蒼空学園へ

イルミンスール魔法学校

校長室

シャンバラ教導団へ

はじめてのごしょうたい!

リアクション公開中!

はじめてのごしょうたい!

リアクション


■ はじめてのごしょうたい!(1) ■



 台所は食材の準備や下拵をする女性(未成年含む)陣でごった返していた。先程からきゃいきゃいと歓声が上がっているのは初めて台所を使う感動で興奮している院の子供達のものである。
「シェリー」
 端末を操作していた佐野 和輝(さの・かずき)は台所を仕切る一人シェリー・ディエーチィ(しぇりー・でぃえーちぃ)の名前を呼んだ。
「なに、和輝」
「買出し組から連絡が来たんだが、もう少しかかるそうだ」
「買い物は終わったみたい?」
「ああ。買い物を終わらせて帰っている途中とは言っていた」
 聞かれて和輝は頷く。連絡は帰る途中で少々トラブり想定していた時間より30分ほど遅れるというものだった。
 予定がずれるのねと唸る少女に和輝は下拵えはどこまで進んでいるのかを問い、返ってきた答えに、うつむき加減の考える仕草で数秒沈黙してから、
「食材リストのメモの複製はあるんだよな?」
「ええ」
「見せてくれ。段取りを考える」
「本当? 助かるわ。シェリエにも言ってくるわね」
 そして少女はもう一人台所を仕切っているシェリエ・ディオニウス(しぇりえ・でぃおにうす)に「あのね」と説明を始める。
「……いや、正眼も違うから。変わらないから。お前はあれか、食材を巨大生物を狩るハンターのようなノリで切るつもりなのか?」
 匿名 某(とくな・なにがし)の冷静な突っ込みにシェリエの隣りで悪戦苦闘していたフェイ・カーライズ(ふぇい・かーらいど)は、人の気も知らないでとひと睨みにパートナーを黙らせる。
 フェイとシェリエは恋人同士。シェリエが系譜の手伝いに呼ばれたというのなら、恋人の為になるならばとフェイもついてきたのだ。例によって人手が足りないだろうからと某も連れてきて、作業が食材の下拵だと聞き「よし、では食材を切ればいいんだな。 ……よし、任せろ」と始めたのだが、飛んできたのは「そうじゃない」というパートナーの呆れた声だった。
「……なに、切り方が違う? じゃぁ、こうか?」
 フェイは某を思わず睨んでしまったが、料理に関し自分よりは彼のが上手だし経験がある。呆れつつも包丁を握る手元を見ていてくれる某にフェイは首を傾げる。
「ちょっと待て。なんで包丁を上段に構える。そこから振り下ろすつもりか? それ、切るっていうより、攻撃だぞ。一撃だ。そこまで力強い一撃を加えるくらい固くないから、必要ないから。
 そもそもここ調理場だから。もう、『上手に斬られましたー』状態の食材しかないから」
 切る前の、斬られ終わり。まな板の上の鯉よろしく状態が違うから力を抜けと助言する某にフェイは、むぅっと小さく呻いた。
「これも、違う? なんてことだ、意外に難しい……!」
「だ、ろうな……えぇい、不安しか無いから俺が代わるッ」
 調理の知識はあるから、食べやすい大きさに切り分けるくらいは造作も無いと難しい顔で食材と膠着状態に陥ったフェイから包丁を取り上げると難無く食材を切り始めた。
 二人の様子にシェリエはくすくすと笑う。
「フェイは料理することって少ない?」
「あ、あの、ね! 料理は、私……少ない、かも」
 まっすぐと向けられた目にフェイは尻すぼみになった。某にすっかりと仕事を取られて、フェイは自分の主張を最後まで突き通すことができなかった。役に立ちたいが、出来ないことを出来ると見栄を張るほどフェイは子供ではなかった。ただ、隣りに立つことを許されているから余計、不慣れであることが悔しく悲しく感情が募る。今度、某じゃないパートナーに料理を教えてもらい、培った腕で手料理をシェリエに振る舞おうとこっそりしっかり決意するフェイだった。
「フェイ、これ食堂のテーブルに置いてきて欲しんだけど頼めるかしら。キッチンは広くなったけどこう大所帯だと置き場所にも限界があるのよ」
 何かできることはと自分の仕事を探すフェイにシェリエは彼女に一枚の大皿を渡した。
「お安いご用だよ。あっちに置いてくるね」
 渡されたフェイは仮置き場と化した食堂へと運びテーブルに置くと、あることに気づいた。皆が材料を切ったりするのに夢中で盛り付けが放置気味になっている。バーベキューの会場は外だ。つまり、食材を持っていかねばならない。配膳する必要があるというのに食べ物はただ切られてただテーブルの上に置かされているばかりだった。
「よし」
 ちょうどシェリエに貰った大皿はこれ一枚だけではなく、食器棚を漁れば何枚かあるはずで、フェイはそのまま盛りつけ作業に移った。
 自分の仕事を見つけたフェイにシェリエは薄く微笑み、某もまた安堵に胸を撫で下ろし、自分の作業へと注意を戻す。
「あーにーすーさーまー」
 食べるのは大好きだけど、作るのは初めてのヴァルキリーの少女ヴェラの情けない声がアニス・パラス(あにす・ぱらす)の名前を呼ぶ。
 対処法がわかり対処用の軽食を用意し襲撃を予想していたアニスは玄関口でのヴェラの一言で彼女の覚悟を知った。
「あ、あとで食べる?」
「勿論ですわ!」
 確認すれば即答されて、その時は少しだけ笑ってしまったアニスだが、案の定弱り切った顔のヴェラに甘えられてスノー・クライム(すのー・くらいむ)を側に呼んだ。
 和輝から進歩報告を聞き状況に今後を考えていたスノーは「では私達は私達でできることをしようかしら」とアニスの元へと戻る。
「どうしたの?」
「りょ、料理を教えてみようかなって思うんだけど……、
 あ! スノーは絶対、絶対離れちゃ駄目だからね!」
「ええ。じゃぁ、何を手伝えばいいのかしら?」
 どこまで手伝えばいいだろう。
 多少の怪我は許容範囲と見て大惨事にならないように全体を見渡すスノーは、珍しく手伝いを買ってでたアニスに任せようと場を預ける。勿論、暴走や暴発の防止の為目は光らせるが、出しゃばる必要性も無い。
「スノーは今大丈夫?」
「どうしたの?」
「これ、切れない」
「カボチャね。カボチャは硬いからコツがあるのよ」
 無いが、ヘルプ要請にはちゃんと対応するのだった。
「えと。ここをね、こうすれば……」
「ど、どうすればよろしいの?」
 食材に上手く刃が当たらずふるふるとしているヴェラに「違う、違うの」とアニスは包丁の握り方からやり直させる。
「ん〜、もうちょっと入れても、良いかも?」
「かも? かもなのですの! なんて曖昧な!」
 逼迫し声が裏返るヴェラに、この子不器用なんだとアニスは理解する。野菜一つ切らせるのに少し時間がかかりそうだ。


「よーし、見学したい奴は全員集まったか?」
 使える部屋はと相談したらでは学習室をと、一室を借りたハイコド・ジーバルス(はいこど・じーばるす)は集まってきた子供達を一望した。
 買い出し、下拵え、会場設置と分散しつつも集まった人数に、ハイコドはニーナ・ジーバルス(にーな・じーばるす)ソラン・ジーバルス(そらん・じーばるす)の三人で頷きあった。
 彼らが招待されたお礼の代わりに差し入れとして持ってきたのは内蔵だけは処理された牡鹿牝鹿だった。つまり、生き物の形そのままの塊だった。室内は横たわる死んだ生き物に圧倒されてなんとも言い難い雰囲気に包まれていて、様子を見に来た破名は皮剥ぎから始めるにしても大丈夫なのかとハイコドに視線を投げかけた。
 受けて、ハイコドの代わりにソランが大丈夫だよと返す。興奮して気分が悪くなる子がいたらすぐに自分が引き受けるからと簡単な身振りで伝えた。ニーナも自分が居るしとソランの隣りで頷いている。なら任せると破名は出て行ったものの、扉を開けたままにしたのは何かあればすっ飛んでくるという意思表示だろう。
「最初に言っておくが、これから始めるのは解体作業だ。皮を剥いで、頭を落とし、肉と骨を切り分けていく……」
 つい数日前まで二頭は生きていたとも伝え、自分達が何を目にし、その後何を口にするのかを自覚させ、この場に留まるかどうかを再度問うた。
 破名には事前に承諾を得ている。弱肉強食の理念がどうしても前面に出てしまう里では当たり前に感じてしまう事柄も、場所と環境が違えば忌避すべきものと化す。ましてシェリーならいざ知らず、分別もつかぬ幼子なら「これからショッキングな事をします。いいですか」と問われてもその質問の内容すら理解できないだろう。こうやって質問しているのも意味が無いと言えば意味が無い。それでも保護者の許可が降りたのは「多分、大丈夫だ」というハイコドの耳にはあまりに軽く根拠にも聞こえない理由からだった。
「あの子等は″生きる上に必要なもの全てを兼ね備えている″。外見も中身も、思考や性格の元になる資質も全て″優良種″だ。
 刺激は全て糧になる。自分達が普段口にしているものが何なのか興味はあるだろう。それを知るのは良い事だ。今後の嗜好も変わってトラウマになろうともいつかは理解し受け入れ乗り越える。だから、多分、大丈夫だ。それに最終的なケアは俺の仕事だしな。責任は取ろう。
 ああ、でも。あまりに過激なのは避けて欲しい」
 生きていく上で″刺激″にぶち当たるのは当たり前の話なのだ。それが早いか遅いかの違いで。確かに早いと思うし、一般と比較すれば、はやり早い。感謝することは大切なことと知ってもらいたいが、押し付けるには与える精神的影響は大きい部類だ。
 破名の言葉を思い出してハイコドは得物を握る。
「じゃぁ、始めるぞ」
 過激なのは勘弁と最後は常識的な事を言われたので、ハイコドは本当に危ないなと思った場面は目を閉じる様に子供達に促し、結局見せたのは骨から肉を切り離す終盤の作業だった。
 見せてないだけで、説明はずっとしていた。
 数十分前まで形があったものが肉塊となり、綺麗に選り分けられている。これそれがどこの部分だとソランが補足すると子供達はその部分を互いの身体を指さして確認し合う。
 その様子にソランはそっと囁く。
「気持ち悪い?」
 怖いのでもなく、恐ろしいのでもなく、気持ち悪いかと聞いた。言うなれば自分達が指さしている部分を食べる事になるのだ。想像は幼子故にソランでは理解も追いつかない。嫌悪を抱かせてしまったかと危惧するソランに子等は首を横に振った。
「なんかね、不思議」
 不思議だと言う。
「マザーがたまにトカゲスープ作ってくれるんだけど、こんな感じだったのかな?」
 下地があったらしい。最初生きていたりしてたのが次の瞬間には料理としてテーブルに出される。その過程が見ることができて不思議なのだ。気持ち悪くはないよねと囁き合い、でもびっくりだねと初体験に頭もくらくらするしねーと訴える。
「『いただきます』はあらゆる物の命を頂いているんだ。そして調理に関わった全ての人や物に対して感謝するという意味があるだ。わかるよな?
 さて、これから食べやすい大きさに切るんだが、休憩してからにするか?」
 見学が終わったら実践と実際に包丁を持たせるつもりのハイコドの質問に、
「さんせーい」
 唱和の返事が返ってくる。正直だなと笑うハイコドに代わるように子供達の前に陣取ったソランは鹿の角で作った指輪や釣り針、アクセサリーを出し、食べれない部分からはこれらを作ることができると見本を渡した。
「作り方は自分達で調べるのよ」
「えー、ソラン意地悪ー」
「文句は言わない!」
 ブーイングに盛り上がる子等に学習室の窓を開けて空気の入れ替えをするニーナは子供相手に手馴れている妹に思わず笑った。


 時間よりだいぶ早くついてしまった水原 ゆかり(みずはら・ゆかり)は「学校の見学以来ね」とシェリーとお喋りしてから、引き返すには中途半端だしだからといって何もせず時間を潰すのは勿体無いしと調理の手伝いを申し込んだ。
「そんな悪いわ」
 招待状を送った、ゆかりと、食欲の秋を満喫するべく意気揚々と系譜を訪れたマリエッタ・シュヴァール(まりえった・しゅばーる)はあくまでお客様である。
「大丈夫です。主催で主役なのは子供達だってわかっていますから」
 食べることよりゆかりは作るほうが好きだし、手持ち無沙汰よりは断然マシだ。手伝えることがあるのなら手伝うと言うゆかりに、彼女が作る料理が美味しいのを知っているシェリーはこそっとキッチンに視線を流す。結局ゲストに手伝ってもらっているのは一目瞭然で、ゲストだから、だけでは説得力に欠ける。
「ねぇ、ゆかり、何かいいのってある?」
 下拵えなら慣れているからわけないわと乗り気になっているゆかりにシェリーは問いかける。もちろん美味しいのを期待して。
「いいの、ですか? そうですね……ソースは市販のを使いますか?」
 受けてゆかりは数秒考えた後、そうだと思いつく。
 バーベキューと言ったらバーベキューソースは欠かせない。それを市販品で済ますのもいいが、どうせなら手軽に作れるということを知ってもらおう。
「冷蔵庫を見させて下さい」
 案内を頼まれてシェリーはゆかりとマリエッタをキッチンに招き入れた。
 切り分けられた野菜と肉を金串に刺し込んでいくマリエッタは隣りで苦戦している子供に、
「こうすると刺しやすいよ」とアドバイスしつつ、
「あ、そこ、お肉ばかり刺さない」注意も忘れない。
 串一本が丸ごと独占できると思えば、気にかけるは均一かである。
「野菜に、お肉、お魚。バランスも大事よ」
 喧嘩の元にならないように食欲のまま思いのままに金串に具材を並べようとする子供達にマリエッタは目を光らせ、平等とは何かと説く。ただ、野菜だけ串とかのネタを混ぜるのはご愛嬌。
 土台を盛り上げて子供達も一緒に作業できるように配慮された作業台の上で、マリエッタがわいのわいのしている横でゆかりは着々とバーベキューソースのバリエーションを増やしていた。まずは子供向けに甘口、甘さ控えめ、辛口、スパイシーと味の段階を分け、間違わないように色分けした容器の中へと入れる。