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リアクション
第六章 舞踏会の幕は下り
華やかな舞踏会はまだまだ続いていた。
「ふう、さすがにボクも疲れた」
黒のドレスを身にまとい踊っていたゲオルギウス・ラックライブス(げおるぎうす・らっくらいぶす)がダンスを終えて腰を下ろす。
すると、そばから佐藤 沙羅(さとう・さら)が声をかけてきた。
「いいかな、ここ!」
「うん、もちろん」
壁際に用意された席にゲオルギウスも沙羅も座り、会場の様子を見る。
「ダンスは楽しいけれど、お相手ってなかなか難しいものだね」
「そうだね、僕は気に入った人がいたら、無理やりにでも誘っちゃってるけど」
ちょっといたずらっぽく笑い、ゲオルギウスは黒の扇子をいじりながら、沙羅を見つめた。
「蒼空学園の人もダンスするんだね」
「あ、うーん、一応ってところかな。百合園や薔薇の学舎みたいな、お嬢様、お坊ちゃん学校の人には負けるけど」
「それはこっちも同じかな。でも、楽しめればいいよね」
「うんうん。こういうのも着られたしね」
ひらひらっとしたドレスを舞わせて、沙羅は楽しそうに笑う。
ゲオルギウスは襟元のレースをいじりながら、浅霧 ルカ(あさきり・るか)と六道 黄泉(りくどう・よみ)の様子を見た。
ベランダに立って空を眺めていたルカに黄泉が声をかけて、二人の会話が始まっていた。
「空がお好きなの?」
「はい。空は綺麗で、いつまでも見ていたくなります。そう思いません?」
「ロマンチストなのね」
黄泉はルカに手を差し出した。
「誘ってはくれないかしら?」
「喜んで」
ルカは素直にそれに応え、黄泉の手を取った。
シンプルなスーツながら育ちの良さそうなルカは、舞踏会の場でも映えた。
黄泉は自分が誘った相手に満足しながら、リンスレットが出てくるのを待った。
ルカはこういった場に向いているが、逆に向いていないのが同じイルミンスール魔法学校の山本 夜麻(やまもと・やま)だった。
「山本、あなた何してるの?」
同じくイルミンスールの生徒であるエレクトリック・オーヴァーナイト(えれくとりっく・おーばーないと)は夜麻の様子を見て、呆れた顔をした。
「今日の晩御飯の調達」
キッパリすぎる答えをする夜麻にエレクトリックはあきれる。
「もう少し何かないのかしら?」
「ないよ、こんなに豪華な食事が食べ放題なんだもん。食べなきゃ損だよ」
夜麻はそういいながら、サーモンをエレクトリックに見せた。
「ほらほら、エレクトリックもどう? おいしいよ、これ。あ、あっちのお肉とかも」
「……フルーツだけもらうわ」
「えー、いろいろあるのにもったいない」
食べ物を口に放りこみながら、夜麻が残念がる。
しかし、編食のエレクトリックからしたら、そんなに食べ放題など楽しいものかと思った。
もっとも、食べたくなくていいものは食べなくていい、のはエレクトリックにとっても楽であったが。
「ところで、なんで制服なの?」
「え? だって踊るわけでもないし」
「踊らないつもり?」
「僕は踊りに来たんじゃなくて、夕食のために来たんだからね!」
胸を張って言う夜麻を見て、エレクトリックはその耳を引っ張った。
「痛い痛い、何するの、エレクトリックー」
「もうちょっと上品にしなさい。イルミンスールの生徒がみんなそんなだって思われたら困るでしょ」
「え、それじゃ、料理をパックに詰めて帰るのはダメ?」
「ダメ」
「僕とパートナーの夜食なのに! お腹を空かせたパートナーが待ってるのに!」
「ダメったらダメ」
「それじゃ、高そう中瓶とかそういうの持ち帰るのは?」
「もっとダメ!」
せっかく育ちが良さそうな美少年なのにもったいない、と夜麻を見ながら、エレクトリックが小さな溜息をついた。
「ちょっとは雰囲気ってものを味わいなさい」
「味わならご飯がいいー」
食べ物に名残惜しそうな夜麻を連れて、エレクトリックは一緒にテラスに出た。
「はい。せめて古城から風景を見て、楽しむくらいはしましょう」
飲み物が入ったグラスを傾け、エレクトリックは夜麻と乾杯した。
「もう少し、雰囲気のある世界が良かったけれど……学生同士だとなかなか難しいのかしら?」
妖艶な美少女は、いつかダンスを踊って、軽くでもキスする相手が今度は見つかりますようにと祈りながら、舞踏会の模様に目を戻すのだった。
リルハ・ルナティック(りるは・るなてぃっく)はやはりエレクトリックと同じく好き嫌いが多いため、あまり食べ物の方には興味がなかった。
それよりもド派手なドレスとメイクがみんなの目をひいてることに、リルハは楽しさを覚えていた。
「あら、どうしましたの?」
きょろきょろとしているティエリーティア・シュルツ(てぃえりーてぃあ・しゅるつ)に気づき、リルハが声をかけると、ティエリーティアはビックリとした顔をした。
「何かありまして?」
「あ、その……すごいなって思いまして」
ティエリーティアのマリンブルーの瞳を見つめ返し、リルハが楽しそうに笑う。
「今日はage嬢のコスプレですわ♪」
「そ、そうなのですか」
普段男性ばかりの薔薇の学舎にいるティエリーティアには、リルハの背中がざっくりあいた黒のドレスは、ちょっと刺激的な姿だった。
「ふふふ、このピンクのは見せるためのものですから、大丈夫ですわよ」
「だ、大丈夫って……」
ティエリーティアはリルハのペースに巻き込まれかけたが、ふと、表情が変わった。
「何か音が……」
「音がしましたね」
同じく音に気付いたのはリルハと同じ蒼空学園の志位 大地(しい・だいち)だった。
バトラースーツのようなフォーマルな服で参加している彼は、なかなかに見栄えが良くカッコ良かった。
ティエリーティアはリルハに「失礼」と声をかけ歩き出す。
パーティー用正装のまま舞踏会会場から出ようとするティエリーティアに、大地は黙って付いて行った。
「あの、僕に何か……」
「舞踏会の扉の外には警備がいます。俺も手を貸しますよ。ここを抜けだすなら、一緒に行って追い払います」
リルハはそれを止めるでもなく、二人を見ながら呟いた。
「さすがは薔薇の学舎の男の子ですわ。いいものを着ていて……あら、でも、男の子じゃなくて、男装の女の子かしら。でも、どちらでも萌えますわね」
そんなことを呟きながら、リルハはリンスレットの元に向かった。
「素敵な古城ですわね、リンスレット」
リルハが声をかけると、リンスレットは普通にリルハの方を向いた。
「そう、ありがとう。ここはうちの一族が昔から持っているお城なの」
「あら、そうなんですの。古い一族ですの?」
「古いだけよ。もう特に何もないわ。今はもう……」
どこか遠い目をするリンスレットを見やりつつ、リルハは話を繋げた。
「古いと言えば、ヴァルキリーたちも古王国の遺産と言えますよね。今回のこと、狙いはどのあたりに?」
「狙いは……さあ、どこかしら」
リンスレットは小さな笑みを浮かべる。
「狙いはあったのかもしれないし、なかったのかもしれないわ」
謎かけのような答えをリンスレットがしてくる。
一方、ティエリーティアと大地は舞踏会を出ようとする人たちの先頭に立ち、戦っていた。
「通してください……!」
ティエリーティアが説得をしようとするが、舞踏会の外にいる兵はスケルトンで言うことを聞いてくれない。
「強行突破、ですね」
大地は光条兵器を取り出し、それでいきなりスケルトンを薙ぎ払った。
「あっ……」
「行きましょう。戦いに行くのでしょう?」
その言葉にティエリーティアは頷いた。
「うん。ヴァルキリーだって守護天使だってみんなそれぞれ大事な人がいるんだ! 沢山の人たちを傷つけておいて楽しいだなんて、許せないよ……!」
「それならば心の赴くままに。俺も手伝いますよ」
大地はティエリーティアの手を引き、一緒に走りだした。
彼らが突破口を開いたことにより、守護天使を助けたいという人たちが一緒になって出ることができた。
「あ、ありがとうございます」
ティエリーティアが礼を言うと、大地は微笑んだ。
「お礼はいりませんよ。可愛いお嬢さん、これが終わったらいっしょにお茶でもして頂ければ」
「え……」
その言葉にティエリーティアはお嬢さんであることを否定しようとしたが……すでに舞踏会の外に出た彼らを戦場が待っていた。
ティエリーティアは言いそびれながら、大地と言う仲間を得て、戦いに進んでいった。
「何やら騒がしいね」
神童子 悠(しんどうじ・ゆう)が音を聞きつけ、そう呟く。
ティエリーティア達の動きだけでなく、古城の中では、スケルトンとの戦いや守護天使との戦いが起きているのだが、城が広いためか、舞踏会の会場では、何も分からなかった。
しかし、セイバーである悠は、どこかで戦いの気配を感じ取っていた。
「そうね、何か起きてるのかも」
パートナーの鳳凰院 輝夜(ほうおういん・かぐや)も、そう呟いたが、しかし、すぐに気持ちを切り替えた。
「でも、だからこそ、ちゃんと踊った方がいいわ。誰かが動いているならば、私たちはリンスレットが舞踏会から目を離さないようにしないと……」
「そうだね。みんなが人質となっている守護天使たちを救出できるまで時間を稼がなきゃ」
悠は決心を固めてそう言ったが、すぐに不安な表情になった。
「時間を稼がなきゃって気持ちはあるんだけど、でも、舞踏会なんて初めてだからさ。どう踊ればいいのか……」
「くすくす。それなら、お手をどうぞ」
輝夜が悠に手を差し出す。
「こういうのは慣れているから、私がリードしてあげる。大丈夫、社交ダンスぐらいなら、私も踊れるから」
良家のお嬢様だった輝夜はダンスに慣れている。
悠と輝夜は手を取り合い、二人は音楽に合わせて踊り出した。
「あら……?」
不慣れな悠を輝夜がリードする姿が目に映ったらしく、リンスレットが足を止めて見る。
その様子に悠が気づいたが、そっと輝夜が悠に顔を近づけて囁いた。
「敵の目を引き付ける為でしょ? ほら、頑張って」
何曲かを踊った後、悠の足の運びが少し良くなってきた。
「何とか慣れてきたぞ…!」
「ふふ、ずいぶんと様になってきたわよ」
同じことを感じたのか、リンスレットも傍らにいた橘 カナ(たちばな・かな)に囁きかけた。
「上手になったじゃないの、あの男の子」
『ソウダネ! ガンバッテルヨ!』
おかしなしゃべりの声に、リンスレットが首を傾げる。
「……それは?」
「福ちゃんです」
「答えになっていないわね。パペット型市松人形風操り人形?」
カナが持つ腹話術人形をリンスレットが覗きこむと、噛みつくように福ちゃんが口を開いた。
『アヤツリ人形言ウナ! 操ラレテルノハダレダ!』
「こら、福ちゃん! 操られてるのは誰かとかそんなこと……」
慌ててカナが口を塞ぐが、リンスレットが不愉快そうに二人を見る。
「……」
「あ、あの……」
失敗したか、と思ったカナだったが、次の瞬間、リンスレットが噴き出した。
『ナ、ナンダヨ、コノヤロウ』
福ちゃんが怒りだすが、リンスレットは笑うのをやめない。
「いや、なんだその仮面は。子供の工作か?」
「あたしたちお金ないから、画用紙と輪ゴムで作るしかなかったんだもの!」
「で、服も柔道着か。雰囲気を壊すとは思わなかったのか……?」
「う……」
カナは他のみんなを見まわした。
みんな美しいドレスを着こみ、髪を綺麗にまとめて、鈴のような笑い声で談笑をしている。
画用紙の仮面と白い柔道着の自分たちに恥ずかしくなりかけたが、カナはそれを覆い隠すように、大きな声を上げた。
「漫才をするからいいのよ!」
「漫才?」
「そう。もし、おもしろかったら、ギャラとして薬をちょうだい」
恥ずかしさを覆い隠すようにまくし立てるカナを見て、リンスレットは面白いと思ったらしい。
「なるほど、やってみせよ」
リンスレットに許可され、カナが漫才を始める。
「ブドーカイがんばるわよ。アチョー」
『武道ジャナクテ舞踏デショ!』
福ちゃんのぺちっというツッコミが入る。
そのまま10分くらいして、リンスレットが一度も笑わずに口を開いた。
「もう良い」
その反応にカナは固まったが、カナの眼前に瓶が差し出された。
「修行してまた見せろ。これはそれまでの駄賃だ」
「リンスレット……」
瓶を受け取るカナにリンスレットは何かを言いかけたが、その横から攻撃が入った。
「うわっ!!」
リンスレットより先に、それを見ていたカナが声を上げる。
横から火術が飛んできて、リンスレットのドレスを燃やしたのだ。
「何を……!」
攻撃が仕掛けられた方向をリンスレットが見ると、そこには体を覆い隠すほどの黒いマントと、単眼状の装飾付の黒い魔女帽の魔術師がいた。
いかにも魔法使いらしい姿をした、その人物は、反撃を与えまいと準備をしているらしく、手に既に火の玉ができている。
「怒る前に、火をどうにかしたらどう?」
凰歌・オピーオーン(おうか・おぴーおーん)が慌てるリンスレットに冷静に声をかける。
「うるさい! この!」
リンスレットが走りだそうとしたとき、再び、火の魔法が放たれ、リンスレットの周りのカーテンが燃えた。
「焼き砕け、炎よ」
カーテンに火が燃え移り、めらめらと炎がリンスレットの周りをめぐる。
「くっ……!! こんな真似をしてただで済むと」
「自分のしたこと考えたら? 何かこういうのムカつくから、倒させてもらうよ」
さらに追撃しようとする凰歌を見て、怒りに燃えたリンスレットは起爆装置を手にした。
「もう、こうなったら……!」
リンスレットが爆破のボタンを取りだす。
「しまった……!」
リンスレットに挨拶をして、隙ができたら爆破装置を奪いたいと思っていた六道 黄泉(りくどう・よみ)は予想外の展開に慌てる。
だが、黄泉が近付く前に、リンスレットがそのボタンを押してしまった。
その瞬間、舞踏会の会場が凍った。
しかし……。
「あれ、あれ……?」
カチカチとリンスレットが何回も押すが、反応がない。
「なぜ……まさか。故障?」
そのリンスレットの問いに答えられる人はいない。
「くっ!!」
リンスレットは悔しそうな声を上げながら、舞踏会の会場を後にした。
「待て……!」
追おうとする人もいたが、それは炎に阻まれた。
火のついたカーテンは他のカーテンもどんどん燃やし、舞踏会の会場の温度を上げて行っていたのだ。
「消火を!!」
悠が叫ぶ声でみんなが動き出し、消火が開始される。
その頃、広能 文太(ひろの・ぶんた)と風端 遠名(かざつま・とおな)は、城に仕掛けられた爆弾を外し終わり、二人でやっと一息ついた。
「やれやれ、落ち着いたら、体が冷えてきたのう」
ふんどし一丁で古城に入った文太は、腕をさすりながら笑った。
古城に運ばれる荷物に潜り込むため、そんな格好になったのだが、爆弾を取り外す作業の間は必死だったため、寒さを感じなかった。
むしろ、変な汗をかいたりはしたが。
「大丈夫かのう、マントを貸そうか?」
「ふむ、ありがたく借りよう」
イルミンスールの生徒である遠名は制服の上にマントを羽織っていた。
遠名は文太にマントをかけてやり、ふうと一息ついた。
「これで全部外せてたらいいんじゃがのう」
「そうじゃのう。あのリンスレットとかいう女は、爆弾を仕掛けたとは言ったが、いくつかと言ってなかったからのう。こすっからい女じゃ」
不満そうな顔の文太だったが、すぐに表情を戻し、遠名を讃えた。
「おつかれさまじゃったのう。爆弾を見つけるたびに、城の窓から外に投げて、火術で爆破という地味な作業を一手に任せてしまって、すまんかった」
「いや、あの音でばれないで良かったのう」
「ふむ。舞踏会にたくさんの者が参加していたようだから、それで気が逸れたんじゃろう。みんなの協力の賜物じゃな」
文太の言葉に、遠名は頷く。
「そうじゃな。と、疲れたので手だけ貸してもらえんかのう?」
「もちろんじゃ。さ、行こうか」
疲れた遠名に文太が手を貸す。
「シャンバラ教導団には幼なじみがいるんだ。こんなところで、同じ学校の生徒に会えるとは思わなかったよ」
「そうか、縁とは異なものだな。また、こうやって会えることを祈ろう」
遠名の言葉にちょっと意外そうな顔をしながら、文太は一緒に古城を歩くのだった。
影ながらみんなを救った二人の背は、何か一つの自信のようなものを勝ち取っていた。
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