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ナラカの黒き太陽 第一回 誘いの声

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ナラカの黒き太陽 第一回 誘いの声
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リアクション

 一寿たちの報告を受け、ゲートは徐々に凍りによって封じられつつあった。
 しかし、最後の大物が、まだ残っている。
 ――グアオオオォォ……
 咆哮し、瘴気とともに災厄をまき散らす化け物だ。
 トマスたちの誘導によって、研究所からは遠ざけられていたものの、未だ倒すには至っていない。あちらからの攻撃は、毒と体格任せの打撃だけであり、それほど脅威ではなかったが、こちらからの攻撃に対して、異常なまでに打たれ強いのだ。怯みはするが、致命傷まではどうやっても至らない。
 そこで一計を案じたのは、クリストファー・モーガン(くりすとふぁー・もーがん)だった。
「一か八かではあるけどね。試してみたいんだ」
 クリストファーは提案をHCで周囲に伝え、協力をとりつける。
 そして、ついに。最後にまだ口を開けたゲートの前に、化け物は誘導されてきた。
 そこまでは無事、計画通りだ。
「こっちだよ!」
 ゲートを背後にして、クリストファーとクリスティー・モーガン(くりすてぃー・もーがん)は化け物を待つ。【破邪滅殺の札】の効能をもってしても、ダイレクトに触れる瘴気は胸が悪くなるほどだが、それを堪え、二人は思い切り【叫び】声をあげた。
 衝撃波となるほどの音量に、化け物は不快げに身体を揺すり、方向を変える。ターゲットを二人に絞って。
 瘴気をまとう巨体が、予想外のスピードでクリストファーたちに迫り来る。巨大な口が開き、一息にかみ砕こうと閃いた。
「――――ッ!」
 その次の瞬間、輝く氷の翼がクリストファーの背中に広がる。クリスティーを抱えて強く地面を蹴ると、一息にクリストファーは空へと高く飛び上がった。
「どうなる……っ?」
 息をつめて、周囲はその後を見守った。
 ソレは、頭からゲートへと突っ込んだように見えた。そして、突進の勢いのまま、黒い瘴気をまき散らしつつ……ゲートの内側へ飲み込まれるようにして落下していく。ゲートより遙かに巨体だったものは、自滅するようにその身体をぐるりと削られながら呑まれていった。
「今のうちに!」
 すかさず、リン・リーファ(りん・りーふぁ)をはじめ、集まった人々がいっせいに氷術でゲートの周囲を固めてしまう。
 これで、ようやくすべてのゲートが封印された。
「永久に、ってわけにはいかないけどね。氷だから、いずれは溶けるかもしれない」
 監視は引き続き必要だね、とクリストファーは地上に降りると、あらかじめ用意してあったものを準備しだした。
 それは、銅鑼や鈴といったもので、【鳴子】として使用する。それと、色違いのケミカルライトだ。
 ゲートごとに違う音色、違う色のものを設置し、なにかあればすぐに警告が届くという仕組みだ。
 同時にタングートから、誰かが再びこのゲートを通って戻ってくる時にも、すぐわかるだろう。
「とりあえずこれで、大丈夫かな」
 クリスティーと共にすべての仕掛けを終えると、クリストファーはあらためて、氷の向こうに広がる茫洋とした穴を見やった。
 このむこうに、タングート、そしてナラカがあるのだ。
「世の中の事象には類似性を伴うものも多いけど、タングートが女性悪魔ばかりっていうのも、なんだか因縁だね。薔薇によって追われた百合が地下に帝国を作った……なんてのは流石にないか。でもウゲンがタシガンを作った時にそういう構図を用意した、と言われても違和感が無い気もするね」
「ウゲンなら、やりかねないような気もするからね」
 クリストファーの考察に、クリスティーは苦笑交じりに答える。
「レモは大丈夫かな」
「たぶんね。……本当は、『カルマ』と通じる事ができればいいんだけどね」
 レモの半身であるカルマが目覚めれば、また事態は大きく変わるだろう。そう思う一方で、ふと、クリストファーは思う。
(タングートに潜入か……クリスティーなら、どう思ったろうな。でも女装だけですまなくなりそうだしね……)
 女悪魔に迫られているクリスティーの姿を想像したのがわかったのだろうか、クリスティーが、「どうしたの?」と小首を傾げた。
「ううん、別に」と、クリストファーはすぐ視線を外した。



 研究所では、最後の所員が見つかったところだった。
 カルマの傍で動けなくなっていたところを、突入部隊の一組だった箱岩 清治(はこいわ・せいじ)シエロ・アスル(しえろ・あする)、そしてハルディア・弥津波(はるでぃあ・やつなみ)デイビッド・カンター(でいびっど・かんたー)が発見したのだ。
 カルマのある場所は、シェルターが作られていた地下から、さらに深い場所にある。整備された長い廊下をひたすら下った先に、突如空間が開け、そこにカルマは眠っていた。
(これが……カルマなんだ)
 天をつくほど巨大な水晶柱を見上げ、清治はごくりと息を呑む。
「大丈夫ですか。……そう、ゆっくり呼吸してください」
 ハルディアがそう声をかけつつ、【キュアポイゾン】で体内に入り込んだ黒い靄の毒気を治療する。
「どうぞ、こちらをお使いください」
「あ、ああ……」
 ぐったりとした身体をシエロが丁寧に毛布で包んでやると、救助された所員はようやくほっとしたように安堵の息をついた。
「少し休んだら、脱出しようぜ」
 デイビットも【ヒール】で手当をしながら、そう元気づける。
「いや……私はここに、とどまらなくては……カルマを守る義務が……ある」
 弱々しい口調ながら、所員はかたくなに首を振る。
「ここには、黒い靄はきてはいないんだね」
「カルマの力がある……まだ目覚めてはいないが、微弱なエネルギーを、常に放出し続けているからね」
 清治の言葉に、彼はそう答え、どこか愛おしげに水晶柱を見上げた。
「頼む。ここにいさせて……くれ。カルマの技師として……」
「…………」
 ハルディアは返答を迷った。ある程度制圧は完了したとはいえ、ここが危険なのは変わらない。彼の体調を鑑みても、一度脱出したほうが良いだろうことは明かだった。
 しかし。
「あの……ね。彼のことは、ここでこのまま治療するって……できない、かな」
 シエロとハルディアに、おずおずと清治は頼む。
「僕が、その、一生懸命、看病するから……」
 自分には、魔法も技術もないが。それでも、今彼を、カルマから引きはがしてはいけない気が清治にはしたのだ。
 愛するものの傍にいたいという気持ちは、清治にもわかる。
(僕だって、ほんとはずっと、ルドルフ校長の傍にいたいから)
 でも、それを清治は選ばなかった。今彼の傍にいたところで、自分はきっと足手まといになるだけだ。それよりも、今自分ができることをしよう。それが、清治がこの学舎に来て、教えてもらったことだからだ。
(……いつか、守られるだけじゃなくて、隣に立つことができる日まで、僕は僕のやれることをやろうって……そう考えられるようになったから……)
 ルドルフへの気持ちは……今はまだ、もう少しだけ、自分の中に封印しておく。そう、清治は決めていた。
(清治様……)
 そんな清治の気持ちを、シエロは察していた。そして、その成長を嬉しくも思っていた。故に。
「私からもお願いいたします。ハルディア様、どうか私どもにお任せできませんか?」
「……わかったよ」
 清治とシエロの言葉に、所員の男の表情が明るくなったことは、ハルディアにもわかる。傷ついたものにとって、なによりの特効薬は『希望』だ。
「だけど、僕達も手を貸すよ」
 ハルディアとデイビットも、微笑んでそう約束する。
「ありがとう……!」
 所員はほっとしたように、目を閉じる。そしてそのまま、気絶してしまった。
「あ……!」
「……お休みになられたようですね。安心なさったのでしょう」
 驚く清治に、シエロが説明する。
「よかった……」
 安らかな寝顔を見つめ、清治もまた、安堵した。