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リアクション
黒蜘蛛洞前
進むうちにジャタの森の木々は一層生い茂り、道は狭く悪くなっていった。滅多に踏み分けられることのない道は両側から草木に浸蝕され、ややもすれば埋もれて見失いそうだった。
それでも、魅世瑠の案内で進んでいった一行はやがて、暗くぽっかりと空いた黒蜘蛛洞の入り口を前方に見出した。外からの光が僅かに照らす入り口付近の他は、外からその内部を窺い知ることは出来ない。
「真っ暗だな……」
洞窟を覗き込んだカティ・レイ(かてぃ・れい)が皆を振り返る。
「歩くなら光術や懐中電灯とか、明かりになるものが要りそうだ。それに、こんな暗い中で暮らしている蜘蛛なんだから、皆で明かりを持ってまとまって進んだら近寄ってこないかもな」
「こっちの蜘蛛も地球と同じような特徴を持ってるのかどうか分からないけど……」
そう前置きして、鳥丘 ヨル(とりおか・よる)は蜘蛛のうんちくを披露した。
「蜘蛛には、巣や網で捕食するタイプと、自分で狩りをするタイプがあるらしいんだ。巣や網を張るタイプは振動で獲物がかかったのを知るんだって。巣の縦糸には粘性がないから、出来るだけ横糸を避けるようにしたら絡まずにすむかも知れない」
カティもヨルを補足する。
「どこに巣を張ってるかわからないから、箒とかで飛ぶのはやめた方が良さそうだよ。といっても、地中に巣を作るのもいるらしいから、危険は空中だけじゃないんだけどな」
洞窟内にどのくらいの蜘蛛がいるのか分からないが、体力温存の面でも、蜘蛛の巣でどろどろにならない為にも、避けられるものがあれば避けたい処だ。
「爪のある脚とか毒の牙とか、考えるだけで近寄りたくないね」
その蜘蛛の中をこれから突っ切っていかねばならないのかと、ヨルは眉を寄せて洞窟の暗い空間を見やった。気は進まないが、ここを通り抜けなければ白輝精が指定した待ち合わせ場所へ行くことが出来ない。
「一般的な蜘蛛は鎌の脚を使って消化液を使うようだから、それにも警戒が必要だ。洗浄用の水もある程度は用意してきたから、もし何かあれば声を掛けてくれ」
白砂司も蜘蛛について調べてきた1人だ。ここから先、危険な蜘蛛の中を通り抜けて行かねばならない。そして洞窟を抜けて白輝精と無事会えたとしても、それが真実安全とも言えないのだ。
せめて備えだけは、と司は背負った荷物をゆすりあげた。
「鈴子団長がラズィーヤ様からの質問状を無事に渡せるように、協力しないとねっ」
必ず桜谷 鈴子(さくらたに・すずこ)を守る、とはりきる秋月 葵(あきづき・あおい)を、エレンディラ・ノイマン(えれんでぃら・のいまん)は頼もしくも不安にも思う。
けれど、やはりいつものように葵には思うように動いて欲しい。鈴子を守ると心に決めている葵を、鈴子共々守れるようエレンディラも全力でフォローするのみだ。
「俺はアーデルハイト様を守る剣となるぜ!」
アーデルハイトに認めて貰う為にも、ここはきっちり交渉に赴く人々を守りきらねばならないと、エル・ウィンド(える・うぃんど)は決意も固く、真っ先に黒蜘蛛洞に足を踏み入れた。
ぷんと饐えた臭いとじっとり湿った空気が洞窟内部から漂ってきて、それだけでこの先に待ち受けているものを思わせる。
暗所恐怖症の風森 望(かぜもり・のぞみ)は中に入る前にまずは何より光源の確保、と光の精霊を呼び出して前方を照らさせた。洞窟は人工のものではないのだろう。高さも幅も一定ではない、でこぼことした空間だ。
呼び出された明かりに何か光っている……と見やれば、それは壁から斜めに張られた蜘蛛の巣だった。入り口に近い場所にはまだ蜘蛛の姿は見えないが、床には蜘蛛糸の残骸がそこここに塊を作り、付近の塵芥を巻き込んで固まっている。
「わたくしにこのような場所に入れと?」
聞きしに勝る不気味さに出す足を躊躇うノート・シュヴェルトライテ(のーと・しゅう゛るとらいて)を、望はさっさと前に押し出した。
「お嬢様、シュヴェルトライテ家の力の振るいどころです。一門の恥となるような真似はしませんよね」
「も、勿論ですわ。わたくしの勇姿をとくとご覧なさいな」
若干腰が引け気味ではあったものの、ノートは剣と盾を構え、洞窟に入ってゆく。望はその後ろについて、ノートが切り開いた道を進んで行った。
次々に洞窟へと入ってゆく皆と逆に、本郷 涼介(ほんごう・りょうすけ)はしきりに背後を振り返っていた。
「おにいちゃん、さっきから難しい顔してるけどどうしたの?」
その動作に気づいたクレア・ワイズマン(くれあ・わいずまん)が、涼介の見ている方向に目をやった。ちらっと何かが動くのが見えたが、それが何かまではクレアの目には分からない。
「さっきからずっとついてきているんだ」
「ついてきてる?」
「ああ。ちらっとしか見てないんだが、アーデルハイト様によく似ている子がずっと俺たちの後をつけてきている……。最初見た時には、アーデルハイト様が分身でもしたのかと思ったくらいだ」
クレアが振り返るのをやめてこっそり視線の端で窺ってみると、追跡者はひょこっとまた一団が通ってきた道に姿を現した。確かに、この距離から見るとアーデルハイトそっくりに見える。
「何が目的なのかな?」
「分からない……殺気はまったく感じられないんだが……」
明らかに怪しい行動を取っているのに、涼介の殺気看破には反応がない。
「害意も感じないデース。しかしなにやら不安デスネー……」
ジョセフ・テイラー(じょせふ・ていらー)もしきりに背後を気にして振り返っていた。
「……アズールにトドメをさしたんですが、ほんとにあれで終わったのでしょうか」
赤羽 美央(あかばね・みお)はナラカ城でのアズールの死に際を思い出していた。とどめを指した美央は間近に死ぬ直前のアズールの顔を見ている。忘れはしないあの顔、あの目……もしアズールが生きていたら、必ず復讐しに来るに違いない。
それに、アーデルハイトのスペアボディが1つ、紛失しているのも気になる……。
「アズール討伐の時にアーデルハイトはスペアボディを持っていった……ということは、アーデルハイトの結界は、スペアボディに魂が入るのを阻害しない、ということだよね。そしてそのスペアボディは、1つ無くなってる」
とすると、と峰谷 恵(みねたに・けい)は憂い顔で言葉を続ける。
「アズールの魂がスペアボディに入り込んで逃げたとしたら、あれはやっぱり……」
「オウ、死に際のアズールの顔、今思いだしてもゾクッときマース……。もし彼が生きていたら、きっとあの時のコトを許しまセーン」
ジョセフもぶるっと身を震わせた。
アーデルハイトが練り上げた作戦でもアズールが倒れなかったとすれば……今後どう対応すれば良いというのだろう。
「付けてくる意図がどうであれ、このまま放置は出来ませんね。まずい情報を伝えられても困りますし、万が一後ろから攻められたりしたら危険ですから。捕獲しましょう」
美央とジョセフは、同じく後をつけてくる不審者を捕まえようと考えている者たちと共に、そっと少女の背後に回り込みにかかった。
が、少女の逃げ足はおそろしく速い。回り込んで退路を塞いだ、と思いきや、物陰にさっと引っ込んでしまう。その周辺を探しても見つからないのに、気づけばまた、じっとこちらを窺っている。
「変ですね。確かに追い込んだはずなのに……」
数度失敗した後、美央は捕獲を諦めて皆の元に戻って来た。
「どうまショー? このまま連れて行ったら、砕音サンだって危ないかもしれまセン」
何かあれば折角の会談の機会が失われるだけでなく、集められた人々すべてを危険に晒すことになる。療養中だという砕音の元に怪しい人物を連れて行くわけにはいかない。
「ですが、下手に倒してまた別のボディに入り込まれたら、それはそれで厄介です。相手が攻撃してくるまでは、手出しは控えておきたい処です」
スペアボディに入ったのは、アズールにとっておそらく緊急措置。アーデルハイト似のボディは見分けやすいという利点もある、とエーファ・フトゥヌシエル(えーふぁ・ふとぅぬしえる)はまだこちらを窺う様子の少女に視線をやった。
目が合うと、途端に少女の姿は引っ込むが、立ち去る気は無さそうだ。
「この状態で何が怖いって、洞窟の入り口を破壊されて生き埋めにされることだ。いくらアーデルハイト様の魔法があるからといって、洞窟に埋もれたこの人数を外に出すのはかなりの重労働だろうしな」
「オウ、冗談じゃないデース」
涼介の言葉に、ジョセフが大仰に両手を広げて肩をすくめた。
「ボク達、ここに残って洞窟を塞がれたり、不審者が入ったりしないように見張りをするよ」
「そうですね。蜘蛛と不審者に挟み撃ちなんてことになっては困りますから」
不意打ちで攻撃されることのないように、害意への警戒をしっかりかためると、恵とエーファは洞窟には入らず、入り口を守るように立ち塞がった。
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