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第七章 悪い子にはお仕置き
「ちょっとだけ懲らしめさせてね」
 五月葉 終夏(さつきば・おりが)の『眠りの竪琴』でウトウトし始める子供達。
 終夏のパートナーであるニコラ・フラメル(にこら・ふらめる)はサンタの袋に有無を言わせず子供達を入れると、空飛ぶ箒シーニュに乗せて上昇した。
「暴れると落ちるぞ」
 下を見るのが怖い程の高さでそう脅されてしまえば、自然抵抗は止んだ。
 というか、黒いサンタ服は幼い瞳にひどく不気味に映るようで。
 そう、終夏とニコラはブラックサンタであった。
 ブラックサンタ・ニコラは、互いに身を寄せ合う子供達に、出来るだけ悪い人の顔をして、言った。
「私は悪い子にはこわーいブラックサンタ。帰して欲しければ私の仕事を手伝って貰おうか」
 その恐怖に、子供達はコクコクと首を縦に上下させて。
「おーフラメルはりきってるなー。ふっふっふ」
 子供達が落ちないよう注意しつつ、ふと視線を巡らせた終夏はふと、眉をひそめた。
「私達以外にも、ブラックサンタがいるんだ」
 けれど。
「フラメル、子供達を守って! 絶対、放しちゃダメだよ!」
 息を呑んだ終夏は、鋭く言葉を放った。
「クスクス……今日は素敵なクリスマス。ハツネもいい事あったからご機嫌なの。だから、いい子のハツネはサンタさんとして悪い子を『お仕置き』しに来たの♪」
 黒いサンタ服を着た斎藤 ハツネ(さいとう・はつね)は、トナカイの背でうっとりと笑んだ。
「『黒いサンタ』ってドイツのクネヒトループレヒトの事だよね……じゃあ、春華さんと僕はクランプスって事かな……何か嫌だな……」
 ハツネの監視役を自認する天神山 葛葉(てんじんやま・くずは)はチラと考えてみたりもしたが、直ぐに標的を探し始める。
 ハツネが暴走する前に、エサ……盗賊行為を働く不逞の輩を与えるのが良策だと。
「嫌〜クリスマスなんて邪教の習慣ですけど、殺りまくってもいい日なら自分もチュインと楽しむっス!」
 一人箒に乗っていた鮑 春華(ほう・しゅんか)にハツネは頷き。
「ね、葛葉ちゃん、どれが悪い子なの?」
「……あの、薄汚れた子供」
 示された顔が、喜色を浮かべ。
 追いついたエンジュ達の目の前で、【粘体のフラワシ】と春華のファイアーウィップが、憐れな獲物を捉えたのだった。
 ジタバタと逃げようとするが、それが無駄な抵抗でしかない事を知っているハツネの口の端が吊り上がり。
「悪い子ちゃんは『お仕置き』なの♪」
「へへ……死は平等っスから安心してくださいっス。まあ、精々、自分等に遭遇する偶然をプレゼントしたサンタとかを恨むといいっス」
 ファルシオンを振り上げたハツネと春華の楽しそうな言葉に、子供の瞳が絶望に染まる。

 ガッ!

 だがそれは、子供の身体を解体する前に、割り込んだ影により受け止められた。
「やらせるわけには、いかないっ!」
 鬼崎 朔(きざき・さく)は子供を背に庇いつつ、吼えた。
「確かに盗みは悪い事だ。だが、それしか方法がないならやらざる得ないだろう……私がそうだったしな」
「……例え、子供でも盗賊は死ね」
「そういう事〜♪ だからさっさとその『悪い子』から離れて? でないと……痛い目、みちゃうかもよ」
 子供を抱き上げ地を蹴った朔、その場所に吹き付けた【嵐のフラワシ】。
「良く避けたねぇ。でも、そんなお荷物を抱えて、どこまで避けられるかしら?」
「……大丈夫だ、必ず護る」
「邪魔者の邪魔をするっス!」
 春華の作りだしたゾンビが、両手の塞がった朔へと襲いかかり。
「させないであります!」
「同じく」
 それをスカサハ・オイフェウス(すかさは・おいふぇうす)は電撃攻撃でもって、尼崎 里也(あまがさき・りや)は獲物でもって、吹き飛ばした。
「……ったく、朔ッチは子供とかに甘いんだよ」
 ゾンビの相手をしながら、ブラッドクロス・カリン(ぶらっどくろす・かりん)は小さく毒づいた。
 それでもその声は優しく……どこか切なかった。
「……まあ、仕方ねぇか。朔ッチも同じ……いや、もっとヒデェ境遇だったからな……自分の様な奴を減らしたいだろうさ」
 そう、朔もまた、かつてストリートチルドレンだった。
 だからこそ、守りたいとそう強く願い。
 更に続くかと身構えた追撃は、なかった。
 元より朔に奪われた獲物に執着があるわけではない。
 獲物はまだたくさんいるのだから。
「良い声で、啼いて?」
「みんなの楽しいクリスマスを、悪い奴に邪魔はさせない!」
 ファルシオンを素早く振り上げるより速く。
 元気よく降ってきた声と身体とに、ハツネはムッと機嫌を損ねた顔になる。
「次から次へと、五月蝿いなぁ」
「特に平気で人殺しをする斎藤ハツネ! 人の不幸が遊びだなんて、ふざけるな! てめーは絶対許さねえ!」
「子供の姿とはいえ、既に邪悪に染まり切っているその心……容赦はしない」
 蓮見朱里のパートナーであるアイン・ブラウと黄健勇だ。
 街をパトロールしていた二人は、特にハツネをマークしていた。
 言葉通り、容赦のない健勇とアインの責めを【鉄】と【粘体】のフラワシで防御しながら、ハツネの瞳はチラと、立ちすくむエンジュを捉えた。
「いい事しているのだから、邪魔しないで欲しいの。そう思わない、ハツネと似ている機晶姫のサンタさん?」
「……い、い事?」
 その言葉に、この状況についていけなかったエンジュは初めて反応した。
 ココに来たのは、プレゼントを奪った子供を追って、つまり今ハツネにお仕置きされようとしている子供は悪という事で、なのに何故、アインや朔はその悪を護るのか、先ほどの博士達のような悪を掲げる者には見えないが、だがやはり悪い者なのか、だとしたら自分が加勢すべきは黒いサンタなのだろうか?
「やっぱりそう、機晶姫のサンタさんはハツネと同じ……壊す事しか出来ないの、壊すよう命令される事を待ってるの」
「……テキトーな事、ほざいてんじゃねぇ!」
「大丈夫か?」
「すぐ助けます」
 歌うような声をかき消す、アレクセイの怒声。
 麗華と優希は動けない子供達に駆け寄った。
 エンジュだけではない、標的とされた子供達もまた混乱の中に在った。
 眼前の死の恐怖、敵である筈なのに守ろうとするオトナ達、敵意と戦意、なのに見上げればピカピカ輝くクリスマスカラーが非現実的で。
 何が正しいのかこれから自分達はどうなってしまうのか。
 その只中に現れたのは、正しく光だった。
「襲撃者の子供達! 子供のヒーロー、ケンリュウガー剛臨!」
 武神 牙竜(たけがみ・がりゅう)……ケンリュウガーは澱んだ闇を払拭するように、そこに降り立った。
「ヒーローは『良い子』の味方? 違うぞヒーローは『子供』の味方だ!」
 闇に響く、闇を切り裂く、ケンリュウガーの宣誓。
「今、子供達を向かい入れて貰える場所を用意してる……俺はオマエたちに手を差し伸べるぞ……そして、必ず握り返す! それがプレゼントだ!」
 同時に、大きくなりすぎた騒ぎに、さすがに周囲の家々が動きだす。
「所詮は遊び……ハツネちゃんは慈善行為みたいですけど」
 流石に騒ぎ過ぎたか、ざわめき出した夜の街並みに、葛葉は頃合いを悟り。
「二人とも、撤退しますよ」
 光術と煙幕で気を引いてる間に、逃げを打つのであった。