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冥界急行ナラカエクスプレス(第2回/全3回)

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冥界急行ナラカエクスプレス(第2回/全3回)

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第1章 その男、天上天下天地無双につき・その7



 湿原にナラカエクスプレスがやって来た。
 線路の横に並べられたハヌマーンとスーパーモンキーズは悔しそうな表情である。
「お疲れさまでした。ダイヤは乱れてしまいましたが、これでアブディールに向けて出発出来そうです」
 ナラカエクスプレス車掌兼ガイドの【トリニティ・ディーバ】が労をねぎらう。
 一難去り、どこか晴れ晴れとした空気があった。
 ……と思ったら、車内のボックス席に暗澹たる表情の天城 一輝(あまぎ・いっき)とパートナー達がいる。
「へへ……、折角戦闘の準備してここまで来たのに……、飛空艇の燃料も満タンだぜ、はは……」
 酷くブルーな気分だった。
 何故なら、彼らもまたハヌマーン達と戦おうと意気込んでここにきたのだ。
 しかし、列車から降ろしてもらえなかった。ナラカエクスプレス回数券を持っていないことが発覚し、降車許可が下りなかったのだ。トリニティに拳銃を突きつけられ、何故無賃乗車をしたのか、ネチネチ絞られていたところである。
 ちなみに彼らはスーパーモンキーズを相手取り戦おうと思っていた。
 相棒のローザ・セントレス(ろーざ・せんとれす)もこれには言葉もない。
「折角、この日のために研いできましたのに……」
 女王のソードブレイカーを見つめ、ため息。
 ユリウス プッロ(ゆりうす・ぷっろ)もタワーシールドを見つめ、ふかーくため息を吐く。
「おまえはまだいいだろう。我なんぞ、列車から出る瞬間が無防備になると思って、皆を守る練習をしていたのだ。なのにそもそも列車は湿原まで行かぬし……、よしんば回数券を持っていても活躍の場がなかったのだからな……」
「まあまあ、みんな元気出してよっ」
 コレット・パームラズ(これっと・ぱーむらず)は落ち込む仲間を励ます。
 愛用のリュックから紅茶セットとショコラティエのチョコを使ったスィーツを取り出し振る舞う。
 饅頭のような蒸しパンの中に甘さの抑えた餡とショコラティエのチョコ。食べるとチョコの甘さが口いっぱいに広がり、紅茶を飲むと残った餡と生地の甘さを楽しめる……と言う絶品スイーツなのだが、何故だろう今日はしょっぱい。
「俺も戦いたかったなぁ……」


 ◇◇◇


「……まだ傷が残ってるようだな?」
 ハヌマーンを見張っていた樹月刀真は不意に口を開いた。
 これが電撃を受けた影響なのだろうか、彼の傷がまったく再生していないことに気付いたのである。
「もう俺様に不死身の力なんざねぇよ。魔法の石版が壊れちまったからな」
「魔法の石版……?」
「こいつだよ」
 脇腹の傷を示すと無理矢理手を突っ込んで傷口を開き、中から血にまみれた掌大の黒い版を取り出した。
 はじめはなんだかわからなかったが、よく見るとそれが携帯電話であることに気付いた。
 それも最新型のスマートフォンである。
「これは……?」
 刀真がそれを受け取ると、すぐに携帯は砂のように崩れ落ちた。
 度重なる電撃を受けた所為か、それとも機能停止共にこうなる仕組みなのか不明だが、完全に炭化している。
 なるほど、彼が電撃を警戒していたのは精密機械が破壊されるのを恐れていたためなのだろう。
「俺様にも理屈はよくわからねぇが、この肉体はもともとあいつがくれたもんだ。なんでもこの携帯に送信されてくる情報が、俺様の肉体を常に一定の状態に保ってくれたらしい。だからどんだけ傷付いても元通りに戻ったんだよ」
「あいつと言うのは……、おまえ達に接触したと言う黒幕のことか?」
「ああ……」
 その時、ハヌマーンは困惑の表情を浮かべた。
「あれ、どんな奴だっけ……、思いだせねぇぞ……?」
「はあ?」
 しかし、どうもふざけてる様子ではない。
 電撃を食らい過ぎた所為で記憶が消えてしまったのかと思ったが、それにしては不自然過ぎる。
 そうなると考えられるのは、携帯が破壊されるのと同時に、ハヌマーンの記憶も消去されたという仮説だ。もしハヌマーンが破れても決して自分の情報を漏らさぬように、おそらくは消去プログラムを黒幕が仕込んでいたのだろう。
「しかし、携帯電話であんな能力を与えるなんて一体何者なんだ……?」


 ◇◇◇


 そこに七枷陣が姿を見せた。
 腫れた頬を冷やしながらハヌマーンを一瞥し、さて……と話を始めた。
「おまえ……、俺様に言うことを聞かせたかったら、倒してみろとか言ってたな」
「……まぁな」
「だったらひとつ言うことを聞いてもらおか」
 ニヤリと笑う。
「環菜校長を救出してナラカから脱出するまで、おまえら全員で、情報提供と戦闘支援含めて全面的に協力しろ」
「ああん?」
「ようは、オレらの舎弟兼パシリ兼第2世代チンパンコ的立ち位置になれやっつーこと」
 陣の出した命令は奇しくも、撤去隊の面々が考えていた命令とほぼ同じだった。
 環菜を助けるのに協力してもらう、ここにいる一同の心はひとつだった……、と言うことなのだろう。
「そうよ、あたしの配下になってバシバシ働くのよ」
 おでこにバンソーコーを貼った神楽授受が言った。
「おい、ちょっと待て。てめぇは俺様に負けてたじゃねぇか、なんで命令する!」
「何言ってるのよ、これは皆で掴んだ勝利じゃない。ひとりひとりの行動があたし達を勝利へと導いたんだもの。だからあたしも勝ってるの。弱肉強食。勝ったあたしが正義。かわいいは正義。美しさは罪。ドゥーユーアンダスタン?」
「ふざけんな、バナナ女!」
 しかし、授受は完全シカトを決め込んだ。
「あたしのことは、ジュジュ様か主でいーよ☆」
 そしてよくよく考えてみると、バナナ女はどちらか言えば彼女のパートナーのほうである。
 そんな様子を苦笑いを浮かべつつ、渋井誠治は見ていた。
「二人ともラーメンでも食って落ち着けよ。ラーメンこそ友情の証、友だちになったら一緒に食べないと!」
「ふん……、まぁ、もらっといてやらぁ!」
 ハヌマーンはドンブリに入ったラーメンをズビズバーと豪快にすする。
 昨日の敵は今日の友と言う。
 線路に置き石を置いてみたり、自分を倒してみろなんて騒いだり、誠治はハヌマーンをどこか憎めない奴だと思っていた。例えるなら、学校によくいるヤンキーで近寄りがたいけど、実際話してみると結構良い奴みたいな感じだろう。
「ところでよぉ……、てめぇと戦ってたあの妙な女はどうなったんだ?」
「ああ、優梨子さんか。あんたが負けたのを見て、どこかに退却していったよ」
「……そうか。何考えてるかわかんねー女だったな」
 ゴクゴクとスープを飲み干すと、ハヌマーンは一同を見回した。
「ま、能力も失ったし誰かに義理立てする必要もねぇ。白猿大将ハヌマーン、てめぇらに加勢するぜ!」