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「琴理さんは、短大に進学するんですか?」
 七瀬 歩(ななせ・あゆむ)にそう問われて、村上 琴理(むらかみ・ことり)は、楽しそうな微笑から、たちまちきょとんとした顔になって、紅茶をいれる手を止めた。歩と同じテーブルになれたのが嬉しくて、一時的に、進路のことを忘れていたのだった。
「噂だとフェルナンさんは船に乗ってどこかに行くって聞きましたけど、もしかして琴里さんも一緒に行ったり……?」
 琴理は、パートナーのフェルナン・シャントルイユ(ふぇるなん・しゃんとるいゆ)に視線を向けた。二人の座っているテーブルに、先程までついていた彼は、商売上の付き合いとやらで、壁際で貴族と談笑している。
 それから再び、手の中のティーポットに視線を戻す。ガラス製のポットの中には、彼女が持参した宝石のようなフルーツティが入っている。彼女はドライフルーツ入りの茶葉で抽出した紅茶に、新鮮なキウイやオレンジなど、夏向きの角切りフルーツが入ったそれを、フルーツごと紅茶を歩の前に注ぐ。氷を入れたグラスの中で、急速に冷やされて、甘く爽やかな香りが、歩の前に立ち上った。
「契約者になる前は、日本の大学に進学しているつもりだったんだけど……もしパラミタで四年制大学に進学するなら、空京大学か蒼空学園に編入することになるでしょう?」
 ちょっとだけバツが悪そうに言ってから、琴理は自分の前にもお茶を注ぐと、椅子に腰掛けた。
「ただ、また何かあって、百合園と対立するようなことがあったら、多分私は百合園の側についてしまうだろうからから。だから多分、消極的に短大に進学することになると思う。……いただきますね」
 可愛らしいレース細工のお皿に乗った、チョコチップクッキーを一つ摘まむ。
 クッキーを口に放り込んだ。歩お手製のそれは、初めて食べたけれど、彼女の人柄通り、甘くて優しい味がする。
「フェルナンは商会の、お父様の家業を継ぐための勉強を始めていて……多分、交易でシャンバラを離れて、あちこちに行くことになると思う。私とは一時別れることになるのかな」
 琴理とフェルナンには、共通の目的があった。地球とパラミタ、お互いの種族にとって良い国にしたいという目的。だから親友のような関係ではあったけれど、常に一緒にいなくても、それぞれに目標があれば構わなかった。
 とはいえ、ぼんやりとしてまだ決まってない、と、琴理は言った。
「七瀬さんは? こんなに美味しいクッキーが作れるんだから、お嫁さんでもメイドさんでも、パティシエールでもできそうね」
「あたしの進路は、やっぱり進学かなぁ。こっちで結構お金は出来たし、両親のお世話にならなくても進学できそうですしね」
 生粋のお嬢様で年下なのに、琴理とは真逆のようなしっかりとしたことを言ってから、歩はうーん、と眉に皺を寄せた。
「そういえば、これから選挙とかあるみたいですけど、生徒会役員ってどんな仕事するんでしょう? 学校良くする様なことなら結構何でもするんでしょうか?」
「気になるの?」
「えーっと……あはは、ちょっとやってみたいなぁとか」
 照れくさいのを誤魔化すように彼女は笑ってから、ちょっとだけ真剣みのある口調になった。
「ここってお嬢様が集まる学校じゃないですか。家の人は教養とか礼儀作法とかを習わせて、社交界とかで通じるレディになってほしいんだろうなぁって思うんです。そのことについては色々思うことがある人もいる──親の敷いたレールの上をなぞるとか──かもですけど、基本的には良いことかなって」
「そうね」
「ただ、決められたレールの上でも一緒に電車に乗ってる人は様々だと思うんです。レールから見る景色がつまんなかったら、一緒に乗ってる人たちと話してればきっと新しい楽しみが見つかるんじゃないかなぁ」
「一緒に、乗る人……」
「それに、あたしがパラミタですごしてて思ったのは、個人の力じゃ……ううん、どんな強い国の力だって戦いは無くせないんじゃないかって。どこかで仲間と敵が自然と出来ちゃうんです。たとえ個人では何もなくても。ただ、逆に人の絆はそんなのを気にしないでつながれるのかなぁって」
 歩はここに来てからの、沢山の戦いを思い出していた。組織の思惑と、歴史と、それに振り回されて傷つけ合う人たち。
 同時に、そんな厳しい状況の中でも助け合ってきた人たち、そこで見つけた沢山の大切な人たちとの思い出も。
「だから、この学院は絆をつなぐ場所に出来たら良いなぁって。ほら、お茶菓子食べながらお話してたら皆すぐに仲良くなれますし、そういうことだけでも良いのかなぁって」
 そのためには一生徒でいるよりも、生徒会の役員の方がもっといろいろなことができそうな気がする。友達の友達は友達、という、シンプルだけど難しいことも。
 ……裏表なく、無私で、歩はそんな気持ちになっていた。
「生徒会は、ラズィーヤさんの補佐的な立場でもあるから……もしかしたら、七瀬さんには嫌なこと、厳しいこともあるかも、しれないけど」
 琴理は優しい歩が、いわゆる百合園の政治的な面に触れて、色々なことが嫌になってしまわないか、少し心配ではあったけれど。
「もしやってみたいなら、応援する」
 ──と。会話する二人の耳に、隣のテーブルのの演説が飛び込んできた。
 顔を見合わせる二人だったが、みるみるうちに琴理の顔が明るくなる。
「──うん、決めました。もし、駄目だったらパンツ履き替えればいいんですもんね」
「へ?」
 琴理はひとつ頷いて。
「私、前から一つ気にかかっていたことがあって。私の好きな紅茶って、残念ですけど地球だと侵略の副産物、遺産のようなところがあるでしょう? だからちゃんとしたフェア・トレードを、ここでやってみます」
「フェア・トレード……パラミタで、ですか?」
「紅茶とか、お茶とか、それにまつわるものを、輸入して、輸出して。貴族のお茶会でお出しして……もうそんな文化を、美味しいお茶を産出する文化や技術を持つ場所を、破壊しようなんて思わないようにするんです。それなりのものにそれなりの対価をちゃんと支払うのは、お金持ちの役目ですしね」
 どうやら琴理も、鮪の話に感化されたらしい。
「──楽しそうですね?」
 ようやく席に戻ってきたフェルナンに、琴理が、お互いの将来について語り合った旨を話せば、彼は歩にシャンパングラスに入ったティーソーダを渡した。
「七瀬さんの前途を祝して」
 氷に閉じ込められた花──可愛らしい黄色のたんぽぽが、徐々に溶けた氷につられて、ゆっくりと花開いていく。
「たんぽぽには、飾り気のなさ、や真心の愛といった花言葉があるそうですよ。大輪の百合ではなくとも、誰かの側に常に共にあり心和ませる、そんな花を咲かせてください……ああ、これは私からのお願いになってしまいますね」

 和やかな時間が過ぎる中で、その時、テーブルに近づいてきた少女の声があった。
「村上さん? お返事を頂いていなかったようですが……お誘い、考えていただけまして? シャントルイユさんもお話しいただけなかったのかしら?」
 アナスタシア・ヤグディンだった。プラチナブロンドの髪に、薄いロシアン・ブルーの瞳。
 お嬢様の中のお嬢様といった出で立ち。ドレスと共に、自分に自信を持ち、臆することなく、妬み嫉みを聞き流し、疑うことなど決してしないといった気配を纏っている。
「自分で話したら如何でしょう」
 そっけなく話すフェルナンに被せるように、琴理もまたアナスタシアにきっぱりと。
「私は、あなたとは共に立候補できません」
「守旧派だからですの?」
「守旧派というのはそれが設立したラズィーヤさんの意思、であるからです。私個人は──確かに伝統を大事にしていますが、それは、他国と対峙するにあたっての意思を持つ、大和撫子の精神であって、革新派のあなたとは目指すところが異なっているからです」
「……残念ですわ。でも、いつでもいらしてくださっていいのよ。私は強制はしませんわ」
 アナスタシアは肩をすくめると、あっさりと去っていく。琴理も見知った顔の百合園生がいるテーブルへと。
「多分彼女も立候補するんでしょうね。──あ、そうだ」
「はい?」
「あの、七瀬さんの他のお友達のように、私も歩ちゃん……って、呼んでも、いいかしら」
 何度も二人でお茶をした。何度も二人で語り合った。それが絆になって繋がっていくのを歩は実感していた。