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リアクション
6章
『ふふふ。5000年も経つと、噂もずいぶん大仰になるものですね』
封印が解けた後。
自分の「伝説」を聞いたユーフォリア・ロスヴァイセは、そう言って笑ったものだった。
透き通るような肌。
物腰は柔らかで、聡明。
外見から受ける印象と、あの伝説を重ねるのは、確かに難しかったかもしれない。
彼女の戦いを見るまでは。
「では皆さん、宜しくお願いします」
【ロスヴァイセ遊撃隊】――。
リネン・エルフト(りねん・えるふと)、ヘイリー・ウェイク(へいりー・うぇいく)、フェイミィ・オルトリンデ(ふぇいみぃ・おるとりんで)の前で、ユーフォリアは頭を下げる。
「こちらこそ、宜しく!」
ヘイリーが、がっちりと握手を交わす。
その後ろから、リネンがフェイミィを紹介した。
「彼女も、……カナンから逃げ延びてきた、そうです」
「そうでしたか――。お察しします。必ず、この地を解放してみせましょうね」
「あ、は、はい! ユーフォリア様!」
フェイミィの頬が紅潮している。
カナン出身、かつヴァルキリーの彼女からすると、実に感慨深いものがあるだろう。
「ワイバーン部隊は地上にとって脅威です。こちら側から離さないようにしましょう」
フリューネ同様、ペガサスに騎乗すると、ユーフォリアは先陣の中央に位置した。少し離れてフェイミィ、さらにその後方を、リネンとヘイリーの飛空艇が守っている。
ワイバーンの一団を認めると、ユーフォリアは、一番密度の高い場所目がけてペガサスを駆る。
「――行きます」
そのままスピアを真横に構え、ペガサスの背中からふわりと舞い――そして消えた。
「!!」
目を見張るヘイリー。
それがバーストダッシュだと理解出来た時には、すでに二頭のワイバーンが沈んでいた。
「は、速い!」
墜としたワイバーンを足場に、また次のワイバーンへ。一瞬で止めを刺し、また次へ――。
ライトニングランスの放電がなければ、目で追うのさえ難しい。
ユーフォリアが使っているのは、ヴァルキリーの飛行能力とバーストダッシュのみ。
極めてシンプルなものだが、それを異次元の速度域でやってのける。精妙極まる身体と慣性のコントロールが可能にする戦術だった。
フェイミィも感嘆する。
「すげぇ――好きなとこに地面があるみてぇだぜ」
突如現れたヴァルキリーに、地上の神官軍も驚きを隠せない。
(いかん、あいつを墜とせ!)
ほぼ当たるはずもないとはいえ、弓兵が上空に向けて矢をつがえる。
「ほらエロ鴉、下ーーっ!」
殺気看破で警戒していたヘイリーの指示が、一瞬早く飛ぶ。
ユーフォリア様の前でエロ鴉言うなー! と叫びつつ、フェイミィが地面すれすれを突貫し、勢いをそのままに巨大剣トライアンフで神官軍を思いっ切り薙ぎ払う。
「おらぁ! ユーフォリア様の邪魔はさせねぇ!」
しかし、五頭目を突き崩そうとした瞬間、突如ユーフォリアはバランスを崩した。
「――危ない!」
その隙を目ざとく突いてきた別のワイバーンを、リネンのブライトシャムシールが斬り払う。
間一髪で牙を逃れるユーフォリア。
(っ、まだ、封印の後遺症が――)
ユーフォリアはペガサスに着地すると、リネンに礼を言う。
「申し訳ありません。わたくしの身体、まだ半分ほどの力しか出せないようです」
「……大丈夫です、ユーフォリア。そのために、私が……います」
「そうよ! 半分でも強過ぎるくらいだわ」
ヘイリーが言う。
「相手が群れで来るなら、私とエロ鴉で何とかするし!」
「だからエロ鴉言うなと――」
「あ、有り難う、皆さん」
自らを苛むユーフォリアだったが、遊撃隊の笑顔に救われ、再びペガサスの手綱を握る。
「私も一緒に戦います!」
「僕もだ!」
後方から、さらに火村 加夜(ひむら・かや)と、平等院鳳凰堂 レオ(びょうどういんほうおうどう・れお)が参戦する。
二人とも宮殿用飛行翼を身につけており、小型飛空艇なみの機動力はあるが、ワイバーンと比すれば不利な状況ではある。
――レオはここへ向かう道中、ユーフォリアに対飛空艇戦術を尋ねていた。
しかし、残念ながらそれは、ヴァルキリーに生まれた者でしか再現不能なものだった。
落胆はしたが、それでも。
「それでも、墜としてやるんだ」
――空を見上げる。
契約者たちの奮闘に次ぐ奮闘で、ワイバーンは大分その数を減らしていた。
しかし、少なくなったワイバーンは、逆に殺気を増している。
その内の一頭が、レオと加夜を獲物を認めるやいなや、ものも言わずに突進してくる。
「!」
レオの右腕を爪が掠める。が、そのすれ違いざまにブラインドナイブスを滑り込ませた。
後ろ足の付け根に手傷を負い、哮るワイバーン。
「加勢します、レオさん!」
加夜が背後から氷術を浴びせた。
凍気が砂の上に細氷を振りまいて飛び、飛龍の片翼を凍りつかせる。
「今だ! ――ゾディアック・レイ!」
レオの両指先から放たれた光り輝く12枚の硬貨が、ワイバーンの骨格を粉砕した。
力尽きたワイバーンは、そのまま砂地へ吸い込まれていく。
「く、油断したね」
「レオさん、今、ヒールを」
加夜がレオにヒールをかけようとした瞬間。さらに死角から、二頭のワイバーンが襲い来る。
「させません!」
風斬り音とともに、ユーフォリアが一頭をランスで貫き、引き抜いた勢いで二頭目の顎をシールドで砕く。最初に見せた動きよりも大分抑えているが、「マッハ」の異名に恥じない強さだ。
「さ、さすが、ユーフォリアさん」
加夜は間近で見るその武技に震えた。
(――まだまだ、まだまだだ)
レオが心の中で呟く。
跳び退るユーフォリアの後に、二人の影が連なる。
「――やばいな」
後ろでそれを見ていた葉月 ショウ(はづき・しょう)が呟いた。
彼も飛行翼を身につけ、ユーフォリアの戦いを、特にディフェンスを参考にしようと思っていたのだが。
「防御とか回避とか、ほとんどしないんだな」
一撃必殺と一撃離脱をとことんまで突き詰めたような戦い方のため、ディフェンスはほぼ無いに等しいのだった。
「ま、地球人にできることを探すか。そうだな、例えば――」
敵の間合いの中だったが、余裕の表情を崩すことはない。
ショウを単騎と見ると、すぐさま襲い来るワイバーン。
「こんなふうに――んっ?」
攻撃をかわしざま、剣で斬りつけようとしたが、うまく行かず、ほんの僅かの傷しかつけられない。
反転して、その牙が再びショウに向けられる。
「――慣れないことはしない方が良かったか」
今度は正面から、ビックディッパー・レプリカを構えた。
「健勝さん、あそこ!」
レジーナ・アラトリウス(れじーな・あらとりうす)が声を上げる。
「了解であります!」
金住 健勝(かなずみ・けんしょう)が、巨獣狩りライフルの銃口を力一杯振り回し、照準を覗き込んだ。
「方角よし、距離よし、風速よし! ――発射!」
赤熱する大口径から発射された銃弾は、まさにショウに襲いかかろうとしていたワイバーンの翼をとらえた。
威力は十分、飛龍の巨体がその場からずれる程である。
軽く死を覚悟していたショウだったが、思わぬ援護射撃に感謝した。
「助かったぜ! どんどん頼むな!」
「アイ・サー!」
「健勝さん、見ました? ユーフォリアさんを」
「当然であります」
「彼女、アムリアナ女王の影武者だったのですよね」
「ええ」
「――私、どうしても、あのことを思い出してしまいます」
あのこと。
それはかつて、彼女の目の前で、女王が連れ去られた記憶。
消したくても永遠に消えないであろう、しかし、忘れてはならないものでもある。
「ネルガル。神の力を自分の為だけに使うなんて――私、絶対に許せません」
レジーナの赤い瞳が、悲しみと、それに倍する怒りで満ちていた。
健勝は無言で振り返ると、銃を手に取り、再び照準を覗き込む。
「レジーナ殿の悲しみは、自分の悲しみでもあります」
「――」
「この戦い、必ず勝利するであります!」
照準は前を見据えたまま、健勝は再び弾幕を張る。
「――健勝さん」
レジーナはパートナーの背中を見る。
おそらく初めて、彼の軍人口調を好ましく感じながら、レジーナはSPルージュを引き直した。
その援護射撃にのせて、幻時 想(げんじ・そう)が小型飛空艇で残りのワイバーンの隙を窺っている。
もう、あと僅かで勝てるというところまで来ている。
機動力のない彼が勝負に挑めるとすれば、最初のチャンスが全てだ。
おそらく二度目はないだろう。
「――自分にできることをする」
想は呟いた。
その時、上空での戦いを忌避するように、高度を下げてきた一団がある。
想は飛空艇のスロットルを全開にした。
「ただし、全力で!」
砂丘をジャンプ台のようにして浮上し、想はワイバーンに「その身を蝕む妄執」を放つ。
確かに手応えがあった。
(どうだ?)
しばしの後。
範囲の内にいた二頭が、ついに狂おしく身をよじり、同士討ちを始める。
(――よし、効いた!)
その効果は、群れにとって致命的だった。
じわじわと同族に対する不信の輪は広がっていき、数分後には、ワイバーンの殆どは自制を失った。
実質、想の一撃で、ついにワイバーン部隊は無力化したのである。
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