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【●】葦原島に巣食うモノ 第一回

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【●】葦原島に巣食うモノ 第一回

リアクション

   序

 梅の蕾が膨らみ始めると同時にやってくるのが、葦原明倫館御前試合である。まだ二年目であるが、
「総奉行はこの時期に決めたようだね」
と呟いたのは、シャンバラ教導団の黒崎 天音(くろさき・あまね)だ。
 少し早いかもしれないとは思ったが、梅を見たさに葦原島を訪れた。
「春の葦原島の景色は、格別だよね……もう少ししたら桜も咲き始める頃か。この風景もパラミタが崩壊してまえば、無いものになってしまうんだね」
 ニルヴァーナに思いを馳せ、天音は目を細めた。その目に映るのは、低い屋根の町並みと、色鮮やかな梅や、その後に開花を待つ桜の木々だ。
 からり、と戸が開いてブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)が部屋に入ってきた。
「……どうかしたかい?」
 ブルーズが考え込んでいるのを見て、天音は尋ねた。
「……今、弁当を頼んできたんだが」
 今、二人がいるのは茶屋だ。茶屋と言っても、宿場や峠にあるそれとは違う。夜は芸者や芸妓を呼んで遊ぶ、言うなれば待合茶屋やお茶屋と呼ばれる店だ。料亭と異なり、食事の提供はないので、仕出し弁当を頼まねばならない。
「妙な男を見かけた」
「何かの会合じゃないのかい?」
 昼間は芸者を呼ぶことはないが、俳句や和歌を詠む者たちの集まりや、女房たちが息抜きと称して馬鹿騒ぎをすることもあるらしい。
 ブルーズはかぶりを振った。
 虚ろとした表情、それに目。まるで感情がなかった。にも関わらず、迷うことなく階段を上がり、天音たちの隣の部屋へと入っていった。
 そして手に、何かを握っていた。その手から、点々と血が滴り落ちていたのだ。ガラスか何か、切れ味の鋭い物だろうが、痛みを感じないはずがない。ブルーズが言うように、
「――妙だね」
 天音は湯呑の茶を外に捨て、淵の部分を壁に、底を耳に当てた。
「行儀が悪いぞ」
とブルーズが顔をしかめるが、逆に人差し指で静かに、と窘められる。
 隣室の会話が微かに聞こえてくる――。


「さァて、一応の『守り』も置いたことだし、あたしの仕事はここまで。後は、好きに腹を満たしてもらえばいい」
「待つ間に、お菓子はいかがかな?」
と言ったのは、ルメンザ・パークレスだ。
 絹の小さな包みを差し出す。“女”はその端をめくった。
「資金面でバックアップしましょうんじゃ。その代わり……」
「これはありがたく貰っておきますよ」
 さっさと包み直すと、“女”はそれを懐にしまった。「金は、いくらあってもようござんすからね」
 ルメンザは茶を啜りながら、フッと笑みを浮かべた。これで、しばらくはこの女に関われる。つ、と顔を上げたルメンザは呟いた。
「……どうやら、始まったようじゃね」
 外で、悲鳴が響いた――。


 ――それも、一人や二人ではない。
「何だ――?」
 ブルーズは腰を浮かせた。
「気になるなら、見に行って来ればいい」
「そうしよう」
「僕はここに残る」
 外の騒ぎも気になるが、隣室の会話に妙な胸騒ぎを覚える天音だった。