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サンサーラ ~輪廻の記憶~ #4『遥かなる呼び声 後編』

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サンサーラ ~輪廻の記憶~ #4『遥かなる呼び声 後編』

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 第16話 いてはならない場所
 
 
 
 
    真実は、ひとつではない。
    それをわたしたちは知っている
 
 
 
 
『イデア……かわいそうな人』
 芦原 郁乃(あはら・いくの)の意識の中で、前世の穏音媛の思いが揺れている。
『世界の終焉を見つめ、そして再生を試みた……
 しかし、零れた水は元には戻らないのです……どうか、分かっていただかなければ……』
 心の中に、穏音媛の嘆く声が響く。
「穏音媛……“目覚めた”の?」
 これは『過去の記憶』ではない。ということは、いつの間にか自分は覚醒して死に、穏音媛が甦ったのだろうか。
『いいえ……わたしは貴女。貴女の思いを映している。
 けれどこれも、わたし自身』
 ああ、私はわたしと、自分自身と語り合っているのだ。郁乃は解った。
 だが、それでも彼女は穏音媛自身でもある。だって私は、わたしだから。
「じゃあ、覚醒して、甦って、穏音媛の力で、皆を助けて」
『解っているはず。それは出来ません』
 穏音媛は、強い口調で諌めた。
『前世の人格が今生を押しのけて現れることは良いことではありません。
 貴女は、何の為の“芦原郁乃”なのですか?』
「うん、でも……でも、前世が、って話だけじゃない。
 私、穏音媛のことが好きなんだと思う。優しさも、その心に秘めた芯の強さも」
『わたしも貴女が好きですよ。だから応援したくなる。
 貴女は貴女のまま、頑張って欲しいと』
「私は私のまま、“芦原郁乃”として……」
『そして貴女は穏音媛でもある。
 わたしは貴女の中に在ります。穏音媛として、貴女として』
「うん。解った。全部ひっくるめた、今の芦原郁乃として、今生きる私として、頑張るね!」
 その決意に、穏音媛は頷く。
 寂しげに微笑み、現実に還る郁乃を見送った。

 懐かしき世界、懐かしき日々、懐かしい人々。
 過ぎ去りし日々は戻れない。戻してはならない。
 戻したところで同じになることもないだろう……



 ヤパい、持って行かれる。と新風 燕馬(にいかぜ・えんま)は思った。
 眠る度に、自分が自分でなくなって行くような気がして、ここ最近は、なるべく眠らないようにしていた。
 しかし、ふっと意識が途切れ、それを何処と無く客観的に感じながら、まずいと思った。
 前世に引きずられる――寸前、パートナーのサツキ・シャルフリヒター(さつき・しゃるふりひたー)の姿を見た気がして、咄嗟に精神感応を送った。
「ヤミーに、イデアを倒せと言え」と。

 ヤミーが我に返ると、目の前に自分がいた。
「……え?」
 いや、よく見ると色々違う。その人物は口を開くと、訊ねてきた。
「……あなた、ヤミーさん?」
「そうですわ。何故我を知っていますの?」
「……イデアを倒して」
 目の前のサツキは、そう言うなり、ヤミーに倒れ掛かる。
「あら、いきなりバタンキューですの? どういうことかしら……」

 サツキは、パートナーロストによる突然の全身の激痛に意識を失ったが、やがて目を覚ます。
 激痛は治まらず、動くことすらままならなかったが、何とかヤミーに事情を説明できた。
「お願いです……燕馬を助けて」
「……承りましたわ」
 ヤミーは答えた。かつてのものぐさが嘘のように。

 かつての世界で、ヤミーは師ケヌトに語ったことがある。
『我はただ、我が命ずるままに動きますわ。
 ――もう一人我がいれば、その人こそが我が主なのですけれど』
 燕馬は、その言葉を憶えていた。
 ヤミーはサツキと瓜二つだ。だから、命じるようにと最後に伝えた。
 サツキは、ヤミーの主になり得ると、そう思い。



 此処は何処だ。
 瑞鶴は首を傾げた。
「……確か、世界の終わりに巻き込まれ、ローエングリン共々に死んだはずだが」
 とりあえず、傍らのローエングリンを起こす。
「さっさと目ぇ覚ませよ、この腹ペコ娘が」
「う、うーん、あれ、瑞鶴くん? 此処は……?」
 現世に覚醒した瑞鶴とローエングリンは、森の中で目覚めていた。
 枝葉の隙間から、巨大な白い物体が見える。
「……ふむ、成程。大体事情は解りました」
「こういう時祭器って便利だなー」
 ローエングリンの様子に、瑞鶴は感心する。
「って、世界を再生?」
 ローエングリンは、呆気に取られて呟いた。
「は? 何だそれ」
「……私達の世界は、もう終わったのに。
 零れたスープの為にグラスを割って繋ぎ合わせても、代わりの皿にはなりませんよ」
 ふう、とローエングリンは息を吐く。
「美味しいものは、美味しかったなあって思い出す度に幸せな気持ちになれれば、それで充分なんです。
 食事が終わった後で、もう一度食べたいとただをこねて騒ぐのは、子供がすることですよ。
 ……どうしたんですか、瑞鶴くん? 私の顔に何かついてます?」
「……いやぁ……」
 瑞鶴は苦笑する。
「ちょっと意外な気がしたけど、いや、やっぱりローエングリンだな、って思った」
 そう言って笑う。
「そうだな、もうこれ以上騒ぎに巻き込まれるとか勘弁だっての、面倒臭ぇ」
 自分達はもう、あの終わりを受け入れたのだ。
「じゃ、行きましょう」
 瑞鶴の手に掴まって立ち上がった後、ローエングリンは先に立って歩き出す。
「何処へ?」
 振り返ったローエングリンはふふっと笑った。



 軽い眩暈が生じ、神楽坂 紫翠(かぐらざか・しすい)を取り落としそうになる手に、シェイド・ヴェルダ(しぇいど・るだ)は慌てて力を込めた。
「お前、紫翠じゃ、ないな。誰だ?」
「誰と申しましても……」
 シェイドの腕の中で、紫翠の前世、翠珠は困ったように首を傾げた。

 紫翠の覚醒によって、現世に目覚めた翠珠は、話を聞いて頷きつつも、戸惑った。
「私、とっくに死んでいるのですけど……今更復活しても……」
 この世界で改めて、生きたいという思いはなかった。目の前の人物を見れば、特に。
「仕方ありません。戻ってくるまで、身体を預かりましょう」
 そんな翠珠を、シェイドはしっかりと抱きしめている。
「早く、戻って来い。オレのところへ」
 時折、小さくそう呟く。容姿も全く違うのに、それ程に大事なのだと翠珠は思った。
「私は、とっくに死んでます。今は少しだけ、この身体を預かっているだけ。恋人同士ですか?」
 その問いに、シェイドは戸惑う。
「……その、気に入っては、いるがな」
 ふふ、と翠珠は微笑んだ。



「さあ、ループ。イデアを止めに行こう」
 そう言った鷹野 栗(たかの・まろん)は、急な吐き気に襲われて座り込んだ。
「苦しい……気持ち悪い……何これ」
 何とか顔を上げて驚く。
 そこにいたのは、パートナーのループ・ポイニクス(るーぷ・ぽいにくす)ではなかった。
「……もしかして、あなたがクシャナさん?」
 ループの前世、クシャナは、何が起きたのかという表情で栗を見、ええ、と頷いた。

「……成程ね。栗と言ったわね、説明をありがとう」
 話を聞いたクシャナは、ため息をひとつついてそう言った。
「イデア……そう、そんな人物がいたの……」
 彼もまた、モクシャを残したかったのだろうか。
 死を経て此処にいるからだろうか。クシャナはとても冷静な気持ちで、今の状況を聞くことができた。
「私もそうよ。……ジャグディナに託されたのだから」
 けれど、そのために他の世界を壊そうとは思わない。
(ジャグディナも、そう思ってくれているかしら――)
 そう思いを馳せる。



 小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)に呼ばれて、パートナーのベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)コハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)が駆けつける。
 トオルが死んでしまった。
 だが、二人は蘇生の魔法が使える。そう思った美羽は急いで二人を呼んだのだ。
「美羽さん、トオルさんは何処に?」
「え、あーっ!」
 しまった、と美羽は頭を抱えた。
「イスラフィールになってどっか飛んでっちゃった!」
 ベアトリーチェとコハクはぽかんとする。蘇生させる体がなければ、蘇生は出来ない。
「あの……、死んでしまったという話じゃなかったんですか?」
「そうなんだけど。
 ざっくり言うと、トオルが死んで、別人になっちゃって、どっか行っちゃったの!」
「……美羽。新しい情報が何も無いよ」
 落ち着いて、とコハクが言った。

「成程。つまり、覚醒して別の人格になった者を『蘇生』すれば、元の人格が戻ってくるんじゃないか、って話だね」
「そうなの。無理かな?」
「やってみなきゃ解らない。トオルさんは居ないんだよね。他には誰が?」
 そう言って、コハク達は覚醒した人物への蘇生を試みてみたが、それは、今此処にいる前世の者に対する魔法にしからなず、此処にいない現世の者を蘇生させることはできなかった。
 ぎゅ、と美羽は悔しそうに拳を握る。
「トオル……皆」
 例えどんな理由があったとしても、友達を殺したイデアを、美羽は絶対に許せなかった。


◇ ◇ ◇


 トオルをイスラフィールに覚醒させた後、イデアに合流した五百蔵 東雲(いよろい・しののめ)は、そのまま自身も覚醒した。
「私も同行します」
「――カーラネミか。どういう風の吹き回しだ?
 覚醒したのなら、俺から逃げ出したことも思い出したと思うが」
「あなたは私の所有者です。故に戻って来ました」
「……まあいいが、君が身を隠す術を持たないなら、祭器の姿になってもらう必要がある」
 深く追及することもなく、イデアはカーラネミの同行を許した。