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リアクション
「全員助かるまでは、もう少しみたいね」
埃に汚れた顔をぬぐい、紅 悠(くれない・はるか)が呟く。先ほど、ソーマ・アルジェント(そーま・あるじぇんと)たちが、所員を連れて脱出してきたところだ。
「大丈夫ですの? 悠」
紅 牡丹(くれない・ぼたん)は、気が気でない様子だ。
「大丈夫よ。……まだ、終わったわけじゃないわ」
気をぬかないようにね、と言いたいようだが、悠のぼうっとした表情は相変わらずだ。もっとも、その動きはひとつもぼんやりしたところなどなかった。
「もう、悠はすぐ無理なさるから」
悠をこよなく愛する牡丹は思わずそうぼやかずにもいられないが、悠のこういうところがなおさら慕わずにいられないのだろう。
二人は研究所の外で、ゲートから湧き出す幽鬼やモンスターに対峙し、所員たちの安全な搬送をサポートし続けていた。
しかし、やはりこの黒い靄が厄介だ。【虹のタリスマン】で耐性をあげているとはいえ、長時間ここにとどまっている二人には、じわじわとぬぐいきれない影響が出始めている。
「きゃあっ!」
ちょっとした意識の緩みにつけ込むように、幽鬼たちがあざ笑いながら二人に襲いかかる。直接傷をつけるというよりも、どれは毒のように、じわじわと体内に蓄積されていくダメージだ。
「鬱陶しいですわよっ! 悠に軽々しく近づかないでくださいませっ」
牡丹がそう声をあげたときだった。
「大丈夫か?」
幽鬼たちを蹴散らし、彼女たちの前に上空から飛び降りるようにして現れたのは、カールハインツと千返 かつみ(ちがえ・かつみ)だった。
「助太刀するよ」
「なんですの、あなた」
見るからに警戒心もあらわに、牡丹が目の前の男を睨み付ける。
「ゲート破壊までは、まだかかりそうだぜ。バラけるより、固まってたほうがいいだろ?」
カールハインツの言うことにも、一理あった。まだ所員も、ゲートも残っている。その間は、ここをひくわけにはいかない。
「わかったわ」
悠が頷き、カールハインツたちに背中を預けるようにして槍を構える。牡丹としては、まだ警戒心はあるが、悠が納得しているならばそれで良い。
「かつみ、いいか? さっき打ち合わせたのでいくぞ」
カールハインツが小声でかつみに囁く。「わかってる」と、視線を正面からはずさないまま、かつみも答えた。
「次から次へと湧いてきやがって……」
奥のゲートから、まだモンスターは這い出してきている。少しも、油断はできない。
黒々と穿った穴には眼球はないが、その視線はかつみとカールハインツを『獲物』としてみなしている意志だけはひしひしと伝わってくる。
「はっ!」
光属性を付与したウィップを構え、カールハインツがモンスターに攻撃を加えることで注意を引く。その隙を突くようにして、カールハインツの影からすかさずかつみが身を躍らせ、ブーストソードを振るう。
素早い動きで刃が一閃し、モンスターは土塊と化してぼろぼろと崩れていく。
「うまくいったな」
カールハインツがにやりと笑ってかつみに親指をたてた。その仕草に、かつみは苦笑する。
なんとか、タイミングはあわせられた。けど、正直、こんな風に闘うことにかつみは慣れていない。
どちらかといえば、単独で闘うほうが、ずっと楽だ。
しかしその戦い方は、『自分一人で、その場を切り抜けるため』に身につけたものでしかない。こんな風に、誰かを守るために、その場を死守するような戦いはほとんど経験がなかった。
(……今までなら、俺一人助かれば良かったけど。でも、これからは、守れるぐらい強くならないと……あいつらを、守れるぐらいに)
心の中で、かつみはそう呟く。脳裏には、彼の大切なパートナーたちの姿が浮かんでいた。かつみの、守りたいもの。
そのときだ。
不意に妙な声が聞こえた。
『いやーん、お兄さんたち、なかなかハンサムじゃな〜〜い。しょーじき……タイプ♪』
『あとは小娘のようだけどね』
「誰だ!?」
いっせいに彼らは身構えるが、その正体は見えない。幽鬼たちの、遠吠えのような声とは違う。はっきりとした言葉だった。
――ごくぼんやりとながら、幽鬼たちとは違う影が、彼らの前にいた。
妙に背の高いものと、中くらいのものと、ひどく横に大きな……そんな三つの影が。
『あたしらに協力する気はないかって、スカウトに来たのよ。……ま、別に断ってくれたっていいんだけどさ』
横に大きな影らしきものが、だみ声で告げる。
「スカウト……? どういう意味だよ」
かつみがわずかに眉間に皺を寄せた。
「まともに姿も見せねぇで、話なんざできるわけないぜ」
カールハインツが、ウィップを地面に打ち付けて威嚇する。
『あらお兄さん、威勢が良ろしいのね』
『こっちの坊やも、可愛いじゃなぁい!』
坊や、と形容されたかつみの背筋に、ぞぞぞっと悪寒が走る。恐ろしさというより、なんというか、生理的嫌悪感、というやつだった。
『あたしたちのモノにならない? 坊や。なんでも、願いを叶えてさしあげられてよ』
「断る!」
その誘いかけを、即座にかつみは拒否する。
誰かのモノになるなんてことは、かつみは絶対に嫌だ。しかもこんな得体の知れない者たちに相手になど、一顧だに値しない。
だが。
「願い……」
微かにその言葉に反応したのは、カールハインツのほうだった。
にやり、と。影が歪み、笑みをたたえたように見えた。
『お兄さん。……少し、ゆっくりお話しましょうか』
「……っ!!」
今までに無く濃い靄が、一気に周囲に吹き出し、四人は思わず口元を押さえて目を閉じる。
「悠!!」
牡丹の必死の呼びかけに、悠はかろうじて「だい……じょうぶ」と答える。
『しょーじきぃ、小娘には興味ないのよね〜。だからそっちは、……見逃しとくわ♪』
靄の渦が消えるのと同時に、そんな言葉を残し、影は消えた。……ただ、その後に、カールハインツの姿はなかった。
「今のは……なんだったのよ」
悠は呟き、そのまま激しく咳き込んだ。体内に一気に毒がまわったようで、四肢は重く、まだクラクラと目眩がした。あわてて牡丹が【ヒール】をかけ、自らも傷を治療する。
「カールハインツが、連れ去られた……?」
かつみは呆然と、先ほどまで彼がいた場所を見つめていた。
「そうね……でも、なにが……?」
あの三つの影は、一体なんだったのだろう。それは、ひどく禍々しく奇怪な存在に、三人には感じられていた。
「なんだ、今の……」
ソールたちに合流し、搬送を見送ってから、再び研究所へと戻ることにしたテディ・アルタヴィスタ(てでぃ・あるたう゛ぃすた)は、偶然居合わせた現場に暫し言葉もなかった。
「報告したほうがいいんじゃないの〜?」
テディとともに行動しているユウ・アルタヴィスタ(ゆう・あるたう゛ぃすた)にそう言われ、はっとしたようにテディは「わかってるよ! 今しようと思ってたところだよ!」と携帯電話を手にした。
基本的に、契約者同士の間では、電波がつながらない場所でも携帯電話で会話することができる。それを利用して、いざ通信が繋がらないときでも、こちらのほうが安全だと皆川 陽(みなかわ・よう)が判断したためだ。
――だが。
「……なんでだよ?」
テディは思わず呟いた。呼び出し音が続くばかりで、いつまでたっても陽は通話に出ない。それどころか、途中で通信は切れてしまった。
「まさか……」
テディは青くなる。やはり、危惧していたとおり、ルドルフ校長に手を出されているのではないだろうか??
(ルドルフ校長もきっとホモ。ジェイダス校長の弟子をやれてるからには、きっと小姓上がりでそっち系であってスキあらば男に手を出す趣味の持ち主であるに違いないのであって……)
もくもくとテディの脳裏であらぬイメージがわきあがる。
『校長、電話が……』
『ほおっておけよ、それよりも今は……』
『ああっ』
「……とかうおおおおおお! 許さないその手を離せ! そこは僕の……!」
「バーカ、なに言ってんだよ」
うっかり妄想が暴走したテディに、ユウが心底呆れた声で突っ込む。
「かかんないの? じゃあオレが試してみようっと」
そう言うと、気軽に取り出した自分の携帯で、もう一度陽に電話をかけた。
すると。
「なにかあったの?」
「あ、陽ー? たいしたことじゃないんだけどね」
そう前置きをして、ユウは陽に、さきほどあったことをかいつまんで話した。
「それで、カールハインツさんは?」
「知るかいな」
あっさりとそう告げるユウに、陽は「テディは? 一緒じゃないの?」と尋ねてきた。
「いるよ−。電話かけたけどね、繋がらなかったんだ」
「ちょ……っ! それより、ルドルフ校長になにもされてないか聞いてくれよっ」
テディは焦るが、ユウにしてみれば知ったことではない。
ただ、「かわるの? いいけど」と、ユウはテディに携帯を差し出した。半ばひったくるようにしてそれを受け取ると、勢いこんでテディは尋ねる。
「陽、無事か!?」
「なにが? ……それよりさ、通じるはずの電話が繋がらないなんて、やっぱりボク達の間には運命とかそういう類のものはないんだよ。つまり愛も恋もないね。えっちしても、ココロの繋がりはないってことなんだよ。わかった? わかったらもうボクに迫らないで。バーカバーカ! 嫌い!」
陽はそうまくしたてると、通話をぶつりと切断した。
「ほーら。バーカバーカやっぱオマエ嫌われてんだよ、別れろ別れろ」
けらけらと嘲笑するユウに、テディは反論したいものの、その材料もなく、ただ黙り込む他になかったのだった。
「どうかしたの?」
「あ……」
ヴィナ・アーダベルト(びな・あーだべると)に尋ねられ、陽は首を横に振った。たぶん、聞こえてはいないと思うが。
「あの、ボクのパートナーから報告があったんだ」
陽はルドルフに近づくと、ユウからきいた話を、そのままルドルフへと伝えた。
陽の話をきくにつれ、ルドルフの表情が険しいものになっていく。
「一体、なんなんだろう……?」
「おそらくは……いや……。まだ、確証はないね」
ルドルフはそう言うと、じっとしていられないかのように立ち上がった。
「けれども、これは予想以上の緊急事態かもしれないな」
「ルドルフ校長……?」
悩ましげに、ルドルフは深く息を吸う。
顔をあげたルドルフは、陽とヴィナにむかって、仮面の奥に決意を固めた眼差しをむけていた。
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