空京

校長室

【カナン再生記】決着を付ける秋(とき)

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【カナン再生記】決着を付ける秋(とき)
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リアクション

●視ゆる王

「ふっふっふっ、はっはっはっ」
 神殿内最奥部、神官長の間。玉座に腰掛け黒水晶を見つめていたネルガルはその光景に身を乗り出した。
「自ら退路を断って足止めとなるか。くっくっくっ、奇抜なことを考えるものだ」
 皮肉……? いや、おそらく違う……。
 神殿内エントランスで起きた爆発は神官兵を分断し、結果、マルドゥークを含め、多くの兵が神殿内に侵入したことになる、それなのに……。
 楽しげというよりは嬉しそうにも見えるネルガルの様に秋葉 つかさ(あきば・つかさ)は焦りを覚えた。
「ネルガル様、やはりエンキドゥは手元に置かれていた方が良いのではありませんか?」
「何?」
「ご覧の通りマルドゥークや兵たちは神殿内に侵入、進軍しております。こちらも万全の戦力で迎え撃つべきかと」
 エンキドゥは女神官アバドンに渡してしまっている。彼女の真意が何であれ、このタイミングで拝借するなど裏があるとしか思えない。
(この程度の知略…… ネルガル様に見抜けないはずありませんのに……)
 だからこそここは自分が進言して思い直して貰わねば―――
「エンキドゥなど要らぬ。あの力は余には必要のないものだ」
「ネルガル様っ!!」
「必要ないとは?」
 つかさとは対照的に、というより東雲 いちる(しののめ・いちる)は意図的に声を抑えてネルガルに問いた。
「もはや強大な力は必要としないと言うことでしょうか。それともそんなものすら必要ない段階にあるということなのですか」
「ふふ。主は一貫して『余の狙い』とやらに興味を持っていたな」
「はい。信念や理想のために行動なされたのだと信じております」
 その結果がなぜ『征服王』として国を支配することになったのか、その真意を知りたくて彼に仕えている。パートナーであるギルベルト・アークウェイ(ぎるべると・あーくうぇい)を人質として差し出してまで。
「信念と理想か」
 そう呟いたネルガルの強顔が小さく綻んだ。
「見るがよい」
 彼が手をかざすと黒水晶に映し出された映像が変化した。そこに映っていたのは神殿内の様子でもキシュの上空でもない。西カナン北部、ルミナスヴァルキリーが停泊していた地であった。



 西カナン北部、ルミナスヴァルキリーの停泊地周辺はシャンバラの生徒たちによって土地の再生や建造物の建築などが成されている地である。そんな中に【西カナン・公共施設・獅子の館】はあった。
「保存用の水ですが。あまりしまい込んでも仕方がないですよね?」
 問いたサイアス・アマルナート(さいあす・あまるなーと)はゆっくりと紙箱を床に下ろした。紙箱には水の詰まったペットボトルが6本程寄せ入っている。サイアスはそれを3つほど重ねて抱えていたはずだが、彼は今もどうにも涼しい顔をしていた。
「この辺りは水も確保できていますし、ね」
 ナナ・マキャフリー(なな・まきゃふりー)が彼に応えた。建設から携わっていたため館内の構造は熟知している、しかしそれだけに貯蔵物資の保管場所をどこにするかは頭を悩ませる事柄だった。
「生活の邪魔になっては意味がありませんからね。どこが良いでしょう」
 現在【獅子の館】では民を受け入れる準備が行われていた。もとはシャンバラとカナンの交流施設として造られたものだが、多くの避難民がこの地に集まっているのを見て、一時的であれ彼らに館を開放しようと考えたのだ。
 救護所や寝所として機能させるべく、配置を変えたり必要物資を運び込んだり。今はまだ置き場所の決まっていない物が大いに乱雑に置かれていたりする。
「とりあえず診療室にでも運んでおく」
「そうね、お願い」
 サイアスに笑みを渡してナナは食堂へと足を向けた。そこではパートナーの音羽 逢(おとわ・あい)が料理の下拵えをしているはずだ。
「大丈夫でござるよ」
 の背を見つけたとき、彼女は数名の避難民に包丁を向けていた――――――もとい、包丁を手に持ったまま彼女らの方へ振り向いていた。
「拙者は武芸者で御座るが、ナナ様と会う以前はサバイバルな生活をおくって来た故。大人数料理を振る舞うなど容易なことで御座るよ」
 館への本格的な受け入れを開始する前に、『獅子の館完成記念の招待客』としておもてなしをしようと料理の手配を行っていたのだが。
 どうやら招待される側の避難民たちがに手伝いをさせてくれと申し出たようだ。
「しかし、もてなしを受ける側が手伝いなどしては……」
 聞けば彼女たちの他にも手伝いたいという避難民は大勢いて、手の空いた者から館に寄り集まる手筈になっているのだという。
「そ、そんなに居るでござるか……」
 大人数料理を拵えるは造作もないこと…… たとえ人数が多くとも、いや……いやいや拙者ならば造作もないこと、ナナ様の為にも必ずや、やり遂げてみせる―――
「それなら私の手伝いをしていただけませんか?」
 クエスティーナ・アリア(くえすてぃーな・ありあ)が勝手口から顔を出して言った。
「これから野菜の収穫に向かうところですの。手伝っていただけると助かりますわ」
 彼女は柔らかい腕袖を捲り上げてから、ウンっと拳を握り、笑みを見せた。
 館の近隣には獅子農場があり、野菜の栽培を行っている。どれもまだ実は小さくともスープにするだけの量は収穫できることだろう。
「せ、拙者の所には数名が残ってくれればそれで………… いや、数名ほど手伝ってくれると、その、助かるで御座る」
「まぁ」
 顔を赤らめるを微笑ましく見つめてからクエスティーナは農場へと皆を案内した。
「日奈々〜!! 早く〜!!」
「千百合ちゃん………… ちょっと待って……」
 廊下の先で如月 日奈々(きさらぎ・ひなな)は膝に手をついてスゥハァしていた。肩で息をする日奈々の元に駆け寄った冬蔦 千百合(ふゆつた・ちゆり)は両肩を掴んでグイと引き上げた。驚顔のままに日奈々の背筋がピンと伸びた。
「よし! もう一踏ん張りだよっ、頑張ろう!」
「スゥ、ハァ、ハゥ。はい…… 頑張るですぅ」
 避難民たちを招待するなら必ず廊下は通るはず、ならばさらば『とにかく通路は広くしておかないとねっ!』と2人は乱雑に置かれた物資の数々を空き部屋に移動させていた。救援物資はどれも大きくて重くて数が多い。本来はとても有り難いことなのだろうが、小柄な日奈々にとっては難な作業だった。
「ほらっ、日奈々! 笑顔笑顔っ!!」
「はぅう〜」
 一つの荷物を二人で持ち上げた時、数名の民が彼女たちに声をかけた。手伝わせて欲しいという申し出に日奈々は涙を流して歓迎した。
 …………荷物運びが辛かったからではないのですよ、民たちの好意が本当に心から嬉しかったからなのです。



「ふっ、微笑ましい限りだな」
 日奈々の涙顔を最後にネルガルは黒水晶の映像を変えた。
 次に映し出されたのは【西カナン・公共施設・給水施設】だった。
 建物の周りに若い男たちが武装して集まっている。瞳を鋭く光らせるレキ・フォートアウフ(れき・ふぉーとあうふ)の姿も見えた。
「攻め入るならライフラインを断つのは定石だ。良い読みをしておる」
 レキはまるで戦場に居るような顔つきで周囲を見回していた。キシュへ本隊が出向いている今『目の前の命は自分たちの手で守ってみせる』といったところだろうか。
「良い覚悟ですね」
「そうだな。だが、見ろ」
 映像をひいて水晶の端をいちるに示した。「少しと外れただけでその緊張感は消失する」
 給水施設のすぐそばの茂みでは子供たちと遊ぶミア・マハ(みあ・まは)の姿が映っていた。水晶の映像に音声はないため、どうハシャいでいるのかまでは聞き取れないが、子供たちに揉みくちゃにされるミアの様を見れば、
『帽子を返すのじゃ! この小童共!!』
 という言葉が聞こえてくるようだった。
「いつの世も、子供は無邪気なものだ」
「…………」
 見せたかったのは避難民の子供たちなのだろうか、しかしそれでは先の映像の意図が見えない。
「助けられてばかりいた民たちが、手を差し伸べる余裕を得ておる」
 映像は再びにレキと男たちへ。武装する彼らを見て「大切なものは己が力で守る、その意識は根付いたようだな」とネルガルは続けた。
「先の爆発の際にも多くの兵が残っていたな。メルカルトといったか? 将の一人が残っているのは感心せぬがな」
 退路を断って足止めに挑む、その様はネルガルを大いに満足させたようだ。
「お言葉ですが、それはマルドゥークの命とも考えられます。自主的に残ったとは言えないのではありませんか?」
「奴はそのような策は取らぬよ。まして強いる事など絶対に出来ない、そういう男だ」
 黒水晶は三度、神殿内の様子を映し出していた。マルドゥーク、そして彼の軍兵が神殿内を駆けている。目指すはここ、神官長の間であろう。
「今この国に必要なのは民を守る先導者ではない」
 ネルガルは静かに切り出した。
「拝受を切望し、敬愛するだけの国に未来などない」
 2人はしばしの間、固唾を飲んで彼の言葉を聞いた。
 それは『豊穣と戦の女神イナンナを封じた理由』、『征服王を名乗った本当の理由』、そして神官長ネルガルの国を憂う『熱き邪念』であった。