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建国の絆第2部 第3回/全4回

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建国の絆第2部 第3回/全4回
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リアクション

 
 黒蜘蛛洞目指して
 
 
 黒蜘蛛洞。
 それはジャタの森にありながら、ジャタ族の者は決して近寄らない場所。その名前は言うことを聞かない子供を脅すのにも使われる。悪いことをすると黒蜘蛛洞に入れてしまうよ、と。そうしてその危険性は深く子供の心に刻まれてゆく。
 鏖殺寺院幹部である白輝精(はっきせい)が、砕音・アントゥルース(さいおん・あんとぅるーす)との会談を希望する者に来るようにと指定したのは、そんな場所だった。
「黒蜘蛛洞って言うと、近づくのもダメって言われてるトコですよ。どんなトコが気にならないこともないですけど、やっぱり……ちょっと怖いっちゃ怖いですよね」
 獣人族のサクラコ・カーディ(さくらこ・かーでぃ)にとって、黒蜘蛛洞の怖さはよく耳にした伝承だ。条件反射のように身が竦む。
「とっとと歩かないと洞窟に着く前に日が暮れちまうぜ」
「迷わないように着いてきてきてねー」
 一行を先導するのは羽高 魅世瑠(はだか・みせる)ラズ・ヴィシャ(らず・う゛ぃしゃ)だ。教えて貰った黒蜘蛛洞までの道のりは、幸い迷うような道ではなかったが、魅世瑠が案内をかってでたのには理由がある。
 魅世瑠にとっては交渉団も、ジャタ森にとっての余所者。引っかき回される前にさっさと洞窟まで案内してしまおう、というのだ。
「しっかし、何でこんな場所を交渉の場所に選んだんだろうな」
 皆を案内しながら魅世瑠が首を傾げると、白砂 司(しらすな・つかさ)は唸る。
「正確に言えば、交渉の場所ですら無い。そこからテレポートするというならば、白輝精は何故黒蜘蛛洞の最奥に来い等と指定したんだ?」
 こちらに危険な洞窟を通らせることによって、白輝精にどんなメリットがあるというのか。
「そう言われりゃそうだな。白蛇は何を考えてんだ?」
 魅世瑠に問われても、司にも今はその答えは出せない。
「不可解だ……試練か悪意か何かあるのか……用心が必要だな」
 気になっているのは、黒蜘蛛洞という場所が選択されたことばかりではない……と、司はジャタ森の風景を興味ありげに眺めながら歩いているアーデルハイトに目をやる。
「知恵は力、知識はその源。それは間違ってはいないが『君子危うきに近寄らず』とも言う。本来ならこんなところになど来ない方がよいのだがな」
 イルミンスール魔法学校の実質の最高権力者が赴くには得体が知れぬ過ぎる場所だ、と司が言えば、アーデルハイトはふふんと笑った。
「だからこそ私が護衛に来たのじゃよ。何をたくらんでるのかは知らんが、墓穴に入らずんば虎児を得ず、と言うであろう」
「虎穴ならともかく墓穴に入られては困るんだが」
 冗談にならない、と司は深い溜息をついた。
 
 
 皆に遅れないようついて歩きながらも、アレナ・ミセファヌス(あれな・みせふぁぬす)の足取りは重かった。
 自ら望んで赴いたのではないアレナを、西園寺 沙希(さいおんじ・さき)は気遣う。
「アレナ、みんなでお出かけだと思えばいいよ。アーデルハイト様と一緒で、しかもテレポートなんて体験ができるなんて珍しい、って思っておこう」
 つとめて明るい声で言って、沙希はアレナに薔薇の形をしたチョコレートを渡した。
「甘いものは心を癒す。一緒に食べよう」
 周りにいる皆にも配り、自分でも1つ取って沙希が口に入れてみせると、アレナはやっと少し表情を緩めた。
「ありがとうございます」
 そんな様子を見るにつけ、沙希は無理矢理のように連れ出されたアレナを、せめて気持ちだけでも安らがせたいと思う。沙希のパートナーであるアレクシア・フランソワーズ(あれくしあ・ふらんそわーず)も、いざとなったらアレナを傷つけるもの……それが攻撃であれ、力を解放しろという要請であれ……から守れるようにと、常にアレナの近くにいるように心がけていた。
 このままアレナの力をみんなが忘れてくれるといい、十二星華全ての力を結集するなんてことにならないといい……そんな風にも考えているアレクシアだった。
 けれど、先の殲滅塔内でのテティスとアレナの会話を知る者ならば、その意味するところを推測するのは可能なことだ。
「なあ、お前はもしかして十二星華なのか?」
 ずばりと尋ねた匿名 某(とくな・なにがし)に、アレナは戸惑ったように目を伏せたが、小さな声で
「はい……」
 と答えた。騒ぎになるのは望まないから大っぴらに発表はしたくない。けれど、自分が十二星華であることを隠そうともしていない。そんな様子だ。
「そうか……まあ色々と難しい立場だろうが、あまり気に病むなよ」
 某はそう励ますと、アレナに尋ねた。
「ちょっと聞いてみたいんだが、十二星華と神子ってどんな関係性にあるんだ?」
「直接には関係はないと思います」
「けど、どっちも女王に関係してるんだろ?」
「はい。ですが十二……は、女王様の血を注入して制作された、緊急用の身代わりのようなものですし、神子は女王様を守る為に封印した方々ですから」
「昔の十二星華のこと、もう少し教えてもらえませんか?」
 シャーロット・モリアーティ(しゃーろっと・もりあーてぃ)は身を乗り出すように、アレナに他の十二星華について教えてくれるように頼んだ。5000年前、セイニィやティセラがどうだったのか知ることが出来れば、シャーロットが抱いている仮説……ティセラが洗脳されているのではないかという疑問が解けるかも知れない。
「セイニィさんは……昔も今もあまり変わっていない気がします。もともとティセラさん一筋で、ティセラさんとパッフェルさん以外の十二星華にも、あまり心を開いていませんでしたし……。十二星華だけでなく、アムリアナ女王様にもあんな雰囲気で接していました。ただ……ちょっと気になることが……」
 そこで一旦言葉を途切れさせたアレナの顎を、呂布 奉先(りょふ・ほうせん)の指がさっと掬い上げた。
「おまえの可愛い顔をそんな風に曇らせているのがどんな懸念なのか、教えてくれるかな」
 口説くのは挨拶代わりという奉先だが、アレナの方は驚いて身をすくめた。そんな奉先を制して、シャーロットは先を促す。
「気になること?」
「5000年前のティセラさんは、女王様をとても慕ってしていました……なのに今はあの変わりようで……」
 今のティセラは女王を憎み、自分が女王になると公言し実際にその為に行動している。その変貌ぶりは5000年前のティセラを知る者からすれば驚くべきものだ。
「なのにどうして、セイニィさんは……それを当たり前のように受け入れているのか……不思議でならないんです……」
 ティセラはセイニィが心を開いていた数少ない相手。その相手ががらっと変わってしまったのに、不審がりもしないのは何故なのだろう。
「今のティセラさんはシャンバラ女王になりたいんだよね? だったらアムリアナ女王様には復活して欲しくないのかなぁ」
 七瀬 歩(ななせ・あゆむ)はちょっと考えた後、アレナに尋ねる。
「アレナさんは女王様の継承の仕方とかって聞いたことあります?」
「いいえ。全然知らないです。私たちは最後の女王であるアムリアナ様から作られたものですから……」
「うーん……そうなんだぁ。十二星華って、あたしたちのイメージだと古王国でも特別だった感じがするんですけど、何か大きな儀式とか神事とかに参加してませんでしたか?」
 興味津々で尋ねる歩の言葉に、アレナは寂しげに微笑んだ。
「いいえ……十二星華によって違いはありますけれど、どちらかというと私たちは日陰の存在でしたから……。一般の人はその存在をあまり知りませんでしたし、信仰や尊敬の対象になるものではありませんでした」
「え、でも……古王国にとって重要な人なんですよね? なのに、一般の人が知らないんですか?」
 意外な答えに歩が思わず聞き返すと、アレナはいいえと首を振る。
「古王国中枢にとっては重要でしたけれど、それは重要な人物ではなく……重要なアイテムという扱いでした。王や神をも恐れぬ古王国の技術者が、自分たちの都合で作った人造人間……それが私たちですから」
 アムリアナ女王はこれらの事に胸を痛めていた、とアレナは語り、自分も胸を押さえて小さく溜息を吐いた。
「なんか難しい話でよく分かんないけど」
 歩とアレナが話をしているのを見守っていた七瀬 巡(ななせ・めぐる)が、うーんと首を傾げる。
「早くいろんなごたごたがなくなって、平和になるといいなぁ。それで、お休みの日に皆で野球したりとか出来るようになったらいいのに」
「そうですね……」
「ほらよっ」
 ぼんやりと答えるアレナの口の両端を、大谷地 康之(おおやち・やすゆき)が指で持ち上げて、笑ったような形にさせた。
「……!」
 アレナが目を丸くするとすぐにその指を放して、康之はにっと笑ってみせる。
「暢気に笑ってられる状況じゃねぇのはわかるけどよ、それにしてもお前さんはいっつも暗い顔ばっかりしてやがる。だから今は笑っとけ!」
 そう言われてもすぐに笑顔にはなれないけれど、その励ましは心に届く。
「はい……ありがとうございます」
 少しだけ元気を取り戻したアレナは、そう言って頭を下げたのだった。