空京

校長室

建国の絆第2部 第3回/全4回

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建国の絆第2部 第3回/全4回
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リアクション

 
 黒蜘蛛洞内 
 
 
 洞窟を歩き出してすぐ、ミレイユ・グリシャム(みれいゆ・ぐりしゃむ)はうっと息を呑んだ。
「うわ……ほんとに蜘蛛だらけだね」
 洞窟を埋め尽くした蜘蛛が動いている為に、地面が、壁がわさわさと動いているように見える。背筋がざわざわする光景だ。犬ほどの大きさのものから、指先ほどの小さなものまでがびっしりとひしめいている。
「攻撃するのはちょっと待って。最初からあんまり刺激しない方がいいと思うんだ」
 早速道を切り開こうとする生徒を止め、ミレイユは子守歌で蜘蛛を眠らせた。見えている範囲のものにしかかけられないが、通り抜ける間眠っていてくれればそれで良い。蜘蛛を退治に来たわけではなく、この洞窟の最深部に行くのが目的なのだから。
 眠った蜘蛛の間を、ミレイユはそっと通り抜けようとした。が、子守歌の眠りはダメージでも覚めてしまう。蜘蛛を踏まずには歩けず、踏めば蜘蛛は起きてしまう。ミレイユの目がしっかり認識できている蜘蛛はいいが、陰になっている蜘蛛には効かない……と遭遇を減らすのには役立つが、子守歌だけで通り抜けるのは無理そうだ。
「子守歌がうまく行けばと思っていましたが……戦うしかないようですね」
 人を見ても逃げるどころか襲いかかってくる蜘蛛を前に、シェイド・クレイン(しぇいど・くれいん)はアーデルハイトをいつでも庇えるようにと身構えた。
 と、その時、
「な、何ですのっ!」
 ノートの悲鳴が挙がった。見れば、べっとりと垂れ下がった蜘蛛糸に絡まれ、動きが取れなくなっている。
「お嬢様はどうしてこう面倒をかけてくれるのでしょうねぇ」
 望は呆れながらも、ハルバードで蜘蛛の巣を払いに掛かった。普通の蜘蛛の巣と比べ、糸は太く頑丈だ。おまけにねばねばと絡みついてくる為にハルバードが思うように振るえない。苛立ちながら望が糸と格闘していると。
「う、う、上……上ですわ!」
 ノートが視線で指す先には、牛ほどのサイズの巨大蜘蛛が、今まさに獲物に飛びかからんと身構えていた。巨大なサイズにもかかわらず、その動きは俊敏だ。
 一刻も早く蜘蛛糸から逃れようとノートはもがくが、それより巨大蜘蛛の方がずっと速い。来る痛みに備えてノートが全身に力を入れた時。
「させないよっ! みんなを護るのがあたしの役目なんだから!」
 ミルディア・ディスティン(みるでぃあ・でぃすてぃん)がタワーシールドを巨大蜘蛛へと突き上げ、ノートへの攻撃を防いだ。
「ミルディ、足下に気を付けて下さいまし」
 両腕に力をこめて巨大蜘蛛を留めているミルディアの足下を、こぶしほどの大きさの蜘蛛が続々と這いのぼってゆくのに気付き、和泉 真奈(いずみ・まな)が警告を発した。
「……っ、痛っ……」
 毒蜘蛛に噛みつかれ、ミルディアの顔が歪む。けれど、頭上からの巨大蜘蛛を押しとどめる方を優先し、シールドを掲げたまま耐え続ける。
「ごめん、エレン、鈴子団長をお願い」
 鈴子を護っていた葵が、ミルディアの窮地を見かねて助太刀に入った。ミルディアにたかる蜘蛛を払い落とし、高周波ブレードで仕留めてゆく。
 葵が心配で、エレンディラは鈴子を守る傍ら、葵にたかろうとする蜘蛛に雷を放って援護した。その間、鈴子はその右側に控えたレキ・フォートアウフ(れき・ふぉーとあうふ)ミア・マハ(みあ・まは)が守る。
 レキは襲い来る蜘蛛を睨み付けてその攻撃を緩めた。蜘蛛への攻撃は、返り血ならぬ返り体液を浴びぬよう、遠距離攻撃が基本だ。それでも不意に飛びかかってくる蜘蛛もおり、汚れずに済ます、という訳にはいかないようだ。
「蜘蛛糸ならば燃やすのが早いかのぅ」
 ミアはかかっている巣ごと蜘蛛を焼いた。燃え上がる火に周囲の蜘蛛は慌てふためいたが、それでもこちらへの攻撃はやめない。
「敵ながら、あっぱれな闘志じゃのぅ。じゃが、わらわはどうしてもここを通らねばならぬのじゃ」
 砕音に会うことが出来れば、新たな道が拓けるかも知れない。ねぐらに踏み込まれた蜘蛛も迷惑だろうが、どうしても洞窟の最深部へ鈴子を送り届けねばと、ミアは再び蜘蛛に炎を放った。
 その間も、巨大蜘蛛との戦いは続けられている。
「上のを何とかしないとっ!」
 ミレイユがミルディアの頭上に迫る巨大蜘蛛に光の球を投げつけた。洞窟に入るまでは気が進まぬ様子だったアレナも、皆がが危険とみて、巨大蜘蛛へ次々と矢を放った。足下に寄ってくる毒蜘蛛たちは、シェイドが光の力で散らしてゆく。
 その間に望が拘束している蜘蛛糸を切断し終え、ノートを抱えるようにして離脱。
 盾で押しとどめる必要のなくなったミルディアは、盾の代わりに光の刃を巨大蜘蛛へと突き上げた。
「お、落ちるっ!」
 力を失った巨大蜘蛛が落ちてくるのを、皆は慌てて四方に散って避けた。
「ミルディ、こんなに腫れて……」
 痛々しく腫れているミルディアの足から真奈が毒を抜き、傷を回復させた。
「そっちは大丈夫かえ?」
 前方から来る蜘蛛に対応しているアーデルハイトが、ちらりと振り返る。が、その間隙にアーデルハイトへと、天井から大型の蜘蛛が飛んだ。
 それをエルが受け流し、蜘蛛の軌跡を変える。床に落ちた蜘蛛を、ホワイト・カラー(ほわいと・からー)が狙い撃った。のたうちながらもまだ向かってこようとする蜘蛛を、エルが炎をまとわせたブレードで焼き斬る。
 アーデルハイトを無事会談の場へ送り届けることが、イルミンスールとエリザベートの、ひいてはシャンバラの為になると信じて戦うエルに、ホワイトは心配そうな顔を向けた。が、何も言わず、戦うエルの手助けを続けた。エルが心に抱いている決意は、世界の為、そして大切な人の為を思ってのこと。危険だからといって変えられるものではないのを、ホワイトは痛いほど分かっている。
「覚悟はしてたけど、ほんとに蜘蛛だらけ。黒蜘蛛洞とはよく名付けたものね」
 道を切り開こうとするアーデルハイトを助け、遠野 歌菜(とおの・かな)は炎で蜘蛛を焼き払っていった。普通の蜘蛛ならば火を恐れるものだが、黒蜘蛛洞にいる蜘蛛はひるみはしてもそれを圧して襲いかかってくる。
「恐らく、繁殖期に入っておるのじゃろう」
 アーデルハイトは術を放つ合間に、大型の蜘蛛の間で右往左往している子蜘蛛を指した。
 肉食蜘蛛は子孫を残す体力を得る為、あるいは卵を守る間の栄養補給に、他の生物の血肉を欲している。繁殖期を迎えて気も立っている為に、洞窟に入り込んできた彼らに襲いかかってくるのだろう、とアーデルハイトは言う。
「俺たちは恰好の餌って訳か。冗談じゃないぜ」
 貪り食われてはたまらない、と月崎 羽純(つきざき・はすみ)は蜘蛛が飛びかかるよりも早く、細身の片手槍の形状をした光条兵器をふるった。
 そうして蜘蛛の攻撃に羽純が隙を作ったのを見計らい、歌菜が蜘蛛をふたたび焼き払う。
 このまま3キロの道のりを進まねばならないのかと危惧したが、その場の蜘蛛をなんとかやり過ごすと、その先はしばらく小ぶりの蜘蛛しかいない通路が続いた。
 全体的に蜘蛛はいるけれど、その分布にはムラがあるようだ。
 蜘蛛の少ないうちにと、洞窟を進む生徒たちの足は自然と速まった。
 それに遅れまいと、短い足のコンパスを補うように必死に動かしていたノルニル 『運命の書』(のるにる・うんめいのしょ)は、頭上からするりと下りてくる毒々しい色合いの蜘蛛に気づかなかった。
 つ、と下りるスピードを調整した蜘蛛が、運命の書の頭に取り付く……とその瞬間、運命の書に何かが覆い被さった。
 押されて地面に倒れ込んだ運命の書の上で、毒蜘蛛の身体が砕け散る。
「アーデルハイト様?」
 自分を庇ってくれた者の姿に運命の書は咄嗟にそう思ったけれど、よく見ればそれはアーデルハイトではなかった。非常に良く似ているのだが、服は裂け、目はきつくつり上がっている……別人だ。
「ノルンちゃん、大丈夫ですかぁ?」
 心配する神代 明日香(かみしろ・あすか)に肯いてみせながら、運命の書は首を傾げた。
「はい。ですがこの方は一体……」
 撫で撫で撫で……。アーデルハイト似の少女はひたすら運命の書の頭を撫でる。無事で良かったと言わんばかりに。
「あなたのお名前は?」
 けれど関谷 未憂(せきや・みゆう)がそう尋ねると、少女はぱっと身を翻して姿を隠してしまった。それを見て、涼介が眉をしかめる。
「どうして……洞窟の入り口は塞いでいるはずなのに」
 少女が通ったという連絡も無い。ではどうして外に締めだしたはずの少女が、また一行をつけてきているのだろう。
「もしかして、テレポートしたのか……?」
 その能力を持っているとするならば、少女の正体はやはり……。
「アーデルハイト様には、容姿が似てる子孫や魔女や知り合いはいるんですかぁ?」
 運命の書が知らないですと答えると、明日香は今度はアーデルハイト本人に同じ質問をした。
「な、なにぃ?! もしや生き別れの双子の姉妹ではなかろうな?!」
「え、アーデルハイト様には双子の姉妹がいらっしゃったんですかぁ?」
「いや知らぬ」
「紛らわしいこと、言わないで欲しいですぅ」
 一瞬驚きかけた明日香に抗議され、アーデルハイトはすまぬすまぬと謝った。
「しかしよう似ておったのう」
「もしかして、アーデルハイト様のスペアボディだという可能性はないですかぁ?」
「それは……」
 考え込んだアーデルハイトに、リン・リーファ(りん・りーふぁ)が言う。
「大ババ様、この間のアズール戦の後、スペアボディを無くしてきた、なんて暢気なこと言ってたけど、無くしたらまずいんじゃないのー? なんだかヤな予感がするよー」
「スペアボディだけなら問題はないはずじゃが……もしや悪霊でも取り付いたかの……?」
「悪霊ーっ? それすっごくこわいよー」
 リンは騒いで未憂にしがみついた。
 明日香は硬い表情をアーデルハイトに向ける。
「アズールの復活を結界で防いで倒しましたが、その魂が空っぽのスペアボディに移る可能性はありますかぁ?」
「ぬ、それは……あり得ぬことではないな」
 アーデルハイトの答えに、ではやはりと明日香は少女が去った方角を見やるのだった。