校長室
建国の絆第2部 第3回/全4回
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神殿の温泉にて そうして、会談を希望する者が黒蜘蛛洞に挑んでいた頃。 砕音・アントゥルース(さいおん・あんとぅるーす)とそれに味方する鏖殺寺院回顧派を中心とした者たちは、アトラス火山山麓に復活した古王国時代の神殿で、彼らの到着を待っていた。 砕音はベッドに横たわったまま、風に乗って届く声を聞くともなく聞いていた。一際大声で騒いでいるのはセレスティアーナ、ということはこの声は裏にある温泉から聞こえてくるのだろう。 今そこには、リージェに連絡を取ってセレスティアーナの元へとやってきた者たちがいるはずだった。 「すぐにセレスティアーナに会わせろ。彼女に危険が迫っている」 イーオン・アルカヌム(いーおん・あるかぬむ)がそうリージェに連絡を入れ、迎えに来た白輝精のテレポートによって、彼らはここまでやってきた。 作戦の詳細は伏せるよう、特にセレスティアーナには危険が迫っていることさえ伝えない方が良い、というイーオンの提案を受け、共にやってきた仲間たちはそれについて触れなかった。けれど白輝精は、もう既にその作戦のことを知っていた。 「だから私たちはここにいるの。ここならその作戦から身を隠すにもちょうど良いから」 白輝精はそう言って神殿を示した。シャンバラ女王を崇める神殿は、周囲に砕音の味方しかいないこともあり、平和的な印象だ。 「ですが、いつドラゴンキラー作戦に荷担する者が入り込まないとも限りません。会談を希望する中に紛れ込んでいる可能性だってあります」 アルゲオ・メルム(あるげお・めるむ)の言葉に、白輝精はふふっと笑った。 「そう。だからこそ、面倒だけど黒蜘蛛洞を通ってきて貰うことにしたのよ。おかしなものに入り込まれたりしないように、ね」 「どういうことですか?」 怪訝顔のアルゲオに、白輝精はここからは離れた洞窟を見通すような眼差しを宙に向けた。 「あの洞窟にはね、私の分身を配置してあるの」 一行の中にドラゴンキラー作戦従事者やその協力者が紛れ込まないか、また後をつけてこないか、それとは別に砕音を襲うつもりの者がいないか……と、黒蜘蛛洞を通る一行は白輝精の分身によって監視されている。 妙に戦力を温存させている者や言動に不審のある者を見つけると、その思考を読んで危険かどうかを判断する。そうやって、危険人物をふるい分ける為に、わざわざあの洞窟を通り抜けた奥を待ち合わせ場所にしたのだ、と白輝精は笑った。 「もし、そんな人が紛れ込んでいたら、ふふ、どうなるかしらね。私はそんな人をここに連れてくるつもりは無いし。1人残されて蜘蛛と遊んでもらうのも楽しそうだわ」 「ではここには、ドラゴンキラー作戦を実行しようという者はやって来ないということ?」 会談では砕音の警護につく予定でいるメニエス・レイン(めにえす・れいん)が、探るように尋ねた。 「ええ。だからあなたも安心してていいわ」 「……そう」 幾分つまらなそうに呟くメニエスに、ミストラル・フォーセット(みすとらる・ふぉーせっと)が添うように身を寄せる。 「もし紛れ込んでいたとしても、メニエス様には指一本触れさせはしませんわ」 メニエスもまた、スフィアを持っている可能性があるとして、ドラゴンキラー作戦の標的として名が上がっている。だが今の処、この神殿は安全な場所と言えそうだ。 「そろそろお客さんが待ち合わせ場所に着きそうね。迎えに行ってくるわ」 白輝精は優雅に身を返して、姿を消した。 「ドラゴンキラー作戦からは守られるにしろ、セレスティアーナが危険なことには変わりない」 すっかり安心している様子の白輝精を見送った五条 武(ごじょう・たける)は苦く呟いた。セレスティアーナは元々、アズールが身体を乗っとる為に作られたものだと聞いた。魂を様々な身体に転移させて生き延びてきたアズールだから、倒せたように見えても油断は出来ない。どこかで息を潜めて機を狙い、予定通りセレスティアーナの身体を乗っ取ろうと目論んでいる可能性も否定できない。 この間会った時、リージェはセレスティアーナに闇龍の封印を手伝ってもらう、とも言っていた。彼女に利用価値がある以上、利用しようとする者、妨げようとする者の間で起きる確執に巻き込まれることも大いに考えられる。 「セレス……」 温泉ではしゃいでいるセレスティアーナを見つめ、イビー・ニューロ(いびー・にゅーろ)は呟いた。 「大丈夫です。私たちが、貴女を守ります。セレス、何一つ問題ありません」 これから先、何があるのかは分からない。けれど、必ずセレスティアーナを守りきる。自分の身と引き替えにしてでも。 そんな決意をこめて見守るイビーと裏腹に、当の本人は、危険を知らされていない為、知り合いがたくさん訪ねてきてくれたことが嬉しくてたまらないらしい。歓声を挙げながらさっきから騒ぎまくっている。 「おおう、魔法の泉はなんと素晴らしいのだ!」 言葉と共に、セレスティアーナは温泉に飛び込み、豪快な水しぶきをあげた。 「あーっはっはっはっ、温かいぞ、愉快だぞ、みんなも入るのだああああ!」 「セレスティアーナ、温泉は服を着たまま入るものではないのだよ」 温泉に飛び込み出ては外を走り回り、というのでは風邪を引く、と注意するイーオンを、 「服など脱いだら恥ずかしいだろう。そんなことより、イーオンも入るがいい。ここは健康促進、安産、交通安全、合格と、あとは……とにかく、何にでも効く魔法の泉らしいぞ。風邪なんてここに入れば治るだろう」 温泉の効能をすっかり誤解しているセレスティアーナが反対に誘う。 「いや、俺はいい」 セレスティアーナを守りに来たイーオンとしては、無防備に温泉になど浸かっていられない。 「何だ、イーオンは御利益は欲しくないのか? だが悠希は一緒に入るだろう? 安産の泉だぞ?」 「ボクは……」 真口 悠希(まぐち・ゆき)はちょっと迷った後、切り出した。 「セレスちゃん、その前に聞いて欲しい話があるんです。いいですか?」 「おお、話、話、話を聞くのは好きだぞ。今日はどんな話をしてくれるんだ?」 喜ばれてしまうと却って話しにくい。けれど悠希は1つ深呼吸をすると打ち明けた。 「セレスちゃん……今まで黙ってたことがあります。ボク……実は男の子なんです」 初めて会った時には抱きしめ、この間会った時には胸も探ってしまった。セレスティアーナを守る為に落ち着かせたくて、そして自分を頼り信頼してくれたのが嬉しくて。けれど、セレスティアーナが信頼を向けてくれればくれるほど、隠し事をしているのが苦しくなってくる。 悠希は覚悟を決めてセレスティアーナに隠していたこと……自分の本来の性別を話すことにしたのだった。 「ななななななんだってー!?」 「すまないなセレス。弟子の悠希の責任は私の責任でもある」 仰天するセレスティアーナに上杉 謙信(うえすぎ・けんしん)は詫び、そして弟子である悠希の気持ちを伝えようと、桜井静香校長を喩えに取って話し出す。 「セレスは前の保護先の百合園校長、静かは知っているかな。静香も自分を女と偽り校長職にあったのだが、悠希達生徒を信頼し、自ら男と明かしたと聞く。つまり……悠希なりに、静香のようにセレスを信頼し、本当の意味で向き合いたいと……セレス? 聞いておるのか?」 「うっぎゃあぁぁぁぁ! どどどどどうすれば良いのだ!」 謙信の話も耳に入っているのかいないのか、セレスティアーナは赤面どころか全身真っ赤になって、温泉をじゃばじゃば跳ね返しながら走り回っている。 「悠希にはハグとか胸とか……はははははずかしいいいいい! はうっ」 「危な……」 イビーの言葉に重なって、セレスティアーナは派手に転んで温泉に沈んだ。 慌てて皆で引っ張り上げ、落ち着かせることしばし。 やっと落ち着いたセレスティアーナに、悠希は深々と頭を下げた。 「本当にごめんなさい……許されなくても仕方ないです。でもボク達生まれはどうあれ、異性にドキドキしちゃう同じ人間で……。なのにセレスちゃんだけ命を狙われたりの大変な目に遭ってて……ボクは……そんな理不尽を許しません。もう誰にも狙われないよう、ボク戦います。だから……その時まで……セレスちゃんが安心して暮らせるようになる時まで待ってて下さいっ……」 「おお、なんだ……いや、そうだな……」 セレスティアーナは照れた様子で悠希から目を逸らすと、地面にぐるぐると意味のない円を描いた。 「許すも許さないも、私は怒ってなどいないぞ。いや、それはもう驚いた、とてもとても……うあああああ、あんなことやこんなことや……」 思い出してまたどんどん赤くなってゆくセレスティアーナだったが、怒っていないと聞いた悠希は安心する。 「セレスちゃん、ありがとう……」 いつものようにぎゅっと抱きしめると、セレスティアーナの羞恥は沸騰した。 「ななななななんとはずかしい……しかし悠希とはもう何度もハグを……ぎゃああああ」 「セ、セレスちゃん?」 くてっ、と首を仰け反らして放心したセレスティアーナを、悠希は慌てて支えた。