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【戦国マホロバ】弐の巻 風雲!葦原城攻め

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【戦国マホロバ】弐の巻 風雲!葦原城攻め
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第五章 天守落つ1


【マホロバ暦1188年(西暦528年) 7月4日 14時00分】
 葦原国葦原城 天守 ――



 葦原城の戦況はすこぶる悪化していた。
 御門が突破されるのは時間の問題であろう。
 国主葦原総勝(あしはら・そうかつ)や家老、重臣たちは天守でまだ議論していた。
 降伏するか徹底抗戦するか。
 降伏派は日輪秀古(ひのわ・ひでこ)に従属することで未来を繋ぐと主張し、徹底抗戦派はシャンバラ遺臣の誇りにかけて、シャンバラ女王と王国復活なるまではたとえ一兵となっても屈するべきではないというものだった。
 総勝はなぜか沈黙し、採決を下さなかった。
 そのことが、葦原をますます窮地に追い詰めた。

 天守では桐生 円(きりゅう・まどか)が折を見て、総勝に進言していた。
「ボクは葦原祈姫(あしはら・おりひめ)さんの御筆先を伝って、未来からきました。シャンバラの建国の一角を担いました。王国は復活しますよ、総勝さん」
 円はできるだけ簡潔に言った。
 総勝は知っているとだけ答えた。
「じゃあ、どうして何も決めないの? あ、ううん。それは……ボクが口出しすることじゃないかもね。お聞きしたいのは、ええと『時空の月』は祈姫さん以外にも使える人がいるんじゃないかってこと。御筆先は神子にしか使えないなら、葦原の子孫や祖先が関わってるってこと、ないかな?」
 円は今回のこともそれが原因なのではと問うた。
「歴史を元に戻し続けてもいいけどさ。なんだかいいように使われてるみたいで面白くないじゃん。総勝さんの考えをきかせて?」
 総勝は知らないといった。
「少なくとも、わしの知る限りでは神子にしか御筆先はつかえない。そして『時空の月』が描けるのは祈姫のみしかしらぬ。わしの知らないところで誰かだ使えたとしても、わしが知る由はない」
「こういってはなんですが、私。祈姫さんを疑ってるの。彼女はマホロバが滅ぶのは私たちのせいだっていうし、謎の『仮面』は葦原縁者ではないの? 白いウサギも気になるわね」
 オリヴィア・レベンクロン(おりう゛ぃあ・れべんくろん)は、御筆先に踊らされているのだといった。
「御筆先についてはわしよりも祈(おり)がく詳しかろう。祈にきいてくれ」
 その祈姫は、雷霆 リナリエッタ(らいてい・りなりえった)の質問攻めにあっていた。

「祈姫ちゃんって何時からそんな御筆先なんて凄い力を手に入れたの?」
「祈姫ちゃんは将来どんな人になりたいの?」
「祈姫ちゃんの身近な人みたいになりたい?」
「祈姫ちゃんは自分の力についてどう思っているの?」

「あの……その」
 矢継ぎ早に繰りだされる質問に、祈姫はしどろもどろになっている。
「ああ、ごめんなさいね。お姉さんは可愛い子大好きだから、つい夢中になっちゃってー。守ってあげたくなっちゃうの」
「は……い」
 祈姫はようやく落ち着いて話すことができたが、内容はあまり要領を得ないものだった。
「御筆先は神子になってからだけど、時空の月は後で修得したってこと?」
「はい」
「いつ?」
「……近い未来で」
「近い未来っていつ?」
「1190年」
「どうしてその力を得たの?」
「それはいえません」
 祈姫はそれきり黙り込んでしまった。
 よほどつらい思いをしたらしく、目を伏せたままである。
 リナリエッタがこの口の堅いお姫様をどうしようかしらと思っていると下から突き上げるようなドンという大きな音とともに天守が大きく揺れた。
「何事か!?」と総勝。
「申し上げます……先ほど御門が……破られてございます」
 家臣が報告にあがる。
 城内は騒然とし、混乱に陥った。
「待った! まだあきらめるのは早い。敵の勢力と数、教えてくれないかな。密偵さん?」
 ベファーナ・ディ・カルボーネ(べふぁーな・でぃかるぼーね)が城内で捕まえたという密偵を連れてやってきた。
 密偵は顔を伏せている。
「口を割らないのなら……特別サービスで私が世にも恐ろしい商品(屍)を見せてあげますけどね。ああ、私こんな貿易商の格好してますけど、死霊術師(ネクロマンサー)なんです。本当はね」
 ベファーナは笑ったが、捕らえられた密偵も笑っていた。
「……?」
 密偵が顔を上げると、円は「あー!」と叫んだ。
「現示くん、何してんの。そんなとこで!?」
「そっちこそ! お前の仲間のミネルバ・ヴァーリイ(みねるば・う゛ぁーりい)瑞穂魁正(みずほ・かいせい)様の護衛をしてるってのに、こんなところで何やってんだ?」
 瑞穂藩藩士であり、この時代に円によって連れてこられた日数谷現示(ひかずや・げんじ)は、隠し持っていた刀をすらりと抜いた。
「日輪の武将、日数谷現示と申す。葦原総勝殿とお見受けいたしました。『いさぎよく腹をめされ、葦原城を開城せよ』との関白殿下のお言葉、伝えに参った」
「な……現示くん、なんだよ。それ!」
 円が顔を真っ赤にして叫ぶ。
「どうしてそうなっちゃったの? 瑞穂の敗北があったからこそ、今のキミもステキなチカちゃん(瑞穂睦姫)もいるのに。敗北は決して不幸じゃない。ちゃんと縁も意味もあるものなんだよ!」
「うるせーこれは戦だ。総勝殿……ご決断を」
「この城を攻めているのは、誰か?」と、総勝。
「総大将は……瑞穂魁正様でございます」
 現示は恭しく言い、こう付け加えた。
「これから私の申すことは独り言でござる」
「……なに」
「独り言でござる――」
 現示は抑揚のない棒読みで、魁正の台詞を語った。
「『城主が城と運命を共にするのは誉れだが、一族郎党までそれに習う必要はない。特に姫君とあらばお救いするのが情けというものだろう』……と、瑞穂魁正様はおっしゃってたなあ」
「なんと」
 総勝は立ち上がり、現示を食い入るように見つめた。
「魁正様はどういう風の吹き回しだろう。そんなこといわれれば、姫をお助けするしかないなよなあ……」
「現示くん! 」
 円は現示の首根っこにぶら下がった。
「キミも少しは頭を使うようになったんだね!」
「うるせーぞ、ガキ。独り言だっていってんだろ。さあ、総勝殿。ご決断を」
 総勝は祈姫を見た。
 祈姫はおびえたように後ずさっている。
 セルマ・アリス(せるま・ありす)が祈姫の間に割って入った。
「俺が代わりにいくよ」
 セルマは万が一のときのために、祈姫の姿に変装していた。
「俺が姫の影武者として出向こう。葦原が負けた後、相手にどう扱われるかわからないじゃないか。性別からいったら……リンのほうが適役だけど。女の子ひとり行かせるわけにはいかないからね」
「お前……男か?」
 そう言っても、リンゼイ・アリス(りんぜい・ありす)の手によって薄化粧を施され、女装したセリスは、少し背の高い女の子ぐらいに見えるだろう。
 魁正も秀古も祈姫には会ったことがない。
 十分通用するに思えた。
「だからって、偽者連れてきたら俺が無能ってことになるじゃねーか」と、現示。
「そこはうまく取りつくろって、時間稼きしてくださいね。現示さん?」
 アリスはにっこりと微笑む。
「祈姫さんが無事にお逃げになられるまでで十分です。そして兄さん、いつまで葛藤してるんですか。祈姫さんがその指輪をしていたらおかしいでしょう。あずかりますよ」
 一方、中国古典 『老子道徳経』(ちゅうごくこてん・ろうしどうとくきょう)はいそいそと着物を取り出した。
「さあ、祈姫はこれを着てもらいましょう。未来の『和服』ですが、この時代でもそうおかしくはないでしょうから」
 祈姫はもぞもぞと『和服』を受け取る。
 ミリィ・アメアラ(みりぃ・あめあら)が、大きな黒いボタン目を潤ませていった。
「ルーマお嫁に行っちゃうの?」
「……少しの間だけね」
「それは一大事だね!」
 なぜか急に張り切るミリィ。
「ワタシ守ってあげるね!」
「う、うん」
 セルマは背筋を伸ばし、現示に向かって言った。
「私は葦原織姫です。ゆきましょう」
「……では、姫。ご案内仕ります」
 現示は仰々しく礼をする。
「日数谷殿、かたじけない」
 総勝の顔は苦悶に満ちていた。
「あと一日、一日待ってくれ。さすれば葦原城はそっくり明け渡す」
「一日?」
「葦原国主として身奇麗にしてからお渡ししたい」
「承知した。では、関白殿下にはそう返答いたしましょう」
 現示は変装したセルマを城外へ連れ立った。



【マホロバ暦1188年(西暦528年) 7月4日 14時36分】
 葦原国葦原城 城外 ――



「なあ、薫。これが戦国なのだろうな。幸村と又兵衛もそうだ。英霊となる前、彼奴等はこんな時代でこんな光景を何度も繰り返し、死んだ。たまに垣間見えるんだよ。忘れようとしたって忘れられねえんだろうな」
 瑞穂軍の陣中で、柳玄 氷藍(りゅうげん・ひょうらん)は死者供養を行っていた。
 天禰 薫(あまね・かおる)とともに負傷者の手当てもしてまわる。
「我は又兵衛と同じ時代に生きたわけじゃないから、よくわからないけれど……ずっと戦ってばかりは辛いだろうね。ちゃんとご飯を食べて、眠って、家族が居て……平和な普通の生活ができればと、みんな思ってるんだろうなあ」
 彼等の目の前にも幾人もの兵士が横たわっている。
 氷藍が憂う気持ちも、薫は分かる気がした。
「戦はそろそろ終わりそうだ。どうやら、葦原総勝(あしはら・そうかつ)は降伏を受け入れるらしい」
 真田 幸村(さなだ・ゆきむら)が戦況を伝えに来た。
 彼はこうも言った。
瑞穂魁正(みずほ・かいせい)はなかなか見上げた男である。関白やかつての我らは戦を長引かせるような馬鹿な真似をしているからな。その点、魁正は無駄なものを嫌うようだ。存外、貞康という男よりも有能かもしれぬぞ」
 幸村の歯にころもを着せぬ言いように、徳川 家康(とくがわ・いえやす)はふむと鼻を鳴らした。
鬼城貞康(きじょう・さだやす)は随分と遅れをとったものじゃな。儂はあの軍神を良い男だと賞賛するぞ。貞康がもし挽回できるとしたら……それは葦原が鍵になるだろうな」
 彼等が魁正のところへ戻ったとき、後藤 又兵衛(ごとう・またべえ)は魁正に兵を休ませるよう進言していた。
「葦原国に攻め入ってもう100日。兵士たちも疲れている。労ってやってくれ」
「そう長くは続かん。そろそろ決着もつくだろう」
「葦原城は落ちるのか」
「そうだな」
 彼等の周りでは、氷藍と幸村の子真田 大助(さなだ・たいすけ)天禰 ピカ(あまね・ぴか)
が無邪気に遊んでいた。
「あの白いおかっぱちゃん、どこにいっちゃったのかなー。遊び相手がいないとつまんないなー」
「ぴきゅぴきゅ! ぴきゅきゅっ!!」
「え、おかっぱちゃん……じゃない、葦原のお姫様をどこぞにお連れするのだって? いくらなんでも無理だよね、熊さん……」
 大助の泣きつきそうな顔に熊楠 孝高(くまぐす・よしたか)は渋い笑顔を見せた。
「いや、そうでもない。魁正殿は葦原祈姫を救いだすよう願われている。……機会は、ある。一緒にいくか?」
「うん!」
 大助とピカ、孝高と家康の四人は葦原城へ向かった。
 すでに城門は突破され、城中は混乱の極みである。
「あ、あれ。祈姫!?」
 人をかき分けながら大助が指差した。
 煙よけに着物を頭からかぶった葦原祈姫と思われる人物が、味方の武将に連れてこられている。
 孝高が労をねぎらい、「これより先は我々が姫を預かる」といった。
 家康が祈姫に小声で話しかける。
「祈姫様……単刀直入に申します。貴方を瑞穂に受け渡す訳にはまいりませんので、我等が別の場所へお連れいたします……あ」
「ぴきゅ!??」
 ピカが泣き声をあげた。
 着物の下から別人の顔があった。
「一体……どういうことだ?」
 孝高は武将に尋ねた。
 その武将は「葦原の姫君に向かって無礼だぞ!」と剣呑に答えだけである。
「これは偽者……では本物の祈姫はまだ……?」
 四人は天守を見あげる。