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リアクション
第三章 情報戦3
【マホロバ暦1187年(西暦527年) 6月4日 9時59分】
瑞穂国瑞穂城――
瑞穂城内からも一隻の船が漕ぎ出される。
そこには瑞穂国主自らが乗り込んでいた。
その傍らには天 黒龍(てぃえん・へいろん)の姿があった。
黒龍は昨晩は眠れたかと魁正に尋ねた。
「私は眠れなかった。先を思うと……不安なのです。『彼』と同じように貴方が辿り着つ先も同じような気がして。その十字架はユグドラシルのものですか?」
魁正の胸元に隠されたそれを黒龍は言う。
できればこの時代でも見たくはなかった。
「なぜ知っているのか」と魁正は聞いた。
「私は知っています。それが悪いものであるとはいいませんが、迷いのあるものにとってはそれは絶対で、あの樹はそれほど何ものにもかえがたいものなのか……貴方も迷うことなく、真っ直ぐに進みたいとそう思ってるんですか」
「これを握ると安心する。それではいかんのか」
周囲に家臣がいればこのような弱みをみせることはない。
決して口には出さなかったことだろう。
魁正はこうも言った。
「弱い男だと思うか」
「強い弱いではなく想いが誠実すぎるのです。私は……できることならそれをとめたい。貴方のその想いを他人に利用されるのを見たくない」
「俺が利用されているとでもいうのか?」
「はい」
彼等は盲目の奏者高 漸麗(がお・じえんり)の【筑】の音を聞いた。
城内の人々への【幸せ】を願った曲らしい。
「聞こえますか貴方にも。届きますか、この音が。『鬼を憎む前』魁正殿でなければ、いくらでもその憎悪を力として利用されることでしょう!『正しき』の『魁(さきがけ)』となられる方よ。『貴方にとっての正しき』をどうか、見失わないで頂きたい!」
憎悪――
鬼の笑い声がする。
黒龍の言葉に呼応するかのように湖面が急に波打ちだした。
船が大きく揺れ、縁に捕まっていなくては水の中に振り落とされてしまう。
小波は大波となり水上の船舟が巻き込まれる。
「これは……魁正殿が……鬼を呼びよせてしまっている? 駄目だ、連れていかせない!」」
「何のことだ」
黒龍は揺れる小船の中で魁正の上に乗しかかり必死に彼を押さえつけた。
反対側の船では明が身体を支えながら叫んでいる。
「ちょっと、講和させてよ! 秀古ちゃんを都へ戻させなきゃならないんだから!」
「……!」
対岸の羽紫陣営からは弓先がこちらに向けられているのが分かった。
黄泉耶 大姫(よみや・おおひめ)と秦 始皇(ちん・しーふぁん)の妨害が失敗したのだろうか。
黒龍はすでに秀古側に本之右寺の変報が伝わっていることを察した。
自分のために二人は無事なのか気にかかった。
邪魔をするな
どこからともなく地に響くような声が聞こえる。
マホロバに災厄を持ち込む人間よ。この地から出てゆけ!
突如、大波が船舟を襲った。
魁正らを乗せた船は転覆し、騒然となる。
「魁正様……!」
別の小船が手漕ぎで近づいてくた。
瑞穂国家臣日数谷現示(ひかずや・げんじ)であった。
「おい、講和しろ!」
現示は対岸の羽紫軍を睨みながら、明とレギオンに向かって叫んだ。
「俺が人質としてそちらにいく。領地はてめえらが言ってた条件でいい」
人質条件にあった瑞穂魁正は水の中である。
しかし、明たちも手ぶらでは戻れない。
羽紫軍の弓矢は向けられたままであり、彼等もろとも撃ち抜こうとしている。
講和交渉は時間内に戻らなければ、裏切り者として総射されることになってたのだ。
「よかろう、乗れ」
現示が羽紫の船の飛び移るのを見て、紫月 唯斗(しづき・ゆいと)は愕然とした。
「日数谷てめー、また勝手なことを!」
瑞穂城から一部始終を目撃していた唯斗は声を荒げる。
「歴史を変えて今の瑞穂が無くしちまったら瑞穂睦姫(みずほの・ちかひめ)もいなくなっちまうかもしれないんだぞ! なんでそれが分からない!?」
現示は手を硬く握り締め、唇をかんでいた。
「すまん……俺は……目の前の瑞穂を見捨てることができねえんだ……」
【マホロバ暦1187年(西暦527年) 6月4日 11時22分】
瑞穂国瑞穂城 水中――
水が渦を巻いている。
水はいつしか桜の花びらに変わっていた。
水中に落ちた瑞穂魁正(みずほ・かいせい)と天 黒龍(てぃえん・へいろん)は、ぐるぐると出口もなくさまよっている。
苦しい……
鬼の顔が浮かんでは消える。
哀しい……
桜の樹がざわざわと揺れている。
寂しい……
鬼はうつろな目で魁正に訴えかけていた。
わらわの子を……鬼子を殺してたもれ
一子のために千人の子を失うは いとかなし……
【マホロバ暦1187年(西暦527年) 6月4日 16時49分】
瑞穂国瑞穂城――
夕刻にさしかかっていた。
「よかった。目を覚まされましたね」
カトリーン・ファン・ダイク(かとりーん・ふぁんだいく)がほっと安堵の息を漏らす。
水中に投げ出された瑞穂魁正(みずほ・かいせい)たちは引き上げられ、彼女は付きっきりで看護を行っていた。
魁正は起き上がり、状況をたずねる。
「羽紫秀古(はむら・ひでこ)の陣営はすでに引き払っております」
魁正はそれを聞き不審に思った。
「引き払った? いくらなんでも早すぎないか」
何か大変なことが隠されているのではないかと魁正は考えた。
先ほど溺れたときに見た夢も気になった。
あれは本当に夢だったのか……。
「やっと大事な知らせがきたよ」
高 漸麗(がお・じえんり)が黄泉耶 大姫(よみや・おおひめ)と秦 始皇(ちん・しーふぁん)の本之右寺からの戻りを告げた。
秀古側への妨害は成功しなかったが、彼等が見てきたものは魁正に伝えられた。
魁正は事態が絵合わせのごとく理解した。
彼は「追撃せよ」と命じた。
「これは講和を破棄するものではない。我々は羽紫軍を追いかけ、『ともに織由の謀反軍を討つ』。これは諸侯に力を見せ付ける絶好の機会なのだ。誰が一番槍となるかが重要だ。秀古はそれを良く分かっている。だから情報を隠し、講和を結び、急ぎ引き返したのだ」
家臣の中には和睦を遵守すべきと主張するものもあったが、魁正が、織由や羽紫ではなくその謀反人を討ちにいくと主張するのならば、講和の破棄とは言いがたかった。
「秀古に先を越させるな。ついでに日数谷も取り戻せ」
魁正はこのときの日記に、【上洛 絶好の機会】とだけ記している。
これはエクス・シュペルティア(えくす・しゅぺるてぃあ)とプラチナム・アイゼンシルト(ぷらちなむ・あいぜんしると)によって確認されている。
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・
「なるほどね。この時点で察したわけか。ここのお殿様は」
トーマ・サイオン(とーま・さいおん)は物陰からことの様子を知った。
急ぎ、瑞穂軍の動きを羽紫軍に知らせる必要がある。
「まあ、良い時間稼ぎにはなったでしょう。ごめんね、引き止めて」
セルファ・オルドリン(せるふぁ・おるどりん)が足元に転がっている瑞穂の密偵に向けて謝った。
情報戦はまだ続いている。
つぎは誰が信那の後、天下への主導権を握るかである。
第二の関門であった。
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