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第一章 荒れた庭
「いやっほー! 空京大学合格祝いにお花見よ!」
 ハイテンションの神楽 授受(かぐら・じゅじゅ)がパートナーのエマ・ルビィ(えま・るびぃ)と共に、後輩である春川 雛子を訪れたのは、所謂『お花見穴場スポット』の話を聞く為であった。
「おめでとうございます」
「ありがと。で、以前言ってた穴場スポット、教えて♪」
 我が事のように喜んでいた雛子だったが、続けられた質問にその表情が曇った。
「どうかなさいましたか?」
「……実は」
 雛子が語ったのは、今現在、件のお花見スポットが抱える事情だった。
「ん〜、つまり奥さんを亡くして元気なくなっちゃったおじいさんが庭を放置、だけど奥さんはそれを良しとしてなくて雛子に依頼を託した、って事ね」
「それは切ないですね」
「うん、それじゃあ力になるわ!」
「ジュジュさんとエマさんが手を貸して下さるなら、心強いです。今回、私は行けないのですが、代わりに……」
「よろしくお願い、します」
「……お願い、します」
 紹介されたのは、緊張しきりな市倉 奈夏(いちくら ななつ)と淡々としたエンジュだった。
「こちらこそ、よろしく!」
「ほら二人とも、そんな暗い顔しないの!」
 ジュジュの後、同行するつもりの小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)に元気づけに背中をポ〜ンと叩かれ。
「荒れている庭を整え、楽しくお花見して下さい……なんてステキじゃないですか」
「僕もそう思うよ」
 更にベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)コハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)からそう言われてしまえば、単純な奈夏などは
「そう、かな……うん、そうだよね」
 と張りきり出し。
「じゃあ早速、出発!」
 意気揚々と向かったのだけれども。
「……少々?」
 数刻後、茫然と立ち尽した奈夏がいた。
 門の中、鬱蒼と縦横無尽に生い茂ったのだろう、植物のなれの果て。
 屋敷も庭も、見た目だけではまるで幽霊屋敷。
「うわ〜、雰囲気あるわぁ。ホラー映画に出てくるみたいな」
「美羽ってば、不吉なコト言わないでよ」
「とりあえず、行きましょうか」
 そうして、不安いっぱいな奈夏を余所に、エマがマイペースに門をくぐった。


「ふむ、どうせならば人手は多いほうがよかろう……花見も草むしりもね」
「亡きカタリナさんの願いを叶える為にも、お願いします」
 綺雲 菜織(あやくも・なおり)有栖川 美幸(ありすがわ・みゆき)布袋 佳奈子(ほてい・かなこ)エレノア・グランクルス(えれのあ・ぐらんくるす)は屋敷の近くにある孤児院でお願いしていた。
「遠足気分で良いんです、子供達の体調やケガには十分、気を付けますから」
「困っている方を助けるのは、素敵な事ですね。皆、頑張ってきて下さいね」
 佳奈子の必死の面持ちに、孤児院の先生はニコニコと分かっているのだが分かっていないのだかの笑顔を浮かべてアッサリOKを出してくれた。
「子供達が色々な経験を積めるのは、こちらとしても有難いですし」
「よしみんな、先生の許可も出たし、準備をして出発しようね」
「「はぁ〜い!」「分かったぜ」「了解ですぅ」」
 エレノアに応え、口々に言いつつ庭に走ったりキッチンに走ったりする子供達。
「よ、要領いいわね」
「色々苦労しているって事なのでしょうね」
 美幸はエレノアに言って、周囲を見回した。
 キレイに整えられた庭は、どうみてもまだ若い先生一人に維持できるものではなく。
「思わぬ戦力、といったところか?」
「私としてはそれよりも子供達にも楽しんで欲しいのだけどね」
 しっかりせざるを得なかったのだろう、あどけない子供達に佳奈子はホンの少し切なく微笑み。
「大丈夫、大丈夫! 今日は天気もいいし、きっと良い一日になるわ」
 準備完了、と先生に別れを告げる子供達を手招き、エレノアは佳奈子の背をポンと叩いた。


「これは……すごい状態じゃ無いですか!? ヴィクターさん、カタリナさんを喪われたショックがここまでなんて……」
 その荒れっぷりに、六本木 優希(ろっぽんぎ・ゆうき)は絶句した。
「はい、想像以上ですわね。まるでヴィクター様の今の心を表している様な」
「桜の婆さん、ヴィクター老が庭の手入れをせずに引き籠もる事も考えてこれを出したのか?」
「おそらく……カタリナ様はこうなる事を予期していたのでしょう」
 ミラベル・オブライエン(みらべる・おぶらいえん)アレクセイ・ヴァングライド(あれくせい・う゛ぁんぐらいど)に応え、
「わたくし達で、少しでも心の曇りを晴らすお力になれば良いのですが」
 胸元でキュッと手を握りしめ。
「今のヴィクター老には説得は難しいからな……綺麗になった桜の庭で何か感じ取って貰うしかねーか」
 アレクセイに、優希共々頷くのであった。
「これは……かなりやりがいがあるといえばあるけど……」
 眼前に広がる光景……一年前までは美しかっただろう庭の惨状に、水原 ゆかり(みずはら・ゆかり)もまた思わず溜め息をついていた。
 これはそのままヴィクターの心象風景なのだろう、そう感じてしまうから、余計に。
「最愛の人を喪い、もはや一切の望みを捨てて、ただ失望と絶望を抱えて荒廃するに任せる……」
 故に見ているだけでゆかり自身も塞ぎこんでしまうような、胸が締め付けられるような、そんな想いに捕われてしまう。
「とにかく、こんなに雑草に覆われては花が咲けないし、何よりヴィクター氏も、そして皆の気分も憂鬱になるものね」
 気を取り直し、半ば言い聞かせるようにしてゆかりは、雑草の除去に入った。
「折角の庭がこうなってる状況は見過ごせないね。かつてのようにしたいから、まずは草むしりから始めようか」
 常はきっちりした服装が多い清泉 北都(いずみ・ほくと)モーベット・ヴァイナス(もーべっと・う゛ぁいなす)
 今日ばかりはTシャツ姿の北都とシャツ+ジーパンのモーベット、と動き易いラフな服装で来ていた。
 勿論、草むしりをする為である。
「元は美しい庭だったと聞く。大切な人を無くして気落ちするなとは言えぬが、いつまでも悲しんでいてもどうにもならんだろう」
 腕まくりしつつのモーベットは、ゆかりとは違い、やや憤慨しているようだった。
「育ててきた花々にも生命があるのだから。それを無駄に消す行為は黙って見ておれん」
「そうだね。まだ頑張ってる花があったら、それは残して上げたいね」
 【超感覚】で素早さを上げつつ、二人手早く草を刈っていく。
 対照的なのは、ゆかりだった。
 パートナーであるマリエッタ・シュヴァール(まりえった・しゅばーる)は、ゆかりの手が時折止まる事に気付いていた。
 感受性が強いゆかりの事だ、老夫婦の事を思ってやりきれない思いでいるのだろう。
「カーリーまで落ち込んだら、カタリナさんもやる瀬ない思いをするよ」
 察したマリエッタはゆかりを励まし、その目尻に滲んだ涙をそっと拭った。
「先ず、雑草を始末する所から始めないと、ね」
「……ええ」
 マリエッタの気遣いに、ゆかりはまとわりつく憂鬱を振り払った。
 少なくとも、自分までが捕われていては到底、カテリナの願いを叶える事は出来ないだろう。
 そして、祈る。
「出来れば、もう一度キレイになった庭でもう一度、ヴィクターに花を育てて欲しいわ」
 今すぐは無理だとしても。
「でも、奥様の想い出をこの様な形で葬るのは余りに悲しすぎるから」
 呟いたゆかりにマリエッタも確りと頷き。
 雑草を抜く手に、そっと力を込めた。
「折角、素敵な庭があるのに……」
 奥へと続く石畳の道と両側の花壇、そして頭上のアーチ。
 そこかしこに残る昔日の面影に、白波 理沙(しらなみ・りさ)の声は沈んだ。
「話を聞く限り、この庭の状態をカタリナさんが見てたらきっと悲しむでしょうね」
「わたくしもそう思います。ですが、この庭がキレイになったとして、ヴィクターさんは元気になるでしょうか?」
 理沙や奈夏達を見やり、チェルシー・ニール(ちぇるしー・にーる)は懸念を口にした。
 勿論、報われて欲しいけれど。
 頑張って届かなかったら、理沙が傷つくのではないか、と。
 だがそれに理沙は首を振り。
「ヴィクターさんの気持ちが変わらなかったとしても、庭をこのままにしておく事は出来ないわ、奥さんの為にもね」
 それに、と理沙はいつもの笑顔を取り戻し、告げた。
「私も綺麗になった庭でお花見したいし、頑張ってみるわ」
「……はい! わたくしも素敵なお庭でゆっくりと桜を見たいですわ」
「理沙様やチェルシー様が頑張るというのにメイドの私がやらないなんて事は出来ませんわ!」
 その為に、理沙と一緒にお花見する為に頑張る、意気込むチェルシーに負けない気合の入ったセリフは美麗・ハーヴェル(めいりー・はーう゛ぇる)のものだった。
「是非私にもお手伝いさせてくださいませ」
 勿論、理沙が断る筈もない。
「さて、それじゃあ、あっちの端からやっていきましょう」
「気合を入れるのはいいけど、どうせなら楽しくやろう」
 と、気安く声を掛けたのはリュース・ティアーレ(りゅーす・てぃあーれ)だった。
「……なるほど、了解」
 リュースが屋敷へと視線を投げたのに気付いた理沙が、一つ頷き作業に向かった。
 その、何だか仲良さそうな様子にリュースのパートナーであるブルックス・アマング(ぶるっくす・あまんぐ)はちょっとだけ小首を傾げた。
 話を聞いたら、居ても立ってもいられなくて」
「リュー兄と2人で依頼を受けるって何だか久し振りでドキドキするけど、頑張らなきゃ」
 と思っていた筈、なのに。
 その嬉しい気持ちが僅かにしぼんだ、気がして。
「いきましょう、ブルックス」
「リュー兄に認められるくらい、頑張らなくちゃ」
 大好きな人に声を掛けられたブルックスは、それを振り払うように頭をフルフルと振ると、慌てて後を追った。
「自分は草むしりをしてくる。コーディリアはここで待っていてくれ」
「え? ちょっ……」
 それだけ告げて背を向けた大洞 剛太郎(おおほら・ごうたろう)を、コーディリア・ブラウン(こーでぃりあ・ぶらうん)は茫然と見つめた。
「良い天気だし、花見にいかないか?」
 という誘いは、この時期という事、それから所謂正式に『お付き合い』をする事になっての初めてのデートプランとしては、花丸を上げていいとコーディリアは胸を弾ませていた、のだけれども。
 実際に来てみたら、何かお化け屋敷みたいだし、当の剛太郎は仕事しているし、と予想外すぎる展開である。
「……まぁ剛太郎らしい、といえばこの上なくらしいのですが」
 多分、あの真面目な堅物は、「ただで人の庭で花見をしたら申し訳ない」とか思っているのだ。
「それと、私に仕事をさせるのは可哀想、とか思っているのですわ」
 少しだけ頬を膨らませ、コーディリアは剛太郎の隣まで行くと、
「で、これはどこに運べばいいんですの?」
 むしられた草を抱え上げた。
「ただ待つのは退屈ですし、それに……どんな事でも一緒なら、楽しいですもの」
 そんな可愛らしい事を言う『彼女』に、剛太郎は優しく愛しく目を細めた。