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【八岐大蛇の戦巫女】消えた乙女たち(第3話/全3話)

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【八岐大蛇の戦巫女】消えた乙女たち(第3話/全3話)
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●八岐大蛇

 空の赤は濃さを増し、透明度も落ちていく。
 腐ったトマトでもぶちまけたかのように。
 ぴたりと『眷属』の攻撃が止んだ。集中豪雨が途切れたときに似た静寂が訪れている。
「姉貴……これは一体……?」
 イコンの操縦を止め、柊恭也は全周モニターに各方面の状況を映し出していた。
 巨大眷属が侵攻を止めたのだった。高層ビルほどもある蝸牛に似た『眷属』が静止する様は異様だ。
「来たのであろうな」
 だが柊唯依は冷静であった。
「気を抜くな。これは嵐の前の静けさに過ぎない」

「どういう……こと?」
 パティも足を止めて周囲を見渡している。
 疲労のせいもあろう、このとき足をもつれさせてパティは転んだ……が、その上半身が地に触れることはなかった。
「大丈夫か。パティ」
 七刀切が腕を伸ばして支えたのだ。切は静かに微笑していた。
「俺がいる限り、パティが転ぶことなんてない」
「格好つけちゃって」
「そ……そりゃあ、『カノジョ』の前では格好つけたくなるもんだろ。男はフツー……」
「ふーん。ま、悪い気分じゃないよ。『カレシ』に格好つけられるのも」
「へへ……そう?」
 と照れ笑いした切の背を、バンバンとどやしつける腕があった。
「見せつけてくれるじゃない、この色男ッ!」
 このこのー、と言うのは小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)。美羽も、大きく三波の波状攻撃でもまれたようで、衣服は汚れ武器も痛んでいる。しかしそれを除けば、普段とまるで異なるところのない美羽なのだった。
「今度バァルさんに会ったら、美羽さんと切さんに恋人が出来たことを報告しないとですね」
 言いながらベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)が、眼鏡についた煤を拭いとっていた。
 美羽の恋人とはつまり、コハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)のことだ。そのコハクは、日輪の槍を斜め下方に構えて、そっと告げた。
「そうだね。この戦いに勝って……報告しなくちゃ」
 コハクは蒼空学園を思う。
 かつてコハクは故郷を滅ぼされ、唯一生き残ったという過去があった。
 そのとき行き場を失ったコハクを受け入れてくれたのが蒼空学園である。ゆえに彼は蒼空学園には深く感謝しており、ツァンダの街を含めてとても大切な場所だった。
 ――僕もだけど、ローラにとっても蒼空学園はかけがえのない場所。彼女が、精神世界に挑むという危険な選択をした気持ちは判るな。
 コハクは自分の左胸に手を止めた。
 ――この心臓が止まることがあったとしても、僕は蒼空学園を守護しよう。

「あいつね……」
 桐生 円(きりゅう・まどか)は深呼吸した。
 百鬼夜行がまた、前進を始めた。
 だが今度は敵意丸出しというのとは違う。国の使節団のように荘厳に歩む。
 行進といっていいだろう。そういえば左右に展開する『眷属』はいずれも翼があり、垂れた羽を旗のように下げているし、行進は綺麗に対称形だ。
 この行進……異形集団たる百鬼夜行の先頭に立つ、壮年の男性の姿があった。
 豊かな髪は白いものと黒が半々、目尻に皺があるが上背があり胸板は厚い。やはり黒白半分程度の口髭と、長い顎髭をたたえていた。
 全体的に、剽悍という表現が似合うスマートな体つきだ。
 誰もがすぐに、彼が何者であるかを知っていた。
 知識に基づいて判断したというよりは、遺伝子のレベル識っているというのが近いだろう。
 まぎれもない。彼こそ、八岐大蛇である。
「那由他くんは、大蛇を弱めると言った……」
 大蛇をしっかりと両眼で捉えつつ、円は呟いた。
 那由他が目的とするもののお膳立ては、すべてそろっているように思える。
 そしてこの場所だ。
 大蛇が姿を見せたのは、龍の舞い手を乗せたトレーラーの付近である。
「今現在、ここ以上に大蛇が弱体化する場所は、ちょっと他に存在しないだろうねぇ〜」
 円の気持ちを読んだかのようにオリヴィア・レベンクロン(おりう゛ぃあ・れべんくろん)が言った。
「俺たちが突破されれば舞手は一掃されかねず、そうなるとツァンダが蹂躙されるのも時間の問題……ギリギリの場所だな」
 樹月 刀真(きづき・とうま)は白の剣の刃を布で拭った。今日一日、随分使い込んできたが刃こぼれする様子はない。もう少し、この剣には頑張ってもらわねばなるまい。
「だーけーど、そのギリギリがたまらないー! でしょー?」
 ミネルバ・ヴァーリイ(みねるば・う゛ぁーりい)が龍騎士の面を片手で上げて笑顔を見せた。
「ああ。舞いに近づくほどに大蛇が弱体化するのは判っている。奴も崖っぷちだ。それを知っているからだろうな。堂々と出てきたのは」
 刀真は鋭い眼で大蛇を観察した。
 人間の姿をしてはいるがあれは龍神族、本来ならば人間が太刀打ちできる相手ではないだろう。
 しかし勝機はある。刀真はそう見ていた。あの邪気には光輝属性の攻撃が有効だろうか。
「刀真……」
 漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)が刀真に身を寄せた。
「近くにいてくれ」
 彼は、それを拒まなかった。
「俺一人では、勝てない」
「刀真が大蛇を討つなら、私は剣として共に戦うわ」
 月夜は軽く目を閉じた。自分一人の命どころか世界の命運がかかっている戦いだというのに、これほど充実した気持ちを感じることになるとは。
「我も近くにいてやろう。頼まれなくともな」
 玉藻 前(たまもの・まえ)が九尾を生やし、これを羽として空に飛ぶのが見えた。空から援護するというのだろう。
 度会鈴鹿は舞っている。織部イルと並び、鬼城珠寿姫に守られながら舞っている。もう鈴鹿は止めるつもりはなかった。決着がつくまで舞い続けよう。この体がどれほど傷つこうと。
 ――何故エリュシオンの祖である龍神族とされる八岐大蛇が、マホロバの地に封じられたのか……。
 鈴鹿の胸を去来した疑問だ。
 古代にも、マホロバとエリュシオンには何がしかの縁があったのだろうか。それはどこか、アルセーネの境遇を思い起こしてしまうものがある。
 けれど鈴鹿はそのことを大蛇に問い糾すつもりはなかった。
 いずれにせよ過去があり、今がある。
 ――カスパールさんにも思い描く先があるのでしょうけれど。
 過去は尊重する。カスパールのように過去を切り捨てるつもりはない。
 だが鈴鹿は、過去にとらわれるつもりもない。
 ――私たちは私たちが望む未来を紡ぐために、そのとき最良と思える選択を選び取り、力を尽くさなければなりません。
 想いの面でも、負けられない戦いだと鈴鹿は思っている。
「旦那、あいつ……すべての元凶、八岐大蛇の内側から感じますぜ」
 坂東久万羅は奥歯を噛みしめるようにして言った。
「『黄泉耶大姫は此処に居るぞ』って姫さんがあっしに呼びかけているのを……幻聴かもしれやせんがね」
 久我内椋は頷いた。
「いえ、本当に聞こえているんでしょう。黄泉耶殿なら……黄泉耶殿と久万羅ならそれができると思います」
「旦那、その言葉信じやすぜ」
「だから久万羅、黄泉耶殿に呼びかけてあげて下さい。きっと届くはずです、その声は」
「姫さん……いや、大姫……」
 久万羅は念じた。一心に。
 ――あっしがここにいやす。だから、負けねぇで下さい。心はいつだって、あんたの側にいるんですから。
 そのときモードレット・ロットドラゴンは、カーネリアン・パークスの姿を認めてその傍らに立った。
「血が騒いでいるのか、貴様も」
「何の話だ」
「使える駒かどうか、俺は貴様をまだ見極めていない」
 この言葉を聞いてカーネはモードレットに流し目したが、何も答えなかった。
「邪魔な眷属は蹴散らせ、大蛇の首は俺が獲る」
 それだけ言うと、モードレットは魔槍を構えて前に進んだ。
 しかし最初に大蛇とじかに接したのは、永井 託(ながい・たく)だった。
「悪い悪い、ちょっと出遅れちゃったかな……あ主役は遅れてくる、ってねぇ」
 言いながら、まるで大蛇の威圧感など知らないかのように、託は悠然と大蛇の眼前に立った。
「余の行く手を遮るは何者か」
 太く、だがところどころ掠れたような声で大蛇が言った。
「どうも、脇役Aだよー」
 託はひょいと片手を上げた。
「え? さっきと言ってることが違う? 気にしない気にしない〜」
 やはり、まるで大蛇を恐れる風波なかった。楽しげに言う。
「その脇役が何しに来たって? そうだねぇ」
 大蛇、その眷属、契約者たち……衆目が集まるのを意識しつつ、それでも臆さず、託は飄然と続けた。
「まあ、今回は誰かと特に繋がっているわけでもないから、動機があるわけでもないけれど……だけどさ」
 託の目から笑みが消えた。
「だからこそ、そんな脇役が流れを変えたら、それこそ大元を倒しちゃったりしたら、それはそれで面白いと思わないかい?」
 大蛇は片手を上げることすらしなかった。
 だがこのとき、託の姿は脱線した超特急のように、斜め後方に吹き飛び遺跡の石にめり込んだのである。