捕らえられた『黄昏の瞳』の構成員と思しき黒衣の男の持っている記憶を覗き見る呪術を行使する。
(……なんじゃ、こやつ本当に下っ端じゃの、ろくな情報を持っとらん。いっそ外に放って餌にしてしまおうか)
もちろん、そんなことをすれば、エリザベートはともかくミーミルが悲しむ。それを知ってなおそのような真似をするのは、アーデルハイトであっても流石に気が引けた。
(……ま、今日のところは穏便に済ませてやろうかの。ここを避難場所にする者もおる、そやつらに無用な不安を与えても仕方あるまい)
片手の動きが止まり、脱力した男が崩れ落ちる。逃れぬよう束縛を施して、アーデルハイトが今もなお戦う生徒たちを案ずる。
「こちら現地レポーターのクマラでっす……え? ふざけるな? 分かってるって、情報はバッチリ伝えるから任せとけよな」
校長室の中に精霊を誘導したエース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)と、携帯で連絡を取り合っているクマラ カールッティケーヤ(くまら・かーるってぃけーや)が、飛空艇を操作しながら外の様子を逐一エースに伝えていた。
「うん、今のところは大丈夫。黒いヤツは入ってこれないみたいだよ」
侵入を試みては結界に弾かれる『闇の僕』を見て、クマラが報告する。これからどうなるかは不明ながらも、現時点で今すぐどうにかなってしまうようには思えなかった。
(後は、アイツらがどんだけやってくれるかだよな……)
ここに来る前に集まっていた生徒たちのことを、クマラが思い返す。その中には顔見知りもいれば新参もいたが、皆、イルミンスールを、精霊を守りたいという思いでは一致していた。
(ま、オイラもやるぜ! 精霊さんに分かってもらいたいしな、助けたいっていう想いを)
クマラが頷いて、周囲の警戒を続ける。一方、校長室の中の一部屋には、エースに誘導されてきた精霊と、メシエ・ヒューヴェリアル(めしえ・ひゅーう゛ぇりある)、エオリア・リュケイオン(えおりあ・りゅけいおん)の姿があった。
「外ではミーミルやルカルカ達が、皆を護ろうと努力してくれている。何も心配はない、安心して。皆がついている」
メシエが、先に手品を披露した時に知り合った『ウインドリィの風の精霊』マリアンナに、まるで貴婦人にそうするように手を取り、その甲に唇を寄せる。彼なりの精霊を思う行為に、照れくさそうにしつつもマリアンナが微笑みを浮かべる。
「戦いの音には怯えてしまいますけど、それ以上に、皆さんの勇気と誠意に満ちた声が聞こえてきますわ。……どうか皆さんが無事に戻ってこれますよう」
皆の無事を願うマリアンナの想いを受け取ったメシエは、背後からエオリアに呼ばれ、不安を与えぬよう悠然と向かっていく。
「……そちらの様子はどう?」
「問題ないようには見えるね。癒しも施しているのでね」
エオリアもメシエも、少しでも不安そうな精霊を見つければ話しかけ、触れる際に癒しの力を施すなどして、不安の解消に努めていた。その甲斐あってか、あまり広くはない中に閉じ込められている環境でありながら、まずまずの雰囲気を保っていた。
「私たちはこのまま、ここを守り抜けばいい。ミーミルやルカルカ達が、事を解決に導くはずだよ」
「そう、ですね。……精霊たちを護ろうと戦っている全ての者に、世界樹の加護がありますように」
エオリアが祈るように呟く。そしてエースは、『サイフィードの光輝の精霊』ミランに部屋の中を照らしてもらうことを提案して、状況の推移を見守っていた。
「俺の申し出を受け入れて頂いて、ありがとうございます」
「いえ、わたくしも力になりたかったのですわ。それに不思議ですわ、全然疲れを感じませんの」
「それはおそらく、世界樹が貴女にちからを貸してくれているのでしょう」
世界樹は全ての生物を育み、そして守る存在である。世界樹自身が『闇の僕』を排除しないのも、彼女にとっては等しく守るべき存在だからであった。その結果精気を吸われ続けることは、皮肉でもあったが。
「ここに入れば安心です。外にいる仲間が皆さんを護ってくれます。祈りましょう、彼らの無事を」
精霊に呼びかけながら、エースは外で戦いに勇む者たちの無事を願う。
ミーミルの、力を纏った拳が飛んできた『闇の僕』を打ち払う。ケイオースに力を渡すために集まっていた『闇の僕』が、ミーミルから精気を吸収するために向かっていく。
「皆さんは私が護ります!」
砕け散った欠片が身体の至る所に飛び火し、服が破れ、むき出しになった皮膚が焦げたように爛れていく。それでもミーミルの拳は、『闇の僕』を打ち払い続ける。痛々しくも自らの身体を厭わず、ただ相手のためにミーミルが力を振るう。
そこに、下から上へ光が貫き、『闇の僕』の襲撃を幾分緩和する。その間を縫って、アルツール・ライヘンベルガー(あるつーる・らいへんべるがー)がミーミルに接近する。
「お父さん!」
「おおミーミル、何て姿だ。……だがお前のことだ、退けと言ってもそのつもりはないのだろうな」
「ごめんなさい……お父さんの言葉でも、それは聞けません。私は、皆さんを護ります」
ミーミルの言葉に頷いたアルツールが、懐から漆黒の輝きを放つ石を取り出し、ミーミルに持たせる。
「これを持っていなさい。多少は、闇黒の力を軽減してくれるはずだ」
「ありがとう、でも、お父さんは?」
「なに、お父さんなら大丈夫。光術の心得もある、対抗呪文の応用で闇黒の力を打ち消してやるくらいはできる。……それに」
飛んできた『闇の僕』に光を見舞いながら、アルツールが毅然として告げる。
「娘も守る、客人も助ける、学校も守る、それが自分の役割だからな。ミーミル、お前と同じだよ」
「お父さん……はい!」
全身傷だらけのミーミルが浮かべた笑顔は、他のどの笑顔よりも輝いて見えた。
「ケイオース様を誑かす悪しき力は、あなた方の仲間により絶たれた。後は、ケイオース様を苦しめる闇を取り除き、ケイオース様をお救いする! ……ここに集まってくれたあなた方は、皆等しく私の友だ。私は友のために、悪しき力を浄化する炎となろう! あなた方もどうか、私に力を貸してほしい!」
ミーミルが戦う真下では、集まった生徒を『ヴォルテールの炎熱の精霊』サラが激励する。サラの言葉に頷いた生徒たちが、それぞれ行動を起こしていく。
「……で、やっぱ戦うんだな。そうだと思ったけどよ」
「まだ休んでいてもらいたいってのが本当だぜ。……そんなこと、望まないって分かっていてもな」
決意を固めた表情を浮かべたサラのところに、五条 武(ごじょう・たける)と緋桜 ケイ(ひおう・けい)、悠久ノ カナタ(とわの・かなた)が姿を現す。
「あなた方が私を心配してくれるのは、痛いほど伝わっている。……だが、セイランもケイオースも必死に戦っているというのに、私だけじっとしてるのは、私が許せないんだ」
言ったサラが表情を緩め、すっ、と手を差し出す。
「……それに、私はまだあなた方に、借りを返していない。これから対等な友として付き合うためにも、ここで二つ目の借りを返させてくれないか?」
「……へっ、そういうことなら俺から言うことはねぇ。俺も戦うぜ。クソ忌々しい改造で得た力だが、君たちの為に振るわせてくれ」
「俺も力を貸すぜ。サラに何かあったら、この後のキャンプファイヤーも上手くいかなくなるしな。俺があんたを絶対に守り通してやる」
「わらわにも、おぬしに力を与えさせてくれ」
サラの手に、武、ケイ、カナタの手が重なる。それはこの時、皆の想いが一つに重なった瞬間。
「私たち一塊の炎となりて、」
悪しき闇を塵に帰さん!
発した声に抗うように、『闇の僕』が寄り集まって一つの大きな塊を形成する。人の数倍はあろうかという大きさにも動じることなく、炎と化した者たちが行動を開始する。
「炎よ、この手に集い、悪を制する力となれ!」
サラの右手に炎の刀が生み出され、それがカナタの炎術を付加されることでより灼熱の輝きを放つ。
「変身ッ!」
改造人間『パラミアント』に変身した武が、刀を構えるサラと合わせるようにして、『闇の僕』の塊に突っ込んでいく。飛ばされる無数の欠片は、ケイの放った銃が撃ち落とし、地面に落ちてゆっくりと消えていく。接近した武の鉄甲をつけた拳が、同じくサラの振るった炎の刀が、『闇の僕』の塊を打ち砕き、深々と切り裂いていく。
「サラ、炎の精霊の力、俺に貸してくれ!」
「心得た、友よ。炎の精霊を束ねる者として、恥じぬ働きを見せよう!」
前衛を武とサラ、後衛をケイとカナタが陣形を作り、それぞれが想いを胸に、炎をその手に吹き上げさせる。触手を伸ばす『闇の僕』の僕へ、一つに合わさった炎をぶつける。
『これが、人と精霊の絆!
カルテット爆炎波!!』
炎の柱が『闇の僕』の塊を押し潰すように降り、業火に包まれた『闇の僕』は瞬く間にその姿を小さくしていき、そして炎が消えると同時に『闇の僕』もその姿を一欠片も残さず消えていった。
(みんながこうして、ミーミルのため、ケイオースさんのために戦ってくれているんです! 私も、みんなに負けないようにがんばりますっ!)
多くの生徒、そして精霊がミーミルと精霊のために戦っている事実に、ソア・ウェンボリス(そあ・うぇんぼりす)は胸が一杯になる思いで、『闇の僕』に光を見舞っていく。
「みんな、無理だけはすんじゃねーぞ! この黒いのに力を吸われちゃ台無しだからな!」
奮闘するソアを、そして他の生徒を『闇の僕』の奇襲から守るため、雪国 ベア(ゆきぐに・べあ)が目を光らせていると、『闇の僕』が降り注ぐ中箒に跨り飛んでいくエフェメラ・フィロソフィア(えふぇめら・ふぃろそふぃあ)の姿を認める。
「おい、あぶねーぞ! 無茶すんな、戻って来い!」
ベアの制止も聞かず、箒を駆ってケイオースの真下、発する声が届くであろう位置まで辿り着いたエフェメラが、枝に足を着けてケイオースを見つめ、声をあげる。
「聞こえますか、闇黒の精霊ケイオース!
制御が出来るとか出来ないとか暴走してるとか、そんなのはどうでも良いですの!
貴方に誇りがあるなら、意地があるなら、
他の精霊達を、私達イルミンスールの生徒を、仲間だと思う心が僅かにでも有るなら、
――死ぬ気で耐えてみせなさい!」
「ったく、姫がああなっちまうとどうしようもないんだよなあ」
「にゃははん、メラっちも頑張ってるねー。よーし、お姉さんも頑張っちゃうんだよーっ!」
エフェメラから大分離されたフォルトゥナ・フィオール(ふぉるとぅな・ふぃおーる)とリンクス・フェルナード(りんくす・ふぇるなーど)が、エフェメラに追いつくべく道中の『闇の僕』を打ち倒していく。
「その間に私達の仲間が何とかしますの!
絶対に!
絶対に!!
私達だけに苦労させるなんて許しませんの!
貴方だけに苦労もさせませんの!
友達は、痛みも喜びも分かち合う物でしょう!
私達はあなたの暴走と戦い、私達のイルミンスールを守りますの。
貴方も貴方の暴走と戦いなさい!
貴方達の、イルミンスールを、守って!」
「……ま……もる……」
『闇の僕』に取り憑かれたケイオースと思しき声が聞こえたような気がした矢先、降ってきた『闇の僕』にエフェメラが両脇を塞がれてしまう。
「やべぇ! 姫!」
「ここからじゃ間に合わないよー」
フォルトゥナとリンクスが駆ける中、『闇の僕』が触手を伸ばしてエフェメラを捕食せんとする――。
「……騒がしいのは好まない。……だが、お前の言葉は……気に入った」
枝を伝い、エフェメラの傍に降り立った精霊、『ナイフィードの闇黒の精霊』セスカが迫り来る触手を打ち払い、エフェメラを連れて別の枝へ飛び移る。
「あっ、あいつ……! おいてめえ、俺に未熟とか言ったのてめえだろ! てめえの言葉、返上してもらうぜ!」
「わお、ここで登場なんて、やっぱり渋いねー」
二人の後を追うフォルトゥナとリンクス。そして、その後ろ姿を見ていたソアが、確信を得たかのように頷く。
(想いは人を動かす……そして、精霊をも動かす!)
放った光が『闇の僕』を包み込み、消える光と共に消えていく。
飛空艇を駆って、ミーミルの周囲を旋回しながら向かってくる『闇の僕』を切り飛ばしていた安芸宮 和輝(あきみや・かずき)の目にも、ケイオースの様子が変わったのが映った。
(今の呼びかけで、何かが変わった……ここでケイオースを『闇の僕』から引き剥がせれば、決着をつけられるのではないでしょうか?)
やってみる価値はある、一つの推測と共に和輝がミーミルのところへ飛空艇を飛ばす。
「ミーミルさん! 私とシルフィーさんが援護します、ミーミルさんは『闇の僕』からケイオースを引き戻してください!」
「えっ……で、でも、私なんかにそんな――」
いきなり大役を振られ、躊躇するミーミルのところにルカルカ・ルー(るかるか・るー)が降り立ち、励ますように声をかける。
「貴女は十分強いわ。大丈夫、貴女のことは私が守る。私は貴女のお姉ちゃんだからね☆」
「ルカルカお姉ちゃん……でも、私に出来るでしょうか――」
「私からも頼む。ケイオースを連れ戻せるのはミーミル、あなただ」
炎の刀を手に、サラがミーミルの傍に降り立ち、声をかける。
「……あなたになら聞こえるだろう? ケイオースの無事を、皆の無事を願う者たちの想いが」
サラに諭され、ミーミルが胸に手を当て、声にならぬ声に耳を傾ける。
やがて、この場にいる者たち、そしてイルミンスールへの帰路についている者たちの想いが、確かな力をもってミーミルへ流れ込んでいく。
世界樹の枝葉が、大きくざわめく。
託された想いを、救い出すための力に変えて――。
「私が……私が、
ケイオースさんを、皆さんを、
護ります……護ってみせます!」
ミーミルの決意を引き金として、各自が行動を開始する。
(ミーミルさんが向かえるように、一瞬でもいい、隙を作れれば!)
クレア・シルフィアミッド(くれあ・しるふぃあみっど)に加護の力を施された和輝が、足となっている飛空艇を壊されないように、多少の自分への攻撃は無視してケイオースへ接近する。自分の背丈以上の大剣を片手で振り上げ、想いのこもった一撃を振り下ろす。光り輝く刃に切り裂かれた闇が飛び散り、真下へと落下していく。
(感情を読むことに長ける精霊種族と人族の真の理解は遠い……が、今こうして同じ物を見、同じ事の為に在れるなら、必ず絆は結べる。そうだと信じる!)
弓を携え、一行の指揮官として支援に当たる夏侯 淵(かこう・えん)の加護の力が、戦い勇む者たちに闇への抵抗をもたらす。飛び荒んだ『闇の僕』がいかに精気を吸い取ろうとしても、加護に守られた者たちには大した効果もなく、突き落とされ切り落とされていく。
「闇を撃ち貫く光とならん!」
弓を構え、そこに光の術を施した夏侯 淵の放つ光の矢が、ケイオースを囲う闇を撃ち貫き、彼方に消し去っていく。
「力が戻ってきたと言ってもまだ万全じゃないんだろ。お前が倒れたら悲しむ奴だっているんだ。無茶だけはするんじゃねえぞ」
サラにアイテムを渡しながら、強盗 ヘル(ごうとう・へる)がサラの身を案じる。
「済まないな、心優しき者よ。……受けた恩は返すのが私の流儀、今その恩に応えてみせよう!」
サラのリングが光り輝き、ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)とカルキノス・シュトロエンデ(かるきのす・しゅとろえんで)の宿す炎が激しく燃え上がる。
「いい炎だ、是非団にも、こいつを感じてもらいてぇ。鉄の火力が大事なのは分かるが、それだけじゃねえだろ!」
吐き捨て、カルキノスの行使した炎の嵐が渦を巻いて、闇を炎に包み浄化するように消し飛ばしていく。ケイオースの周りを取り巻く『闇の僕』の動きが鈍くなっていくのを悟りながら、ダリルとザカコ・グーメル(ざかこ・ぐーめる)が同じ武器を使用しての息の合った連携を見せる。
「ザカコがカタール使いとは懐かしく、そして頼もしい限りだ」
「ダリルとカタールで共闘できる日が来るとは思いませんでした。カタールならではの戦い方を見せてやりましょう」
炎走るカタールでダリルが突きを見舞えば、光を付加したカタールでザカコが斬撃を繰り出す。ザカコが突きの一撃を放てば、ダリルは斬撃を振るう。二つの異なる攻撃に『闇の僕』が対応出来るはずもなく、その数を減らしていく。
「ミーミル、貴女がこの世界に戻ってきた時のことを思い出して。そうすればきっと出来るわ」
「決めの一撃、あなたに託す。……行こうか、友よ」
サラとルカルカが頷き合い、揃って二人飛び立ち、手にした剣と刀が炎を吹き上げる。ルカルカが右から左へ、サラが左から右への斬撃を打ち込み、二つの傷の間に空間が生まれる。
「行きます!」
その空間へミーミルが、拳に皆の想いから生まれた力を宿らせ、打ち込む。
(ケイオースさん、応えてください! 皆さんの想いに!)
(……ここは……)
目を開けた先には、闇。自分が目を開けているかどうかも分からない。
(……そうか……俺は……)
ぼんやりとした頭に、これまでの出来事が浮かんでは消える。不意を打たれ傷を負い、訳の分からぬ内に意識を奪われ、そして気付けば自分が住処としているはずの闇に取り込まれている。
(くっ……闇黒の精霊ともあろう俺が、なんたること……)
自分の意思ではない身体が招いた災厄が、ケイオースを責め立てる。人と精霊との絆を結ぶべく集まった場において、無数の命を危険に晒したことは、とても彼一人が耐えられるものではなかった。
『ケイオースさん!
ケイオースさんは悪くないです!』
(声……? それに、眩しい……)
聞こえてきた声、そして差し込む光に、ケイオースが目を細める。
『皆さん、ケイオースさんが帰ってくることを願っています!
それはケイオースさんにも分かっているはずです!』
「……ああ、そうだ。俺は皆を危険に晒した。セイランを、サラを危険に巻き込み、同胞も、そして人間をも危険に晒した。それだというのに、どうして皆、俺のことをそこまで願えるのだ!?』
しっかりとした声を張り上げ、ケイオースが疑問を声にぶつける。
ややあって返ってきた声は。
『お友達の無事を願うことの、どこかいけないことでしょうか?
ケイオースさんは、私の、いえ、皆さんのお友達ですから』
「……………………友、達」
友達、そう呟いたケイオースの心に、温かいものが広がっていく。
「友達……ああ、いい響きだ。俺も、その友達の輪に混ぜてもらえるのか?」
『はい、どうぞ!
イルミンスールは、ケイオースさんを、精霊さんを歓迎します!』
「そうか……」
頷いたケイオースが、光に手を差し伸べる。
手を掴む確かな感触に、ケイオースが力強さを感じる――。
爆風のようなものが生じ、ケイオースを囲っていた闇が吹き消え、跡形もなく消え去る。
そして、ミーミルに手を繋がれる形で、人の姿を取り戻したケイオースがどこかバツの悪そうな表情を浮かべていた。
「……まだ名乗っていなかったな。俺は『サイフィードの闇黒の精霊』ケイオース。改めて、よろしく」
「ミーミル・ワルプルギスです。ようこそイルミンスールへ、ケイオースさん」
笑顔を浮かべるミーミルに、ケイオースもつられるように笑顔を見せた。
「あっ、ミーミルちゃんだ! やっほー、ミーミルちゃーん!」
そこに、『黄昏の瞳』から無事に帰還を遂げたリンネ一行が姿を現す。彼らと一緒に帰還を果たしたセイランは、ケイオースの姿を認めて駆け寄る。
「お兄様……!」
顔を埋めてくるセイランの頭に手をやりながら、ケイオースが済まなそうに呟く。
「セイラン、心配をかけた。俺はもう大丈夫だ」
無言で、頷きだけを返し、セイランが感触を確かめるように腕を回して抱きつく。
「あーもー、疲れたわよホント……ま、無事に済んでよかったわね!」
「そうね……本当に良かった……」
「セイラン様もケイオース様も、無事で何よりですわ」
『……と、ギリギリセーフ、といったところかの。ほれ』
サティナがセリシアに示し、セリシアが皆に示した先には、地平線から昇る太陽が、眩いばかりの光をもたらしていた。
疲れ果てた冒険者を照らす光は、どの癒しの力よりも強力なもののように感じられた。
今ここに、精霊祭の最中起きた一大事件は、幕を下ろすこととなった――。
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