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第四章 いつかの光
「旦那様の抱える哀しみの深さが、奥様と共に過ごし育んだきた想いや愛情の強さの証明なのだと思います」
 締め切ったカーテン。
 薄暗い部屋で独り、肩を落とし椅子に座ったヴィクターに、樹月 刀真(きづき・とうま)のパートナーである封印の巫女 白花(ふういんのみこ・びゃっか)は憂いの表情で、それでも真摯に告げた。
「でも、いつまでも哀しみに暮れることを奥様は望んではいません。……もし私が死んでしまったら、奥様と同じ事を望みますから…だから、旦那様の心にいる奥様が笑えるようにして下さい」
 言葉の途中、刀真が拳を握り締めたのが、漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)には分かった。
 そして自身もまた『その可能性』を重く考えた事が無かった事に、心が震えた。
 それらに気付かず、白花はただいたわりを込めて言葉を重ねる。
「奥様が今の旦那様を見ても笑ってはくれません、目を閉じて奥様の顔を思い浮かべた時…今までの庭と旦那様を見て奥様は笑ってくれますか? どんな庭と旦那様だったら、奥様は笑ってくれますか?」
「……お前に、お前達に何が分かるっ!」
「分かる事もあります。例えば、カタリナさんの『本当の願い』」
 1月に生まれた娘のユノを抱えた蓮見 朱里(はすみ・しゅり)は、静かに口を開いた。
「カタリナさんの『本当の願い』は『夫に自分の死を引きずらず、いつも笑顔でいてほしい』だと思います」
「……何故、そんな」
「もし私がカタリナさんと同じ立場でも、きっと同じ事を考えていたから」
 何度も『いなくなる』覚悟をしてきた白花とは別の意味で、カタリナの気持ちが朱里には分かる。
 それは朱里がカタリナと同じ覚悟を決めているから。
 夫であるアイン・ブラウ(あいん・ぶらう)は、機晶姫である。
 地球人の自分は、いずれ歳をとって死ぬ。
 だが、機晶姫のアインはその後も永い時を生き続けるだろう。
「私は……私もまた多分、愛する人を残して逝かねばなりません……カタリナさんのように」
 そのことに気付き悩む朱里を、けれどアインは覚悟と共に受け入れてくれた。
 それがどんなに勇気がいる事か、朱里とは違う覚悟を強いられる事なのか、推測する事しか出来ない、けれど。
「好きな人には『幸せ』でいてほしい。いつまでも悲しい顔をしていたら、きっとこっちまで悲しくなると思うから」
「朱里が言う通り、ヴィクターさんの立場は僕にとって他人事ではありません。もし『その日』が訪れたら、自分だってどうなるか分からない。それでも、僕は」
 アイスブルーの瞳が愛する妻と我が子を映す。
 こんな気持ちになるなんて、五千年前……あの頃の自分は予想さえ出来ずにいた。
「美味しいお茶の淹れ方、子供のあやし方、そして人を愛する心…それらは皆、戦闘機械だった頃の自分が知らなかったこと。彼女から教わった、かけがえのない宝物なんです」
 予想し確認したが、やはり妻を亡くしたヴィクターは天涯孤独だった。
 だが、それでも。
「奥様との日々の中で培い得た『守るもの』はあるはずだ。僕が妻の為、そして『この子』のためにも、強く生きようと誓ったように」
 人を愛する気持ちは時に人を弱くするけれど。
 それでもやはり、愛した記憶は何よりも人を強くしてくれるとそう信じているから。

「どうぞ」
 沈黙の落ちた室内。
 外からの笑い声は確かに届いているのに、老人の背は頑なにそれを拒んでいるようで。
 『笹野 朔夜(ささの・さくや)』が差し出したティーカップの中、心地よいほのかな香りが立ち上る。
 気持ちを落ち着けるハーブの香りは多分、懐かしい筈のもの。
 お茶を入れる時借りたキッチンで、同じ表記の缶を見つけたから。
 証拠に、今まで刺々しいだけだったヴィクターの表情が微かに、和らいだ。
「私も昔地球で暮らしていた時に夫を亡くしましたから、心中お察しします」
 この期を逃さないようにと告げた言葉に返される、困惑した問いかける眼差し。
 それでも、こちらに意識を向けてくれたのは、先ずは前進だろう。
「私は奈落人で朔夜さんに憑依しているのです」
 笹野 朔夜(ささの・さくや)に憑依した笹野 桜(ささの・さくら)の説明に、ヴィクターは目を瞬かせた。
 おそらく理解は出来ていないだろうが、鬱々としたままの顔よりずっと良い。
「たとえ『イヤガラセ』と言う形でも亡くなった相手から想ってもらえるのは幸せな事だと私は思いますから」
 朔夜も言っていた、「『イヤガラセ』と言う形でも家族から何かを残してもらえるのは、羨ましいですし幸せな事だと思います」と。
「だから一緒に『イヤガラセ』されてみませんか?」
 誘う桜に、ヴィクターの表情が揺れた。
 そして。
「ヴィクターさん、貴方は何時まで現実を受け入れず、悲しみに甘えて無気力のままでいるんですか?」
 そう声を荒げたのは神崎 優(かんざき・ゆう)だった。
 パートナーの神崎 零(かんざき・れい)神代 聖夜(かみしろ・せいや)陰陽の書 刹那(いんようのしょ・せつな)と共に屋敷を訪れた優は、限界だった。
「そんな事をしてても何も変わない。それとも貴方を今の状態にする事がカタリナさんの願いなのですか?」
 ビクリと震えた肩に、言い放つ。
「いいえ。自分の分まで幸せに生きて貰いたいと願った筈だ!」
「ヴィクターさん。今の自分の顔を見た事ありますか? とてもやつれていて酷い顔です。カタリナさんを亡くしてとても悲しい気持ちが伝わってきます。」
 優と同じ気持ちである零の声は、震えていた。
「私にも大切な人がいます。だからヴィクターさんの辛い気持ちは解ります。でも、お願い! カタリナさんの為に、もう自分に酷い事をするのはやめてください!!」
 だって今のヴィクターを見たら、カタリナは絶対に悲しむ。
「もし、優が今のヴィクターさんと同じ状態になったら、私は辛くて胸が張り裂けてしまう」
 カタリナと同じように大事な人がいる零には、分かる。
「私だったら優に前を向いて、私の分まで誰かと幸せに生きてほしい! だからお願いです。これ以上カタリナさんを悲しませないで! カタリナさんの願いを叶えさせてあげて!!」
「大切な人を亡くすのはとても辛い事です。受け入れられない気持ちも解ります」
 瞳を潤ませる零の肩を優しく抱き、刹那は静かに静かにヴィクターを見つめた。
「ですが何時までも悲しみに暮れ、何もしないのはただの甘えです。自分の為にそしてカタリナさんの為に、現実を受け入れ、カタリナさんとの想い出と想い出の場所を守って、前を向いてください」
「……カタリナの、為に。カタリナの、願いは」
 震えた呟きをしかし、頭を振る事で途切れた。
「……少々手荒になってしまいますが、すみません」
 頑なに拒む……恐れるヴィクターに告げる優。
「正直俺には、今のヴィクターさんになんて伝えれば良いか解らない。だけどこれだけは言える」
 聖夜は心得たと老人の軽い、軽すぎる身体を抱え上げた。
「今のままじゃ何にも変わらない。悲しみや辛い気持ちを独りで抱えてないで、誰でも良いからその気持ちをぶつけてみろよ! 絶対にヴィクターさんの気持ちに答えてくれる人や叱咤してくれる人がいる筈だ。ココにいる俺達や、みんなのように」