リアクション
(・ナイチンゲールを見上げて) * * * 「機体のデータ取り、完了です」 葉月 可憐(はづき・かれん)は機晶爆弾を対イコン妨害用に使えないか検討するため、アリス・テスタイン(ありす・てすたいん)と一緒に自機である【澪標】からデータを抽出していた。 ハンガー内にあるコンピューターを使い、データを色々組み合わせて試している。 そんなとき、同じハンガー内で二人の少女の姿を発見した。 「こんにちは、ヴェロニカ様♪」 ヴェロニカに笑顔で手を振る。 「こんにちは」 表面的には、特に変わったところはない。 が、シャンバラでの戦いのときから、ちょっと雰囲気が変わった、そんな気がした。 ヴェロニカ達と一緒にナイチンゲールの機体を見上げる。 「そういえば守るって……決めたんですね。見方も、敵も、人全てを」 「……うん」 「ということはイコンも……守るんですよね」 意外そうな顔をするヴェロニカ。 「……ふふ。地球ならともかく、ここはパラミタですからね」 「もちろんだよ。だって、イコンも私達と共にあるものだから」 ニュクスがそんなヴェロニカを見て、「相変わらずね」といった感じで微笑んでいる。まるで保護者だ。 「これは私の自説なんですが……『人』の定義はきっと、もっと広いんです。 シャンバラ人、機晶姫、魔道書、ドラゴニュート、神。あるいはイコン。自らの意思を他へ伝達する存在はすべからく人と定義してもいいんじゃないかって、私は思っています」 パラミタの種族は、全員が地球人と同じような姿形をしているわけではない。そういったホモサピエンスとしての特徴に固執しているのは、おそらく地球人だけだろう。 現に、彼女のようにパラミタ種族に対しそういった先入観、あるいは固定観念を持たない者も、パラミタと地球の交流が深くなるにつれ増えてきている。 「イコンの、意思?」 果たしてイコンは自分の意思を持っているのか。ヴェロニカが視線で問うて来ている。 「それは簡単に見つかるじゃないですか。ニュクス様がまさに、そうじゃないですか」 「たしかに、【ナイチンゲール】はわたしの身体同然のようなものね」 彼女にように、はっきりと自我を持っているイコンを、可憐は知らない。だが、意思があると思わせるようなものを感じてはいる。 「他のイコンだってそうですよ。ただそれを他へ伝達する方法が他の『人』と比べて乏しいだけ。それは『暴走』であったり、『覚醒』だったりと私達には伝わりにくいだけ。自分の中に入ってきた操縦者二人が、その全てを二人で分けようとするから拗ねているんです。本当はイコンだってそこにいるのに……」 ゆっくりと歩きながら、彼女の機体である【澪標】へと近付いていく。 「曖昧な部分をイコンの意思だと認めてあげて、二人じゃなくて三人で乗っているんだと自覚すれば、きっともっとうまくいくんじゃないでしょうか。ヴェロニカ様と、ニュクス様と、ナイチンゲールのように」 操縦技術が未熟なヴェロニカが機体をコントロール出来ているのは、ニュクスとナイチンゲールを信じ、また彼女に応えようとニュクス達が力を貸しているからだ。この前の戦場で、それが分かった。 「……だから澪標は、本当の意味でも境界線なんです。私と、アリスと、その間の存在……ね?」 機体を撫でながら、呟く。 「ヴェロニカ様。この子達のことも……お願いします。この子達がこの子達足りえるように……。 もちろん、私も出来る限りヴェロニカ様のお力になります」 「うん、ありがとう」 トレードマークの青いスカーフをぎゅっと握り、ヴェロニカが答えた。 「そういえば、『暴走』『覚醒』以外にも意思を見られる破片はあるよねー」 アリスが思い出したように口を開いた。 「それは、『女神の祝福』――。 ナイチンゲールが、他のイコンへ私達には分からない何らかの手段でその意思を伝えている。だから、私達には影響がない。そう、生身の人間には」 「夢を壊すようだけど……そんなものじゃないわよ、『女神の祝福』は。それと、『覚醒』も。だって……」 ニュクスがどこか寂しげな目で何かを伝えようとしてきたが、そこで押しとどまった。 「いえ、何でもないわ。けれど、そういう夢物語は嫌いじゃないわ」 他ならぬイコン自身でもあるはずの彼女が、なぜ「意思」に対してどこか否定的なのか。 ただ、可憐もアリスも、今聞くのは躊躇われた。 「二人は、何をやっていたの?」 ヴェロニカが尋ねてくる。 「『暴走』した機体を落ち着かせる周波数を発する爆弾……とか。イコンに見られる現象がアビリティであるとするなら、それを防ぐ手段だってあるはず。 だから可憐と一緒に研究してるんだけど、なかなかうまくいかないねー」 アリスが苦笑する。 「あ、ヴェロニカさん、ニュクスさん、お茶飲む? なんだか頭こんがらがってきちゃったし、息抜きしよー」 アリスが誘うと、二人は快諾した。 「ごめんなさい。先行っててもらえるかしら」 「どうしたの、ニュクス?」 「ちょっとね。すぐに行くから大丈夫よ」 ヴェロニカ達が行ったのを確認すると、ニュクスは【ナイチンゲール】の前に一人佇んだ。 「……別にあの子達は何も悪くない。いえ、このままでいいのよ。何も知らないままで」 その瞳に映るのは、決して戻らない遠い日々。 「大丈夫よ、ヴェロニカ。今回のあなたは決して孤独なんかじゃない。あなたの仲間が、きっと導いてくれるはず。だからわたしは――」 自分の頭の中だけで言葉にする。 「あなたと、あなたの仲間を守り抜くわ。今度こそ、必ず」 |
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