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【ろくりんピック】小型飛空艇レース

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【ろくりんピック】小型飛空艇レース

リアクション


■ヴァイシャリー4
■古城
 八ッ橋が危なげ無く尖塔の先から内部へと進入していく。そのすぐ後ろを追っていたミネルバは、
「とーーおーぅ」
 機体を捨てた。
 機体から飛んで、塔の半分ほど朽ち落ちた屋根の上へと転がり落ちる。すぐに片手で足場を捉えて、屋根の上に体を残す。後方で崩れた屋根の欠片が宙へ散っていく。
 と、視界の端を塔の内部へ進入する円と椿の姿が掠めた。そして、すぐに塔の側面に沿って上がってくる別の気配。
「おきゃーくさん、いらっしゃーい」
 ミネルバは片手に槍を閃かせながら体勢低く屋根端へと駆けた。ゴゥッ、と下方から姿を表したのはアルコリア、ナコト、遙遠の三機。アルコリアとナコトが先行して内部へと滑り込み、その後を遙遠が追おうとする――その瞬間を狙って、
「ミネルバちゃーん、あたーーーっく」
 ミネルバはライトニングランスを放った。
 が、同時に――
「――瑠璃!」
「わわわ、いっけーーなのー!」
 遙遠の後方で慌ててミネルバを狙った瑠璃のロケットランチャーが放たれる。
 尖塔の上を揺るがす爆発。
「うっひゃー」
「――ッ」
「いやーん、なのーっ!」
 遙遠と瑠璃を乗せた機体が雷気を孕んだ槍先に削られながら塔内部へと滑り落ちていく。直撃させられなかったとはいえ、それなりのダメージを負わせることは出来たらしい。
 黒煙を上げてバラバラと崩れる穴の横で、
「おきゃーくさん、いってらっしゃーい」
 ミネルバは、槍をくるくると回転させながら構え直し、続けて上昇してくる次の獲物の気配に、唇を舐めた。
「お次のかたー、どーぞ」

「やはり、な」
 イーオンは、かすかな笑みと共にそう零した。
 塔の入り口で妨害があるだろうことは予測していた。だからこそ、スピードを緩め、様子を伺えるだけの間を取っていたのだ。
「アル」
「イエス・マイロード」
 アルゲオがイーオンの先へと回る。

「来た来たー。二名ーさまー」
「私もあなたと同じです」
 アルゲオとイーオン、二つの機体へと目を光らせたミネルバを、アルゲオは静かに見据えた。
 迷いなく、彼女の方へと機首を向け突っ込んでいく。
「ろ?」
 槍に激しい雷気を纏わせ始めていたミネルバの顔に、きょとりとした気配が浮かぶ。アルゲオは、スゥと視線を細めながら加速した。
「完走など、最初から考えていませんもの」
 ミネルバのライトニングランスがアルゲオの機体を激しく粉砕していく。そして、アルゲオは半壊した機体と共にミネルバを塔のてっぺんから押し退けた。


「今度こそ、はずさねぇ」
 ケーニッヒ・ファウスト(けーにっひ・ふぁうすと)は尖塔に沿って空へと向かう機体を更に加速させた。グッゥウウと体にかかる重力に歯を軋ませる。
 耳を掠める重い風の音。それを切り裂いて向かう先にあるのは、レロシャン、ネノノ、メイベルといった東側の機体、三機。こっちの狙いは、塔へ入り込む際の減速だ。先に滑りこんでいくレロシャン、ネノノに遠慮してかわずかに減速してタイミングを測ったのは――メイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)の機体。
「また、あの娘たちだ。よっぽど縁があるんだろうねぇ」
 後部座席の神矢 美悠(かみや・みゆう)が楽しそうに笑う。
 と、あちらが気づいた。
 しかし、もう――
「遅いッッッ!!!!」 
「はぅ〜〜っっ!?」
 ドン詰まった激しい衝撃。擦り、軋ませ、爆ぜる音。
 ファウストは弾き飛ばした相手の行末を見守る間も無く、機体を巡らせていた。
「っし」
 豪快強引に機体を取り回して、塔の入り口へと機首を向ける。先に見えたのは先行した黎の機体。
「逃す気は、ないんだよねぇ?」
 美悠の擽るような問いかけに片口を跳ねる。
「当然だ――行くぜぇええッ!!」
 再び加速して、狭い暗がりへ。

「黎ー! 後ろから来てるのですよ!」
 後部座席で警戒していた、あい じゃわ(あい・じゃわ)が言う。
「こっちを狙ってるです!」
「――やはり、妨害が目的か?」
「来たです!」
 あいじゃわの声に藍澤 黎(あいざわ・れい)は機体を巡らせた。この狭い塔内において、機体を逃せる範囲は限られている。丸みを帯びた壁面に底を滑らせるように機体をスライドさせる。
 ゴゥ、と迫ったファウストの機体が行き過ぎずに、黎と同じラインに並ぶ。
 黎はそちらの方を一瞥し、
「なるほど、是が非でもここで我らを潰すつもりか」
「あはははっ、ねえ、ファウスト。丸っこいのが乗ってるよ。なんだい、あれ。可愛いじゃないか」
 ファウストの後ろからこちらを指さす美悠の方へ、あいじゃわが何やら胸を張ったらしい気配。
「『ますこっと』なのですよ」
「……なんっつーか、毒気を抜かれちまうなぁ」
 ファウストが肩をこけさせて、ぽっそりと呻く。
「ならば、大人しくこのまま最後まで正々堂々と互いの技量を競るか?」
 黎の問いかけに、ファウストが軽く笑みを捨て、
「残念だが、オレの役目は”そっち”じゃねぇんだ」
「そうか」
「悪ぃな。こういう勝負の仕方もある」
 唐突に迫ったファウストの機体から寸でで逃れる。混じり合うように掠め合う二つの機体は、重力に引き付けられながら止め処なく加速していた。周囲の壁のおうとつが冗談めいたスピードで過ぎ去っていく。
 いくらライト仕様であるとはいえ、この狭い中では大きく動くことができずに不利だった。何手目かの交わりで、ついに――
「捉えたぜッ!!」
「――く、ぅ!」
 黎の機体は壁際へと追い詰められた。機体の端が壁に擦りつけられて、激しい音と共に内部を削り、瓦礫を散らしていく。
 壁に擦られいく一方で、ギィン――ギィン――とファウストの機体がこちらを押し弾いてくる。
 ふいに、狭く押し包められていた通路を抜けた。二つの機体が、ドーム型に開けた地底湖の上空へと放たれ、互いに弧を描く。
「――ッ、振りきれるか?」
「逃がすかよ!!」
 そして、黎の機体は、再びファウストの機体と絡み合うようにしながら、鍾乳洞を目指していった。


 地下庭園には幾つかの光が差していた。
 天井に開かれた穴を通って降り落ちる太陽の光だ。それらは、ボゥとした輪郭を持って湖や地下の花々へと注ぎ広がっている。
「わー」
 塔を抜けたメリッサ・マルシアーノ(めりっさ・まるしあーの)は、ロザリンドや大方の心配通り、あっさりと庭園の方へと向かっていた。
「きれーい!」
 黒く透明な湖面は太陽の光を返し、辺りの天井へ、ゆらゆらとした光の波を映し出している。その湖畔には、地上から降り落ちる光の中で色とりどりの花々が咲き誇っていた。
 その花畑の合間を通るのが、青や緑の淡い光を放つ鉱石を敷き詰めた歩道。そして、暗がりの中でポゥと静かな光を灯す道々の交わる所には、柔らかな曲線で造られたガゼボ(西洋風の東屋:簡素な屋根の下に椅子やテーブルが置かれた休憩所)が置かれていた。
 これら地下庭園のそれぞれは、長らく主を失っているというのに、荒れておらず、キチンと整えられており、誰かが細やかに世話をしているだろうことが伺えた。
「ふあー……奥の方にも続いてる?」
 そして、メリッサは当初の目的を完膚なきまでに忘れ去り、庭園の探検へと出かけてしまった。

「ここまでは随分と平穏にこれたな」
 クレーメック・ジーベック(くれーめっく・じーべっく)は、後部席で機関銃の準備をしながら言った。運転の方は三田 麗子(みた・れいこ)へ替わっている。
「拍子抜け?」
 麗子の問いかけに、ジーベックは軽く笑み返し、
「堪え忍んでいる成果だ。純粋に喜ばしい」
「この先はどうか分からないでしょうね」
「――もう既に始まっている所もあるな」
 響く音が教えてくれている。
「半分はファウストでなくて?」
「だろうな。ともあれ、こちらの安全第一は変わらない――勝負は、第4コーナーに差しかかってからだ」
 ジーベックの言葉に麗子がうなずき、機体は相変わらず慎重に進んでいた。

「色々と用意しておったのだがな」
 悠久ノ カナタ(とわの・かなた)が紙ドラゴンを手の上に遊ばせながらつぶやく。
「何も無かったのは良いことじゃないか」
 緋桜 ケイ(ひおう・けい)は、軽く眉を傾げながら返した。
 と――。
「本当だよ!」
 妙に実感のこもった声が聞こえて、そちらの方を振り向けば、ボロボロの機体に乗ったメイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)の機体が併走していた。
 言ったのは、後部席のセシリア・ライト(せしりあ・らいと)の方だったらしく、彼女は拳をぐっと握って、更に実感たっぷりに続けた。
「平和が一番!」
「おぬしらは、その、大変であったようだな。色々と」
「でも、スリルがあって楽しかったですぅ」
 メイベルがふくふくと微笑みながら言う。
「それは、確かに、ちょっとはそう思った時もあるけれど……今、こうして無事だからこそ、って気がするよ」
 はふ、と溜息を付きながらセシリアが言って、ケイはうーんと感慨深く頷いた。
「ある種、真理かもな」
「とにかく、完走はしなくちゃ。この先は、ひたすら慎重に進もう、メイベル」
「はいですぅ」
 気合を入れ直して再び拳を握ったセシリアとは対照的に、メイベルがほんわかとうなずく。
 その様子がおかしくて、ケイは小さく笑ってしまいながら、ふと、改めて眼下に広がる景色を見やった。
「それにしても、ここは良いロケーションだな」
 カナタが後ろでうなずく気配。
「ああ。わらわたちが白百合に居る間に一度、遊びに来れると良いな」
「お弁当を持って、ピクニックですぅ」
「うーん……確かに、ここって涼しくて良いかも」
 そんな会話を交わしている二機の下では――

「珍しいお花発見ー!」
 メリッサが、きゃっきゃと飛空艇で花畑の中を駆け巡っていた。