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リアクション
第一章 伝説のお知らせ
各校の掲示板に、人だかりができていた。
蒼空学園購買部にて、明後日より焼きそばパンの取り扱いを開始します
それだけなら何のことは無い、むしろ『何でこんなことがお知らせに』と思われる内容だ。
しかしよく読めば、空京で駄菓子屋を営む村木婆ちゃんの焼きそばパンであることが片隅に書いてある。
『さっすが、山葉さん、よく交渉を成立させたな』と思うものが居れば、『山葉、面白いことしてくれるじゃねぇか。この俺への挑戦か?』と思うものもいた。
「ははっ、山葉校長も面白そうなことしてくれるよね」
蒼空学園の掲示板にも人が集まっている。その中で鈴虫 翔子(すずむし・しょうこ)は、携帯音楽プレイヤーを手放すことなく、掲示板に見入っていた。
「伝説の焼きそばパン!うん、ボクも昔食べたことある。あれは、最高のうまさだった」
翔子の脳裏に、焼きそばパンの味わいと共に、当日の騒動が浮かび上がる。
「これはぜひ記録しておかなくっちゃ」
織田 信長(おだ・のぶなが)は、彼女のマスター、桜葉 忍(さくらば・しのぶ)を呼び止めた。
「忍よ、伝説の焼きそばパンとやらは美味いのか?」
「俺は食べたことないけど、聞いた話では普通の焼きそばパンより美味いらしいぞ。興味あるのか?」
「うむ、それならばぜひ手に入れて食さねばな」
真っ赤な目を激しく燃やす信長に、忍の心も動いた。
「まぁ、信長が食べたいってのなら買ってみようかな」
綾原 さゆみ(あやはら・さゆみ)は、幾分冷めた目でお知らせを見ていた。
「伝説って大げさに騒がれているものほど、案外大したことないのよね」
パートナーのアデリーヌ・シャントルイユ(あでりーぬ・しゃんとるいゆ)は答えない。今の彼女にとって、さゆみ以外に心を動かされるものはほとんどない。
「‘幽霊の正体みたりなんとやら’って言うじゃない。伝説だって、元をたどれば単なる噂話だったりするのよ」
確かにそんなものかもしれないとアデリーヌも考えた。
「ただね。伝説の焼きそばパンとやらが、どれほど伝説的なのか確かめてみる必要もあるかもしれないって思うの」
アデリーヌは、熱心にしゃべるさゆみの横顔を見つめ続ける。それだけで胸の奥が熱くなる。
「と言うわけで、明日のお昼、購買部に行くわよ!」
何が‘と言うわけ’なのか、アデリーヌにはさっぱり分からなかったが、さゆみを失いたくない想いから、ついコクンとうなずいた。
「チャンスだぜ、分かってるよな」
葦原明倫館の掲示板では、獣 ニサト(けもの・にさと)がお知らせを見て、笑みを浮かべていた。
「まーた、他校でわけのわからん事をするのですか」
傍らではパートナーの田中 クリスティーヌ(たなか・くりすてぃーぬ)が、いつにも増して不機嫌そうな顔を見せていた。
「山葉から連絡が来ていたのはこのことだろ」
「ええ、おそらく」
「こいつは面白くなりそうだぜ、せいぜいかき回してやろうじゃねえか。うまく行ったら、結構な稼ぎになるはずだ」
‘稼ぎ’と聞いて、不機嫌そうな顔はそのままに、クリスティーヌの黒い瞳が輝いた。
「すると……?」
「ああ、美味い酒が飲めそうだ。まずは伝説の焼きそばパンのデータを集めようぜ」
人だかりはイルミンスール魔法学校でも同じだった。それでも中には、冷静な判断を下すものもいる。
「こんなお知らせを出して、蒼空学園の山葉校長は、何を考えているんだろう」
神野 永太(じんの・えいた)は、じっと掲示板を見つめていた。
「今までの50個だって伝説と言われるくらいの人気なんだ。それが倍になったところで、人気が収まるわけでもない。むしろ騒ぎが大きくなるんじゃないか」
そうは思ったものの、山葉校長が何の対策もとっていないとは考えにくい。
「私に手伝えることがあるかも」
永太は蒼空学園に連絡を取ってみようと考えた。
永太が立ち去った後、掲示板から少し離れたところで、数人の生徒がヒソヒソ話をしていた。
「 雪だるま王国の威信にかけても、伝説の焼きそばパンを入手します」
中央の女の子の言葉に、周囲の生徒がうなずいた。
「そうと決まれば、明後日の対策を立てるでござる」
天御柱学院では、葉月 可憐(はづき・かれん)と、パートナーのアリス・テスタイン(ありす・てすたいん)が、心配をしていた。
「蒼空学園だけならともかく、他の学校にまでお知らせを出すなんて」
可憐にアリス・テスタインも同意した。
「ただでさえお昼の購買部は混雑するのに、それに拍車をかけるようなものですねぇ」
「その程度なら良いですけど」
可憐はアリスに向き直る。
「駄菓子屋さんから蒼空学園の購買部まで、焼きそばパンを運んでいる間も心配です。途中でヒャッハーする輩が出ないとも限りません」
「そうですねぇ。山葉校長は何か考えているんでしょうか」
「伝説の焼きそばパンにも興味がありますけど、駄菓子屋さんや村木お婆ちゃんに、もっと興味が湧きました。何かお手伝いできないか、当日駄菓子屋さんに行くことにします」
「はーい、可憐が行くなら、私も行くよぉ」
シャンバラ教導団の掲示板では、蒼空学園から短期留学をしていた藤井 つばめ(ふじい・つばめ)が、掲示板を見ていた。
「伝説の焼きそばパン、さすがにここからだと間に合わないですよね」
残念そうな表情で立ち去ろうとすると、携帯電話が鳴った。
「はい、ええ……ちょうどお知らせを見たところです。えっ! 私がお手伝いを」
二言三言話すと、小さくうなずいた。
「わかりました。とりあえず明日、お伺いします」
百合園女学院でも、伝説の焼きそばパンの話題で持ちきりだった。
「うーん、購買部めぐりが、だーい好きな私には、見逃せないイベントです」
夜住 彩蓮(やずみ・さいれん)は、高鳴る胸の鼓動が抑え切れなかった。
「午前中の授業はごめんなさいして、蒼空学園の校門前で待機しましょう。本当は校内に入りたいトコですが、風紀委員に見つかってもいけませんし、フライングは購買愛好者としてのプライドが許しません」
人ごみを掻き分けて、掲示板から離れようとすると、横に居た少女の髪が、彩蓮のボタンに引っかかる。
「イタッ!」
ボタンを外すと、長い薄茶色のツインテールと青いリボンが揺れた。
「ごめんなさい。お怪我は?」
彩蓮は、素早く薬草箱と救急箱を取り出した。
「ううん、大丈夫。気にしないで」
ツインテールの少女は、掲示板にもっと近づこうと人をかき分けて行った。それを見届けた彩蓮も、人ごみから離れた。
「明後日までに、校門から購買部までの最短ルートを選定しておきましょう。小銭の用意はもちろん必要ですね。それから……」
ツインテールの少女、秋月 葵(あきづき・あおい)は、ようやく掲示板の最前列に顔を出す。
「焼きそばパンって、どんな食べ物なんだろう。でも伝説になっているくらいなら食べてみたいかもー」
薔薇の学舎の掲示板でも、伝説の焼きそばパンのお知らせは注目を集めていた。しかしそうした騒ぎに目をくれない人間はどこにでもいる。瑞江 響(みずえ・ひびき)は、明後日に迫った剣道の試合に全神経を集中させていた。
友人のリア・レオニス(りあ・れおにす)も、そんな響を精一杯応援している。
「良い調子だな。これなら楽勝だぜ」
そう言うリアを、響は目で制する。まるで“油断は禁物”とでも言うかのように。
そんな響に、リアはより満足する。
『響が勝ったら、昼飯に何かご馳走してやるか。万が一にも無いだろうけど、負けたら負けたで残念会だ。ところで蒼学の学食って何が美味かったかな」
それらの一方で、波羅蜜多実業高等学校では、あまり話題になっていなかった。
「伝説ってのが引っかかるが、しょせんは焼きそばパンだろ」
「だよな、男だったら、肉だぜ、肉!」
「何いってんの、今の世の中、女だって肉だよ!」
しかし中には掲示板を注視する生徒もいる。雉明 ルカ(ちあき・るか)は、掲示板の前でしばし足をとどめていた。パートナーのビンセント・パーシヴァル(びんせんと・ぱーしばる)も横にいる。
「興味があるのか?」
ビンセント・パーシヴァルの問いかけに、ルカは表情を変えずに、携帯電話の画面を見せた。
「蒼空の山葉からだ。なんでも私に風紀委員を頼みたいと言ってきた」
「ふぅん、で、やるのか?」
「……とりあえず行ってみようと思う」
「わかった。俺も行くぜ」
「……好きにしろ」
伝説の焼きそばパンのお知らせは、空京大学の掲示板にも張られていた。
「焼きそばパンか、そう言えば明後日は……」
宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)は、自慢の黒髪を指先でもてあそびながら、お知らせを見ている。
「確か蒼空学園の大学部に行く用事があったはず。早めに済ませて、購買部に行ってみようかな」
運良く用事があるのも何かの縁。授業のある高校生と違って、購買部の近くで待てる大学生のアドバンテージは大きいと考えた。
「この伝説も、私にとっては明後日まで……ってことね」
もちろん同じように考えたのは他にもいた。
高柳 陣(たかやなぎ・じん)は、パートナーのティエン・シア(てぃえん・しあ)の頭をポンと撫でた。
「ティエン、ひと働きしてもらうぜ。伝説の焼きそばパンを食わせてやる」
「ホント! お兄ちゃん」
「ああ、普通に行っても大丈夫だろうが、念には念をってところだ。良いか、合図はこうだ……」
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