校長室
建国の絆第2部 第3回/全4回
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砕音との会談 3 「そろそろ話を戻してよろしいかしら」 皆が聞きたいことをほぼ聞き終えたとみて、ラズィーヤが話の流れを元に戻した。 「さきほどのお話からすると、それでは、長臨時代理と言われている砕音さんと何らかの約束をしたとしても、それが鏖殺寺院全体や相当数のメンバーに波及するわけではない、という理解でよろしいかしら?」 「申し訳ありませんが、その通りです。各幹部は、手前勝手な理由をシャンバラ建国反対にこじつけ、こちらの指示に従わずに独自の行動を取っています」 「それら幹部は、ダークヴァルキリーの命令にも従わないのですか?」 「はい。彼らの主張では、私がダークヴァルキリー様をたぶらかしているか、現在いらっしゃる彼女が偽物だとか、そもそもダークヴァルキリー様にすら反旗を翻して『我こそが鏖殺寺院』といった態度の者までおります」 「あらまあ、そちら様も大変ですわね」 回線の向こうからラズィーヤが苦笑する気配が伝わってくる。が、それには取り合わず、砕音は枕元に用意してあった記録メディアを、鈴子とアーデルハイトそれぞれに渡した。 「何じゃこれは?」 「こちらは私が把握できた物だけですが、市民への犠牲を強いる鏖殺寺院の幹部や支部等と、彼らの資金源や支援者に関するデータです。ただ能力の高い幹部なら、すでに足を取られないように移動や隠蔽工作をしていると思いますが、それでも検挙の役には立つと思います」 「そんな……鏖殺寺院を潰すつもりなの?」 それまでじっと会談の内容に耳を澄ませていたメニエスが、さすがに驚いた目を向ける。それを外部に渡すことはすなわち、鏖殺寺院を屋台骨から崩すことになりかねない。 砕音はメニエスの驚きに、薄く笑った。 「もともと私が鏖殺寺院に入ったのは、テロ組織としての寺院を壊滅させる目的でした。今の目的は……これから起こる災厄において、少しでも犠牲者を減らす事ですが」 そう言う砕音の肩に肘をついて、白輝精が喉を鳴らす。 「そういう事を企んでいても、あなたにとっては弱者なら誰でも人質になりうるから、人質を使ってあなたを操るのは楽勝だと思ったんだけど……。まさか強硬派の幹部も、乱開発を進めようとする地球のエージェントも皆殺しにして、長も各地の幹部も黙らせるとは思わなかったわよ」 その肘を邪魔そうに振り払う砕音を指さして、白輝精はそこに居合わせた皆に言う。 「この人、ヘタレなお人好しに見えるけど、平和や弱者を守る為なら『すでに手を汚した俺が適任だ』とか言って、残虐冷酷に殺しまくるから気をつけた方がいいわよ。病人とはいえ、無尽蔵の闇龍パワーを使い出したら、鏖殺寺院最強だか最兇だか最狂だかの称号に納得するから」 「…………」 黙りこくった砕音を、アーデルハイトが杖の先でつぴつぴとつついた。 「ヘタレにしか見えんがのう」 「でしょ?」 白輝精と視線を交わし合った後、アーデルハイトは砕音に尋ねる。 「で? 鏖殺寺院をつぶしちゃろう、と言うのは蒼空学園の指示か? それともアメリカのシーアイエーとやらの差し金か?」 「いいえ。呪いのせいで上手く話せない事もあり、御神楽校長には私の意思を伝える事ができませんでした。またアメリカとは、すでに関係を絶っているつもりです。これは私個人が考え、進めていることです」 「関係と言えば……」 ラズィーヤはどう答えるかと試すように質問を投げかけた。 「わたくしの感覚では、鏖殺寺院と十二星華ティセラの行動は、どこかでリンクしているような印象を受けますの。特に、空京に寝所が現れた際の鏖殺寺院の撤退は奇異に映り、本来であれば邪魔をしたいはずの、直後に予定されていた女王候補宣言をあえて行なわせようとしているようにすら感じましたわ。むしろ行なわせなかったのは、ティセラの儀式への乱入、と考えるのは邪推でしょうか? しかしティセラ本人は、鏖殺寺院を倒すべき敵と話しているそうですわ。実際のところ、鏖殺寺院と彼女は繋がっているのでしょうか?」 「それは……」 砕音は答えあぐねて白輝精と顔を見合わせた。 「それには私が答えるわ。彼は呪いで話せないから」 砕音の視線からその考えを理解して、白輝精は説明を引き受けることにした。 「これを話す事によって、私たち鏖殺寺院はティセラの敵になるわね。つまり、今までは通じてたって事よ。なにしろ――鏖殺寺院の黒幕はエリュシオン帝国なんだから」 「な、なんじゃとー!」 アーデルハイトの驚きと、その場にいた者たちの驚愕の声が重なった。 「さすがはラズィーヤ様の推測ね。その通りよ。帝国は、ティセラの乱入を演出させる為に、私たちに早く空京から出ていくように求めたし、ダークヴァルキリー様がヴァイシャリーを襲った時も、帝国からは舞踏会を開かせる為にヴァイシャリーに手を出してはいけないって注意されていたから、長は肝を冷やしたものよ」 最上位の秘密であるはずのそれだったが、話すと決めた白輝精は躊躇も見せずに楽しげに語る。 「まあ、帝国がバックだと知るのは、私と長と鏖殺博士と砕音くらいかしら。ダークヴァルキリー様は帝国に呪いをかけられた当人だけど、契約相手との融合でお馬鹿になっちゃって把握しているのかどうか分からないわね」 「何故そのような秘密を公開したのだ?」 真意を測りかねてエリオットが尋ねると、白輝精は一層楽しげに目を細めた。 「ダークヴァルキリー様と鏖殺寺院に呪いをかけて歪めたのは、5000年前のいわば古代エリュシオン帝国。私の主よ。私は当初は、一神官としてシャンバラの内政を探るスパイであり、鏖殺寺院が鏖殺寺院と成った後は、長やダークヴァルキリー様に帝国の指示を伝える役目をしていたの。でも、ティセラを操る現在の帝国は、古代エリュシオンの意思に反していると確信した。だから、こうして話す気になったのよ。たいして活動資金も出さないし、事あるごとにティセラの活動を邪魔しないよう注意ばかりして、本当に腹の立つ」 すべてをばらして清々している、といった様子の白輝精にエリオットが確認する。 「つまり現在の帝国も、鏖殺寺院を援護していたのだな」 「そうよ。昔に比べれば随分と小額とはいえ資金援助はあったし、私達に関する事をシャンバラに黙っていた。おまけに鏖殺博士や他の幹部の誰かが、独自に現在のエリュシオンに通じているらしい、とも分かっているわ。昔と今では思惑や関わる者が変わっても、エリュシオン帝国がシャンバラを陥れようとしているのは変わらないわね。その帝国の協力を求めようだなんて、馬鹿な貴族や生徒がいて可笑しいわ。帝国は始めっから大嘘をついてシャンバラを滅ぼそうとしているのに、甘言にコロリと騙されて」 そう言って笑う白輝精は嘘を吐いているようには見えず、また砕音もそれを否定する様子はないが、簡単に信じるには重すぎる情報だ。 「証拠を求めても良いでありますか」 健勝の求めに、白輝精はどこからともなくエリュシオン帝国の紋章が入った宝剣を出した。豪華だが重々しい装飾がされたそれは、いかにも帝国風だ。 「それを貸してあげるわ。分析でも何でもしなさいな。一月たったら私の元に戻ってくるよう魔法をかけたから、ガメれないわよ」 白輝精が突きつけたそれに手を伸ばしたのはアーデルハイトだった。 「とりあえず、これを解析するのは魔法に長けたイルミンスールの仕事じゃろう。解析データはすぐに百合園にも教えるでの」 回線の向こうにいるラズィーヤの同意を取ると、アーデルハイトは宝剣をしっかりと受け取った。 「今の話が本当なら、ティセラちゃんはどうして鏖殺寺院が敵だと言ったのかな……?」 まだ納得出来ないメリエルが言うと、白輝精は声を立てて笑った。 「味方だなんて正直に言うわけないじゃない。彼女の役割は、シャンバラの世論を割る事らしいから。『鏖殺寺院をやっつけるのに力を貸す』と言えば、シャンバラ人の気持ちも揺れるからでしょ。でも、実は帝国からは何にも聞かされていない御人形、という可能性もあるわね。あらあら、お可哀想に」 白輝精がティセラを語る口調は冷やかだった。 そこまで話すと、白輝精は自分の身体をさする。 「……ふうん。これを暴露しても呪いの影響がほとんど無い、という事は、現在のエリュシオンは私が仕えたエリュシオンとは変わってしまったのは、確かなようね」 「よかった……」 心配そうに様子を見守っていた砕音がそう漏らすと、白輝精はどすっと蛇の胴体を砕音にぶつける。 「どうして、この男はこーかしらね」 「だ、ダメですよ。砕音先生は病人なんですから」 東雲 いちる(しののめ・いちる)が慌てて白輝精を止めた。 他に話は、と砕音に促され、それまで質問を控えて見守っていたマフディー・アスガル・ハサーン(まふでぃー・あすがるはさーん)が進み出た。 民の間に対立を残してはならない。その主義を持って砕音と話をしなければとマフディーが名乗ると、砕音は居住まいを正した。 「貴方の事は、色々とお聞きしております。鏖殺寺院兵士の捕虜への対応で心を砕いてくださった事にお礼申し上げます」 知っていてくれれば話は早い、とばかりにマフディーは砕音に早速尋ねた。 「終戦派の者たちの今後の生活をどう考えているのか聞かせてもらいたい」 「終戦派? 鏖殺寺院から戦線離脱する者という意味でしょうか」 離脱してゆく者は派閥を作ってはいないから、と砕音はマフディーの言葉の意味するところを確認してから答えた。 「実際……鏖殺寺院を離れても、前歴が明かせない以上、まともな仕事を得るのは難しいでしょう。破壊活動にまわされるはずだった資金を抑えて、彼らの支援に回すように図ってはいますが、正直、私の部下はそれら支援のやり方を知りません。行政による支援が必要だと感じていますが、現在の各都市と各学園が牽制しあう情況では、それも期待できないのが現状です」 何とかしてやりたいのは山々だが、と言う砕音に、それもしかりとマフディーは肯いた。一旦外れた者が今の世界に受け入れられるのは、かなり困難なことなのだ。 「我輩の活動を聞き及びなら、ゴクモンファームについてもご存知であろうか。捕虜受け入れの実績もある我がファームは、シャンバラ内では最も寺院を受け入れやすい場所だと我が輩は考えておる。行く場のない寺院兵士たちがいるのであれば、ゴクモンファームで受け入れるのはどうだろうか」 マフディーの申し出を、砕音はすぐさま脳裏で検討した。 「それは……。元鏖殺寺院兵に受け入れの場を与えていただければ、社会復帰の道が開けます。懸念される事は諸々ありますが、ファームの実績や土地柄を考えれば、確かに他のどこよりもお任せできそうです」 それが可能であればどんなにか兵士たちが助かるか。だが問題もまた多い。 マフディーのパートナーである馬良 季常(ばりょう・きじょう)は、鏖殺寺院が集結すると恐れられるのは必至、と懸念する。 「そこで、学生有志に農場参加していただきたく思います。生徒たちが緩衝材となることにより、シャンバラを1つに出来るのではないでしょうか」 生徒が共にいることによって、シャンバラの人々の不安は薄まるだろう。分かたれてしまった道を生徒を介して繋げることが出来るのなら……と季常はアーデルハイトに向き直る。 「鏖殺寺院を離脱する者との対話、緩衝は校長会議レベルで決定され、実務者レベルで実案化されることとなるでしょう。アーデルハイト様、元鏖殺寺院兵士の受け入れに賛同いただけないでしょうか」 「うむ……」 アーデルハイトは頭を抱えた。 「本国連中がうるさいヌラリヒョンと、聞く耳持たぬおでこが反対しそうじゃのう。徹底的弾圧や取締りなんぞ、国の空気が悪くなるので反対なのじゃが……」 とそこまで言って、周りで見つめる生徒たちの目に気づく。難しいことは山ほどある。けれど、それを乗り越えようという気概があるのならば。 「まあ、実際にやりたい学生がおるなら、やってよいじゃろう」 しぶしぶながらもアーデルハイトはそれを認めた。 「ありがとう。寺院側にも、農業に活用できる寺院の技術、知恵があれば提供して欲しい。鏖殺寺院を受け入れることは益があると示したい。労働者に、そしてシャンバラ中に」 そう言うマフディーに砕音は強く肯いた。 「寺院兵士に志願する前は農民だった者も多いので、技術面では地球人生徒よりも即戦力となるでしょう」 「おおそれはこちらとしても有り難いな」 これをシャンバラの光明にしたい、というマフディーの言葉を、に砕音はしばし目を閉じて聞いていたが、やがてまた口を開く。 「もともとの鏖殺寺院はシャンバラ女王信仰の中でも、豊かな大地を象徴する地母神信仰的な面が強い宗派でした。現在では変貌して『すべてを飲み込む暗闇』と化していますが……。原点回帰すれば、大地と共に生きる事こそがダークヴァルキリー派の信仰です。これらを私の方からも呼びかけて、テロ組織としての鏖殺寺院からの離脱を呼びかけましょう」 「そうしてくれ。我輩も全力で受け入れよう」 マフディーの差し出した手と砕音の手がしっかりと結びあわされた――。