リアクション
▽ ▽ シャクハツィエルは、得意とする笛を魔力に乗せ、その笛の音色は、イデアの心臓すら絡め取った。 「僕は、イスラフィールより魅力的だと言ったでしょう、イデア。 君はもう、僕には逆らうことは出来ないです。 例え、幾星霜を経ようとも」 「ご命令通り、シャクハツィエル殿を解放しましたが」 シュヤーマは、きょうだいと共にイデアに仕えていた。 「……よろしいのですか」 「俺は彼に、絶対服従の呪いを掛けられたらしい」 そう言ったイデアは、しかしむしろ面白そうな表情をしていた。 「彼が俺に何をさせたいのかはよく解らんが。 とりあえず、顔を合わせなければ問題はないだろうよ」 呪いをかけられたとはいえ、捕らえていた者を簡単に解放するのが、シュヤーマには不思議に思えた。 呪いを恐れ、呪いから解放されようと思うのなら、むしろ彼を幽閉するか、いっそ殺そうとするのが自然ではないだろうか。 以前、彼はイデアに、失敗作、と言われていたはずだったが。 イデアは、シュヤーマの表情を読み取ったのか、ふと笑った。 「アレは失敗作じゃない。余計なことをしでかさないように、そう言ってはあるがな。 試作としては、成功した。 だが、この先特に用は無い。来たるべきその時に、生きていればそれでいい」 「……来たるべき時?」 シュヤーマの言葉に、イデアは肩を竦めて、それには答えなかった。 △ △ 「さて、そろそろこっちにも付き合って貰おうかな。 ひとつくらい、質問に答えてくれてもいいんじゃないの」 トゥレンはイデアに向かった。 「君は……違うだろう」 イデアは、トゥレンが前世に目覚めた者ではないことを察したようだ。 トゥレンは肩を竦めた。 「俺は違うけどね。答えろよ。別人に変わった奴を、元に戻す方法」 「そんなものは無い」 イデアは笑った。 「覚醒したということは、現世での、仮の魂を捨てたということだ。解り易く言えば、死んだということ」 「ふざけんな!」 トゥレンは怒鳴る。 一方、イルヴリーヒに向かって行く男へ、郁乃が走った。 攻撃は効かない。魔法も。それでも、『書』を護らなければならない、絶対に。 「うっ?」 背後から、力の限りの体当たりをしたら、男は倒れた。 「えっ」 逆に驚く。 倒れただけで、男はすぐに起き上がる。それでも、倒れたことが意外だった。 「郁乃ちゃん、そのまま足を押さえてっ!」 咄嗟にリンネが叫んで、郁乃は足を抱え込んだ。 走り寄ったリンネが、男を上から押しつぶす。 「そんなもの!」 リンネの重さ程度で動きを抑えることはできないのか、男は身をよじりながらリンネを押し退けようとしたが、すかさず博季がその手を押さえ込む。 「何かよく解んないけど、体当たりならアリ?」 だがそこへ、イデアの魔法が撃たれた。 博季はリンネの手を引いて攻撃を躱し、男は博季らを押し退けて立ち上がった。 意識を逸らしたイデアの両側から、七刀切と、輝夜が飛び込む。 ――レキアは、決して他人を恨まなかった。 裏切られても、居場所を失っても、護る為に剣を振るった。 (だから、ワイもそれに倣おう。 仕返しとか、敵に一矢報いるとかじゃない、友達の為にこの刃を振るおう。 ワイはワイの為に友達を護る。ワイの意志で、てめぇを斬る!) 「天下五剣の名を刻め、七刃『童子切り』!」 「FINAL THNDER STORM!!」 「く……」 鮮血が迸る。腹部と、そして体中のあちこちから、血潮が散った。 ぐらりと傾いで、しかしイデアは倒れなかった。 「やられた……。これは、効いたな」 「なっ……まさかっ?」 確かに、体を両断するほどの間合いと手応えだったはずだ。 切は呆然とする。 輝夜も同様だ。フラワシと真空波で、ズタズタに引き裂いたはずだった。 ふ、と、イデアは苦笑した。 「スダナ、ウパスダナ。劣勢だ、退却する」 イデアの声に、二人の男はイデアの元に戻る。 「またいずれ」 「逃がさないっ!」 真っ先に、ルカルカが後を追おうとしたが、その体が固まる。 凍りついたような緊張に、ルカルカは顔をしかめた。 「これくらいでっ……」 「戦うことが不可能というわけじゃない。 が、万全でもないんでね。大人しく見送ってもらおうか」 イデアはそう笑うと、身を翻した。 抜きかけていた剣を鞘に戻して、トゥレンは無言で立ち去った。 「リンネさん、大丈夫ですか?」 「うん」 案じる博季に頷いてから、リンネはほっと息を吐いた。 「……とにかく、『書』は護れた、のかな?」 「終わった気は、しませんけれどね」 博季が肩を竦める。 そう、問題は、全く終わっていなかった。 街に戻ったイルヴリーヒは、城の形が変わっているのに驚いた。 一角が破壊されている。 「一体、何が!?」 「あっ、イルヴリーヒさんっ!」 ソア・ウェンボリスが走り寄った。 「ごめんなさいっ……」 「何があったのです。兄は?」 「治療してる。峠は越えたし、命に別状はない」 柊恭也が答える。 その言葉を聞いた途端、イルヴリーヒはイルダーナの部屋へ走り出した。 「命に別状は無いって言われなかったのか」 動転して駆け込んだイルヴリーヒを見て、ベッドに腰掛けていたイルダーナは呆れた。 「容態は」 「体半分焼け焦げたが、もう殆ど大丈夫だ。油断した」 龍王の卵岩を護っていたソアと恭也のところにも、敵は現れた。 こちらの攻撃が全く効かずに苦戦したが、突然向こうから退いた。 結局戻って来なかったイルダーナを案じて街に戻ってみると、イルダーナが襲撃されていたのだった。 「フラガラッハを奪われた」 「……!」 フラガラッハとは、ルーナサズに伝わる、龍の杖の名である。 龍を召喚できる力を持ち、杖そのものが備える魔力も高い。 「仕舞い込んどかねえで最初から持ってれば良かったな。しくじった。 あいつ、フラガラッハを手に取るなり龍を召喚しやがって、防御が間に合わずにブレスを浴びちまった」 くそ、とイルダーナは毒づく。城は、召喚した龍に破壊されたのだ。 ▽ ▽ 瑞鶴とローエングリンの旅は続いている。 「わー、食べ応えのありそうな猪ですねっ」 と、その獲物を狩るのは瑞鶴に任せて、物陰から声援を送りながら、既にローエングリンの目には、その猪が食料にしか見えていない。 「っておい! おまっ、こんな7メートルの猪に剣だけで勝てるか――!?」 「ファイト! 私も感張りますっ!」 「何をだよっ」 勿論、応援をである。 その日はそのまま森で野宿となった。 「流石に1日では食べきれませんし、携帯用の干し肉としたいところですが、そんなにすぐには干せませんしね……」 横たわる7メートルの猪、というか二人で頑張って食べて既に6メートル半くらいにはなっていると思われる猪を前に、真剣に悩むローエングリンに、瑞鶴は苦笑する。 「食べ切れなかった分の肉と皮は、持てる分だけ近くの町に運んで売った方がいいんじゃないか?」 「なるほどっ、そうしたら、売ったお金で他のご馳走を食べられるという寸法ですねっ」 「……はいはい」 瑞鶴は肩を竦めて立ち上がる。 「どちらへ?」 「食べ過ぎた。少し胃の中を減らしてくる」 瑞鶴は剣を取り、森の奥へ向かう。 手を振る瑞鶴の背中を、ローエングリンは行ってらっしゃいと見送る。 彼が、そのまま帰って来ないなど、露ほども思わずに。 △ △ |
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