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リアクション
■ 毛糸に想いを編みこんで ■
「ねえルシェ、ここからはどうすればいいの?」
黒衣 流水(くろい・なるみ)が編みかけの毛糸をルシエール・ネーデルヴェルグ(るしえーる・ねーでるう゛ぇるぐ)に見せて尋ねた。
ルシエールは自分の編み物の手を止め、流水の編んだものの状態を確かめる。
黒一色の毛糸は少し目を確認しにくいけれど、どうやらしっかりと編めているようだ。
「少し目が不揃いですが、きちんと目は拾えてますわね。あとはこのままぐるぐると、輪になるように編んでいけば良いのですわ」
流水が編んでいるのは、黒い毛糸の腹巻きだ。
最初に輪編みの形を整えてしまえば、後は同じ手順を繰り返してぐるぐる編んでいけば良い。
「このまま編んでいくのね、分かったわ」
ルシエールから編みかけの毛糸を受け取ると、流水は慣れない手つきで編み棒を動かした。
もうすぐクリスマス。付き合って1年の記念に、大好きなあの人に腹巻きをプレゼントする為に、流水はルシエールから教えてもらいながら頑張っているのだ。
そんな流水の様子を微笑ましく見やると、ルシエールはセーターの続きを編み出した。ルシエールの編んでいるのも黒い毛糸だけれど、作るのはセーターで、『黙示録の吹雪』(エターナルフォースブリザード)と白の毛糸で文字を編み込むつもりだ。
服飾デザインが趣味のルシエールだから、文字のバランスも考えてデザインしてある。
愛する人がこのセーターを着てくれたところを想像して、ルシエールは人知れず照れた。
それを振り払うように横を見れば、蓬栄 智優利(ほうえい・ちうり)が真剣な表情でリボンを選んでいる。
「これではさすがに細すぎるか……」
「智優利、そのリボンはプレゼントのラッピングに使うんですの?」
「ラッピング……そうとも言えるな」
ルシエールの問いに智優利は頷いて、リボンを自分にあてた。
「これで我を包むのだ。夫に対し、リボンのみをまとった裸の自分こそが、最大のクリスマスプレゼントになることであろう」
「ええ?」
ルシエールは思わず手を止めて智優利を見直し、
「あっ……」
流水は手元が狂って編み目を拾いそこねる。
「どうしたのだ、そんなに驚いて」
「驚くわよ。もう、一体どこでそんなこと聞いてきたの?」
「ふむ、それはな」
2人の驚きをよそに、智優利は悠々と裸リボンについての知識を披露するのだった。
「なんだか賑やかだな」
流水たちが智優利に裸リボンをやめさせようと説得を開始した騒ぎに、神崎 優(かんざき・ゆう)はアクセサリーを作っていた手を止めて顔をあげた。
「隣のテーブル、何だか楽しそうね」
神崎 零(かんざき・れい)も気付いて笑う。
零が作っているのは白と青のチェック柄のマフラーだ。
かなり長くなってきているけれど、まだまだずっと編んでゆく。
2人で巻く為には、普通のマフラーよりもかなり長く編まないといけないからだ。
このマフラーは零から優へのクリスマスプレゼントになる予定だ。そして同時に、自分へのプレゼントでもある。
白と青の毛糸を交互にかえながら編んでゆくのは、1色のものよりも難しいけれど、このマフラーが出来上がった時のこと……優と2人で腕を組みながらこのマフラーを巻いている姿を想像すると、そんな作業も楽しいものだ。
陰陽の書 刹那(いんようのしょ・せつな)も零と同じように、2人で巻くことの出来る長さのマフラーを編んでいるが、これは零からのアドバイスだ。
神代 聖夜(かみしろ・せいや)に手作りのクリスマスプレゼントをあげたいのだけれど、どんなものがいいのか良く解らない、と相談した刹那に、2人用のマフラーを零が勧めたのだ。
アドバイスを貰った時には、少し恥ずかしいかもと思ったけれど、聖夜と2人でマフラーを巻いて歩けるというのは、刹那にとって抗いがたい魅力で。
白地で、両端に青の月と星の柄を入れた長いマフラーを編むことに決めたのだ。
手元仕事をする時にかける眼鏡をして、刹那は聖夜のことを思いつつ、一目一目丁寧に編んでゆく。零よりは少し遅いけれど、毎日こつこつと編んでいるから、クリスマスまでには十分間に合いそうだ。
「あれ、次はこのビーズに通せばいいんだよな?」
聖夜はといえば、慣れない手つきで優にビーズアクセサリーを習っている。
真ん中にアクアマリンをあしらった雪の結晶の形をしたペンダントトップを、ビーズの鎖で下げたものを作ろうとしているのだが、上手く雪の結晶の形にならない。聖夜は決して不器用なほうではないのだけれど、こういう類の手芸をするのは初めてなので、勝手が良く解らない。
「いや、そこは1つ戻って、前のビーズをもう一度……あ、そっちからじゃなくて、逆側から通すんだ」
「こう……か?」
「ああ、それで良い」
かなり悪戦苦闘しているが、優が分かり易く教えてくれる為、少しずつビーズは形になっていった。
それでもやはり心配で、聖夜は刹那に聞こえぬよう小声で優に聞いてみる。
「なあ優。このネックレス刹那に似合うかな? 気に入ってくれるかな?」
「大丈夫だ。聖夜の想いが詰まったプレゼントだ。刹那も喜んでくれるさ」
優も小声で囁き返し、そして付け加える。
「似合うかどうか心配なら、ネックレスと一緒にそれにあう洋服をプレゼントしたらどうだ?」
「洋服? そうか、洋服か……」
それも一案かと考え出した聖夜に微笑むと、優は指先で眼鏡の位置を直すと、手元に意識を戻した。
優の手の中で作られているのは、桜の花を模ったイヤリング。
繊細な花びらが可憐にまとめられたこのイヤリングは、きっと零の耳に似合うだろう。
4人は談笑しつつも真剣に、それぞれのプレゼントを作るのだった。
「この学食が出来てから、早1年なのね……」
蓮見 朱里(はすみ・しゅり)は感慨深く学食を見渡した。
新しく建て直される学食をどうしようかと皆で考えたあの時から、もう1年が経つ。
そして……朱里の愛娘であるユノが産まれたのが1月1日だから、あと少ししたら初めての誕生日を迎えることになる。
産まれたばかりのユノにとっては、毎日が初めての連続だ。それを見守る朱里にとっても、ユノがもたらしてくれる“はじめて”がいっぱいだ。
もうすぐ来るクリスマスもユノにとって初めての行事。そのクリスマスプレゼントを朱里は手編みのセーターにしようと決めていた。
普段着の冬服は既に揃えてあるけれど、手編みの感触、一針一針に込めた想いを大切にしたいから。
勿論、アインや他の子たちの分もちゃんと用意してあるけれど、そちらはクリスマス当日までのお楽しみ。でもどのプレゼントも、朱里の想いがこもっていることに違いは無い。
朱里がセーターを編み始めると、アイン・ブラウ(あいん・ぶらう)は学食の一角を借りて、ユノの離乳食を作り、朱里の為には温かいお茶を淹れた。
まだ小さなユノが周囲に迷惑をかけぬよう優しくあやしていると、自分が本当に父親になったのだという実感が湧いてくる。それが伝わるのか、朱里も2人の姿を眺め、微笑んでいる。
ユノが産まれてまだ間がないような、それどころか朱里のお腹にいたのさえ、ついこの間のようだ。なのにユノはもうそろそろつかまり立ちが出来たり、手近にあるものに興味をもって手を伸ばしたりし始める年頃になっている。
改めてユノを見てみると、子供の成長のめざましさと……そして時の流れの速さもつくづく感じられた。
ユノをそっと撫でながら、アインはその行く末に思いを馳せる。
この子が幼稚園に、学校に通い始めた時、そして大人になった時、どんな風に変わってゆくのだろう。
その度に迎える聖夜を、来年も、その次の年も、こうして幸せに過ごせるようにと、アインは祈らずにはいられなかった。
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