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リアクション
「“灼陽エックス”よ、確かに俺はヘスティアを直すと誓った。我が名は世界征服を企む悪の秘密結社オリュンポスの大幹部、天才科学者ドクターハデス。
天才であるこの俺にかかれば、大破したヘスティアの修理など造作もない。……だが」
ドクター・ハデス(どくたー・はです)の視線が、かつて『機動城塞オリュンポス・パレス』があった方角を向く。
「それは、修理用の部品と設備があるならば、の話だがな」
『機動城塞オリュンポス・パレス』には、今は動かぬヘスティア・ウルカヌス(へすてぃあ・うるかぬす)のメンテナンス用の部品や整備用の施設があった。だが機動城塞は撃墜――実際の所は積んでいたミサイルの自爆装置を起動されたことによるもの――され、それらも含めて全て瓦礫の山となってしまっていた。
「ドクターハデス、必要な物があれば何でも提供する。私の身体が必要であるのならば使ってもらって構わない。
彼女を、失いたくは無いのだ……」
“灼陽”の声と表情は、明らかに人が悲しみに沈んでいる時のものであった。それを見てハデスは、彼が心からヘスティアを心配してくれる事を嬉しく思った。
「“灼陽エックス”、安心するがいい。お前の設備と部品があれば、必ず直せる。俺とてこのままにはしないさ」
「……ああ、感謝する」
ハデスの言葉に、“灼陽”の表情が少しだけ和らいだ。
こうして、“灼陽”の一角がヘスティア修理のために用意され、“灼陽”から修理用の部品が提供された。『機動城塞オリュンポス・パレス』にも鉄族の一部が自発的に探索へ赴き、使えそうな部品を持ち帰ってきていた。
「フハハハ! この機会に、ヘスティアをパワーアップさせてやるとしよう!
さあ、目覚めるがいい、ネオ・ヘスティアよ!」
普段の調子を取り戻したハデスの手で、ヘスティアの修理――と強化と魔改造――が行われていく。ある意味勝手知ったる“灼陽”の設備、ふざけたノリではあるが技術は一流のハデスの作業は、確実にヘスティアを元の姿――とは言いがたいのだが、人の姿という意味で――へと近付けていく。
そしてついに、人の姿を取り戻したヘスティアが最後の調整を受ける段階まで来た。しかし、モニターを見つめる天樹 十六凪(あまぎ・いざなぎ)の顔は晴れない。
「ふむ……機晶姫のコアである機晶石へのダメージが大きかったようですね。こちらからの呼びかけに応じません」
分析を終えた十六凪が、同席する“灼陽”に状況を説明する。今のヘスティアは自力で起き上がることが出来ない状態――車に例えるならセルモーターを回す電力がない状態――であること、目を覚まさせるには外部からエネルギーを供給してやる必要があること。
「機晶石へのエネルギーの供給は、通常の方法とは異なります。現時点で可能な手段を持っているのは……“灼陽”君、君です」
「私が?」
自分を指して言う“灼陽”へ頷いて、十六凪が続ける。
「ヘスティア君の修理には、“灼陽”君の身体の一部が使われています。つまりヘスティア君に対して最も親和性を有している。
“灼陽”君の有するエネルギーであれば、ヘスティア君を目覚めさせるのも問題ありません」
「ふむ、分かった。私に出来ることであれば協力する。どうすればいい?」
視線を向けてくる“灼陽”へ、十六凪はちら、と意地の悪い表情を見せ、方法を口にする。
「方法は簡単です。“灼陽”君がヘスティア君の口へ口を触れ合わせる……意味する所は分かりますね?」
それを証明するように、周りの鉄族からおぉ、という声が上がる。彼らにも少なくとも知識としては存在しているようだった。
「む? その方法でなくとももっと効果的な方法があるのではないか?」
「ハデス君、空気読んでください」
脇から口を挟もうとしたハデスが、十六凪に小突かれて引っ込められる。
「……意味する所は私とて知っている。
だが……私はヘスティアを一度、死の淵に追いやった。そしてこれからもそういった事が無いとは限らぬ。
私にはそうする資格が、無いのではないだろうか」
“灼陽”の言葉は、彼の立場を鑑みれば筋は通っていた。彼は『鉄族』の長であり、そうやすやすと失われる訳にはいかない。“灼陽”を護るためであれば、周りの者は身を犠牲にする事もあるだろう。現にヘスティアは“灼陽”を護るために戦い、今も瀕死の状態にある。しかしヘスティアは鉄族ではない。彼女の意思を無視してしまうのは問題だ、“灼陽”はそう言っていた。
(どうやら、随分と重いものとして認識されているようですね。それはそれで間違いないのですが。
さて、どうなりますか。……こちらも含めて)
しばらく状況を楽しむことにした十六凪が、“灼陽”に潜む外部の者を把握しつつ、彼と彼に関わる者がどのような行動を起こすのかを想像し、必要な準備を整える支度をする。
(……なるほど。これが先の戦いにおける不可解な撤退の真相か)
その『外部の者』、ガウル・シアード(がうる・しあーど)は一部始終を耳にし、“灼陽”が明らかな勝ち戦の中撤退を行った理由を特定する。
(彼の心に何かを失うことへの恐怖があるのなら、会談を行うだけの価値はあるはず。
レンのように言うなら、『一つ賭けは成った』か? ……さて、この事を報告しなくてはな)
居場所を突き止められる前に――実際は十六凪には認知されているのだが――その場を離れたガウルが、レン・オズワルド(れん・おずわるど)に“灼陽”の位置も含めた知り得た情報を送る。
「ガウルから情報がもたらされた。“灼陽”はあの絶対的優勢の中、自らと親しい者を護るため撤退をしたとの事だ」
レンの報告に、『龍族』の長ダイオーティを始め龍族の者達は一様に驚きの表情を浮かべた。鉄族の特性を熟知しているが故に、“灼陽”の取った行動は信じられないといった様子だった。
「その他にも、南方における鉄族の『疾風族』との戦闘が膠着状態に陥り、今は停戦状態にある。……そして、皆も見たと思うが、今宙に浮かんでいるのは『天秤宮』と言い、この天秤世界を管理するものだと言う。彼は釣り合いを続ける天秤に業を煮やし、目に見える形で我々の敵に回った……俺はそう考える」
各方面にコンタクトを取り、集めた情報から今この世界がどうなっているのか、をダイオーティ達に説明したレンは、今こそ目的としていたものを為すために口を開く。
「世界が敵に回る……それを脅威と捉える者は多いだろう。だが俺は、これこそ今まで為してきた事の成果だと捉えている。
ようやく世界が動いたと。動いてくれたと。
必ずこの戦いを乗り切った先には、解決への道が開ける。後はこの戦いをどう乗り切るかの話だが……ダイオーティ、俺はひとつ、提案をさせてほしい」
レンの言葉を、ダイオーティは座した格好で受け入れるように軽く頷く。許可を得たレンが言葉を発する。
「提案……それは、鉄族の長“灼陽”とダイオーティとのトップ会談。
二人に両種族の戦いを終わらせ、この天秤宮なる存在……『天秤世界』を共通の敵として、共闘してもらいたい」
『鉄族との共闘』という言葉に、少なからぬ者の否定的な意思が形となって現れる。龍族はかつての長、ダイオーティガを“灼陽”に殺されているのだから、その反応は当然と言えた。
だが、彼らの耳にも『執行部隊』の長、ケレヌスが『疾風族』との停戦に至った――戦う前に取り交わした約束に従って――のは届いている。現場レベルで見れば、上層部の認識以上に両者の歩み寄りは進んでいると判断せざるを得ず、上層部もその事実を無視するわけにはいかない。
「思い出して欲しい、俺たちがこの地にやって来てから、状況は大きく変わった。
戦況の話ではない、龍族と鉄族の心が変わってきたと言っている。胸に手を当てて考えてみてほしい、全く思い当たる節がないと言い切れるだろうか」
レンの言葉に龍族の者たちは一様に考え込み、反論の言葉を発さずにいた。鉄族は戦って滅ぼすべき、その考えはいつの間にか小さくなっていることを彼らも認識した。
「そして今なら想像出来るだろう、戦い以外の平和な未来を。
まだ俺達は、その未来を掴み取ることが出来るはずだ。それだけの理性をお互いに持ち合わせているはずだ。
今、『天秤宮』という共通の敵となる存在が現れてくれた。最前線では既に鉄族と龍族が共闘戦線を展開している。
今、今こそがターニングポイントだ。最後まで戦い続けるか、共に手を取り合って未来を切り開くか、決める時が来た」
言い終え、レンが静かにダイオーティの言葉を待つ。その姿は無防備で、今もしここで激昂した龍族がレンを殺そうとしたなら、それは容易に叶っただろう。
レンもそのことを自覚しながら、それでも賭けのテーブルに、自分を載せた。そこまでしてやっと、伝わるものがあるからこそ。
「…………私は今でも、争いのない平和な光景を夫と語り合った事を覚えていました。
それこそが私達が本当に目指すべき道であり、今、あなた方のおかげでその道が開かれようとしている」
目を伏せていたダイオーティが目を開け顔を上げ、ゆっくりと立ち上がる。
「会談を、行いましょう」
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