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サンサーラ ~輪廻の記憶~ #2『書を護る者 後編』

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サンサーラ ~輪廻の記憶~ #2『書を護る者 後編』

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▽ ▽


 これまで、ヤマプリーの街を襲撃しての市街戦は多かったが、スワルガの街を襲撃されての市街戦は比較的少なかった。
 それは、ディヴァーナに比べ、マーラの方がより好戦的な種族だったからかもしれない。
 しかし、ミカガミは、単独でスワルガの都に襲撃を決行した。
 アシラとしての能力を使えば、一軍で襲撃するよりも見過ごされ易い。
 周囲の思惑など知ったことではない。上部に許可を取ることもせずに独断で、ミカガミはスワルガへ渡り、神速で都に迫った。
 そこで、力の殆どを使い果たしていたが、休むわけには行かない。
「風と水の精霊の力、見せてあげましょう」
 ミカガミは、水と風の大規模合成術式を用いて嵐を引き起こす。
「嵐で都を壊滅させます!」
 数日後には、嵐が都の全てを押し流すだろう。ただ、それまで自分の力がもてばだが。


「不自然だね、この嵐」
 空を見上げて、ケヌトが呟く。
 だが、スワルガの上層も、この嵐の異常性にすぐに気付いた。
「こんな攻撃、遠くからできるわけない。仕掛けてる奴は近くにいる」
 ケヌトはそう見込み、軍の捜索とは別に、ガエルと共に嵐の中、都の周辺を探し回る。そして見つけた。
「あんたか! 一人で首都攻撃とは、なめた真似を!」
「邪魔をしないでもらえませんか」
 ミカガミは、嵐を集中的にケヌトに向ける。
「ふざけんな!」
 ケヌトは大蛇の本体を現し、嵐を突っ切ってミカガミに襲い掛かった。


△ △


「朱鷺は、葦原が八卦術師です。キミが、選帝神イルダーナ様ですか?」
 東 朱鷺(あずま・とき)は、自己紹介をして、そう訊ねた。
 エリュシオンに来れる、ということで浮き足立っているが、一応は調査という名目で来ているので、そのような行動を取る。
「この街で、何かが起こっていると聞き及び、八卦術が何かの役に立てばと思い、参じました。
 この街で起こっていることを、教えていただけないですか?」
「協力に感謝する」

 イルダーナは、この街には龍王の卵と呼ばれる鉱石があるのだが、と、説明した。
「卵は、岩に埋まっている部分と、剥きだしになっている部分がある。
 剥きだしになっている部分に、ある日、何かの紋様が書き込まれていた」
「紋様?」
「一面にびっしりとな。
 呪術を使って書き込まれていたもので、落とすのは容易じゃなかった。
 何者かが、卵を使って何かをしようとしている」
 で、と、イルダーナは続けた。
「一方で、トゥレンて奴が、別件で追っていた奴がいる。
 トゥレンはそいつ等を追って、ルーナサズに来た。
 どうも状況から、紋様を描いたのはそいつ等らしい。
 トゥレンによればそいつ等は、『前世を思い出した後、変身した人間』だ」
 それで、今回の件は前世云々絡みだと判断したイルダーナは、彼にシャンバラへの情報収集を依頼したのだ。

 成程、と朱鷺は頷いた。
「もうひとつ、お願いがあるのですが。
 この街で八卦術師として活動することを認めていただけませんか?
 古き良き八卦術、この帝国にも幾分かでも使い手が増えることが、朱鷺の望みです」
 イルダーナは、苦笑して肩を竦めた。
「好きにしな」


▽ ▽


「ふっ。所詮ヤマプリーも平気で無差別殺人を行う人種だったってことね。
 いきなり首都襲撃とはやってくれるじゃない。
 まるで無計画にしか見えないけどね」
 市民の避難と嵐を引き起こしている当人の捜索を手配しながら、シルフィアは苦笑する。
「何にしろ、先手を打たれた気分だわ」
 シルフィアは単騎の奇襲などではなく、ヤマプリーの領域に本格的に攻め込む為の準備を進めていた。


 だから、この光景がシルフィアは信じられなかった。

 自分が倒れ伏し、胸から血が流れ出ている。
「く……」
 霞む目で、シルフィアは気配の主を探した。
「あんた達……自分が何をしたか、解ってるの」
「存じ上げませんわ」
 ヤミーは、にっこりと微笑んだ。

 気まぐれに出かけた先で、一人の男と出会った。
 探しているという相手を知っていたので、気まぐれに案内した。それだけだ。
 シルフィアの計画の何を阻止したのかなど、知るつもりもない。
「そんな説明を聞くことが、我のお昼寝タイムを削るだけの価値がありますの?」
 ヤミーはもう、立ち去ろうとしていた。
 早く帰って昼寝をしたい。もう彼女の頭にはそれしかない。

「知っていますとも」
 と答えたのは、孤狐丸である。
 彼はレンの村を滅ぼした件の、首謀格を捜していた。
「この戦争の指揮官を、ヤマプリーもスワルガも……殺します」
 孤狐丸は、動けないシルフィアにとどめを刺した。

△ △


「まさかエリュシオンに来ることになるとはな。本当に遠くまで来たものだ……」
 感慨に浸ってばかりもいられないが。
 ヴェロニカ・バルトリ(べろにか・ばるとり)は呟く。
「『書』は、書庫にあるんじゃねえのか?」
 書庫に来るというのでくっついて来たラルク・アントゥルース(らるく・あんとぅるーす)が訊ねた。
「いいえ。あれは別の場所で厳重に封印されています。申し訳ありませんが、場所は言えません」
 彼等を書庫に案内したイルヴリーヒは答える。
「てことは、前世の記憶について調べる、ってのも無理か……」
 関連書籍があれば、調べたいと思っていたのだが。
 まあこれは自分の記憶などではないが。
 全く知らない人間の記憶など、違和感しか感じない。

「『書』そのものはやっぱり、見せて貰えないわよね」
 宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)の問いに、イルヴリーヒは頷いた。
「あれは現在、封印されています。今後の相談如何によって動かすことも有り得るかもしれませんが。
 一応、兄に訊いておきましょう」
 『書』の中は、白紙だという。
 『書』と同年代頃の文字を調べて、内容を翻訳できないかと、祥子は考えたのだが。
「『書』がいつ作られたものなのかははっきりしません。
 旧時代の大戦の際に、とある魔導師が書を持ち、戦争の死者の命を端から吸収させていった、という逸話は残っています」
「旧時代の大戦? 5000年前くらい?」
「これは逸話です。書が作られた時代の話、ではありません」
 イルヴリーヒは言って、一枚のメモを取り出した。
「貴女が見たという文字は、このようなものでしょうか?」
「――ええ。こんな感じだった気がするわ。これは?」
「これは、卵岩の表面に刻まれていた紋様の一部です。
 文字と思われる部分が全く解読できず、何を目的とした紋様なのか、解っていません」
「とにかく、調べてみるしかないか……」
 祥子はイルヴリーヒからメモを受け取る。
「手伝おう」
 ヴェロニカが言った。

▽ ▽


「強くなりたい? なら話は早え、俺を振るえ」
 サイガは自慢げに自分を指差して胸を張った。
「良いか? 強さを求めるなら闘え。
 国とか種族とか言ってんじゃねえ、手当たり次第だ。
 悪名でも勇名でも、知れ渡ればこっちのもん、どんどん強い相手が集まってくるって寸法だ」
 丸め込んで、タウロスを悪道へ導こう、というサイガの思惑を知ってか知らずか、タウロスは黙ったままだ。
 元々無口な性格なので、口を挟むことなく喋らせている。
(その戦いに、こいつが勝ち残っていくならそれでよし。
 負けても勝者を相棒に乗り換えりゃ、結果より強い奴を引き込めるって算段だ。俺ってば冴えてるぜ)
 勿論、相手に断られることは、計算には入っていないのである。
 こうして、サイガに悪の道に導かれながら(サイガ主観)、タウロスはふと足を止める。
 森の中、誰かが一人、剣を振るっている。ディヴァーナのようだ。
「……サイガ。剣化しろ」
 タウロスは言った。


△ △


「何だか、前世の記憶に中途半端に振り回されてる、そんな気がするんだ」
 ヴァイス・アイトラー(う゛ぁいす・あいとらー)は、イルダーナに事情を訴えた。
「何か変なんだ。胸のあたりからぶわっと何かが溢れてる感じ。
 誰かに認めて欲しい、誰かの役に立ちたい。そういうのが」
 これは、前世の記憶に関係しているものなのだろうか。
「そんなもんに振り回されてんじゃねえ、と言ってやりたいところだが」
 イルダーナは苦笑した。
「問題は、そんな簡単なことじゃねえのは解ってる」
「まだ、ハッキリ全部思い出したわけじゃねえけど、全部思い出せばスッキリするのかな?」
 役に立ちたいという気持ちを楽にするなら、何かの役に立てばいい。そう考えて、ヴァイスはルーナサズに来たのだ。
「封印してやろうか?」
「え?」
「本当に、苦しいってんなら、その記憶を封印してやってもいい。推奨はしない」
「何で?」
「他人の頭の中をいじるなんてことはしたくない。本当は」
 イルダーナは、そう言って溜め息をついた。
「だが、実際に失踪者が出ている。
 前世を思い出すことがそれに繋がるならと、既に記憶を封じた者もいる。
 事が片付いたら解除はするが、人の記憶をいじるのは、正直面白いものじゃねえ」
「…………」
 ヴァイスは、視線を落として考え込む。
 街を歩いていた時、七刀 切(しちとう・きり)を見かけた。『龍王の卵』に向かうらしい。
 硬直したように身体が固まったのは、恐らくアストラの感情だ。声を掛けることができなかった。
「……アストラは、とても辛かった」
 戦士としてのプライドと、魔剣としての性。
 そのふたつの間で揺れ、苦しみながら、持ち主を捜し続けていた。誰かに仕え、役に立ちたいと。
 この記憶を、自分が拒絶してしまうということは。
「……もう少し、頑張ってみる」
 ヴァイスの言葉に、そうか、と、イルダーナは頷いた。


▽ ▽


 ボコ、と、アストラは地中から這い出た。
 外の空気を吸って、溜め息を吐く。
「死ぬかと思った……」
 カズに殺され、埋められたアストラは、死ぬ寸前に咄嗟に魔剣の姿に戻って自分を封印した。
「今はいつだ?」
 何とか回復し、地上に出たが、自己嫌悪の絶頂である。
「……でも、返り討ちにあって逆によかった」
 主が見付からないことで、出来損ないだと馬鹿にする同族もいた。
 相応しい主を探しているのだと言いつつ、本当は、実は誰にも選んで貰えないだけかもしれないと、悩んでいたのだ。
 自棄になって、暗殺依頼など受けてしまったが、そんな理由で殺さないで済んでよかったと思う。
 逆に目覚めた。
 使い手は自分で選ぶ。人に訊かれればそう答えたが、本心では自分の使い手が欲しかった。
 自分自身には嘘はつけない。
「……探そう。本当の主を。俺に魔剣としての価値を与えてくれる人を。
 ……居なかったら、一戦士として生きるだけだ」
 自分の担い手を求めて、アストラは旅立った。


△ △


「あー面倒くせえ。ったく、トゥレンの野郎」
「そう思うなら、応対は全て任せてくれればいいのに。
 面会希望には全て応じてるじゃないか」
 愚痴を零したイルダーナに、イルヴリーヒが苦笑した。
「礼を尽くして来る相手に、礼を返さなきゃ失礼だろうが」
「ええ」
 当然のように答えるイルダーナに、破顔する。それでも、途中で逃げ出したりしているわけだが。
「ま、中身はこんなだしな。ボロを出して幻滅させることもねえだろう。押し付けて悪ぃな」
「気にしてないよ」
「さてと。
 どんな手を使ってくるか解らねえし、街中ひっくり返されてもかなわねえから『書』は表に出す。
 勿論封印はしておくが、誘き寄せた方が早いだろう」
「はい」
「俺は、別件の方を調べる。
『書』の方を助っ人連中だけに任せるわけにもいかねえから、そっちはイルヴが立ち会え。
 何日かかるか解らん。消耗させないよう、動きがあるまでは交代で見張らせろ」
「俺では、彼等の足手まといになる」
「隠れてろ。ブリジットを護衛につける」
「それでは、兄さんの方が手薄になる。トゥレンが……」
「あれはいないものと思え」
「うっわ、酷い言い草」
 そこまで黙って二人の話を聞いていたトゥレンが、胸を押さえた。
「傷ついたなー俺」
「ああ、いたのか、てめえ」
「うわ、何この人」
 イルダーナは、冷たい目つきでトゥレンを見る。
「面倒を連中に任すのは勝手だが、死者を出したら許さねえからな」
「そんなん自己責任でしょうに……」
「イルヴ。何かあったらブリジットに、こいつを敵に投げつけるように言え」
「彼女は俺の命令を聞かない」
 チッ、とイルダーナは大げさに舌打ちして、トゥレンは笑った。


◇ ◇ ◇


▽ ▽


 森の奥で剣を振るっていた瑞鶴は、気配を感じて振り向いた。
 樹の陰から、黙って男が現れる。マーラか、と瑞鶴は眉を寄せた。
 最近種族間の争いが激化している。その類だろうか。
「……」
 タウロスは、魔剣サイガを瑞鶴に向けた。
 瑞鶴もそれを迎えて剣を構える。
 強い、と思った内心はおくびにも出さずに笑った。
「連れを待たせると怒られるんだよ。その命置いて、とっとと帰ってくんねえ?」
 タウロスはそれに答えず、魔剣に呟く。
「……試させろ」

 魔剣を手にしたからには、魔剣としてのサイガを試してみたい。
 そう思ったタウロスが、適当に選んだ獲物が瑞鶴だった。
 不意打ちは不本意なので、堂々と姿を現し、戦意を向ける。
 凛とした彼の瞳に、その命はさぞかし美味いだろうと思わせた。


△ △


「まいどー、契約者でーす。
 お仕事手伝いに来ましたよーっと」

 柊 恭也(ひいらぎ・きょうや)は、ルーナサズで複数の問題が起きていると知り、イルダーナと共にそちらの処理に回ることにした。

 断崖の中腹にある『龍王の卵』の採掘場は、現在一般の民の立ち入りが禁じられている。
「何が起きるか解らねえからな。
 ルーナサズの民は半分以上が此処で働いてたから、あまり長く続くと死活問題だぜ」
「何か、採掘場って感じじゃねーのな」
 卵岩が巨大なので、空間部分の天井もかなり高く、閉塞感が少ない。
 採掘場には通常、崖の下から卵岩の下部に入るが、イルダーナ達は、崖の上の宮殿にある通路から、卵岩の上に降りていた。
 ソア・ウェンボリスと共に採掘場に入って行きながら、恭也は周囲を見渡して言った。
 壁や天井に、びっしりと彫刻が施されている。
「まるで神殿みたいです」
 ソアも驚く。
「ああ、ドワーフが採掘に来た時に、殺風景だとか抜かしてついでにこつこつ彫刻を入れてた物だ。
 数百年は掛かったらしいが」
 言って、イルダーナはじっと足元を見つめる。
「どうした?」
「……紋様は、解呪して消したが……。
 実はあまり、消えた気がしていない。見えない状態で、まだ残ってるような気がしてならねえ」
 ソアが屈みこみ、岩肌に手を触れてみる。
「この岩を、何に使おうとしてんだかねえ……」
 こん、と恭也は足元の岩をかかとで叩く。

「龍、龍王の卵、オリハルコン、願いを叶える『書』……」
 イルダーナは難しい顔をして考え込んでいたが、やがて何かを思いついたように、卵岩の上から飛び降りた。
「おいっ!?」
 相当の高さを危なげなく降りて、上を見上げる。
「お前等はそこを護ってろ!」
 叫んで、イルダーナは採掘場を走り出て行く。