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リアクション
第ニ章 天子と扶桑と貞康と1
マホロバ城では、シャンバラと通商通行条約を結んで以降、様々な対処に追われていた。
数千年ぶりの大きな変革に国内はもちろん、幕府内は右往左往していた。
陸軍奉行並の武神 牙竜(たけがみ・がりゅう)は、幕臣の一人として忙殺される日々を送っていた。
「葦原のことはわっちに任せて、マホロバ国内をまとめ、どうシャンバラと渡り合っていくかに注力してくれたらいいでありんすよ」
葦原明倫館総奉行ハイナ・ウィルソン(はいな・うぃるそん)の言葉は心強いものではあったが、つまりはマホロバ幕府として事に当たれということである。
牙竜は内外交策として、さらに三つの提案を行っていた。
一つは、マホロバの開国政策を進めること。
そして、瑞穂藩の対応とエリュシオン帝国との関係についてである。
それには早速、外交について問題が起きていた。
「俺はイルミンスール魔法学校講師、アルツール・ライヘンベルガー(あるつーる・らいへんべるがー)という者だ。世界樹扶桑の件について、お目通り願いたいのだが」
驚いた幕臣たちは牙竜を指名すると、彼を矢面に立たせた。
アルツールはマホロバ城の一室に通される。
「……俺は扶桑を助ける協力者として忠告に来た。いや、進言だな。無用な政争の種をマホロバが撒いたと思われないためにも、今後、こういったことはやめてもらいたい。シャンバラ政府だけではなく、魔法学校へ協議してほしかったのだ、世界樹の契約者である校長やそこにいる生徒たちの命が危険にさらされる。他にも大きな被害が及ぶ」
「イルミンスールのコーラルネットワークの使用についてですね」
「そうだ。この件を口実に、シャンバラが無茶な要求を……いや、地球の情勢を巻き込んで、シャンバラや地球で様々な揉め事が起きかねん」
司馬懿 仲達(しばい・ちゅうたつ)も懸念を示していた。
「端的に言うと、火種に油を注ぐことになりかねんということだ。そして、当人のあずかり知らないところでリスクを負わされたら、誰でも怒るということだ」
仲達は「早めに手を打ったほうが良い」とも付け加えた。
「騒がせてしまったことは申し訳なく思っている。これには……」
牙竜が経緯を説明を述べようとしたとき、城内が急に慌ただしくなった。
幾人もの御従人を連れた将軍後見職鬼城 慶吉(きじょう・よしき)が現れたからだ。
慶吉は周囲が止めたにもかかわらず、ここまでやってきたという。
「慶吉様、ここは武神様が……」
牙竜の護衛についていた重攻機 リュウライザー(じゅうこうき・りゅうらいざー)が制止するも、慶吉は「かまわぬから」と言って座した。
将軍後見職は、「正式な使者でもない者の話を聞く義はない。よってこれは独り言だ……」と建前を言った上で、こう述べた。
「決めたのはシャンバラ政府なのだからこちらへ抗議されても困るのだが、イルミンスールのお陰で助かったのは事実である。礼を言う」
「後から礼を言われても、事が起こってからでは遅い。そのことを分かってもらいたいだけだ」
アルツールには愛娘もいる。
一人の父親としても、彼女の身を思えば居ても立ってもいられなかった。
アルツールの言葉に慶吉は冷静に答えた。
「コーラルネットワークのことを異国人に話したのは、アーデルハイト・ワルプルギス(あーでるはいと・わるぷるぎす)という魔女と聞いておる。そして魔女は、扶桑から繋げば良いと言ったそうだが、なぜ危険を承知でそう話したのか?」
「それは……何かしらの意図が働いていたというのか」
「世界樹は繋がっているという。ひとつの死は、他の連鎖を生むかもしれん。扶桑に起きたような危機が、他の世界樹に起きないとも限るまい。事実、イルミンスールは『魔』にあてられて落下したそうだな。もしかしたら、魔女はイルミンスールだけでは手に負えなぬ危機を察知していたのかもしれんぞ」
「憶測だけで物を話されても困るな」と、仲達。
「魔女の意図などこちらは知らぬし、シャンバラの中の事情も関与しない。しかし、せっかくの良札をイルミンスールが放棄することもないのではないか? 正々堂々とシャンバラや地球勢力に協力を叩きつけられるのだから……おっと、これは公の発言ではないから、どうするかはお前たちに任せるが……」
慶吉は立ち上がり、アルツールたちの前に来ると、膝を折った。
「扶桑を助けてくれたのは感謝している。パラミタをも救う力――雑草といわれる一つの世界樹が支えたのだ。その生命力に、マホロバを代表して敬意を表す。この度……マホロバエがリュシオン帝国の龍騎士を打ち払った暁には、そなたたちが望むときには、厄災の手助けに馳せ参じると約束しよう……」
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「私が口出ししたことを悪く思うなよ。そちらに任せられないと考えたのではないのでな」
アルツールたちが帰った後、慶吉は牙竜に言った。
「いえ、弟のことはお気になさらず。ただ、将軍後見職様のお手を煩わせたくはなかった。しかし……扶桑や世界樹のことをよくご存知でしたね」
武神 雅(たけがみ・みやび)が疑問に思ったことを問いかける。
「私ではないよ。鬼城 貞康(きじょう・さだやす)様がそう言えと仰ったのだ」
「……貞康様?」
雅が首をかしげた。
貞康とは、マホロバの初代将軍ではなかったか。
それがこの時代に生きているというのか?
「あの方も天下を取られるまでは忍耐のお人だった。私も水戸藩主を相続するまで転々としたものだ。このくらい厭わんよ。それよりも陸軍奉行並には、この開国の波の手綱をしっかりととってもらわねば。はじめた以上は、やることは、他にもたくさんあるのだろう?」
龍ヶ崎 灯(りゅうがさき・あかり)も頷く。
「瑞穂藩には渡りをつけています。国の外も中も、上手くいってくれるといいのですが……」
マホロバ幕府は、すでにシャンバラとの条約により外交に向けて動き出している。
牙竜はその中でも、国際事業として『世界樹研究機関』を協同で立ち上げることをシャンバラ政府に打診していた。
「簡単にできるとは思わないが、世界樹の知識はこの大陸に住むすべての人にとっての共有の財産だと思う」
そのシャンバラ政府からは、協議にはシャンバラ内の調整のために時間を要するだろうとの返答であった。
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