空京

校長室

【カナン再生記】決着を付ける秋(とき)

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【カナン再生記】決着を付ける秋(とき)
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リアクション


黒の中の虚無 1

 地上で、シャムス率いる南カナン軍がイナンナの神殿へと到達しようというとき――コントラクターのイコンたちとエンキドゥとの戦いは続いていた。
 いや、続かされていた――と言うべきか。
 それは圧倒的な力の差だった。味方のイコンは次々と撃墜され、ワイバーン部隊もまた翼をもぎ取られた鳥のごとく地に落ちる。エンキドゥの攻撃の手は地上にまで伸び、いまだ攻防を続けていた神官兵とカナン軍、両軍を問わずに破壊の限りを尽くしていた。
 ギルガメッシュですら、その力には一機で太刀打ちすることなど叶わない。
 何故か……?
 それは、白銀の光を放つエンキドゥから漏れる、闇の力があるからに他ならなかった。
「っ……!」
 攻撃の気配を察知して、和泉 直哉(いずみ・なおや)はとっさに操縦を切り替えた。己がイコン――スプリングと名づけられたイーグリットが、機動を変えてスラスターを加速させる。右舷に退いた機体。次の瞬間には、漆黒に染まった蛇のようなエネルギー波が、それまでスプリングのいた空間を引き裂いていた。
「くそっ……なんて野郎だ。むちゃくちゃな攻撃しやがって」
「兄さん……落ち着いて」
「分かってる!」
 サブコックピットに乗る和泉 結奈(いずみ・ゆいな)に苛立ち半分で答えて、直哉はイーグリットの機動を再び安定させた。
 モニターに映るのは、現実めいた感覚の光景ではなかった。白銀のエンキドゥはいまだ美しい異彩の光を放つものの、禍々しい闇がそれを覆って、膜を生み出している。膜の闇によって生み出されたエネルギー波は、暴走しているかのように次々と禍々しい音を発して、飛び出してくるのだった。
 伝説のイコンはもはやそこにはいなかった。いるのは――闇の化け物と化したイコンだけだ。
 それでも、遥かに他のイコンよりかはエンキドゥのスピードについていくギルガメッシュが、ビームライフルを撃ち込みながら後退してきた。
 直哉の通信が開かれる。聞こえてきたのは、サブパイロットであるレンの声だった。
「直哉、無事か」
「ああ……なんとか。あんたたちは?」
「ギルガメッシュの性能に助けられてるな。だが、これもいつまで持つか……」
「必殺! ギルフラッシャーッ!!」
 レンの声が最後まで届く前に、メインパイロットであるエヴァルトの叫びが聞こえた。どうやら、ギルガメッシュは全回線をオープンにしているようだ。
 漆黒の蛇を避けて、ギルガメッシュのライフルから光粒子ビームが発射される。だが、エンキドゥは鴉の翼を思わせる闇の尾を引いて、それを華麗に避けた。だがそれによって、エンキドゥを操るエンヘドゥ――いや、モートの意識はギルガメッシュを弄ぶことに傾いたようだ。
 ギルガメッシュがエンキドゥの攻撃をひきつける間に、直哉は地上を見やった。
 同時に、ギルガメッシュと随伴して宙を飛んでいたノア・セイブレム(のあ・せいぶれむ)の声が聞こえる。直哉だけに向けたものではない。どうやら、味方のイコンたちに向けたもののようだ。
「神殿の結界はモートが生み出したもののようです。あれに阻まれていては、味方の兵たちも神殿の中に入れません」
「そのためにはエンキドゥを倒さないといけない。だけど……あれには、エンヘドゥが乗ってるんだ」
 ノアに答えたのは、蓮見 朱里(はすみ・しゅり)とともに小型飛空艇でイコンたちの戦場を浮遊するアイン・ブラウ(あいん・ぶらう)だった。
 彼の言うとおり、エンキドゥには、エンヘドゥが乗っている。そしていま彼女は、かつてのようにモートに操られる人形と化していた。モートを倒すということはすなわち、彼女さえも殺してしまう危険性も孕んでいるのだ。
 当然、彼女ごとモートを倒すことも考えられただろう。現に、かつてシャムスはその道を選ぼうとしていた。己が妹を殺してでも、民を守ることを。だが……コントラクターたちは誰も、その選択肢を選ぼうとはしなかった。
「アイン……どうにか、出来ないかな……」
 朱里が悲痛に呟いた。
 もしも、彼女を犠牲にして勝利を得られるとしたら、それも可能性のある未来だろう。だが朱里は……そんなものを勝利とは呼びたくなかった。そしてそれを可能にする力が、自分たちにはあると信じたかった。人一人救えなくて……何がコントラクターなものか。
 と。エンキドゥに一機のイコンが叫びをあげた。
「エンヘドゥ!」
 それは……榊 朝斗(さかき・あさと)の操るイコン――アガートラームという名のコームラントだった。オープン回線に通信を切り替えた朝斗の叫びが、エンキドゥへと届く。
「聞こえる……エンヘドゥ。僕はあの時、貴女を助けられなかった。君の泣いている声に、耳を傾けることが出来なかった。だけど……ううん。だからこそ、僕は……僕は……君に伝えたいんだ!」
 なぜか――エンキドゥの動きが止まった。
 サブパイロットとして搭乗する彼のパートナーが……青い瞳を持ち上げて彼の名前を呟く。
「どんな時も、貴女は一人じゃない。だから皆を信じて……信じて、そして戻ってきてよ! 貴女を待っている人は、たくさんいる! 貴女のために、待っている人がたくさんいるんだ!」
 そのとき、聞こえてきたのはかすれた声だった。
 一瞬、コントラクターたちは空耳かと疑うが、モニターの回線番号を見て、それがエンキドゥの中から発せられたものだということに気づく。動きが止まったエンキドゥ。不気味な静寂が戦場に広がり、コントラクターたちもそれを見守るように立ち尽くす。
 声は、雑音の中でかすかに聞こえた。
「私は……み、みんなの……もと……に――」
 途端。
 プツンと回線が途切れたとき――エンキドゥから漏れていた闇の波動が、爆発でも起きたかのように一気に放出された。
「ひゃははははははははは!」
 そして、聞こえてきたのはエンヘドゥとモートの声が二重となった奇声だった。
「戻るものか……戻らせてなるものかああぁ! 我が闇は永遠! 我が闇は終焉を迎えぬ永久の刻! 我が闇は、心喰らうものだああああぁぁ!」
 闇の叫びが轟いたとき。
 それまではそれなりに規則性のあった闇の蛇たちが、次々と無数に放射されて雷撃のごとく味方のワイバーンやイコンを撃墜していった。キシュの市街地にまで降り注いだそれは、災害のように大地を穿ち、建物を破壊し、波動によって空気に地震のような揺れを起こす。
 小型飛空艇を必死に操ってそれを避けながら、アインが言った。
「こ、これは……暴走か!?」
「まるで……あのときのようね」
 ワイバーンに乗った崩城 亜璃珠(くずしろ・ありす)が呟くように言った。確かに、これはあのときの、南カナンで最後に戦ったときのモートを彷彿とさせる。いや、むしろ、それ以上に奴は自我を失って暴走しているように見える。
 これは――エンヘドゥの意識が闇に抵抗しているということなのか? だとすると、彼女を救う可能性はある。
 すると、エリシュ・エヌマからの通信が届いた。オペレーターの千里だ。彼女の話によると、エンキドゥの光と闇の力が拮抗してきているという話だ。それまで闇に囚われたままだった光が、突然膨張してきているらしい。
「みんな……」
 と。全員の通信に声を発したのは、誰よりも苦味を呑んだように悲痛な表情をした、如月正悟だった。
「俺は……俺は美那……いや、エンヘドゥを助けたい。あいつと約束したんだ。必ず……必ずあいつを護ってみせるって」
 モニターの正吾を見つめる橘恭司の眉が、わずかに揺らぐ。
「だから、みんな……」
 正吾の声がそこで途切れる。彼もまた、理解はしていたのかもしれない。それが、ある種無謀であるかもしれないということを。だが――
「言うまでもない。俺たちも、同じ気持ちだからな」
 アインが言った。
 そして、コントラクターたちはそれに同意して頷いた。
 彼らの心に、もはやそれ以外の選択肢は残っていなかった。エンヘドゥを救ってみせる。その選択肢以外は。
 ビームライフルを構えたギルガメッシュ。エヴァルトが声を張り上げた。
「よし……ギルガメッシュで先行する! 皆、俺たちについて来い!」
 一度は救った命だ。もう一度だって、救ってみせる。
 コントラクターたちは、暴走するエンキドゥへと最後の突撃をかけた。