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【●】葦原島に巣食うモノ 第三回

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【●】葦原島に巣食うモノ 第三回

リアクション

 気持ちのいい天気だった。空は青く、風は穏やかだった。小鳥たちはくるくると飛び回り、楽しげに囀っていた。――その者が通るまでは。
 ざっと音がして、今の今まで青々と茂っていた木から、色の変わった葉がはらはら落ちた。逃げ遅れた小鳥が地面に横たわり、ぴくりと痙攣したかと思うと二度と動かなくなった。
 天気は変わらないのに、風はまるで身を切るような冷たさを孕んでいた。
 青々とした雑草は、刷毛で刷いたように色が変わっていた。
 カタルの通った後に、命は残っていなかった。


   一

「他力本願だけども、誰かがカタルさんを正気に戻してくれるまでなんとか時間稼ぎだけでも……」
 相田 なぶら(あいだ・なぶら)は、その光景を眺めながら呟いた。
「っても、そんな長時間は難しいだろうなあ」
 のんびりした口調だが、顔つきは存外真面目だ。
 自らの意思とは関係無く暴走して、周りを傷つけて、そしてそれを罪として背負わされるだなんて馬鹿らしいにも程がある、となぶらは思っていた。
 カレン・ヴォルテール(かれん・ゔぉるてーる)は、そんなパートナーの思いを見抜いていた。
「はぁ……ったく本当は観光のつもりで来たはずだったんだけどな。こっち来て災難だらけだぜ……」
「悪いね」
とは全く思っていないような口ぶりで、なぶらは謝った。カレンはフン、と鼻を鳴らす。
「大体なぶら、おめぇ御前大会で結構な怪我したんだろ?」
 なぶらは右腕をぶらぶらさせた。「大丈夫」
「大丈夫、って……」
「勇者を目指す者として、ここで退くわけにはいかない……だろ?」
 はぁ、とカレンはまた嘆息した。
「まぁ、乗りかかった船だ……最後まで付き合うっきゃねぇか」
 なぶらはカレンに笑いかけ、カタルの前に飛び出した。
 カタルの右目は空洞だった。だが、そこに何かが吸い込まれていくのが分かった。自身からも。「眼」は、餓鬼のように貪欲だった。
 左目は、右目同様大きく見開かれていた。だが、なぶらが前に立っても人と認識することはないようで、カタルは歩みを止めなかった。
 なぶらは【スカージ】を放った。衝撃に、カタルがよろめく。続けて「光明剣クラウソナス」を構えたなぶらの膝が、がくんと折れた。
「!?」
「だから言ったろうが!」
 御前試合は、なぶらから思っていた以上の体力を奪っていた。カレンは【キュアオール】をなぶらにかけたが、彼女もまたカタルに生命エネルギーを吸い取られたことを悟った。
「起きたら最悪の結果で終わってましたとか言ったら、ぶっ飛ばす……ぞ……」
 薄れゆく意識と光景の中、それだけを呟いてカレンは倒れた。
「俺も、そう思うよ」
【シーリングランス】が炸裂し、カタルは吹っ飛んだ。だが、まるでダメージなどないように、むくりと起き上がると、倒れたなぶらとカレンを一顧だにすることなく、再び歩き出す。
「さて、ここまでやって……少しは足止めはできたか……な。後は他の……人……」
 エメリヤン・ロッソー(えめりやん・ろっそー)は、なぶらとカレンの体をなるべくカタルから遠ざけ、自身は少年の後を追った。
【超感覚】【野生の勘】【イナンナの加護】【殺気看破】等、持てるスキルの限りを尽くし、感覚をフルに研ぎ澄ませた。――ただし害意は持たないらしく、四つ目に関してはあまり意味をなさなかった。
 どうやら、カタルを中心に渦巻くように生命エネルギーが吸い込まれているようだった。差し詰め、カタルは台風の目にも見える。半径にして五メートルはあろうか。
 近づかなければ、吸い取られることもない。エメリヤンは、「曙光銃エルドリッジ」に【しびれ粉】を仕込み、カタルの足元に打ち込んだ。それを吸い込んだカタルの動きが、緩慢になる。
 エメリヤンは生命エネルギーを吸い取られないであろうギリギリの距離を保ち、【奈落の鉄鎖】を発動した。――が、その直前、カタルの周囲で空気が大きく膨らんだ。エメリヤンにはそう思えた。
「!?」
 体中の力が抜け、エメリヤンはその場に崩れ落^ちた。


「エメリヤン!!」
 高峰 結和(たかみね・ゆうわ)はパートナーに駆け寄った。【禁じられた言葉】で魔力を引き上げ、【キュアオール】【命のうねり】そして【清浄化】を使ったが、エメリヤンはぴくりともしない。なぶらとカレンも同様だった。
 口元に耳を当てると辛うじて息をしていた。だが、元々白い顔色は、完全に血の気を失っている。心臓は、弱々しく、とく……とくと打っていた。
「ごめん……ごめんね……」
「眼」の生命エネルギーを吸い取る範囲を知りたいと言ったのは、結和だ。そのためにエメリヤンを犠牲にすることになった。どちらにとっても辛い役目だ。躊躇う結和に、エメリヤンは「大丈夫」と微笑んだ。普段、言葉を発しない彼が、はっきりと口にした。
 エメリヤンに意識があったら、同じことを言ったろう。大丈夫、と。
 カタルも、他の人々も出来るだけ傷つけたくない。それはただの理想かもしれない。だがエメリヤンは、そんな理想を抱く結和だからこそ、バカがつくほど真っ直ぐに優しい結和だからこそ、好きだった。
「契約者だから、死なずにすんだ」
 オウェンが呟いた。彼の右腕は、肘から先がない。血は既に止まっていたが、巻かれた包帯に滲んだ赤色が痛々しかった。
「策が……あるんですよね?」
 オウェンは残った左の掌を見つめた。こびり付いた血が黒く変色していた。そして、遠ざかるカタルの後ろ姿へ視線を移す。
「……ある」
 だが、それにはカタルに近づかねばならない。膝にも傷を負い、契約者ではないオウェンでは成功する確率は低い。またそれを、他人の手に委ねるわけにもいかない。
「目の前にいる人が苦しんでいるのなら」
 そんなオウェンの横顔を見つめ、結和は言った。
「その苦しみや悲しみを取り除くために何だってしたい。……そんな人は案外、多い。そう、思いますよ」
「……だがそれは、その者の重荷を増やすことになりかねん」
 オウェンは、ギリ、と歯噛みした。
「俺はいい。だが――」
 あの子の荷を、軽くすることは出来ないとオウェンは呟いた。