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リアクション
●Hot blooded
ここで時間と場所を飛び越え、先に紹介した場面に戻ることをお許し頂きたい。
パティは、来る者に対し身構えた。
伝説上の獣、黄麟。
その仮面を被った痩せぎすの少女が、くすんだ茶色の髪をなびかせ近づいてくる。
手に、広刃の魔剣を無造作に提げたまま。
「パティ・ブラゥだな……元の名をクランジΠ(パイ)」
少女の声ながら、その言葉はひどく無骨だった。
「あんたに愛称で呼ばれるいわれはないわ。昔の名前でもね!」
追われていることは自覚しているが、それでもパイは強気だ。
「何の用かは知らないが、こちらにはお前に用はない」
桐ヶ谷煉も相手を見据える。
リーゼロッテ・リュストゥングもすでに、魔鎧として彼に装備されていた。
――かなりの手練だ。
煉は直感的に悟っていた。パティと二人がかりでも勝てるか自信はない。逃走を図るにしてもバイクは砕かれている。
「こうなったら、なんとかパティだけでも先に行かせたいところね……」
リーゼロッテの声が煉の頭に届いている。わかっている、と彼は頷いた。
バイクの残骸を挟むようにして魔剣の使い手とパティ、煉は向かい合った。
その対峙を破るかのように、声が聞こえた。
第三の方角から。
「へえ、黄龍か。仮面の感じからすりゃ、『黄麟』というほうが妥当かもな」
声の主はゆっくりと近づいてくる。
「東の青竜・南の朱雀・西の白虎・北の玄武。そして中央の黄麟というわけだな。
……ただの勘だが出てくると思ってたよ。最低でもあと一本、魔剣がな」
世間話でもするような口調で、柊 恭也(ひいらぎ・きょうや)は肩をすくめた。
「及ばずながら力を貸す。本当は、魔剣の使い手が出てくる前に剣を奪っちまう算段だったがそうもいかなかったか。なら、今からでも奪い取るだけだ。二度と悪用できないように」
恭也の言葉、その視線に怯むかと思いきやさにあらず、黄麟は鼻で笑うような口調で告げた。
「たかが一人や二人、増援が来たところで……」
「一人? じゃああと四人だったらどうかしら?」
黄麟は声の方を見る。このとき少女の顔ではなく、剣の腹が動いたように見えた。
黄金の髪。凛々しいまなざし。教導団の制服の、襟のホックに陽光が射した。
「ねえ……ルカたちと『踊って』くれるかな?」
ルカルカ・ルー(るかるか・るー)とダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)を中央に、その左右を守護するがごとく、魔剣ディルヴィングを手にカルキノス・シュトロエンデ(かるきのす・しゅとろえんで)が、呪縛の弓を引き絞って夏侯 淵(かこう・えん)が構えをとっている。
「本当のことを言うと……」
ルカに並び立つダリルが静かに口を開いた。
「三下には用はない。正直、隠身行を続けてスルーしても良かったが、こいつ(と、ルカを指して)が捨ておけないと言うのでな。こうして時間を割いてやっている。実に非効率だが」
「またダリルはそーいうことを言うー。気にしないでパティ、きっと救ってみせるから。ローラもね」
そう――ルカは思う。
今回はローラを救うのが主目的、ダリルの言うように任務優先でも良かったはずだが、ここでパティを捨ておいて、万が一のことがあればどうするのか。
パティが無事でなければ、仮にローラが解放されたとして、喜ぶだろうか。
そうではない。それはローラを救ったことにならない。新たな罪の呵責を与えることになるだけだ。
今回に至る短い打ち合わせにおいて、ダリルはローラのことを「生死を問わず回収する」と短く表現した。ダリルらしい言いようだとは思う。最悪の場合、ローラを切り捨てると彼は言うのだ。
だがルカはそれには同意できない。そのとき即座に答えた。
「ダリル、ローラがどうしてこんな無茶に走ったか判る? あの子は、今でも苦しんでいるんだよ……塵殺寺院の一員だったという過去に」
昨年末ごろ、ローラを「殺人機械」と面罵した一般人がいると聞いたことがある。ローラはいつだって明るく笑っているが、そのとき受けた心の傷は癒えていないようにルカは思うのだ。これはルカが、もし自分なら……と想像しての結論である。
――塵殺寺院の影はまだ彼女たちを縛ってる。
パティにしたってそうだ。彼女がどこか必死なのは、脚に絡みついた寺院の手を振り払おうとしているからではないのか。
ローラもパティも元は人間で孤児だったと聞く。彼女らの尊厳を奪い、体と心を弄んだ塵殺寺院への怒りが、ズシリと静かにルカの心に沈んでいた。
「そいつ……黄麟だっけ? きっとまた、魔剣に操られている人よね。倒すにあたって絶対条件が一つ、人の身は殺したりしないわ。魔剣のほうを破壊するだけ」
「あいからわず非効率なことを言う」
「これは絶対条件よ!」
「……了解」
そのやりとりを耳にした仮面の主が、嘲りにも聞こえる口調で言った。
「勝つことを前提に話しているなお前ら……数で上回ったつもりか。だが、甘い」
黄麟はだしぬけにその剣を、足下の地面に突き刺した。コンクリートで舗装されているにもかかわらず、豆腐でも刺したように容易に成された。
刀身を中心に、亀裂のように光が広がる。
「っと、なんだこりゃ!」
カルキノスが飛びすさる。
「こけおどし……ではなさそうだな」
淵はすぐさま、地を割り出現したものに打ちかかった。
この大地のどこかに眠っていたのか。それとも魔剣のエネルギーが実体をもったとでもいうのか。
骸骨が出現したのだ。しかも、次々と。
標本模型のように綺麗に揃った骸骨だった。薄い金色のヴェールのように、ぼんやりとした光がその身を包んでおり、眼下の奥にもまた、あかあかとした黄土色の輝きがある。これが数体、いや、十数体、出現して襲いかかってきたのである。
骸骨は手になにも持たないが、その冷えた手は恐らく、相手から生命力を吸い取る力があると見えた。
「数が多いな……多少、手こずりそうだ」
ダリルは首を巡らせた。このときにはもう骸骨は二十を越え、さらに増え続けている。
「とにかく減らすぜぇ!」
カルキノスの刀が、枯れ木の山を砕くように骸骨群を薙ぎ払った。骸骨たちは地面に叩きつけられると、陶器のように簡単に砕け散り消えて行く。しかし倒れる後から後から、新手が出現するのだ。
「……ったく雑魚がわらわらと……面倒な奴だ」
恭也の眼前に突如、銀色した鎧武者型の人形が出現した。非物質化させていた傀儡『銀星』だ。集団戦はあまり好まない恭也だが、好みは言っていられない。『銀星』に拳を振るわせる。
「パティは行って」
ルカが言い切ると、パティは驚いたように振り返った。
「どういうことよ!?」
「パティは、ローラのところに急いで。この敵はルカたちに任せるといいよ。撃破する」
「けど」
「いいから」
パティが逡巡している間に周囲は、光る骸骨に埋め尽くされていた。黄麟の姿は埋没してしまい見えない。
そのときまるでパティに道を造るかのように、側方へ向け血路が切り拓かれた。
「あんたは……!」
血路を開いた相手の姿はパティには見えなかった。骸骨たちに姿を紛れさせているのだろう。
「……助けてくれるってわけね」
パティは知った。目ではなく感覚で。誰が助けてくれたのかを。
クランジはクランジの存在を感じることができる。近くに同族がいれば、それとなくわかるのだ。
パティが今、認識しているのは、久しく会っていない同族。しかし、忘れがたき感覚。
「一応、礼だけ言っとくわ。オメガ……あたしの兄弟(ブラザー)」
見覚えのある灰色の髪がパティの眼前を行くのが見えた。先導する、ということだろう。
彼こそクランジΩ(オメガ)、又の名をバロウズ・セインゲールマン(ばろうず・せいんげーるまん)。
すぐにパティは彼に追いついた。背後からは骸骨が追ってきているため途切れ途切れの会話となる。
「……今回のことでは……裏方に徹するつもりです。本当は、姿を見せる気もありませんでした」
バロウズは淡々とした口調で告げた。
「ローラさんの意思を考えれば、恐らく……止めずに追うのが最良なのでしょうか。どういう思いでローラさんが剣に憑かれたかは分かりませんが……」
「どういう意図かなんか私にもわからないわ。ただ、ローは不器用なのよ」
パティは目を前方に向けたまま、笑みに似たものを口元にちらりと浮かべた。
「あんたと同じでね、オメガ」
パティが無事、包囲網から抜けたのを確認してルカルカは声を上げた。
「よし! そろそろ本気出していくよ! ダリル、作戦は!?」
「いきなり人頼みとはいい身分だな……まあいい」
得意分野だ。そう断じてダリルは指示を出す。
「ルカは前衛、カルキノスも前衛に立ってルカと連携しろ。淵は弓とフラワシで援護しろ。俺も銃撃で助ける。これが基本方針だ」
これを口火にダリルはたちまち、自身を含む四人を個別の戦士から戦闘集団へと変えた。
ダリルの知謀があればルカは無敵だ。すらり抜刀するや身を躍らせる。
「殲滅開始!」
ルカが速度を増せばカルキも追随し、左右の双剣の如く眼前の敵を荒らすことただならず、これに弓の名手征西将軍として恐れられた夏侯淵、縦横無尽の矢を放ち支援すれば、数倍、いや十倍に達す勢いにまで増した骸骨兵も惑うことはなはだしい。最後尾のダリルはむしろ悠然と、弱った敵から撃墜する方法を採り、最初から棋譜通りとでもいうかのように、己が策の正しさを証明する。
「ま、実力は認めざるを得ねぇな。金団長の剣って名乗りも伊達じゃないってところか」
恭也も勢いに乗り、滝を逆流する勢いで攻め立てた。
煉は己の魔鎧、すなわちリーゼロッテに問いかける。
「姫っち、彼らに協力しようと思うがそれでいいか?」
「いいんじゃないかしら? ローラって子に使うつもりの戦術だったけど、どうやら同系列の相手みたいだからアドバイスあげるわね。煉、こういう子には技で相手をしてあげるのが得策よ」
了解だ、と煉は彼女の力を得て、巧みに黄麟の剣を避ける戦法に出た。
煉を追うに忙しく、黄麟に隙が生じる。
これを見逃すルカルカではない。
「大将に到達!」
彼女はその剣で横殴りに黄麟を打った。人間ではなくその剣本体のほうを。
――よし。
カルキノスは頷いた。ルカは決して、少女のほうを傷つけるつもりはないらしい。
ダリルも内心は、あの娘を解放したいと考えている――カルキノスは思った。
なぜなら彼女は、ダリルが何より大事にしている『自由意志』を奪われているのだから。
――ルカがあの絶対条件を主張したからある意味自分も助かったって事を、ダリル、お前、気付いてるか?
直接は、言葉にして彼に訊くつもりはカルキノスにはなかった。ストレートに問うたところでダリルは足下に否定するだろう。そして、わざとゆっくりと歩くだろう。そういう男だ。彼は。
淵の矢が黄麟の足元に突き立った。外したのではない。注意を惹くためあえてそうしたのだ。
「そらよっ!」
黄麟の注意が逸れたその瞬間を狙い、見事カルキノスの剣が彼女の剣を叩き落としている。
だが終わりではない。地面に落ちた剣だが異様なスピンを帯びて回転し、自動的に少女の手に戻ろうとするではないか。
「そうはさせない」
煉が少女を抱きかかえ、ぱっと距離を取った。
剣はそれでも転がるが、もう無防備の状態だ。
「触れぬようにな」
すぐに淵は言ったのだが遅かった。
「調べさせてもらう」
恭也が剣を拾ったのだ。瞬間、
「う、おぉぉぉぉぉぉ!」
電撃のようなものが恭也の体を駆け抜ける。荒れ狂う。
剣があらたな所有者を得たのだ。手を離しても無意味だ。吸い付くように離れない。
「はっ、人形使いが魔剣の操り人形になるとか、笑えねぇ……」
恭也の意識はまだかろうじて剣の支配を免れているが、それも時間の問題だろうか。すさまじい速度で精神汚染が拡がっていくのがわかる。
「大丈夫だよ」
けれどルカは、笑っていた。
彼女の言葉を証明するかのように、直後、黄麟の剣は砕けたのである。最初のルカの一撃が効いていた。
「致し方あるまい。できることなら回収して正体を調べたかったがな……」
画竜点睛を欠く、か、とダリルは呟いた。
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