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リアクション
第2章 百合の花園
どきどき。どきどき。一人の百合園生が胸を高鳴らせながらパーティ会場の扉をくぐると、ふわりと、花の香りが広がった。
視線を上げると、白いテーブルクロスをかけた受付と、朗らかに微笑む少女の笑顔があった。
「どうぞ楽しんでくださいましね。お持ちのものは……あらあら、スコーンですのね。ご案内いたしますわ、お待ちくださいませね」
(このスコーンでしたら、あの方のジャムと合いますわね)
荒巻 さけ(あらまき・さけ)は、【ミス・百合園】に相応しい笑顔と物腰で、沢山の百合を活けた花瓶から一輪のクリーム色を少女に手渡す。
そして、緊張を解くように背中に手を添え、パートナーの方へを送り出す。
「こちらへどうぞ」
日野 晶(ひの・あきら)は笑顔で、彼女をテーブルへと案内した。
晶がテーブルへと連れて行っている間、もう一人のパートナー、信太の森 葛の葉(しのだのもり・くずのは)もまた、次の来客を案内する。
ある人には赤い百合を手に、ある人には小ぶりな百合を髪に挿し、ある人にはピンクの百合をドレスに。
──持ち寄り形式のティーパーティ。お嬢様学校にしてはシンプルな、丸テーブルと椅子、最低限の用意しかされていなかった会場に、次々と花が溢れていった。
「素敵な趣向だね〜」
追加の百合を抱えて受付に戻ってきた猫咲 ヒカル(ねこさき・ひかる)は、来客が途切れた合間に、さけに夢見る瞳で話しかけた。
「ボクもお花を用意してきたけど……こういうのは思いつかなかったなぁ。それにちょっと得した気分だよ」
パラミタに来て日が浅いヒカルにとって、白百合会のお姉様がたや来賓のお客様が多数参加する、こういうパーティに参加するは初めてのことだった。
出席するだけじゃなくて、お手伝いをすることで、色々な人と知り合ったり百合園のことを知りたいと思っていたのだけど……。
「知り合えたのがお花が好きで、こんな素敵なアイデアを思いつく方だったなんて、嬉しいなぁ」
「わたくしも、最近転校してきたばかりですのよ。分からないことがあったら、ご一緒に解決いたしましょう」
それに、さけとヒカルの年齢は一歳しか違わない。ヒカルは一気にさけに親近感を抱こうとして──、
「私の疑問も解決してくれると嬉しいぜ。たとえば抱き心地とか……」
さけの背中から、両腕が回された。それを、ヒカルは慌てて寸前でストップさせる。
「わわっ、ダメだよ巧珠、まだ仕事中……!」
「仕事が終わったらいいんだよな? ああ、早くパーティが始まらねぇかな」
さけを抱きしめようとしたのは、ヒカルのパートナー、吉良 巧珠(きら・たくみ)だった。
ショートウェーブの銀髪の、小柄で少年っぽいヒカル。それと比べてもいかにも男っぽい態度だが、外見は対照的だ。長い金の髪だけではなく、身長は下手な男性のそれよりも高く、豊満な胸を窮屈そうに制服に押し込めている。
「ああそうだ、私は街でマドレーヌ買ってきたんだ。前に食べたことあるんだけど、これがなかなかいけるんだよな」
良かったら後で一緒に食べような、と巧珠は言って、
「……ああ、そろそろパーティが始まる時間だぜ。私たちも席に行こう」
「そうですわね」
さけとヒカル達は新たな来客がないことを確認すると、自分たちの席へと歩き始めた。
さけが自分たちのために用意した席は、パーティ会場の隅にある。
彼女たちが向かおうとした時、さけは、ピリピリとした空気に、視線を会場に流した。
オレンジの百合を受け取った一人の女生徒が、晶の案内を振り切るように、テーブルに座る新入生の方へと真っ直ぐに歩いていくのが見えた。新入生は、受け取った白い小さな百合を、空の花瓶に挿したところだ。明らかに違う席の二人だった。
──今日は、一人一品持ち寄る形式のパーティ。同じ持ち物の生徒が偏らず、バランスよく席を分けて、パーティをもっと楽しくするための配慮として、さけたちはちょっとした工夫をしていた。
入口で配っている百合の花がそれだった。特定の方とお話ししたいという目的がない参加者がバランスよく配置されるよう、百合の花の色を変えていたのである。
彼女たちがセッティングしたテーブルの、席中央の花瓶が敢えて空にしてあったのは、それらを挿すためのものでもあった。
「あら、日高さんも参加していらしたの?」
大輪のオレンジの百合を手にした生徒の声が聞こえると、その線の細い美少女は、びくんと肩を震わせた。彼女の声と表情に、多少意地の悪いものが混じっていたためだろう。
「あっ……はい」
「華やかな席が苦手なあなたが来るなんて、まさか、会長に面談でも申し込んだの?」
「ええ、……はい」
「まだ会長の追っかけなんてやってるの? まさかまさか、あなた、私と同じ新入生のくせに、白百合会の役員に立候補しようなんて考えていないわよね?」
「でも……新入生が……立候補できないという規則は……ありません」
不穏な空気。さけはちょっと困ったように首をかしげた。
(困りましたわね。笑顔が自然と出なければ、お茶会ではありませんのに……どうにかして楽しんでいただきませんと)
「──行きますわよ」
「はい」「了解どす」
さけは二人のパートナーを連れて、彼女たちのテーブルに近寄った。二人のパートナーはそれぞれが持ち寄った茶葉を入れたポットから、とぽとぽと紅茶をカップに注ぎいれる。
睨み合う二人の間にさりげなく立ち、
「失礼いたしますわ、お茶をどうぞ」
返答の隙も与えず、二杯ずつ、計四杯の紅茶を其々に差し出した。
「あっ、ありがとう」
「済みません……」
「どうぞテイスティングなさって。双方とも同じ銘柄ですのよ」
一杯の紅茶の水色は薄く、もう一杯はそれよりも濃い琥珀色をしていた。
急に現れた生徒にテイスティングを勧められ、お茶会のサプライズに我を取り戻した二人は、大人しく言われるがままにカップに口を付ける。
「どうでしょう、お分かりになって? これは摘む時期が違いますのよ。春摘みのファーストフラッシュは早い時期に摘むので香りばかりが強く、味も色も落ち着いていませんの。それにくらべて夏摘みのセカンドフラッシュ。味、香り、色の全てのバランスが整って素敵な紅茶ですの」
さけは視線を交互に交わし、それから優雅にお茶を楽しんでいる上級生へと視線を向けて促した。
それが上級生と新入生の自分たちの暗喩であることに気付いたのだろう、二人は顔を赤らめた。オレンジの百合の生徒は会釈をして彼女の席へと戻っていく。
舌に自信のない晶と、緑茶派の葛の葉は感心したようにさけを眺めている。
一方小さな白百合の生徒は、ありがとうございます、と小さくいった。
「失礼いたしました、お姉様。あの……私は新入生の日高 桜子(ひだか・さくらこ)と申します。もし……良かったら……席をご一緒しても……」
「歓迎いたしますわ」
桜子と名乗った少女は、さけたちと共に隅のテーブルに着いた。
端っこの方が落ち着きます、と控えめに笑う彼女は、日本の百合園出身で、昔も今も薙刀部に所属しているという。薙刀部所属の生徒会長の後輩でもあった。
「私、春佳お姉様に憧れてパラミタに来たんです……、それで、生徒会にも入ってみたくて……。でも、よく、先程のように、人と衝突してしまうんですけど……」
「へえ、薙刀部で生徒会にも立候補か……色々考えてるんだね」
ヒカルが関心したように言う。彼女はヴァイシャリーの花屋でアレンジしてもらった、大小のクリーミーカラーの薔薇籠を眺めながら、
「ボクはまだ百合園のこともよく分かってないんだけど、やってみたいことならあるよ。フラワーアレンジメントって、キレイなお花をもっとキレイに見せるよね。ボクもできるようになりたいなぁって思ってるんだ」
おしゃれなお花屋さんのお姉さんの手つきは、まるで魔法のように見えた。
「……百合園には華道部はありますけれど、アレンジメントの部活は……あったでしょうか。なかったら作ってみるのも……いいかも、しれませんね」
百合園には多数の部活動があり、少数でも活動している部活は幾つもある。
それに、百合園には素敵な庭園や温室がある。育てる方向なら園芸部に入る手もあるだろう。もしくは、その花屋でアルバイトするという選択もある。
パラミタの毎日を楽しく過ごすヒントは、あちこちに転がっている。たとえばほら、こんな風にお茶を通して知り合ったり。
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