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リアクション
▼第 一章 調査開始
治りかけていた傷が、ふとした拍子でパックリと開いてしまった。
そんな風にして発見されたこの坑道は、教導団の内では『アトラスの古傷』と仮称されている。
そのアトラスの古傷だが、調査に先駆け、入り口付近に野営地が設置されていた。
切り立つ岩肌を整地し、布製のテントを複数張っただけの簡単なものだ。
そんなでも周囲を吹き荒れる砂塵から通信機材や物資を守るのに、どうやら一役買っているらしい。
教導団の大尉・ルカルカ・ルー(るかるか・るー)は、そんなテントの中にいる。
「全員揃ったようだな。報告ご苦労だった」
設置された無線通信機を介して、金 鋭峰(じん・るいふぉん)の声が言った。
募った隊員らの到着確認を終え、とりあえず一息ついたルカは、しかし慢心することなく新たな指示を乞う。
「もったいないお言葉です。……団長、この後の方針についてですが」
「うむ、ここまで特に問題は発生していないと聞いている。手はず通り、調査隊全体の管理を任せよう。隊を効果的に運用できるかどうかは、君にかかっている」
「はっ」
勇ましく応えながらも、ルカルカは内心ガッツポーズをとりたい思いだった。
団長に期待されているという事実。それは、金 鋭峰に強い忠誠を捧げる彼女にとって、何よりも嬉しいことなのだ。
ただ、それで舞い上がって失敗しては元も子もない。ルカルカは気持ちを静め、再び任務に集中する。
「主な仕事は、随時送られてくるマッピングデータの更新になるであろう。しかし、有事に対応するための配置も常に忘れるな。民兵も参加している今回の作戦は、特にな」
「心得ております。……それでは、任務に取り掛かりますので、失礼致します」
「健闘を祈る」
ぷつん、と通信が途切れた途端、この空間は風が布を叩く音だけに支配された。
決意新たに、といった面持ちで顔をあげたルカルカは、別のテントで待機中のパートナー・ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)とカルキノス・シュトロエンデ(かるきのす・しゅとろえんで)の下へ向かうため、そのまま外へと歩み出る。
「隊全体を動かす……かぁ。どうやら今回は、役割を分担する必要がありそうね」
坑道内は人工的な通路に加え、かつて採掘を行っていたであろう岩盤剥き出しの横穴で構成されている。
それらの道が交わる広間に、これからの動きについて話し合う契約者達が集まっていた。
彼らは坑道全体の地図を作ろうとしている、いわゆるマッピング班である。人数は5人。
その内の一人、エース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)は、話の流れに沿ってこう切り出した。
「やっぱり最重要なのは、機晶石の運搬ルートの確保だね」
「うん。効率を重視するなら、僕もそれがいいと思うよぉ。問題はどうやってそれを達成するかだけど……」
「すごく入り組んでるものね。手分けするにしても、何か目印がないと難しそうよ?」
清泉 北都(いずみ・ほくと)が応じ、ニキータ・エリザロフ(にきーた・えりざろふ)がそれに続く。
確かに坑道内はとても複雑。さながら立体迷路のようである。
エースは周囲を改めて見回してみたが、特に新しい発見には至らず、観念したように、
「闇雲にばらけても、かえって逆効果か……」
うーむ、と皆が思案するのを横目に、メシエ・ヒューヴェリアル(めしえ・ひゅーう゛ぇりある)は『籠手型HC』に目を落とした。
現段階で判明しているマッピングデータを再確認するためだったが、やがて顔をあげ、気づいたことを口にする。
「……しばらく進むと三叉路があるみたいですね。その先で通路は交わらないまま、マッピングデータが途絶えていますよ」
その発言があまり具体的ではなかったので、ニキータが思わず「……つまり、どういうことかしら」と聞き直した。
それに対しては、言わんとするところを理解できた北都が、要点だけかいつまんで答える。
「その三叉路までマッピング班全員で進んで、そこで別れれば無駄がない。……かな?」
メシエが「その通り」と肯定してみせる。
それを聞いたニキータはなるほど、といった風貌で納得した。
エースも同じく状況を把握したようで、手をぽんと叩きながら、
「そうと決まれば話は早い、まずはそこまで行ってしまおう」
「特に異論は無いかなぁ」
「えぇ、後のことはそこで考えればいいわね」
北都もニキータも賛同する。どうやらマッピング班の行動指針は固まったようだった。
「クナイ! もう大丈夫、移動するよぉ」
北都が、少し離れたところで『禁猟区』による警戒を担当していたクナイ・アヤシ(くない・あやし)を呼んで、事情を説明した。
クナイは4人に合流すると、全員に注意を促した。
「話は了解致しました。この辺りの敵性反応はまだ薄かったですが、自然的な危険もあるはずです。皆様、油断なきように進みましょう」
一同は強く頷いた。
実のところ、メシエが進路を提案した際に見つけた三叉路は、もともと先発隊のマッピングデータには載っていなかった。
「……うまくサポートできたみたいね」
マッピング班の面々が通路の奥へ向かったのを確認して、宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)は固い岩盤に囲まれた横穴から姿を見せる。
教育実習中ということで仮にも先生の端くれである彼女は、あまりでしゃばらず、裏から生徒達を支えたいと考えていた。
そのために、少々先行して区切りのいい場所までマッピングデータを収集し、送信していたのだ。
送られたデータは野営地の演算機器に一度集まってから、他の隊員達にも同期されるようになっている。
つまり、マッピング班が効率的に動けるようになったのは、彼女のお陰でもあるということになる。
「さて、せめて最奥までのルートは確定させないとね。こっそり後をついていこうかしら」
祥子は彼らにうっかり追いついてしまうことなく、かつ、何かあったら即座に駆けつけられる絶妙な距離感を保ちながら進んでいった。
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