First Previous |
1 |
2 |
3 |
4 |
5 |
6 |
7 |
8 |
9 |
10 |
11 |
Next Last
リアクション
第4章 宮廷魔導師の財布
春である。
「春といえば奇人変人が現れる季節だよな」
そして、そんな連中を狩るのが、自分のようなしがないバウンティハンターの仕事だぜ。
そろそろパートナーのリイム・クローバー(りいむ・くろーばー)にもこの仕事を教えたいと思っているバウンティハンターの十文字 宵一(じゅうもんじ・よいいち)は、リイムに実践で学ばせるべく、丁度耳に入ったハルカの件を、リイムに任せることにした。
「今回は賞金首じゃないが、習うより慣れろの精神で、ハルカの護衛だ。
誰かがハルカを狙っているらしい。それを捕まえるという単純な仕事だ。ボランティアだが。
前に渡した『良い子の為の賞金稼ぎ講座・楽しい護衛任務その1!』は読んでおいたな?」
「な、習うより慣れろの精神なのでふ……」
リイムは良い子なので、嫌とは言わずに渋々宵一の講座を受けることにしたのだが、やけに分厚い手引書は、読むのが大変そうで開いていない。
「よし。早速俺の話を聞いてくれたな。
俺は上空からリイムの活躍を見守っている。頑張れよ!」
そう言って、スレイプニルに跨った宵一は、何処かに飛び去って行った。
「というわけで、護衛をするのでふ。
よろしくお願いしまふ」
「ありがとうなのです」
ハルカは、リイムの頭を撫でて、それから抱っこして歩く。
「信用してないでふね。こう見えても僕は勇敢なんでふよ」
「頼りにしてるのです」
ふふふ、とハルカは笑うが、相当抱き心地がいいらしい。悪い気もしなかったので、リイムはそのまま抱っこされることにする。
「そうだ、ハルカさん、僕、ハルカさんの武器を作ろうと思ったんでふよ。
ハルカさんは魔法使いだそうなので、可愛いデザインの杖を作ろうと思ってるのでふ」
「わあ、嬉しいのです」
だから下ろしてください、とハルカに下ろして貰って、リイムは『即席武器工房』でハルカの杖の製作に入る。
ハルカの持つ、オリヴィエ博士のミスリルの財布が、何者かに狙われているらしい。
ハルカの身を案じた友人達が、イルミンスールのハルカの元へ、彼女の護衛に集まった。
「何だ、俺出る幕ねえな」
その顔ぶれに、ハルカを心配して側についていたトオルは、全面的に彼等に任せる。
とは言え、狙われている確証はなく、また、何時、何処で襲撃されるのかも、全く定かではない。
全員が常にハルカに張り付いている、というわけにも行かず、その辺は臨機応変だ。
綾原 さゆみ(あやはら・さゆみ)は、朝永真深のことが気がかりで仕方なかった。
真深は、蒼空学園時代のさゆみの後輩だ。
先日、空京でヨシュアを誘拐する事件を起こし、今は逃亡中で行方が知れない。
「真深……何故あんなことを……」
さゆみには、彼女がそんなことをする理由に全く心当たりが無かった。
「また気にしてるの?」
さゆみのパートナー、アデリーヌ・シャントルイユ(あでりーぬ・しゃんとるいゆ)が、沈んでいるさゆみに声をかける。
うん、とさゆみは頷いた。
「私達の知る真深は、自分に興味のあること以外は、基本的にやる気のない子だったから。
それが何故……?」
「そうね……」
自分達が、彼女をヨシュアに紹介しなければ。
さゆみはそうも思って責任を痛感していた。
「次のオフには、ハルカのところに行ってみましょう」
アイドルユニット『シニファン・メイデン』としての活動がある二人には、気になっても、そう頻繁にハルカの側に顔を出すこともできない。
それでも、できる限り彼女を護ってあげようと、アデリーヌは言う。
「それに、ハルカの周囲を警戒していれば、真深もきっと現れるわ」
「……ええ、そうね」
本人に、直接話を聞く。それしかないと、さゆみも思う。
護る、というのは苦手なのだが、と、樹月 刀真(きづき・とうま)は考える。
ハルカも財布も護りたいとは思うが、正直自信が無い。やれるだけのことはやるつもりだが。
「本音を言えば、財布くらい渡してしまってもいいと俺は思うけどな。
博士も、財布よりハルカが大切なんだと思うよ」
預かった財布に【禁猟区】を施し、ハルカに返しながら、刀真は言う。
「……はい」
こくん、とハルカは頷いた。
ハルカも、解ってはいるのだろう。
「ま、ハルカの気持ちも解らないわけじゃない。そこは俺達が頑張ればいいか」
ハルカは、彼女をパラミタに連れて来てくれた、恐らく唯一慕っていた家族である祖父を、このパラミタで失った。
パートナーとなったオリヴィエ博士のことも、何処か、祖父を慕うように慕っている。
そのオリヴィエが、祖父の形見として、五千年手放さなかった物。
ハルカにとっては、きっととても重要な物なのだ。
「警戒警戒で、緊張するだろう。少し気晴らしに、カフェでも行こうか。
ハルカのイルミンスールでの話を聞きたいな」
はい、とハルカは頷いた。
「勉強は、上手く行ってるのか?」
「楽しいのです。でもハルカは、少し落ち零れなのです」
ザンスカールにある人気のカフェで、チャイをシナモンでかき混ぜながら、ハルカは恥ずかしそうに笑った。
どうしても、攻撃系の魔法の能力が弱いのだと言う。
魔法の授業は楽しいのだが、実践がついて行かない。
「そうか……。友達とは仲良くできてる? 困ったことはない?」
「はい、毎日楽しいのです」
「そうか。何かあったら遠慮なく言ってくれ、できるだけ手伝うよ」
言うと、ハルカはくすくす笑った。
「今、何かあって、手伝ってもらってるのです。とってもありがとうなのです」
「ああ、そうだな、確かに」
話しながら、刀真は常に『殺気看破』で周囲を警戒している。反応は感じない。
「ハルカー!」
ハルカの姿を見つけて、ルカルカ・ルー(るかるか・るー)とダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)が手を上げて歩み寄って来た。
「博士に聞いたよ。
ルカ達も何か力になれないかと思って来たの」
ハルカと刀真に了解を取り、二人も同じテーブルにつく。
「博士の財布が狙われちゃってるのね」
「そうなのです」
「考えたんだけど、それ、ルカに預けてくれる?」
ルカルカは、そう言って、荷物から別の財布を取り出した。
「万一に備えた、すり替え作戦よ!」
本物は、ルカルカの持つしっポーチに『刻印の護符』と共に入れ、取り出し口を縫い付けてしまえば、中に入っていることはまずバレない。
「ね、名案でしょ」
ルカルカの言葉に、ハルカは、確かに、自分が持っているよりも、彼等に預けた方が遥かに安全だと考え、頷いた。
差し出されたルカルカの手に、財布を渡す。
「あ……っと、隠す前に、ちょっと調べさせて貰ってもいい?」
「はかせは、構わないって言うと思うのです」
「調べるって、どうするんだ? 素材はともかく、財布にしか見えないが」
刀真が訊ねる。
「こんな時の為、私達には“万能の剣”がついているのでーす」
ハルカに満面の笑みを見せた後、ルカルカはチラリとダリルを見る。
視線を受けて、えっ、という顔をした後で、
「俺のことか、それは……」
とダリルは嘆息した。
「俺は便利な分析機械じゃないぞ」
だが、じいっ、と自分を見ているハルカに、仕方ないな、と財布を受け取る。
むふふ、とルカルカはハルカに目配せした。
ルカルカは、ダリルの、そういうところが和むのだ。
とりあえず、財布をHCで撮影し、写真を教導団のサーバーに入れた後、ルカルカと二人でサイコメトリを試みた。
オリヴィエ博士が、引き払う工房から、幾つかの品物を適当そうに選んでカバンに入れ、最後に財布を入れて、ハルカに手渡す。
何処かに埋もれているような曲がった視界の奥で、散らかった部屋の中、オリヴィエ博士がヨシュアに怒られている。
オリヴィエ博士と巨人アルゴスの会話が見える。
何処かに保管されているのか、暗い闇。
情報が、とても多い。
(駄目よ……そんなやり方では駄目)
脳裏に、声が忍び込む。
(それはミスリルなのだから……もっと上手くやらないと駄目。さあ、意識を……)
「……?」
ふと、刀真は周囲を見渡した。
殺気ではない。怪しい気配は感じない。だが、何だろう、気になる。
「――誰っ!?」
何かを振り切るようにして、ルカルカが声を上げた。
「ルカさん!?」
「……あ、ごめん……」
我に返って、ルカルカは謝る。
「何か……誰かがルカの頭の中を探ってるような感じがして……」
「俺もだ。今のは何だったんだ?」
この時、ヨシュア誘拐事件の際、ルカルカ達のテレパシーをブロックした何者かがいたことを、二人が思い出すことはなく、ただ、財布の持つ情報量の多さに、益のある物を引き出すのは容易ではないと判断した。
秘密が秘密でなくなれば、事態も変わるのだろうが、とダリルは思ったが、とりあえず、ここは財布を隠蔽することにする。
博士の代わりに、自分達がハルカを護らなければ。
そう、思っても口にはしないけれど。
「ところでハルカ、ホワイトデーどうだった?
ルカは婚約者とか団長とか部下とか仲間とかにあげたよ」
「あげたのです?
ハルカは、トオルさんに頼まれて、お返しのクッキーを作ったのです」
気を取り直して、と、ハルカとルカルカはガールズトークに突入していた。
First Previous |
1 |
2 |
3 |
4 |
5 |
6 |
7 |
8 |
9 |
10 |
11 |
Next Last