蒼空学園へ

イルミンスール魔法学校

校長室

シャンバラ教導団へ

嘆きの邂逅~離宮編~(第5回/全6回)

リアクション公開中!

嘆きの邂逅~離宮編~(第5回/全6回)

リアクション


第1章 飛来

 窓一つなく、モニターや機械ばかりの部屋に桐生 円(きりゅう・まどか)はいた。
 ただこの部屋には、梯子がある。天井に扉も蓋もないのに。天井にあるのは魔法陣のような模様だけだ。
「パートナーの安全を確保しないと不味いよ」
 円は機械の操作をしているソフィア・フリークスにそう言った。
 円のパートナーにもしものことがあれば、円もただでは済まされない。そして、円が重体に陥れば、ソフィアにも影響を及ぼす。
「うーん、ボクのパートナーさ、見た感じ自由人ばっかりじゃない。たぶん説明しないと納得しないと思うからさ、いろいろ説明させてもらうよ」
「構わないわよ」
 ソフィアはそう微笑んだ。
「どこに撤退してもらえばいい?」
「南塔の屋上がいいと思うわ。ここへの侵攻は最後になると思うし。円が心配だっていうのなら、テレポートで迎えに行ってもいいけど、私としては信用できる人物とまではいえないし……この部屋に来てもらうのはちょっとね」
「じゃ、とりあえず南塔の屋上だね。危なくなったら迎えに行こう」
 円のその言葉にソフィアが頷く。
「どうぞ」
 ソフィアが電波を切った。
 直ぐに円はパートナーのオリヴィア・レベンクロン(おりう゛ぃあ・れべんくろん)ミネルバ・ヴァーリイ(みねるば・う゛ぁーりい)に電話をかける。
 オリヴィアへの連絡はスムーズに終わったが、ミネルバはかなり難のある娘だ。
「そう。ミネルバ、もう一回説明するよ? 離宮地下で人造人間、魔道兵器が開発が行われてたんだってさ、このまま残っててもじり貧にしかならない」
 機器類を狂わせる電波を流していること、流し続けてると兵器類がうまく動かないから、電波は流し続けはしないということなども説明していく……が、理解していないらしく、円は何度も説明を繰り返す。
「ねぇ、ミネルバ、戦いたいのはわかるけどさ、これから飛行能力のある兵器をテレポートで送り込むってソフィアくんは言っている」
 そして最後に円はこう言った。 
「接近武器しかないミネルバには辛いでしょ? だから素直に合流してくれるとうれしい」
 電話を切ってソフィアを見ると、彼女は時計を確認していた。
「……そろそろ、だとは思うんだけど。なにせしばらく外部と連絡をとることが出来なかったから。作戦の詳細が変更されている可能性もあるのよね」
 ソフィアは軽く苦笑しながらモニターを眺めていく。
 モニターには離宮内の様々な場所の映像が正常に映り始めていた。

〇     〇     〇


 同時刻、別邸救護班の班長を務める宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)が、総指揮官である神楽崎 優子(かぐらざき・ゆうこ)と相談を行うため、南塔本陣に赴いていた。
「そうだな、別邸に移動しよう。西塔も防衛線の役割は果たせないしな……」
 祥子の提案、西塔を放棄して人員を別邸の手伝いに充てること、本陣機能を別邸に移し、南塔は連絡機能のみ残すことの2点は概ね受け入れられた。
 状況によっては、南塔も完全に放棄することになるだろうとも優子は付け加える。
「移動する時は私が護衛するからな!」
 祥子を護衛して一緒に本陣に訪れたミューレリア・ラングウェイ(みゅーれりあ・らんぐうぇい)がそう言う。
「ありがとう。こんな時でも元気なキミの姿に、力づけられる者も多いと思う」
 ミューレリアに優子は軽く笑みを見せた。
「そういえば、円の姿が見えないって噂聞いたんだけど……ホントにいないんだな」
 南塔を探してみたが、円の姿はなかった。
「何か厄介ごとに巻き込まれたんだろうな」
 ミューレリアの言葉に、優子は頷きを見せる。
 円は分校設立時の協力や、盗賊討伐への同行などをしていたため、優子の印象も悪くはなく優子も心配しているようだ。
 と、その時。
 側で退屈そうにしていたミネルバの携帯電話がなった。
 皆の目がミネルバに、そして自分の携帯電話に注がれる。
 画面が正常に表示されるようになっていた。
「だれだ、だれだろ、だれからーっ」
 携帯電話を楽しげに取り出して、ミネルバは通話を始める。
「円からに決まってるよな。パートナー以外と通話できないもんな!」
「えー、わかんなーい、わかんなーい」
 ミネルバは笑いながら電話をしている。
「……出た方が良くない? なんか会話通じてないみたいだぜ」
 ミューレリアが優子に言う。
 優子はミネルバに近づいて「ちょっとすまない」と、腕を引っ張った。
「桐生……か」
 優子は慎重に小さな声で通話口に向って声を発する。
『そう』
 その言葉に続けられ、ミネルバの電話からは円の声が流れてくる。
『ミネルバ、もう一回説明するよ? 離宮地下で人造人間、魔道兵器が開発が行われてたんだってさ、このまま残っててもじり貧にしかならない』
 優子は円の言葉を黙って聞いていた。
 円は一方的に離し続ける。兵器の開発のこと、電波のこと、それから援軍のことも。
『……接近武器しかないミネルバには辛いでしょ? だから素直に合流してくれるとうれしい』
 その言葉を最後に、円からの電話は切れた。
「まずいな……」
 厳しい顔付きで優子はミネルバの手を離した。
 続いて通信機を使い、全体に携帯電話が回復している旨の連絡を入れる。気を取られたりせずに、任務を遂行するようにとも言葉を添えて。
 祥子も本陣を別宅へ移動することになったと、通信機で全体に伝えた。
「状況を纏めて対策を練る。別邸へ急ごう」
 そう言った後、優子は南塔に残るメンバーに別邸への移動の指示を出していく。
「移動にゃうか」
 待機していたアレクス・イクス(あれくす・いくす)もキャタピラをごろごろと回転させる。
 宮殿にいるはずのエメ・シェンノート(えめ・しぇんのーと)に連絡を入れてみるが、エメは電話には出なかった。今は出られる状況ではないらしい。

〇     〇     〇


 南の塔と別邸の途中、やや西にある作業小屋では、ナナ・ノルデン(なな・のるでん)志位 大地(しい・だいち)らが、縛り上げた御堂晴海(みどう・はるみ)を尋問していた。
「キミ達も他の場所の手伝いに行った方がいいと思うよ」
 小屋の前ではズィーベン・ズューデン(ずぃーべん・ずゅーでん)が監視に当たっている。
 近づく者もいたが、強引に中に入ろうとする者は今のところいない。
 白百合団員には本陣に戻るよう言ったのだが、2名共ここに残っている。
 どうやら、自分達も監視されているらしい。
 人手がないのに、仲間を信じきれないのはとても悲しいことだった。
「危なくなるようなら、逃げてね。自分の命を優先してくれた方が、指揮官も百合園の皆も嬉しいと思うから」
「はい」
「ありがとうございます」
 ズィーベンの言葉に、彼女達は綺麗な微笑みを見せて頷く。

 小屋の中では、大地が晴海から奪って使った魅了の粉により、晴海は虚ろな表情でナナの問いに従順に答えていた。
「背後の組織からはどんな指示を受けているのですか?」
「総指揮官を操ること、時期を見て殺害すること」
「離宮における計画は? 他の仲間はどう動いているのですか?」
「何も聞かされていません」
「何故、こんなことをされるのですか?」
「病気の弟を人質にとられているからです」
「そこまでです」
 突如、大地が刀を晴海の首に当てた。
「ディテクトエビルの反応が消えないんです」
 投影されたメーテルリンク著 『青い鳥』(めーてるりんくちょ・あおいとり)(人型名『氷月千雨(ひづきちさめ)』)が、大地の側で言った。
「嘘、ついてますね?」
 千雨は晴海から押収したものをひとつひとつ調べてみたのだが、怪しいアイテムなどはなかった。
 だけれど、魅了にかかっているはずの今も、彼女からは害意が感じられる。
「……調合の段階で、私達がかかったりはしないように作ってあるのよ。でも、嘘は言ってないわよ」
 目を軽く光らせて、晴海はそう言った。
 だけれど、本当のことを言っているかどうか、判らない。
 大地は刀を突きつけたまま、こう言う。
「あなたが死んだのなら、あなたのパートナーも死ぬことになります」
「……そうね。私のパートナーは何も知らない純粋なパラミタのお嬢様なの。苦しませたくないわ」
 同情を誘うようなその言葉に。
 大地は「だから?」と言い、晴海の首に刀を食い込ませた。
 血が一筋流れ落ち、晴海が歯を食いしばる。
「私達2人と仰られましたよね。もう1人は誰ですか?」
「パートナーの1人。私達の目的は指揮系統潰し。今頃本部も壊滅しているはず」
「生体兵器が押し寄せるこの状況でどうやって自分の身の安全を確保するつもりだったのですか?」
 大地の問いに、感情を表さずに晴海は答えていく。
「指揮官の側にいれば、直ぐには襲われないでしょ? 後は降伏した振りをして、ヴァイシャリー側に従うつもりだった」
「離宮から脱出する手段などは持っていないということですね?」
「私にはないわ。本当に、それ以上のことは何も知らない」
「ですが、その言葉が本心とは限りません」
 ナナが悲しげな口調で言う。殺気看破で、晴海の害意を感じ取っていたから。
「手荒なことはしたくないのですが……」
 と、その時。
 大地の携帯電話が音を立てた。晴海が僅かに反応を示す。
 大地は電話をとって軽く会話をした後。
 ナナを制して晴海に更に近づいた。
「あなたは指揮官の殺害を企てました。パートナーは本部の壊滅の為に動いていた。百合園生なら、それでも拘束に留めるのでしょうけれど。――残念ながら、俺は百合園らしくやるつもりはないんでな」
「……っ、あ……」
 晴海の肩に手を乗せて、大地は刀で彼女の腹を貫いた。
「直ぐに治療しなければ、あなたは死にます。あなたのパートナーも死にます。本当のことを話していただきましょうか」
 神楽崎優子から殺害の命令や許可は出ていないが、大地には晴海を殺す覚悟も出来ていた。
 全てに、時間がない。

「作業小屋の件でお話しがありますので今から合流します」
 ナナは通信機で優子にそう連絡を入れて許可を得てから、ズィーベンと共に優子が向っている別邸へと空飛ぶ箒で向かった。
 害意が消えた晴海からは、ソフィアが組織幹部の恋人であること、組織の狙いは離宮を浮上させて古代の兵器を用いてヴァイシャリーを制圧すること。
 その前に、主力――契約者を離宮に降ろさせ、殲滅しておくことが計画されていたのだと白状した。
 だが、晴海は末端構成員らしく、詳しい話は聞かされていないらしい。
 組織に従っていたのは、パートナーが元々組織の一員であり、契約と同時に当然のように組織に入ったためだという。
 合流後、それら全てのことをナナは優子に話したのだった。