リアクション
▽ ▽ 「……やっぱり、言わなきゃだめですか?」 祭器の力は、物事を見通す力。 ローエングリンは、閉じていた瞳を静かに開いた。 「え? いや、ちょっと待て! 何かやっぱり言うのを躊躇うような内容な訳であろうか!」 ばっ、と手のひらを突き出して続きを拒むランクフェルトに、ローエングリンはぽかんと目を見開く。 「え、ええっと……」 「いやそれがし、物心ついた時既にかの石と一体だった故、石にまつわる記憶がないのだ。 石に導かれ、ヤマプリーの地まで流れ着こうとは、よもやあの石は我が大陸のものではなかったと? 或いは二つの大陸は元は一つだったのではと愚考してみたり、よもやそれがしを導いたのは我が石ではなくローエングリン殿の緑の石では! と思うに至った次第ではあるのだが」 息をつかせぬ勢いのランクフェルトに、ローエングリンは、最初とは別の意味で思った。 やっぱり、言わなきゃだめなのかしら、と。 △ △ 加夜は、超感覚や殺気看破で周囲を警戒し続けていたが、どうも、反応が鈍いような気がしていて、幾度となく首を傾げた。 「どうした? 敵が潜んでいるのか」 呼雪の問いに、首を横に振る。 「違うと思うんですけど……でも、何だか変な感じがするんです」 「注意していよう」 「ラファの気配だったりしてね」 ヘルが冗談めかして言った。 「どうせこっそりついて来てるんでしょ?」 ちら、と呼雪を見る。 その時、けたたましく犬の吠える声がした。 「見つけたんだっ!」 美羽が叫んで走り出す。呼雪達もそれに続いた。 「あーいててて……」 ヘルとの会話中、前方不注意で沢から転がり落ちたトオルは、暫く気絶していたが、ようやく目が覚めた。 「くそ、俺回復使えないのに……」 立ち上がり、周囲を見渡してほっと安堵しかけたところで。 「うわっ、何だっ!」 突然三匹の犬に囲まれ、吠え立てられたトオルは慌てた。 「トオル!」 「トオルくん!」 声が聞こえてきて、はっとする。 「皆?」 「無事だったか、トオル」 追っ手を出し抜くことは出来たようだ。 走り寄った呼雪が、トオルの腕を取ろうとする。 だが、トオルは咄嗟に、びくりと逃げるように身を引き、呼雪の手を躱した。 「……あっ」 「トオル?」 呆然とした様子のトオルに、呼雪が声を掛けようとした時、物陰からラファ・フェルメール(らふぁ・ふぇるめーる)が身を乗り出した。 「!」 トオルの背後から、男が彼を羽交い絞めに捕らえる。スイムルグ、と呼ばれていた男だ。 「うわっ……!」 「しまった!」 「つけられてたっ!?」 ラファが叫んだ。 このタイミングで現れたということは、トオルの追っ手は、気付かれないように気配を隠して、自分達の後をつけていたのだ。 「くそっ……」 トオルは、男の腕を振り払おうともがいた。 「俺に、触んなっ!!」 スイムルグは、暴れるトオルを無理やり抱え込み、呼雪達から距離を置く。 「トオルを放しなさいよっ!」 美羽が飛び込んだそこに、もう一人、女が現れた。 「デナワ」 女がトオルの顔に手を翳すと、くたりとトオルの意識がなくなる。 「先に行け」 「任せた」 スイムルグは、トオルを抱えてその場を退却する。 ニキータは、大型フラワシ、大熊のミーシャをデナワに突撃させた。 不可視の攻撃は通用するのか、探り手でもある。 デナワは気配を察したようで反応したが、見えていない。 見えていたら、多少なりとも驚いたに違いない容姿を持ったフラワシの、しかしその攻撃は通用しなかった。 どのように躱したのか全く解らず、通用しなかったのだと思うしかなかった。 「すり抜けた!?」 ニキータは目を見開く。 ミーシャの拳が、デナワの身体を素通りした。そう見えた。 「あんた達っ!」 その時、背後から叫び声。 リネンのものだった。いや、リネンではない。 「その子を何処に連れて行く気! 返しなさい!」 リネンが放ったタービュランスを受けて、デナワは僅かに驚いた顔をした。 「お前……こちら側の者かっ」 言いながら、リネンに持っていた短刀を投げ放って身を翻す。 「待ちなさい!」 続けて攻撃を仕掛けようとしたリネンの腕を、シキが掴んだ。 「それ以上は、駄目だ」 「えっ?」 訊き返したリネンの身体が、ぐらりと傾ぎ、崩れ落ちかけるのを、シキが支える。 「うっ……」 同調が解け、突如襲った激しい頭痛に、リネンは頭を抱えた。 逃げられた。 無念の思いに唇をかみ締める加夜に、シキが言う。 「ありがとう、無事がわかっただけでもよかった。 生け捕りにしたということは、すぐに命の危険に晒されたりはしないだろう」 「シキくん……」 「攻撃が効かなかったわ」 敵は、ニキータのフラワシが見えていなかった。 だがその攻撃は、殆どすり抜けていたように見えた。 「でも、リネンの攻撃ではダメージ食らってたよ。物理は駄目で、魔法なら有効なの?」 ニキータの言葉に、美羽が返す。 「あの子の手は魔力を宿してたのよ」 「……それじゃやっぱり……」 リネンが、前世の自分に同調していた、ということが、有効打となったのだろうか。 「てゆーかさ」 ヘルがぽつりと呟いた。 「何で、拒否ったトオルの方が、傷ついたような顔してんだよっていう」 「……追わないと……」 呼雪は呟く。 彼をイデアの手に渡すわけにはいかない。何故か、そう強く思う。 『彼』がイデアに利用されるのだけは避けなければ、と。 そして、今度こそ、と、何故かそう、強く思うのだ。 ▽ ▽ 孤狐丸は、アザレアの言葉に戸惑いの表情を隠さなかった。 「魔剣や祭器が持つ宝石や貴金属は、元々“あのお方”の持つ神具より御分けられたもの。 その秘められた力を束ねれば、蝕まれつつある世界樹を浄化することも叶うやもしれません」 その力が、世界を害するものに対抗できるかどうか。 そこまでは、アザレアにも解らないが。 「……何故、それを私に言うのです」 「あなたならば、多くの魔剣と祭器を取り纏めることができるはずだからです、孤狐丸」 「……まさか」 自分はスワルガを出奔する際に、カズを、自身の主を裏切った。 一言の相談もせずに姿を消したのだ。 更に、あの村でのスワルガ軍の戦闘行為がどうしても許せず、首謀格であったらしいシルフィアを暗殺している。 今も同じ意志で行動している。 そんな自分が、ヤマプリーの巫覡に使命を託されるとは、俄かに信じられなかった。 △ △ ツァンダ。 一人の男が、一人の少女を呼び止めた。 「フェイ・ハウリングスペル?」 フェイは足を止めて、「誰?」と訊ねる。 「――オリハルコンに寄り添う民の末裔の?」 その言葉を聞いた瞬間、フェイは身を翻して走り出した。 「うっ」 だが、がくんと意識を失って、そのまま倒れる。 男は、フェイの手を見て、間違いない、と呟くと、フェイを抱き上げて、素早く路地裏へと紛れて消えた。 |
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