リアクション
▽ ▽ 「スワルガの者を、こんなところに呼びつけるとは、大胆なことだ。 取引がしたいとのことだが?」 マユリの豪勢な私邸で、客間に通されたイデアは、肩を竦めてそう言った。 「メリットがあると思うから、呼ばれて来たのだろう」 マユリは笑みを浮かべる。 「まあ確かに渡りに船だな。と、言うよりは待っていた」 「待っていた?」 「カーラネミが、俺の欲しいものを、あんたがくれると言ったのでね。 この際さっさと本題に入らせて貰うが、俺が欲しいのは、ディヴァーナが一人」 マユリは怪訝そうに眉を寄せた。 「ディヴァーナが一人?」 「俺の欲しい能力を持っている。ただ出自が厄介でね。 あまりことを荒立てたくはないし、誘拐するにも簡単には行きそうにない。 戦場にでも出てきてくれれば手っ取り早いが」 「代わりに、わたくしに、ディヴァーナの誘拐をしろと言うのか」 「スワルガのマーラがわざわざこんなところへ出向くのに、生易しい要求があると思っていたわけではないだろう」 表情を険しくするマユリに、イデアはくつくつと笑った。 「罪悪感を感じるほどのことではあるまい。 あんたも、学校を使って生徒を洗脳しているのだろう。効果が出ているのかどうかは知らないが」 「人聞きの悪いことを言わないでいただきたい」 学校を使い、教育を利用し、長年に渡って、権力や政治的決定権を持つディヴァーナの上流階級への意識操作を行っている。 それは確かだ。だが、それを洗脳と言われるのは不本意だった。 「……世界は、変わらなくてはならないのだ」 マユリの言葉に、イデアは肩を竦めた。 「……世界が滅ぶ、と予言した巫覡がいるそうだな」 「……何故それを」 マユリは、軍や政治の高い位置にも情報網を持つ。 なので、幽閉されたアザレアの、予言めいた言葉の噂も耳に入っていた。 だが、よもやスワルガの者までがそれを知るとは、意外だった。 このことは秘匿されていたのではなかったか? イデアは、そんな表情を見てふっと笑う。 「さて、本題に戻ろうか。そのディヴァーナの名は、」 △ △ 「「人気のないところ」なんて、森には幾らでもあるが、ある程度決め撃ちで臨んで、地道に痕跡を探して行くしかないだろう」 ジャタの森には詳しいと捜索に名乗りを上げた白砂 司(しらすな・つかさ)の提案に、テレジアの情報が入り、司がそれを元に大体の方向を見当付け、美羽が放った三匹のパラミタセントバーナードに、トオルの臭いを追わせている。 「トオルが何者かから逃げているらしい以上、俺達も、その相手には不用意に出会わないようにした方がいいだろうな」 司が言う一方で、ニキータは、戦闘になった時を念頭に、殿を務めている。 ▽ ▽ 獣性に飲まれていく。 それとも、これは闇か。 もう、自分でも止められない。 ヴィシニアは、身の内で暴れるものに逆らうことを諦めた。 (終わりにしてしまおう……。そう、この斧で、全てを壊して) 自分の体が、全く別のものに変わって行く。 それは、獣なのか、魔のものか。 異形と化し、全てを壊して、そしてその後、自分が終わりになるのなら、できればそれは、彼の手によればいい。 そんな思いも、闇に飲まれて行く。 (……もしかすると、アレサリィーシュをイデアから助けた時から、こうなることは決まっていたのかもね……) 心を失い、自分は、何になるのだろう。 魔獣か、悪魔か。それとも――魔王か。 △ △ 獣人の森に来てみれば、一層自分の前世、ヴィシニアのことを思い出す。 己の意志で、獣人と共に生きる道を選んだと思っていたが、これは、ヴィシニアが新しい世界で求めていた生き方なのだろうか。 絶望の中で魔王と化し、彼女はその後どうなったのか。 来世を縛るほどの強い思いがもしあるとすれば、それはきっと、どうしようもないほどの、後悔の念だ。 自分はきっとこの先、辛い記憶を思い出して行くのだろう。 今、この自分となって、ヴィシニアにしてやれることはあるのか。 「怖い顔してるわねえ」 ものすごい近くで声がして、司ははっとした。 じい、と、ニキータが顔を覗き込んでいる。 「……これは生まれつきだ」 「そうなの? 凛々しいけど、笑った顔もきっと素敵よ」 「近いんだが」 「あら、結構肌綺麗ね」 「近いんだが!」 何をやっているんだか、と呆れる早川呼雪は、パートナーのヘル・ラージャによって、しっかり先頭集団に入れられている。シキもそれに続いていた。 そんなシキを後ろから見つめ、オデット・オディール(おでっと・おでぃーる)は迷っていた。 何か解ることがあれば、と、オデットは『ご託宣』を使ってみたのだ。 そして、シキとトオルが、何かの約束を交わしていたらしいことを知った。 やがて意を決して、オデットはシキに声を掛けた。 「ねえ、シキくん」 「何だ?」 シキが振り返る。 「『約束』って、何?」 その問いに、リネン・エルフト(りねん・えるふと)も反応した。 シキが呟いたその言葉を、リネンも気に掛けていた。 そういえば、何度も一緒に冒険したりしたが、リネンはあまりトオルの身の上を知らない。 無理強いをするつもりはないが、もしも話してくれるなら、と、後でこっそり訊こうかと思っていた。 「トオルくんが前世を思い出すと、何か大変なことになるの? シキくん、心当たりがあるの?」 オデットが訊ねる。 自分が呟いたことについてかと思い至ったシキは、苦笑した。 「違う。あれはそういうことじゃない。俺は、前世については何も知らない」 シキは首を傾げ、少し迷う様子を見せた。 「あ……話にくいことならいいのよ。誰だって、秘密にしたいことってあると思うし」 リネンが慌てて言う。 「いや。ただ、トオルは知られたらかっこ悪いと思っているだろう」 だが、自分が言い出したことで気にされているのなら、とシキは言った。 「トオルと契約する時に、約束をした。トオルの死を看取ると」 いつか来る、その時。 一人で死ぬのは嫌だから、俺が死ぬ時は、お前側にいてくれな。 トオルがそう頼んで、シキは引き受けて、それが二人の契約となった。 「それだけのことだ。だが」 「――そんなことは、もっとずっと、先の未来の話に決まってるわ」 リネンは、シキの言葉を遮って、きっぱりと言い放つ。 シキは笑った。 「そうだな」 ▽ ▽ ヴァルナとイスラフィールは友人だった。 だが、ヴァルナは、イスラフィールの母、アーリエに対し、何故か本能的な恐れを感じていて、二人はいつも、アーリエに隠れて密かに会った。 ヴァルナはアーリエの趣味ではないだろう、と、イスラフィールは思ったが、そういう類のものではないのだろう。 そもそもアーリエの趣向をヴァルナが知っているはずもない。 「大丈夫。今母さんは、ハーレムの方に行っているから、明日までは帰らない」 この日も、不在を知って、ヴァルナはようやく安心してイスラフィールに笑顔を見せる。 けれど、心の中にある、重い憂いは、なくなることがなかった。 「ヤマプリーとスワルガの戦争が、ずっと続いて、不安です……。 どうして、こんなこと、終わってくれないのでしょう」 ヴァルナは心を痛めていた。どうしたら、平和な世界になるのだろう。 「うん……」 イスラフィールも頷く。 「ヴァルナが、いつも笑顔でいられる世の中になったらいいのに……」 空を見上げて、ふと何かを思い出してヴァルナに微笑んだ。 「でも、ヴァルナの雨も、実は好きなんだけど。 さらさらと、とても優しく降るから」 ――そんな会話が最後だったから、ヴァルナは雨が降るといつも、イスラフィールのことを思い出す。 何故、突然いなくなってしまったのか、何処へ行ったのか、生きているのか死んでしまったのか、その時のヴァルナには何も解らなかった。 △ △ ちら、と、山葉 加夜(やまは・かや)がリネンを見る。 「……何?」 「何でもないです。 ただ、めぐり合わせって、不思議だと思って……」 加夜は、壊れたトオルの携帯を握り締める。 前世で、加夜の友人だったイスラフィールの、彼女は母親だった。 面影がある。リネンの現世と前世の姿は、よく似ている。 「トオルって、イスラフィールなのかしらねえ……?」 最後尾でニキータが呟いて、呼雪が振り返った。 「イスラフィール? トオルがか」 「知っているのですか?」 加夜が訊ねる。 「……いや……」 呼雪は顔をしかめる。思い出せない。 「トオルくんは、イスラフィールなの?」 「それは、トオルに聞いてみないと、何ともね」 ニキータは肩を竦め、リネンは、それを聞いて考え込んだ。 「私、ちょっと考えてることがあるの……もし、様子がおかしくなったらすぐ止めてね。 初めてだし、……どうなるのか解らないから」 リネンは、考えていたことを実行に移すことにした。 それは、前世の自分と同調すること。 現世の自分が前世の自分と近くなることで、『アーリエ』になりきることで、何か解ることがあるのではないかと。 リネンは目を閉じて、自分に暗示をかけた。 「私は……ヤマプリー、ディヴァーナのアーリエ……暴虐な女帝の……アーリエ……」 ▽ ▽ 「誤魔化さないでよ。あの子を何処へやったの!」 イスラフィールを奪われた。 アーリエは、どういうことかとマユリの学校に乗り込む。 イスラフィールはある日、学校へ行ったのを最後に、行方不明となったのだ。 「お子さんのことは、大変遺憾に思いますわ。 ですが、誰も姿を見た者がおりません。我々にも、防ぎようのないことだったのです」 「……」 マユリは、イスラフィールの失踪との関わりを否定する。 アーリエは、険しい表情でマユリを睨みつけるが、マユリはそれをまっすぐに見返した。 「あの子を返して」 「……お気持ちは、お察しいたしますわ」 △ △ |
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