蒼空学園へ

イルミンスール魔法学校

校長室

シャンバラ教導団へ

話をしましょう

リアクション公開中!

話をしましょう
話をしましょう 話をしましょう

リアクション

「それでは、質疑応答に入ります。質問のある方は挙手を……」
 簡単な生徒会選挙の説明があった後、総会は質疑応答の時間に入った。
 直接役員や、(間接的にではあるが)壇上の隅で総会の行方を見守っているラズィーヤ静香、そして何より全校生徒にも意見を言えるまたとない機会。春佳の言葉が途切れぬうちに、幾つかの手が上がった。
 既に自己紹介を終えて殆ど役割を果たした庶務の野村弥生が、壇上を降り、そのうちの一人にマイクを手渡す。
「どうぞ。お名前を」
「ありがとう。……えーと、めいは……」
「めい、フルネームですよ」
 横からパートナーの八薙 かりん(やなぎ・かりん)につつかれて、葦原 めい(あしわら・めい)は咳払いをした。
「はい、葦原めいです」
 緊張して地が出てしまった。どうも、百合園のこういうおしとやかなお嬢様っぽい雰囲気には慣れない。マイクを持ったら、いきなり周囲の好奇心に満ちた、それでもお嬢様学校らしく控えめな視線が、やっぱりたくさん集まって猶更だ。戦場にばかりいたせいで百合園生らしいこともさっぱりしてこなくて、ここにいるのが場違いな気すらしてくる。
 でも、せっかくの機会だからしっかりしなきゃ。
 めいはもう一度咳払いをすると、マイクを握りしめて声をあげた。
「お嬢様学校の百合園なのに、今でも戦場の最前線に近いですよね? だから、いざという時の備えが必要だと思うんです」
 いきなり戦争の話題になって、周囲から驚きの声が漏れる。契約者が多いとはいえ、戦闘に不向きだったり、一般のパラミタ人のお嬢様も多い。物騒な話題を避けて通ってきた、という生徒もいる。
 だがそれは彼女たちですら、完全には避けて通れない問題でもあった。
「大抵の事は優れた外交力で解決できるのがうちの強み。でもそれが通じない相手、災害や問答無用の敵に対する備えは十分じゃないと思うんです。キマクの恐竜騎士団とか、魔界の連中とか。それで……たとえば、ええっと」
「イコン基地ですよ、めい」
「そうそう。……百合園にイコン基地ってありましたっけ? 全然見たことないんですけど。で、地下に基地を作ればヴァイシャリーの景観に配慮できますし、非常時の避難場所にも使えるんじゃないかな、って思うんですけど、どうでしょう?」
「ありますよ。パイロットの皆さんも、そこからキラーラビットに乗り込んでいらっしゃるはずです」
「……そうだっけ?」
 春佳の答えは簡潔だった。
 めいは記憶を辿って、乗る時のことを思い起こした。何だか食堂と違わない風景だったような(実際は、食堂の側にあった)。
 めいが考えているうちに、別の生徒が手を挙げて、彼女の突っ込みはそこで終わってしまった。
(まぁいいや、あとはラズィーヤさんに聞いてみようっと)
 めいとかりんの二人は、先日「蒼空王国機甲」という、シャンバラ初の動物型イコン専門メーカーを起こしていた。めいが社長、かりんが秘書という、二人のささやかな会社だ。
 この後の面談で、彼女たちはその進路をラズィーヤに報告することを決めていた。
 同時に、申し入れも行う予定があった。
 めいが、たとえ他に新型ができても、使いにくい処があったとしても大好きな──曰く、めいが一番上手くウサちゃんを使えるんだから! ──イコン・キラーラビットの新型開発に、ラズィーヤやエリュシオン帝国から亡命してきた技術者の力を貸してもらえないか、というものである。
 結果だけ述べると、この提案は却下されてしまった。「意気込みは買いますけれど、技術や資金を個人にお預けするメリットがあって?」という訳である。それに、元々動物型イコンはエリュシオン帝国の技術でもある。様々な問題が付きまとう。
 それに既に、次のイコンは──いや、これは次の質問者によって明らかにされるのだった。

 めいが空を跳ねるウサギイコンに思いを馳せている時、幼く元気な印象のある彼女とは正反対の、儚げな次の質問者も、丁度、次世代イコンを話題にしていた。
牛皮消 アルコリア(いけま・あるこりあ)です。私は、百合園女学院生徒の為に、次世代機イコンの開発を提案します」
 それは質疑応答、というよりも提案、いや演説に近かった。
「大きな戦いの場における百合園の立場……追い詰められた状況で、私みたいにそこそこ戦える者はいい。戦いたい者が戦うのはいい。
 なのに、何故争いを得意としない生徒の近くまで、刃が届いた、届いてしまった。そこに激しい憤りを感じました」
 周囲のお嬢様たちがかつての戦いを思い出して息を呑んだり、ぶるっと身を震わせる気配を感じながら、アルコリアは続ける。
「武力というものは大事ではないし、それがあれば、何でも出来るわけでもない。私と今連れて来た3人のパートナーを集めればそこそこの力にはなるでしょう。
 それで、私は思うがままに振舞えるか? 欲しいものを総て手に入れられているか?
 否、武力とはそこまで大事なことではありません。──では、何故このような提案をしたか」
 アルコリアは、周囲のお嬢様たちを見回した。
「皆さんにより多くの『選択肢』を持って欲しいからです。
 力がある者は、道を塞ぐ大岩を砕いて進むことが出来ます。力が無い者は、その『選択肢』が無いだけです、岩を迂回するなどしなければ成りません。
 ……ですが、力ある者も迂回という選択肢は取れますよね? 周りに、状況に、選択の幅を狭められた場合、取れる『選択肢』を増やす事の必要性を感じこのような提案をしました。
 『選択肢』が増えることが良い事だけとは言いません。砕いた岩の瓦礫に埋もれることになるかもしれません。……増えた選択肢で思いも寄らない未来を作る人がいるかもしれない。
 それが、今回の提案をした下心です。……最後の一言は余計でしたね、ふふ」
 愉快そうに笑って、アルコリアはマイクを傍らのパートナーに渡した。
「仔細は私のパートナーたちに説明させます。ご検討をお願いします」
「では、マイロードより今回のイコン開発の具体的な提案内容の発表を任されましたので、説明させていただきますわ」
 アルコリアからマイクを受け取ったナコト・オールドワン(なこと・おーるどわん)は、優雅に一礼をしてから、からり、と笑った。
「──と、大仰に言いましたが言葉にすれば至極単純。開発イコンの仕様は、百合園の生徒皆から意見を募り、投票を行って欲しい、という一点ですの」
「……投票ですか?」
 春佳に問われ、ナコトは頷いた。
「わたくしとしては、強力な魔力依存の戦闘用イコンをと思いますが……、『選択肢』の提示に来たのですものね。アンケートなどで、開発段階から多くの百合園生の意見を取り入れたいということですわ。学校側にかかる負担が大きくなるシステムですので、実現可能かはわかりませんが」
 ナコトは横に立つもう一人に、マイクをバトンタッチする。彼女は段取り通り──だが急に渡されでもしたように、マイクを手にしてどぎまぎした。
「それでは流石に投げやりであろうから……ああ、シーマ・スプレイグ(しーま・すぷれいぐ)だ」
 人前で話すなんて慣れないが、シーマとてパートナーの頼み、かつまともな意見を無下に断れるほど甲斐性がないつもりはなかった。
「あー……ボクからは、『選択肢』の一例を挙げさせてもらう」
 こほんと一つ咳払い。
「例えば、だが。現状より戦闘用のイコンなら、攻撃力や防衛力のどちらを重視するか。イコンの修復や物資補給に特化した機体にするか。
 戦闘用、戦地への物資支援、人命救助に特化した機体にするか。或いは単純に、帝国製技術から脱却したい、そういう意見もある。
 あくまで一例だ。これら以外の意見もあれば出して欲しい。百合園らしい機体、自分がやりたいことを考えて、意見してくれれば嬉しい」
「あ、ラズンより補足だよ」
 シーマの持つマイクに、ラズン・カプリッチオ(らずん・かぷりっちお)が口を寄せた。
「勿論『開発しない』という選択肢もありだよ。あと、主に生徒向けの提案だったけど、学校側から実行に必要な物があったら聞きたいかな。言いだしっぺが協力しないのは可笑しいしね?
 そうそう、疑われるといけないから言っておくけど、ラズン達のメリット、ね? なかなか理解されないけど、アルコリアの言う『おもしろいから』だよ? 思い通りにならないから世界は楽しいんだよ」
 挑戦的な、大和撫子らしからぬ言葉をラズンが発して、会場がざわめく。
「まったく予想できないような意見が出てきたらアルコリアは喜ぶと思う。思いも寄らないことは、新しい発想の仕方のヒントだから。──以上だよ、長い間ご静聴ありがとうございました、きゃははっ」
 最後にラズンは小悪魔的な笑いを残して、マイクのスイッチを切った。
 同時に、しん、と静まり返るホール。
 壇上で彼女たちの提案を聞いていた春佳は、ラズィーヤに視線を送った。彼女の目が笑うのを見て了承を得た、と判断する。
「提案の件ですが──百合園における新型イコンの開発は、既に進められています」
 今度は、ざわめきはなかった。生徒達が懸命に話を聞いてくれていることに感謝しながら、春佳は続ける。
「キラー・ラビットがエリュシオン帝国製技術によって造られた、ある種特殊なイコンであるのは、ご存じの通りです。ですからその後継機ではありません。あくまでシャンバラと百合園の技術で造られたもの、ということです。
 確かにイコンの在り方は、百合園の在り方とも関わりがあります。牛皮消さんがご提案になられた意見を聞く、というのも重要でしょう。ただ既にその段階は過ぎてしまっています。まもなくお目にかけられると思いますので、お待ちいただけますようお願いします」

 この後、生徒総会は幾つかの質問を経て、閉会となった。
 ホールを出た生徒達の間で、一気に空気が緩む。生徒会や百合園の行方を話し合うために連れ立ってカフェテリアへ向かう生徒達、部活へ向かう生徒達……。
 その中には、浮き足立ってある方向へ向かう生徒達もいる。ささやきに、もれる朗らかな笑い声。
 これから、百合園女学院主催のティーパーティが行われるのだ。
 戦争だとかイコンだとか、物騒な話題もあるけれど。大半の生徒は、憧れのお姉様とお話をしたり、来賓の素敵な男性と出会うことを夢見ている、そんな普通の少女たちなのだった。