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魔女が目覚める黄昏-ウタカタ-(第1回/全3回)

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魔女が目覚める黄昏-ウタカタ-(第1回/全3回)

リアクション

 もはやトレードマークと言ってもいい、緑の髪のツインテールとミニスカをひるがえし、美羽は積極的に斬り込んでいった。
 殺し屋の頭目ヤグルシは強かった。
 ヤグルシへの攻撃は率先してカイが防御するものだから、ヤグルシはさほど強くないのかもしれない――そう考えたこともあったが、カイが鉄心たちによって引き離され、ヤグルシだけになっても、その強さは依然として変わらなかった。
「このーっ!」
 全力でバァルの剣をふるい、渾身の力をたたき込む。しかしヤグルシはそれを全て受け流し、どんな攻撃にも対処してしまう。
 弧を描くような剣技はまるで舞いのような優雅さで次の動きへと無駄なくつながっていく。
 その戦い方は、まるで――――……。
 これは騎士の剣技。
(つまりこの人は、東カナンの騎士だっていうこと?)
「あなたは誰?」
 刃と刃を噛み合わせ、刃ごしに顔を近づけて美羽は問うた。
 青灰色の瞳。しかしこの瞳の持ち主は東カナンにはごまんといる。イナンナも、カナンの領主たちだって全員青い瞳の持ち主だ。
 布で覆われた口元が、笑ったような気がした。
「ヤグルシ・マイムール。それが俺の名だ」
 ヤグルシは剣を寝かせてすり流したあと、剣柄による強烈な一撃で美羽をはじき飛ばした。
「きゃああっ!!」
「美羽!」
 それを目撃したコハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)は、思わず振り返ってしまった。
 直後、肩と二の腕に投げナイフが突き刺さる。
「こ、の…っ!」
 どちらも深くはない。引き抜き、投げ捨てたコハクにさらにクナイを手にした忍者が迫る。コハクはポイントシフトを発動させ、高速移動で距離をとった。忍者には瞬間移動したとしか見えなかっただろう。しかしひるむ様子は全く見せず、忍者はコハクに向かってきた。
「どけーーっ!」
 あの男は強い。一刻も早く美羽の元へ行き、補助に入らなくては――忘却の槍をそれぞれ両手に持ち、自ら敵の懐へと斬り込んでいく。ミラージュを発動、分身を用いて攻撃を仕掛けたコハクに向かい、忍者は防御壁のように火遁の炎を放った。
(こんなもの…!)
 コハクは肌が焼けるような痛みに耐え、強引に炎をくぐり抜けて忍者へと肉迫する。そして零距離で一気に力を爆発させた。
「はあっ、はあっ…」
 荒い息を吐き出し、口元をぬぐう。軽いやけどを負ったか、ほおがひりついた。しかしこちらも先に刺さった投げナイフ同様、傷とも呼べないような傷だ。
 力をセーブしなければ、おそらくこんな傷を負うこともなく楽に倒せただろう。だけどそれでは殺してしまいかねない。
 命を奪うことには常にためらいがあった。どんな相手でも。たとえ敵でも。
「……時間をかけすぎた。早く美羽のサポートに――」
 呼吸を整えたコハクは、気絶した忍者は放置して、美羽のいる方へ走り出そうとする。そのとき、ひゅっと風を切る音がして、もう1人の忍者が現れた。クナイをふるってきて、コハクは後退せざるを得なくなる。
 あきらかに彼らはヤグルシと美羽の元へ行かせまいとしている。
(美羽、ごめん。ちょっと遅れる)
 コハクは油断なく忘却の槍をかまえた。
 美羽ははじき飛ばされた先で、懸命にヤグルシの剣を押し戻そうとしていた。しかし片ひざをついてからの体勢は上から来る力には不利で、思うように力が出ない。
「……くうっ!」
 美羽の顔に苦痛がにじむ。
 そこに、宝刀【幸玉】を手にした瀬乃 和深(せの・かずみ)が側面から走り寄る。ヤグルシへと斬りかかり、彼に距離をとらせた。
「あ、ありがとう、和深くん」
「俺が補助しよう。あんたのパートナーほどにはうまく連携できないかもしれないが、多少は役には立つだろう?」
 油断なくヤグルシを見ながら言う。
「ううん、そんなことない。すごく助かる!
 でもお願い、殺そうとしたりしないで」
 多分あの人は騎士か、元騎士かだ。
「ああ。俺もやつには2、3訊きたいことがあるからな。たとえ殺すにしても、そのあとだ」
 体勢を立て直し、再度向かってきたヤグルシを迎え打つ。和深は真っ向から受け止め、刃を合わせた。
 相手の力量を見定めようというのか、しばらくの間、2人は無言で剣をぶつけ合う。
(あきらかにほかの忍者たちとは太刀筋が違うな)
 和深は思った。
 もう1人の、彼を守る副官のような人物は間違いなく忍者の動きをしていたが、ヤグルシは剣士だ。
 やがて、和深の剣さばきを見て呼吸を掴んだ美羽が参戦した。1対2でヤグルシにあたる。ヤグルシのふるう剣技は研ぎ澄まされたもので、技も多く、ときおり蹴りをはさんだりとその能力は並以上だったが、美羽と和深の2人がかりにあっては守勢に回らざるを得ないようだった。
「あの魔獣使いたちに、おまえたち手練れの忍者部隊。よくもまあたった1人の少女のために、これだけ数をそろえたものだ」
「まったくだ。それについては実は俺も憤慨している」
 ヤグルシは皮肉げな声で和深に同意する。
「俺たちを雇っておきながら、こそこそと影であんなことをしていたんだからな。やつとはあとで話をつけなくてはならないだろう」
 それは真実のように聞こえた。
 彼らは本当に先のドルイドやビーストマスターたちのことは知らなかったのだろう。こうして剣を合わせてみて、和深は彼が筋の通った人物であることが分かった。殺し屋にそんなものを感じるとは妙な話だが、太刀筋は正直だ。人となりが出る。
「正直だな。
 では、なぜそんなにしてまでおまえの雇用主はあの少女をねらう? おまえはハリールをどうするつもりなんだ」
「さすがにそこまでは話せないな。契約上の守秘義務というやつだ」
 とたん、声が笑いを含んだものになった。
「ふざけないでッ!」
 美羽がバァルの剣を振り下ろす。剣は横へかわしたヤグルシの肩先をかすめていった。
 それを見て、カイが補助に向かおうと跳躍する。
「させるか」
 鉄心は宙のカイへ向かい、魔銃ケルベロスを撃った。
 魔銃ケルベロスは3つの砲身を持つ銃。同時に3発の弾丸を発射することができる。射出された弾はそれぞれ1発は脳天、1発は心臓、1発は足を目標に突き進む。しかしどれもカイの卓越した剣技により、弾かれてしまった。
「……あの体勢でそれをするか」
 ギィンと金属音がしたあと、さらに投擲されたナイフが鉄心の足元の地面に突き刺さる。
 まさに神業。それをやってのけたのだ。
 ぎり、と奥歯を噛み締めるも、カイを追って走る。
「せっかく分断したんだ。行かせてたまるか」
 だが内心では、追いつけないのも分かっていた。
(強いな……それにずい分とやりにくい相手だ)
 カイは素早く、周囲の木や岩を用いた変則的な動きをしていて、肉眼で捉えられても反応が困難だった。急所をねらって一撃離脱のヒットアンドアウェイ。手にした独鈷杵のような武器は、実は中刀同士を柄尻の部分で噛み合わせた2刀だった。それを使い分け、2刀で用いたり、刺突をかけてくる。そのほかにも矢じり型の錘を先端につけた鎖や投げナイフを用いるなど武器が多彩で、しかもそのすべてが黒く闇に溶け込む仕様なものだから、今のように夜戦うには不利な相手だった。
 殺し屋なのだから暗殺技に長けているのは当然だが。
「イコナがここにいなくてよかった」
 ぼそっともらす。
「そうですうさ〜。イコナちゃんは一番安全な所にいるから、心配はいらないのですうさ〜」
 独り言をしっかり聞き取って、ティー・ティー(てぃー・てぃー)が明るく返した。
 鉄心のもう1人のパートナーイコナ・ユア・クックブック(いこな・ゆあくっくぶっく)は今、ハリールのそばにいた。
『おまえは彼女のそばにいて、彼女を守るんだ。やつらの標的は彼女だ。防御を固めてほしい』
 もちろん鉄心の本意は別のところにあって、ただイコナに危ないめにあってほしくないだけだ。だからもしも本当にそんな事態が起きたら、巻き込まれないよう逃げてほしい。
 しかし開戦した当初びくついていたイコナは、鉄心からの言葉になけなしの勇気をふるい立たせたようだった。
『が、がんばりますなのですっ。超お役立ちな魔道書であるこのわたくし、イコナにお任せですの! きっと、必ずやわたくしがハリールさんを完璧にお守りしてみせますわっ』
「……あんまり気負わないでいてくれると助かるんだが」
 そのときのことを思い出し、鉄心は若干不安になった。
「イコナちゃんはああ見えて、とってもかいがいしくてしっかり者なのですうさ〜。慎重に行動するのですうさ〜」
 ――うさ、って…。
「おまえはもう少し緊張感を持ってしっかりしろ」
「まあ! ちゃんとやってるでうさ〜!」
 ぶーぶーと唇をとがらせて文句を言うティー。両手を前に突き出した。
「準備は万端ですうさ〜!」
 鉄心が戦っている間にエバーグリーンの力を用いて発育させたつたを操り、カイへと向かわせる。左右から迫る不審な音に気付いて跳躍したカイの足にからみつき、引っ張り下ろした。
「ここはつたがあまりなくて、ここまで這わせるのに苦労したですうさ〜」
 えっへん。
「よくやった」
「そしてもちろん、これだって相手を油断させるための演技なのです! うさ!」
 真実かどうか、他人の目からするとかなりあやしい主張だが、胸を張り、ティーは落下するカイに向かって疾走する。
 つたは宙にいる間に、すべて断ち切られた。魔銃ケルベロスで鉄心はティーをサポートする。カイがそれらを弾いている間に、ティーは間合いへ踏み込んだ。
ボーさん、いくですよお〜っ」
 それまでティーの腕に巻きついたまま、ぴくりとも動かなかったボーがするすると伸びて棒となってティーの手に収まる。それを、ティーはカイの頭めがけて振り下ろした。
 当然カイは剣を上げてそれを防ぐ。
「いくです、うさ!」
 がつんと音がして、刀と棒がぶつかった瞬間、ボーは軟体化した。くたっと剣に沿って折れ曲がり、カイの腕にからみつく。
「やった! そのまま拘束するのです!」
 ぱっと離れた先で、カイは己の腕に巻きついていく妙な棒に目を瞠る。だが次の瞬間――カイはもう片方の剣で、棒が巻きついた己の腕を切り裂いた。
「!!」
 己の血を潤滑油がわりとし、完全にボーが巻きつく前に引っ張ってはがす。
 痛みに苦しむ様子はなかった。腕には大小の刀傷があり、今さら1つついたところでどうということはないと言うように、超然としている。
 カイはくねくねと身をくねらせるボーに小刀を突き刺し、地に縫いつけた。
「……ま、負けないのです! うさ!」
 いくら痛がっていないように見えても、負傷は確実に敵の攻撃力を削いでいる。ティーは逮捕術での捕縛を試みた。
 そのときだった。
「だ、だめーーーーっ!! ハリールさんを、連れていっちゃ、だめなのですーーーーっ!!」
 イコナの声が周囲に響き渡った。



 それは全くの不意打ちだった。
 観察し、十分に状況の把握を終えた玄秀はハリールを防御する者たちに向け、雷撃が打ち込む。あくまで威嚇だ。直撃させず、周囲をねらう。
 突然の魔法攻撃に驚いている隙をついて、十二天護法剣の術式を用いる。出現した光球状の十二天の式神が小次郎たちを囲み、結界内に封じ込めた。
「……くっ…! きさ、ま…!」
 結界が思いどおり発動しているのを確認した玄秀はハリールの元へ行く。その身を蝕む妄執をたたき込み、念のためヒプノシスもかけて意識を奪った。
「広目天王!」
 玄秀の合図で小型飛空艇オイレに乗った広目天王が上空から降下する。彼の膝の上にハリールを投げ出すと、即座に撤退した。
 一切が無駄のない動きだった。追跡されないようしっかり念を入れて、しびれ粉を撒いていく。結界による妨害、そしてしびれ粉で、周囲にいた者たちは皆その場にひざをついた。
 それを見て、ヤグルシやカイ、忍者部隊も続く。引っ掻き回していた大佐や竜造も、玄秀の起こした騒ぎを見て、それを合図とばかりにそれぞれ前もって用意してあった手段で離脱していった。
「待て!!」
 ハリールを乗せたオイレと忍者たちに一番近い位置にいたのは、アルフェリカ・エテールネ(あるふぇりか・えてーるね)セドナ・アウレーリエ(せどな・あうれーりえ)瀬乃 月琥(せの・つきこ)だった。
「そうはさせんぞ!」 
 アルフェリカがミルニウのロッドを頭上高く掲げる。杖が輝いた瞬間、クライオクラズムが先端からほとばしった。
 宙を駆け、迫り来る暗黒の凍気。玄秀はあわてることなく稲妻の札を用いて呼び出した雷撃でそれを撃ち砕く。
 しかしその隙に、別方向からセドナが光条兵器、蛇腹剣「凶影」を手に彼らへ追いついた。
 忍者たちの投擲するナイフはA.E.Fが全て撃ち落とし、セドナをかすめもしない。
「こっちは剣1つだ。安全な遠距離から攻撃なんて子どもみたいな真似してないで、いさぎよくおまえたちも剣1つでかかってきたらどうだ!」
「……いや、A.E.F使ってるでしょ、セドナも」
 冷静に月琥がツッコむが、セドナは耳に入れた様子もない。剣をかまえ、プロポーグを続ける。
「さあ先陣の栄誉を賜るのはどいつだ? 我を恐れぬ者はかかってこい! ――って、全員で一度に来いって意味じゃなーい!」
 地上から宙から。複数の忍者がタイミングを合わせてセドナを襲う。
「セドナ!」
 それを見て、アルフェリカは攻撃対象を忍者部隊へ変更した。
 ホワイトアウトの強烈な光が忍者たちの目を射る。
「すまない!」
 サポートの礼を口にしつつ、セドナは忍者たちの攻撃をかわし、さばいて、カウンターをたたき込んでいった。
「殺しちゃだめよ。何人か捕まえて尋問するんだから」
「分かっている。ちゃんと峰打ちだ」
 光条兵器で峰というのもおかしな表現だが、倒れる忍者はどれも斬られていなかった。あらかじめ、斬れないようにセドナが設定してあったからだ。
 アルフェリカの注意が自分からそれたのをみて、玄秀は再び逃走に移った。
 そして隘路に入ったところで彼らの追跡を断つために、両側の崖に前もって広目天王が破壊工作で設置してあった機晶爆弾を爆発させようとしたのだが。
「なに!?」
 爆発が起きたのは、玄秀の真上だった。
 驚愕に目を瞠る玄秀に向かって、巨大な岩が雨のように降る。
「シュウ!!」
 その光景を目撃したティアンが恐怖に悲鳴を上げた。
「……どういう、ことだ…。一体…」
 下敷きになることは避けられたが、すぐには立ち上がれないほどの傷を負って、岩の間で玄秀はうめく。
(――広目天王が設置場所を間違えた?)
 不規則な息を吐き出し、懸命に意識を保とうとする玄秀のぼやけた視界に、岩上から見下ろすヤグルシの姿が入った。
 この出来事に驚く様子もないその姿に、玄秀は閃きのように理解した。
 こいつの仕業だと。
「悪いな。きみは優秀すぎるんだ」
「……く。この…っ」
 そこに美羽と和深が追いつく。
「待てヤグルシ! ハリールを返せ!!」
 ヤグルシへ真正面から向かって行く和深を見て、月琥は叫んだ。
「あぶない兄さん! 伏せて!」
 同時に手のなかの何かをぶん投げる。 
「――えっ?」
 それは、対イコン用手榴弾だった。
「ちょっと待て! おまえ、そんな物人に投げるな!」
 あぶないのは俺も一緒だろうが!!
 さーっと和深の顔面から血の気が引いたが、すでに投擲されている以上、どうしようもない。
「くそっ! 美羽、伏せろ!」
 大急ぎ地に伏せて頭をかばう。
 ただし、一応月琥もそのへんは考えていてか、手榴弾は大きく弧を描いて飛び、かなり頭上で爆発する。ヤグルシは爆風をまともに受けて吹き飛ばされた。
 同時に、顔を隠していた布がやぶけて、はらりと落ちる。
「そんな…っ!」
 そこにあり得ない顔を見て、美羽は絶句する。
 いや、あり得ないことじゃない。なかば予想はしていた。ただ、信じたくなかっただけだ。

 東カナン12騎士騎士長の息子、東カナン上将軍、そして東カナン領主バァル・ハダド自身が「もう1人の自分」と認める存在――。
 そこにいたのはまぎれもなくセテカ・タイフォン(せてか・たいふぉん)その人だった。

「セテカ、どうして…っ!!」
 信じたくないと、美羽は無意識のうちに首を振る。
 セテカは答えた。
「彼女は東カナンのためにならない」