リアクション
▽ ▽ 「フェスティード様あっ!!」 タテハの絶叫を、遠くに聞く。 身体を貫く剣を、フェスティードは、何処か他人事のように見た。 背後から、剣を持つ相手は見えない。 いずれにしろ、スワルガの者には違いない。最早興味はなかった。 ――エセルラキアを始めとする仲間達の死は、フェスティードの心に、深い絶望と苦悩を落とした。 護ることが、できなかった……。 体の自由が利かずにどさりと倒れ、死を自覚して尚、彼の思うことは、ひとつ。 『それ』を受け入れる、その決断をすること。 「わだすも、お供すます」 「駄目だ」 「でも、お供すます」 戦場に行くフェスティードについて行くというタテハに、フェスティードはついに根負けして許可した。 (俺の側には、大切な人は置いておけない……俺では、護ることができない……!) どうすれば、争いはなくなるのか。 迷い悩みながら、彼が至った、ひとつの結論。 ヤマプリーにとってもスワルガにとっても、共通の敵があればいいのではないだろうか。 最強最悪の敵。全ての者にとっての脅威があれば、或いは……と。 (そうだ。成らねばならぬ) 昏い意識の底で、フェスティードは決意した。 如何な力、手段を用いようと、全ては皆を護る為に。 全ての悪意の象徴となる、悪逆の王、魔王となることを。 △ △ 「何あのイモい女! あれがぱぴちゃんだってゆーの? 信じらんないんですけど」 ぶつぶつと悪態をつきながら歩いていると、不意に誰かと肩がぶつかる。 パピリオは、振り返り様、その相手に張り手をかました。 「おっと、ゴメン大丈――いてっ!? えっ? 何で俺いきなり叩かれてんの?」 高峰 雫澄(たかみね・なすみ)は、ぽかんとパピリオを見る。 「……別に。そこにいたからよ、ニンゲン」 パピリオは、じろりと雫澄を睨みつけた。 「それに、あんた見ると腹立ってしょうがないの。偽善者死ね〜って感じ?」 「え、ええっ?」 雫澄は、突然の展開について行けず、目を白黒させている。 「ぱぴちゃん、『誰も傷つけたくない』とか言うヤツ大嫌いだし、認めなぁい! 反吐が出るわ、全く!」 悪態をついた後で、きゅっ、と密かに胸を押さえる。聞こえないように呟いた。 「……あたしは、あんたとの関係認めないから……」 雫澄の、フェスティードの奴隷だった、彼女の記憶。 ▽ ▽ 夜も更けて、そろそろ寝ようと明かりを落とそうとしていたところだった。 「誰だ?」 ドアをノックする音に、こんな時間に、と不審に思う。 「……あ、あの、すづれいします」 恐る恐るドアを開けて入って来たのは、見知らぬ少女だった。 両手と両足に、枷を嵌めている。 「今日がら、フェスティードさまの身の回りの世話をさせていだだぐ、タテハと、申すます。 末永ぐよろすぐお願ぇします」 フェスティードは、絶句してその少女を見る。 深々と頭を下げたタテハは、あ、と顔を上げた。 「……違った、『如何様にもお使ぇ下せぇ』って、ゆーように、ゆわれただ」 「………………誰に?」 まだ、頭がうまく回らない。フェスティードは呆然と訊ねる。 「君は、マーラの奴隷か? 何故だ……」 「はい、わだす、マーラです。 戦場に連れでって頂げれば、わだすが盾になります。 わだす、村一番の力持づだったんで……力はあります。是非是非、よろすぐお願ぇすます!」 「………………」 はあ、と、フェスティードは深い溜め息を吐き出した。 「上の連中め、余程“片翼”が疎ましいとみえる」 スキャンダルでもでっち上げるつもりだろうか。しかし、放っておくわけにもいかないと思う。 「……年下の女性はどうも妹が浮かんでいかんな……」 「何だす?」 「……いや。いいか、俺は奴隷の君を必要としない」 「えっ」 きっぱりと言われて、タテハは困惑する。フェスティードは微笑した。 「だが、行く所が無いのなら、“家族”として迎えよう」 「家族……」 きょとん、と、タテハは呟いた。 △ △ ふと我に返ると、赤嶺 霜月(あかみね・そうげつ)は、狐月を杖にして歩いていた。 「……これが、前世に影響されるということですか」 苦笑する。 だが、苦笑では済まなかったのが、樹月 刀真(きづき・とうま)を見かけた時だった。 無意識に刀を抜き、斬りかかって行ってしまった。 「刀真に何をするの!」 パートナーの漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)が叫んで我に返り、慌てて謝る。 「すみません。その、自分今おかしくなっていまして……」 「――気にしていません。俺も、同じようなものです」 刀真は気にしていないようだったが、これはまずい、と霜月は思った。 「このままでは他の人にも迷惑をかけてしまいそうですね……。 イデアさんは、単独で追うことにした方がよさそうです」 イデアを捜しながら、自分の前世、孤狐丸のことを思う。 家族も持たず、相棒であるはずの持ち手からも離れ、一人でいた彼の記憶を、まだはっきりとは思い出していないが、前世の記憶を知ることが、イデアの目的に繋がるだろうか。 ▽ ▽ この魔剣がある限り、自分が負けることなど有り得ない。 戦いに明け暮れる日々の中で、トーガは、そう信じていた。 それを証明する為に、あらゆる戦場に在り、命を奪い、奪った命を喰らって己の命に変え、それを糧に、また奪う。 命を奪い合った興奮のまま、夜毎フランベルジュを抱き、殺意と欲望を満たす。 そう、この魔剣の女は、俺にとって最高の剣であり、最高の女だ。 △ △ 記憶が混ざって行くような気がする。 剣士としての、自分の命、自分そのものと言える剣と、その剣そのものである女が側にいる。 それは今の自分と非常に似た状態で、共感を覚えた。 だからだろう、トーガのすることを認めてしまうのは。 そして、トーガと同じ行為を、自分も、と、思ってしまうのは。 「刀真?」 振り返った月夜は、突然人気の無い物陰に引っ張り込まれて驚愕した。 「刀真っ……!?」 言葉が飲み込まれる。乱暴に抱きしめられ、口付けされていた。 「ん……んっ」 激しいキスに、気が遠くなる。 刀真の手が、月夜の身体をまさぐった。びく、と月夜の身体が震える。 柔らかい身体を楽しんだ刀真の手は、そのまま服の中へ滑り込み、脱がしにかかって――ぴくりと止まった。 違う。コイツは、俺の女じゃねえ! 頭の中で、声が。 次の瞬間、刀真は頭に衝撃を受けて気絶した。 崩れ落ちる刀真の横に、月夜はへたりこんだ。 その手には、ゴム弾を装填したハンドガン。 「…………刀真の馬鹿。嬉しかったのに……」 刀真だったら、受け入れた。 けれど、今目の前にいたのは、刀真ではなかった。私の刀真のモノでは。 ごし、と月夜は顔を拭う。 ……刀真を取り戻そう。 意識を失っている刀真の顔を見ながら、月夜は思った。早く、私の刀真を。 「……悪かった」 「気にしてない。今の刀真は病気みたいなものだから」 正気に戻った後、刀真は平謝りだった。 記憶の自分と今の自分は別人だ。そう思っているのに、記憶に引きずられて、同じことをしようとするなんて。 (……やるなら自分の意思でだろう、俺。……いや問題はそこじゃない!) だが、何故だろう、トーガは誰かに、何かを強く伝えたがっているという気がした。 思い出せていない何かが、トーガにはある。 トーガと共に戦った魔剣の女性に会えれば、それが何かが解るだろうか。 ▽ ▽ 「トーガ?」 フランベルジュの声に、トーガは視線を向けた。 「何だ」 「……いえ、どうかした?」 首を傾げて、フランベルジュが訊ねる。 「何がだ?」 「ごめんなさい、何でもないわ」 もう一度問われて、フランベルジュは謝った。 何か、何か違和感を感じたような気がしたのだが。 トーガは、彼女に弱みを見せることを選択しなかった。 最近、少し気になることがある。 時々、胸が締め付けられるように痛くなり、体が強張ってうまく動かせなくなるのだ。 だが、それをフランベルジュに伝える必要は無い。治してしまえばいいことだ。 「……俺は、アイツの最高の使い手で在り続けるだけだ……」 △ △ |
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